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投稿です。

         *         *         *

清森義行様

聞いた話ですが、親鸞会には、信心決定していないのにもかか
わらず、「自分は信心決定した」と自称する講師部員がいると
のことです。

もしそんな人がいるとしたら、大変なことだと思います。

仏教に、四重罪というものが教えられています。

これは、中村元氏の佛教語大辞典にも載っていますが、

四重罪とは、

1.淫戒
2.盗戒
3.殺人戒
4.大妄語戒

ということで、盗みや人殺しをしてはならないのは当然なので
すが、重要なのは4番目の大妄語戒です。

佛教語大辞典によれば、大妄語戒について、次のように述べら
れています。

「仏道修行上のある段階に達していないのに、その資格がある
と吹聴して、他人からの尊敬・供養を受けること。
比丘がこれを犯すと、教団追放となる。」

ここで、仏道修行上のある段階に達するとは、信心決定と取れ
ますから、獲信していないのに、獲信したように吹聴して学徒
の方の尊敬を受けることは、上記に当たります。
比丘とは、出家した僧侶のことですから、講師部員といってよ
いと思います。
教団追放とは、今で言えば、除名ということです。

ですから、獲信してもいないのに、学徒の方に方便として、「
自分は信心決定した」と講師部員が吹聴することは、大妄語戒
を破ることであり、親鸞会はそのような講師部員を除名しなけ
ればならないと思います。

また、もし親鸞会が、講師部員に、方便として、獲信してもい
ないのに「自分は獲信した」と言って良いと指示しているなら
、団体自体が、仏教からみておかしいということです。
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お知らせ

「私の白道」の続きですが、投稿者のパソコン不調により、掲載が遅くなっております。
ご了解ください。

質疑応答93

【質問】


 歎異抄6章の中の「『師を背きて人につれて念仏すれば、往生すべからざるものなり』なんど言うこと不可説なり」について高森先生は以前アニメ解説(昨年8月)で、

「『人につれて~』の『人』は、善知識に限る」

と仰ったと思います。


 もともとアニメでも信楽房は、他の善知識の元へ行ったようには描かれていない(闇に向かっていった)ですし、アニメの聖人のセリフの

「弥陀の大慈悲に救い摂られれば、広大なご恩を知らされ、信楽房も、やがて、己の罪の恐ろしさをも、自覚することになろうぞ」

の「罪の恐ろしさ」という言葉からも他の善知識の元へ行ったとは考えにくいのですが、『人につれて念仏~』の『人』は、善知識に限るのかどうか、ご意見をお聞きしたいと思います。



【回答】


 歎異抄第六章は、親鸞聖人が「善知識の力で救われるのではない、ひとえに阿弥陀仏のお力で救われるのだ」と教えられたお言葉です。

 ですから、この文章を「自分から離れても、別の善知識のお力によらねば助かりませんよ」と解釈するのは、親鸞聖人の御心に反すると思います。

親鸞会教義の相対化・33

清森義行様


『会報』の五巻に関して述べさせて頂きます。


『会報』vol.5p.20~善知識(32)

>>>
聖道門自力の仏教徒の多くの者が、最も信奉している経典は『法華
経』であろう。
(中略)
勿論『法華経』にも「誰でも仏に成れる」とは説いているが「どう
したら仏になれるのか」という大切なことが明示されていない。
>>>

いいえ。

『法華経』には、「どうしたら仏になれるのか」という大切なこと
が明示されています。


1)釈迦牟尼仏に会うことができたら、即身成仏できます。

【根拠】
『法華経』提婆品「龍女の成仏」

 そのとき、長老シャーリ=プトラがサーガラ竜王の娘にこのよう
に言った。
「良家の娘よ、そなたが「さとり」を達成しようと志し、
 ひるむことなく努め、測り知られぬほどの理智をもっているとしても、
 完全な「さとり」は誠に達成しがたい。良家の娘よ、
 婦女子が努め励む心を挫かせることなく、幾百劫・幾千劫のあいだ
 福徳ある所行をし、六波羅蜜を完成したとしても、
 今日に至るまで仏の境涯は得られない。
 何故かと言えば、婦女子は今日に至るまで五種の地位を得たこと
はない。
 五つとは何であるか。
 第一はブラフマン(梵天)の地位、第二はインドラ
(帝釈天)の地位、
 第三は四天王の地位、第四は転輪聖王の地位、
 そして第五はひるむことのない求法者(=仏)の地位
である。」

 さて、そのとき、サーガラ竜王の娘は、ひとつの宝珠をもっていた。
 その値段は三千大千世界の価値に相当した。
 サーガラ竜王の娘はこの宝珠を世尊に献上した。
 世尊は彼女の心根をめでて、それを嘉納した。

 そこでサーガラ竜王の娘は求法者プラジュニャー=クータと
 シャーリ=プトラ長老にこのように語った。
「妾はこの宝珠を世尊に献上しましたが、
 世尊はそれを早速に嘉納されましたでしょうか、
 嘉納されなかったでしょうか」と。

 長老が言った。
「そなたはそれを早速に世尊に献上し、世尊はそれを早速に嘉納さ
れた。」

 サーガラ竜王の娘が語った。
「シャーリ=プトラ尊者よ、もし妾が大神通力をもっておりますならば、
 世尊がこの宝珠を嘉納されるよりも一層速く、
 完全な「さとり」に到達しているでありましょう。
 そして、この宝珠を受け取る方はいないでしょう。」

 そのとき、サーガラ竜王の娘は、世間のすべての人々が見ている
ところで、
 また長老シャーリ=プトラの眼前で、
 彼女の女性の性器が消えて男子の性器が生じ、
 みずから求法者となったことを示した。

 そのとき、彼女は南方に赴いた。
 そこで、南方にあるヴィマラー世界にとどまり、
 七宝づくりの菩提樹の根元に座り、
 みずから「さとり」をひらいて仏となり、
 三十二種の吉相(=三十二相)と八十種の福相
(=八十種好)のすべてを具えて、
 光明で十方を照らして教えを説いている姿が見えた。

 このサハー世界にいる人々はすべて、神や竜などの八部衆や、
 人間や鬼霊たちに崇められて、教えを説くかの如来の姿を見た。
 如来が説く教えを聴く人々はすべて、この上なく完全な「さと
り」を求めて、
 ひきかえすことはなかった。

 そして、かのヴィマラー世界とこのサハー世界とは、六種に振動した。
 そして、尊きシャーキャー=ムニ如来の許に集まり会合した三千
人の人々は、
 この世に存在するものはすべて生じたり滅したりすることがない
 という真理(無生法忍)を会得した。
 そして、三千人の人々は、この上なく完全な「さとり」を達成す
るであろう
 という予言を授けられた。

 そこで、偉大な志をもつ求法者プラジュニャー=クータと
 シャーリ=プトラ長老は沈黙した。

(『法華経〈中〉』 (岩波文庫) pp.222-225 
岩本裕サンスクリット和訳)


2)ただし、煩悩を断じなければ釈迦牟尼仏には会えません。

【根拠】
『法華経』如来寿量品の、

「衆生、すでに信伏し  質直にして意柔軟となり
 一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまざれば
 時にわれ及び衆僧は  倶に霊鷲山に出ずるなり。」

上記の記述に対応する文が、サンスクリットでは、

 「この世の人々が心ただしく、おだやかで、 愛欲を離れた
者となったとき、
 そこで余は弟子の集団を集め、ここグリドゥラ=クータ(霊鷲山)
に余は姿を現す。」
(岩波文庫 「法華経」下巻 31頁)

となっています。

「愛欲を離れた(utsr.s.t.a-kAma)者に衆生がなった時」な
ので、
「カーマ(愛欲)」を離れることが、衆生が釈尊に会う条件になっ
ています。


3)しかし『法華経』の一部を読んだだけでも、『法華経』を修業
したことになって、いつになるかは不明だが、成仏できることが釈
尊によって授記されています。

【根拠】

 妙法華経の一偈一句を聞いて、乃至一念も随喜せん者には、
 我皆記を与え授く。当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。
(『法華経』法師品)

このうち「乃至一念も随喜せん者には」は、
岩波文庫本のサンスクリット和訳で言うと、

「あるいは信心の心をほんのちょっと起こして、
 この経典を有難いと思っただけでも」

となっており、それだけでさとりに到達すると述べられています。

この文からは、いつになるかわからないけれど確実に成仏することが、
『法華経』という経典そのものによって保証されています。


4)だから上記の高森先生の記述は、『法華経』の記述を歪め、
『法華経』の価値を貶めを誹謗することになります。そして『法華
経』を誹謗することは、阿鼻獄地獄に堕ちる恐ろしい行為です。

【根拠】

 舎利弗よ、驕慢懈怠我見を計する者には此の経を説くことなかれ
 凡夫の浅識深く五欲に著せるは聞くとも解すること能わじ
 亦為に説くことなかれ
 若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断ぜん
 或は復顰蹙して疑惑を懐かん汝当に此の人の罪報を説くを聴くべし
 若しは仏の在世若しは滅度の後に其れ斯の如き経典を誹謗するこ
とあらん
 経を読誦し書持することあらん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん
 此の人の罪報を汝今復聴け其の人命終して阿鼻獄に入らん
 一劫を具足して劫尽きなば更生れん是の如く展転して無数劫に至らん
(『法華経』譬喩品)

頑固な人々や、高慢な人々や、正しい修行をしない人々に、お前は
これを説いてはならない。
愚か者たちは常に愛欲に酔いしれていて無知であるから、説かれた
この教えをあしざまに言うであろう。
仏陀の導きとして常に世の中に確立されている私の巧みな方便を誹
謗し、眉をひそめて(教えの)乗り物を捨て去る、このような人が
この世でうける果報がいかにきびしいものであるかを、お前は聞け。
私がまだこの世にいるあいだにせよ、完全な涅槃にはいったのちに
せよ、このようなこの経典を誹謗し、あるいは比丘たちに対して苛
酷な振る舞いをして彼らがうける報いがいかなるものかを、いまや
私に聞け。
これらの愚か者たちが人間としての生を終えてから住んでいるとこ
ろは、一劫が滿ちるあいだ、アヴィーチ(阿鼻)の地獄である。
そののちさらに多くの中劫のあいだ、彼らは幾度も死んでは再びそ
こへ落ちていく。
(『大乘仏典5』p.117)


5)ちなみに法然上人は、「釈尊の教えはどれも素晴らしい」とい
う立場を、終生貫いていかれました。

【根拠】

 どの経や論も、釈尊が説かれた、経とそれに基づく教えである。
 だから『法華経』や『涅槃経』などの大乗経典を修行して、
 仏になるということに、どんな困難があるだろうか。

 それに『法華経』は過去・現在・未来の時に、
 世におられる仏たちもこの経によって仏となられ、
 十方の世界におられる如来もこの経によって完全な覚りを得られた。
 それなのに『法華経』を読まれていただくのに、何の不足がある
だろうか。

 このように言っている時代はまことに素晴らしいことであったが、
 今の我々の器量ではこの教えについていくことができない。

 その理由は『法華経』では菩薩や声聞と言われる、
 優れた境涯の人を相手とするからである。
 我々凡夫では、それに適わないと思うべきなのである。
(『念仏往生要義抄』昭法全六八二頁)


このように『法華経』に説かれる内容の素晴らしさを称賛する一方
で、菩薩や声聞のような、素晴らしい人を相手に説かれた教えであ
る『法華経』が、今の時代の三学非器である自分には適さないとい
う厳しい自己反省と自覚に立っておられます。

経典は、全てが仏様の説かれた衆生救済のための素晴らしい教えで
あって、それに対して愚かな人間が、勝手に計らって、 優越
をつけることなど決してできないことですし、そのようなことは許
されることではありません。

そして、その修行に自分が適わなかった場合は、釈尊が説かれた教
えや修行に欠陥や問題があると思うのではなく、そんなに素晴らし
い教えがありながら、その修行に叶わない自分自身を、大いに恥じ
るべきです。



清森問答をご覧になっている皆様には、高森先生のように『法華
経』を誹謗し恐ろしい罪を造ることなく、法然上人のように、己の
至らなさを恥じる謙虚な人間になって頂きたいと切に願います。



* * * * *



最後に、私の尊敬する浄土宗の布教師の先生が書かれた、ある本の
前書きを紹介させて頂きます。

====以下引用====

 小著は、法話集というより一布教師のざれごと集のごときもので
す。はずかしい限りですが、私にとっとは布教十年の総決算。持ち
ネタを出しきったものです。(中略)
 もともと私のネタの多くは先徳・先輩より、本を通してあるいは
直接話を聞いてまねたものです。先輩にお断りせずに使わせていた
だいているネタもあります。申し訳なく思っています。ただそのネ
タをそっくりものまねすることは決していたしません。所詮、もの
はねはものまね。それでは個性が出ません。だから私はいただいた
ネタは十分に咀嚼して、自分のものにしてからお話をするのです。

====以上引用===

既に高森先生の著作に、伊藤康善先生や大沼法龍先生からの盗作が
多数あることが指摘されています。

高森顕徹氏の著書のルーツ
http://shinrankai.hp.infoseek.co.jp/index_pkr.html

布教というものは、あらゆる手段を使って最も効果的な方法で行う
べきであると思いますから、他の方の著書や言葉でも、よいものは
どんどん取り入れていったらいいと私は思います。

しかしその際には、多くの方に素材を提供していただいたことに感
謝し、その上で十分に咀嚼し自分のものにしてから使用するべきだ
と思います。

十分に咀嚼を行うこともなく、無断で盗作を行った上に、更に盗作
元を読むことを禁じ、盗作の事実を隠蔽する行為は、大いに信用を
失墜してしまうものであると思います。


『会報』を読ませて頂いて、問題点はみつかりましたが、全体とし
ては決して悪いものではなく、浄土真宗の教えがとても要領よくま
とめられたものであることは間違いありません。

参考文献・引用文献を明確にし、出典・典拠の確認もきちんと行
い、十分相対化を加えた上で使用するのであれば、とても有益なの
ではないかと思います。

質疑応答92

【質問】


質問(3)

 親鸞会教義の相対化・31において、「三世諸佛、念弥陀三昧成等正覚」という言葉は、『般舟三昧経』には存在しないことを教えていただきました。
 さて、同じく『般舟三昧経』において、「故に善知識があったら十里二十里はおろか海山越えても馳せ参じ、その善知識を仏の如く敬って、身肉手足をも供養すべきである」と説く箇所は存在するのでしょうか?また、存在するのでしたら前後の文脈も含めて教えていただけますでしょうか。
 また、このような自力聖道門の教えを浄土門に適用してそのまま教えることについては許されるとお考えでしょうか?



【回答】

 浄土宗僧侶の方に調べて頂きましたので、紹介させて頂きます。

        *         *         *

『般舟三昧経』において「善知識」という言葉が使われているのは、以下の三箇所です。

未曾離於諸佛慈。於佛經中樂行。常隨佛出入。
常在【善知識】邊無有厭極時。
於十方諸佛刹無所適止。悉逮得願行。度脱十方萬民。
大正vol.13,p.904a

何等爲定意。從念佛因縁。向佛念意不亂。
從得黠不捨精進。與【善知識】共行空。
除睡眠。不聚會。避惡知識近【善知識】。
不亂精進。飯知足。不貪衣。不惜壽命。
大正vol.13,p.904b

無有疑黠。無有能呵。自得曉覺意故。
佛黠不從他人待。得【善知識】計如佛。
大正vol.13,p.904c

 これらの用例を見る限り、「善知識があったら十里二十里はおろか海山越えても馳せ参じ、その善知識を仏の如く敬って、身肉手足をも供養すべきである」に対応する記述はありません。

 一応、前後も読みましたが「善知識があったら十里二十里はおろか海山越えても馳せ参じ、その善知識を仏の如く敬って、身肉手足をも供養すべきである」に対応する記述を見つけることはできませんでした・・。

 ただし、「善知識」が別の言葉で翻訳されているかどうか確認したわけではありませんし、チベット語は不得意で『般舟三昧経』のチベット訳を確認できていませんので、断言することはいたしません。

 しかし少なくとも、『般舟三昧経』の典拠がきちんと挙げられるまで、この高森先生の説を鵜呑みにすべきでないということは、現時点でも言えるのではないかと思います。

        *         *         *

 以下、清森の意見です。

 上記のように、聖道門の教えでも、本当にそのように説かれているか分かりません。

 善知識と、同行の関係については、すでに述べさせて頂いた通りです。

質疑応答91

【質問】


質問(2)

 親鸞会で説かれている「求法太子」の教えは善知識への無条件絶対服従を説き、非常にインパクトが強いものでしたが、どの経典を典拠としているのかご教示ください。
 また、このような自力聖道門の教えにおける「絶対服従」の教えを浄土門に適用してそのまま教えることについては許されるとお考えでしょうか?



【回答】

 まず、浄土宗僧侶の方の御意見を紹介します。

        *         *         *

 この話はジャータカに収録されています。求法太子本生(DharmagaveSin-jAtaka)。

 干潟龍祥『ジャータカ概観』(パドマ叢書)によると、漢訳『撰集百縁経』(大正蔵経vol.4.pp.203-255)No.35、サンスクリット文‘AvadAnaSataka’No.38に収録されています。

 これは釈尊の前世における、すさまじい求道姿勢を語ったエピソードです。幾多の生涯においてこれほどの難行・苦行を重ね、自力で覚りに至った釈尊を、私は心から尊敬いたします。

 ただし釈尊も阿弥陀仏も、私逹にこれほどの難行・苦行を求めてはおりません。むしろこのような辛い思いをさせたくなかったから、阿弥陀仏が本願を立て、釈尊が浄土門の教えを説いてくださいました。

 その教えを明かにされたのが法然上人であり、親鸞聖人はその教えを受け継がれた方です。法然上人は、往生される二日前に弟子の源智上人の要請により、『一枚起請文』をお書きになっておられます。

その『一枚起請文』において法然上人は、

ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して、
うたがいなく往生するぞと思い取りて申す外には別の仔細候わず。

(和訳)
極楽浄土に往生するためには、阿弥陀仏の本願を信じ、「南無阿弥陀仏」とお念仏を申したならば「間違いなく往生するのだ」と思って、お念仏を申すほかには、何もないのである。

と述べられ、さらに、

この外に奥ふかき事を存ぜば、二尊のあわれみにはずれ、本願にもれ候うべし。

(和訳)
このこと以外にお念仏の奥深い教えを知っていながら、隠しているというのであれば、あらゆる衆生を救おうとする、釈尊と阿弥陀仏の慈悲にそむくことになり、私自身が、阿弥陀さまの本願による救いから、漏れおちてしまうことになるであろう。

と述べておられます。

「求法太子の求道姿勢」は「奥深き亊」どころの話でなく、他力・易行道である浄土門を逸脱した、自力・難行道である聖道門の教えそのものです。

釈尊と阿弥陀仏という二尊の御心を無視し、浄土門の教えを求める者に、「求法太子の求道姿勢」を強要する人物は、法然上人の教えを受け継ぐ者ではありません。

        *         *         *

 以下、清森の意見です。

 本生経について専門に書かれた仏教書を読みますと、以下のような記述がありました。


●弟子たちが釈尊の悟りの偉大性を考えると、この釈尊の悟りが、この世での僅か六年間の修行で得られたとは考え難いのである。必ずや前世において、過去無量の時間を費やして、幾度も生死をくり返して、成仏のための修行を続けておられたに違いないと考えるようになったのである。
 そのために、釈尊が前世でどんな生存を得られ、そこでどんな修行をされたか等を、具体的に示そうとして、釈尊が前世において身を捨てて他を救われた物語が、多数に説かれるようになったのである。このようにして作られた釈尊の前生での「自己犠牲の物語」が『本生経』と名づけられた。それ故、本生経の萌芽は釈尊の滅後間もない時代に起こったのである。そしてその後本生経の物語は次第に増加して、「五百の本生」といわれるほどに、沢山の本生談が説かれるようになった。それらの物語の中には、弟子たちが新しく創作した物語も多いが、同時に、当時インドに行われていた物語文学から借用して、それを釈尊を主人公とする話に改作した話も少なくない。そのために『本生経』の説話には、インドの古い説話文学や、『イソップ物語』などと重複する話も含まれており、世界の説話文学の研究にも貴重な資料となっている。
(釈尊の過去世物語~本生経 平川彰訳 筑摩書房)


 本生経には、色々な話が混じっていますので、説話の全てが仏説に適っているかどうか分からない面があると思います。

 ですから、この経を根拠とするのではなく、参考程度に留めた方が良いと思います。

 仏教の精神から考えて、善知識に命がけで無条件服従せよと教えられているとは考え難いですので、余り、問題にされなくて良いと思います。

質疑応答90

【質問】


 会報4集 善知識(1)の下記の部分について、質問させていただきます。



 又、経典には、「善知識はこれさとりを得る大因縁なり」とか「聖き法を修めて生死の煩いなき安らけき涅槃の境地に至るを得るは善知識による」とも説かれている。
 阿難がある時釈尊に「善知識はさとりの道の半因縁と思えばよいのでしょうか」と尋ねた時「善知識はさとりの道の全因縁である」と答えていられる。

 ここで因縁というのは、これによって救われるということである。
 半因縁というのは貧乏人がよい主人につかえて、「これはみんな旦那さまのおかげです」と言っていても半分は自分が働いて生活するから主人は我が身の半因縁ということになる。
 全因縁というのは丁度赤子が親に育てられるのは、みな親の力であるから、赤子の為には、親は全因縁であるというが如くである。
 善知識を半因縁のように考えているから真剣に聞くことができないのだ。如何に過去に宿善があろうと、善知識にあい奉らなかったら、宿善開発して救いにあずかることは出来ないのだ。
 故に善知識があったら十里二十里はおろか海山越えても馳せ参じ、その善知識を仏の如く敬って、身肉手足をも供養すべきであると『般舟三昧経』には教えられている。


質問(1)

「善知識はこれさとりを得る大因縁なり」は法華経に説かれているときいたことがありますがいかがでしょうか?

また、この文脈での善知識とは、あるいは大因縁とはいかなる意味をもつのか、この教説について、清森先生はどのように解釈・理解しておられるのか教えてください。



【回答】


 文献的なことは、私より、いつも投稿して下さっている僧侶の方が詳しいので、確認してみました。

        *         *         *

「善知識者是大因縁」という言葉は、『法華経』に存在します。
ただし、原文を見ると以下のようになっております。

 爾時雲雷音宿王華智佛告妙莊嚴王言。
 如是如是。如汝所言。若善男子善女人。
 種善根故。世世得善知識。其善知識。
 能作佛事示教利喜。令入阿耨多羅三藐三菩提。
 大王當知。善知識者是大因縁。
 所謂化導令得見佛。發阿耨多羅三藐三菩提心。
『妙法蓮華経』妙荘厳王本事品 大正vol.9, p.60c

 まず、釈尊と阿難との問答ではありませんし、内容も高森先生のお書きになられたようなものではありません。

 さらに、ここで「善知識」と訳されているもののサンスクリット文を見ると、kalyAn,a-mitra(善い友達、善友)になっております。

 したがって、内容から見ても、サンスクリットの単語から見ても、高森先生が理想とする高森先生と親鸞会の皆様の関係を示すような記述は、『妙法蓮華経』妙荘厳王本事品には存在しません。

        *         *         *

 以下、清森の意見です。

 私は、全因縁というのは親と赤子のような関係と理解して良いと思います。つまり、「無条件服従」の関係ではないということです。

 赤子に無条件服従をさせる親があるでしょうか?
 親が赤子に、自分を仏の如くに敬わせ、身肉手足を供養させるということは考えられません。
 子供の面倒を、何から何まで見てあげるのが、親の務めです。



 もし、子供を服従させるような育て方をしたら、心の成長が止まってしまい、将来大変な問題を起こすようになります。詳しくは、ハッピーアドバイスを読んで下さい。

 親というのは、子供が言うことを聞かなくても、優しく見守る存在です。どんなに悪いことをして、周りの人が見捨てても、最後まで見捨てない存在です。都合が悪いからといって、簡単に切り捨てるような人は、親ではありません。

 健全な親子関係というのは、決して「無条件服従」ではありませんので、そのような導き方をしてはならないと思います。

質疑応答89

【質問】

 機の深信は、現在の自己がハッキリする。深信決定すれば、深信因果するので、未来がハッキリする。つまり、地獄行きがハッキリする、という三段論法は成り立ちませんか?



【回答】

 機の深信のお言葉では、「常に没し、常に流転して、出離の縁あることなし」という未来がハッキリしています。

「没す」とは、一般的に「三悪道」を指しますが、現在、人間界に生まれている状態も「没す」だと説かれているので、「五悪趣」と理解した方が良いかも知れません。

親鸞会教義の相対化・32

清森義行様



引き続き、『会報』の三巻・四巻に関して述べさせて頂きます。


【1】『会報』vol.3p.31~平等一味の世界(1)

>>>
最後に法然上人の裁決を仰いだ。この時の法然上人の御言葉は実に快刀乱麻を断つ明快なものであった。
「信心の変わると申すは自力の信にとりての事なり、即ち智慧各別なるが故に信また各別なり。他力の信心は善悪の凡夫。共に仏の方より賜る信心なれば、源空(法然)が信心も善信房(親鸞)の信心も更に変るべからず、ただ一つなり、我が賢くて信ずるに非ず、我が賢くて信ずるに非ず、信心の変りあうておはしまさん人々は、我が参らん浄土へはよも参りたまわじ、よくよく心得らるべきことなり」
私の信心と異なるということは自力の信であるからだ。とてもお師匠さまの信心と同じになれぬ、師と弟子の信心は違ってこそ当然だ、と主張していた聖信房や、念仏房、勢観房に対して、お前らは未だ他力の大信心を知らないからだ、と叱りつけ、自力の信心は各自の智慧、才覚や学問で創造する信心だから、平等一味になれる筈がないのだ。即ち智慧各別だからだ。それに対して他力の信心は、善人も悪人も智者も愚者も共に偏えに阿弥陀仏より賜る信心であるから、異なる道理がない。
「この法然の信心も弥陀より賜ったもの、親鸞の信心も同じく弥陀から頂いた大信心であれば、全く一つであるから、一味平等の世界である。この法然が特に賢くて、その智慧で造った信心ではないのだ。だからこの法然の信心と異なる信心の者は、みな自力の信であるから、この法然と同じ浄土へはゆけないぞ。この信心獲得できずば、極楽には往生せずして無間地獄に堕在するのだから、信心の異なる者はもっての外の一大事といわねばならない。よくよく思案をせられよ」
当に生死の大問題、相手の顔色もみず、真実他力信仰の世界を喝破なされている。聞く者、総て驚嘆したと『御伝鈔』には記されている。
>>>

所謂「信心同異の諍論」の話です。

とりあえず『御伝鈔』に書かれていることを「史実」として扱うかどうかの問題は置いておきますが、高森先生が引用されているはずの『御伝鈔』の原文を見てみると、

>>>
第七段
上人[親鸞]のたまはく、いにしへわが大師聖人[源空]の御前に、正信房・勢観房・念仏房以下のひとびとおほかりしとき、はかりなき諍論をしはんべることありき。そのゆゑは、「聖人の御信心と善信(親鸞)が信心と、いささかもかはるところあるべからず、ただひとつなり」と申したりしに、このひとびととがめていはく、「善信房の、聖人の御信心とわが信心とひとしと申さるることいはれなし、いかでかひとしかるべき」と。
善信申していはく、「などかひとしと申さざるべきや。そのゆゑは深智博覧にひとしからんとも申さばこそ、まことにおほけなくもあらめ、往生の信心にいたりては、ひとたび他力信心のことわりをうけたまはりしよりこのかた、まつたくわたくしなし。しかれば聖人の御信心も他力よりたまはらせたまふ、善信が信心も他力なり。かるがゆゑにひとしくしてかはるところなしと申すなり」と申しはんべりしところに、大師聖人まさしく仰せられてのたまはく、「信心のかはると申すは、自力の信にとりてのことなり。すなはち智慧各別なるゆゑに信また各別なり。他力の信心は、善悪の凡夫ともに仏のかたよりたまはる信心なれば、源空が信心も善信房の信心も、さらにかはるべからず、ただひとつなり。わがかしこくて信ずるにあらず、信心のかはりあうておはしまさんひとびとは、わがまゐらん浄土へはよもまゐりたまはじ。よくよくこころえらるべきことなり」と云々。ここに面面舌をまき、口を閉ぢてやみにけり。
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「極楽には往生せずして無間地獄に堕在」するとは、法然上人は仰っておられません。

高森先生のお書きになった「快刀乱麻を断つ明快な」法然上人の御言葉は、覚如上人が『御伝鈔』にお書きになったものではありません。

高森先生が「他力の信心を獲得していない人は無間地獄に堕在する」と思うのは勝手ですが、その発言の責任を法然上人や覚如上人に押しつける行為は大いに問題だと思います。



【2】『会報』vol.3p.55~宿善(2)

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よって宿善の厚薄は、また聞法心の強弱によって知ることが出来る。仏教では宿善深厚の人を頓機といい、宿善薄弱な人を漸機といわれる。頓機の者は一度の法筵に遇っても信を獲るが、漸機の人は法筵を重ねて、漸く信を獲得するのである。丁度、枯松葉と青松葉のようなものである。枯松葉はマッチ一本ですぐに火がつくけれども、青松葉に火をつけようとしても、プスープスー水をはじいて、中々火はつきにくい。それと同様に頓機は御慈悲の火がつきやすい状態になっている人だから、すぐにも仏凡一体と燃え上るが、漸機は今日もカラボコ、今日も落第どう聞けばよいのか、どれだけ聞けばわかるのかと、ブスブス小言ばかりいって、流転しているのである。しかも漸機の者は圧倒的に多く、頓機は稀なのである。
記録に残っているものから窺っても、法然上人のお弟子の中では、わが親鸞聖人と蓮生房と耳四郎の三人のみが頓機である。
聖人の門下では明法房、ただ一人である。その外にもあったであろうが甚だ少なかったから、法然上人は『和語灯録』に頓機の者は少なく、漸機の者は多しと仰せられている。
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これは本当に『和語灯録』に基いた記述なのでしょうか?

私はこのような記述を『和語灯録』で読んだ記憶がなかったので、確認のために全文読み直したのですが、やはり見つけることができませんでした・・。


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人の心は頓機漸機とて二品に候なり。頓機はききてやがて解る心にて候。漸機はようよう解る心にて候なり。物詣なんどをし候に、足はやき人は一時にまいりつくところへ、足おそきものは日晩しにかなわぬ様には候えども、まいる心だにも候えば、ついにはとげ候ように、ねごう御心だにわたらせ給い候わねば、年月をかさねても御信心もふかくならせおわしますべきにて候。
『往生浄土用心』昭法全p.562

(訳)
人の心には頓機、漸機という二つがある。頓機というのは聞いたならばすぐにその内容を理解できる人、漸機というのは徐々に理解していく人のことをいう。たとえば神社仏閣へ参詣するにしても、足の速い人は、わずかな時間でそこまでたどりつくことができるのに、足の遅い人は一日かけても着くことができないようなものである。
しかし、そこに行こうという心があれば、最後には必ずお参りすることができるのと同じように、浄土に往生したいと願う気持ちさえあるならば、時間はかかっても御信心は深くなっていくに違いない。
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『和語灯録』において「頓機」「漸機」について言及する用例は、私の調べた限り以下のものだけだったのですが、高森先生の述べられる内容とかなり異なっているようです。

高森先生は人の機根を頓機・漸機で差別するように語っていますが、法然上人は信心の弱さを嘆く人に、往生を諦めないように励ましておられます。

これは、「親鸞会教義の相対化・29」の「§1信心の弱さを嘆く人へ」で私が挙げた用例に通じるものです。

清森問答をご覧になっている方の中には、高森先生や親鸞会教義を擁護する立場の方も沢山おられますから、上記の高森先生の説に一致する『和語灯録』の記述があるのであれば、ぜひご教授いただきたいものです。



【3】『会報』vol.4p.79~善知識(17)

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そのことは法然上人が神の不拝を非難せる者に反撃された『一向專修七箇条問答』にも記されている。

「第一に神を信ぜざること甚だもって無道なり。それ我朝は神国として霊験いまにあらたなり。天照大神の御子孫として国のまつりごとをもって世を治め給う。神の威光あらたにして人の心もたけきが故に他国大国よりも撃ちとられず、神の守護し給う故、仏法も繁昌する我朝なり。いかでか神を用いざらんや。この不審をあきらめずば専修の行を破すべし。いかん。専修の行者はことに神を敬い奉ること、その志深し。ただ、神に於て二種の神あり。一には権社の神、二には実社の神なり。実社の神と申すは或は人の生霊死霊の魂、或は畜生の魂、かやうのもの、をほく人をおかし悩すことあるを神とあがめて、やしろを作り、或は今宮、わかみやなんどあがむる神のたぐひなり。この実社を崇め信ずれば今生に諸病を身にうけて、病のゆかに年月を送り、蛇道に堕つること七百生なり。かるが故に実社の邪神をば信ぜざるなり」
これらによっても判るように法然上人は実神の神は徹底的に排斥されている。
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この記述を読む限り、高森先生や親鸞会の教義と法然上人の言葉が一致することになります。

しかしこの『一向專修七箇条問答』という文献が、本当に法然上人が書かれたものであるかどうかは、

1)醍醐本『法然上人伝記』、『西方指南抄』、『黒谷上人語燈録』という、法然上人の主要な遺文集に収録されていない。
(※)
2)『四十八巻伝』のような法然上人の言葉を網羅した文献にパラレルとなる部分が存在しない。
3)写本が室町末期に書写されたもの二本しか伝わっておらず、文献学的に「本物」と言える根拠がない。
4)『昭和新修法然上人全集』でも、上記の理由から「伝法然書篇」に収録されており、アカデミックな立場から法然上人の言葉として取り扱うことは認められていない。
5)親鸞会教義の相対化・1(質疑応答33)で紹介した、法然上人の言葉である可能性の高い文献から導き出される結論と、異なった内容である。

以上の理由により、極めて疑わしいです。

私は、自分の主張の正当性を主張するために法然上人の名前を語って捏造した可能性のある文献に基づく見解ではなく、法然上人の言葉である可能性の高い文献から導き出された見解を採用します。

『一向專修七箇条問答』に書かれた記述を法然上人の言葉として主張するのであれば、上記1)~5)に論拠を挙げて反証しなければなりませんね。

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※法然上人の遺文について

以前、法然上人の遺文について整理しましたので、それを転載させていただきます。

参考文献
・中野正明『法然遺文の基礎的研究』
・安達俊英『御法語の背景ー法然上人典籍研究』(1)(2)(浄土宗宗報所収論文)


法然上人の遺文の出典は、大半が法然上人没後に書き写されまとめられたものです。

したがって「確実に法然上人の遺文である」といえるものは、
1)自筆の原本が残っているもの

※とても少ないです。以下の六点だけです・・。
・廬山寺本『選択集』冒頭の二十一文字
・一心院蔵「一行一筆『阿弥陀経』」の「佛子源空」の一行
・二尊院蔵『七箇条起請文』の中の「源空」の署名と花押
・清涼寺蔵『熊谷直実宛書状(五月二日付)』
・興善寺蔵『正行房宛書状』断簡三通
・金戒光明寺蔵『一枚起請文』

2)『選択集』のようにその当時から一般に認められていた文献

だけということになって、
それ以外の大半の遺文は、多かれ少なかれ偽撰の可能性があることになります。

したがって法然上人の遺文を取り扱う場合は、真撰か偽撰を判断することが、非常に大切になってきます。

これには、絶対的な基準はありませんが、一応、次のような二点が、比較的有効な基準として、一般に認められているようです。

1)遺文が所収されている文献の成立や伝来が確かであるか否か?

醍醐本『法然上人伝記』、『西方指南抄』、『黒谷上人語燈録』の三つの遺文集は成立時期が早く、しかも比較的古い時代にさかのぼりえる。
写本・刊本が現存しているので、そこに所収されている遺文は、かなり信憑性が高いと言えるようです。

それに対して、成立の新しい法然伝にのみ見られる遺文や、単独で伝えられてきたような遺文は、伝承が不確かなので、法然上人のお言葉でない可能性が高くなってきます。

2)内容的に法然上人の教えと相違していないかどうか?

その文献に書かれている内容が法然上人の教えと大きく異なるようであれば、それは法然上人の言葉でない可能性が高いということになります。

ただし、この「法然上人の教え」という基準は、主観的要素によってかなり左右されますので、この基準でもって真撰か偽撰を判定するのは、かなり危険を伴うと思います。

例えば『七箇条起請文』(※※)のように偽撰説が出されながら、結局、真撰であることが証明された文献も存在します。

※※注・・『一向專修七箇条問答』とは全然別の文献です!一応念のため。

だから、その内容が遺文全体において、相当に法然上人の教えと異なり、またそのことを多くの人が承認しているのでない限りは、そう簡単に「偽撰」を主張すべきではないと思います。

安易に「偽撰」の主張してしまうということは、結局は、自分の見解に合致しない遺文を排除するだけであって、そのような方法に基づいてうち立てられた法然上人像というのは、相当恣意的なものになってしまって、真の法然上人からはかけ離れてしまう可能性があるからです。

それに法然上人の教えは対機説法ですので、かなり幅があると思います。

ですから、僕は、醍醐本『法然上人伝記』、『西方指南抄』、『黒谷上人語燈録』などに収録された遺文に関しては、全体的に非法然的でない限りは、とりあえずは、法然上人の遺文として取り扱うのがよいのではないかと考えます。

少なくとも上記三つの遺文集に収められた遺文に関しては、法然上人滅後、そう長くない時代の法然門流の人たちが、宗祖法然上人の遺文と判断して所収されたわけですから、僕達の主観的判断よりは、その事実の方を尊重すべきなんじゃないかなとも思います。

しかしそれでも、偽撰の可能性を考慮に入れておくことも必要ですが・・。


【醍醐寺蔵『法然上人伝記』(『醍醐本』)】

●特徴
この遺文集は大正年間に醍醐寺三宝院で発見されたので、『醍醐本』と言われます。
桃山時代から江戸初期にかけて活躍した醍醐寺座主義演上人が、醍醐寺聖教の書写・整理事業を行った際、原本を弟子に書写させたものが、現存する『醍醐本』です。

醍醐寺は真言宗ですから、あまり重要な文献と見なされず内容を十分理解しないで、書写したみたいで、誤字・脱字・文章の順番間違いなんかがいっぱいあって、決してよりテキストとは言えません。

そんでも、重要でないおかげで、逆に恣意的な改変が加えられた可能性が少なく、また機械的に原文を写しているから、字体も鎌倉時代の趣を残しているらしくて、かえってテキスト自体の信憑性は高まっているみたいです。

●成立時期
『臨終日記』の後に、「上人入滅以後、三十年に及ぶ」とあるので、法然上人入滅後三十年(1242)前後の編纂とみなせ、長らく最も古い法然遺文集と考えられてきました。

ところが、近年編纂の上限が滅後三十年と言えるに過ぎないということが、明らかになってきました。

※『黒谷上人語燈録』の解説参照

そうすると、文献の編集自体は、必ずしも三つの遺文中、最古ではない可能性も出てきたわけです。


【『西方指南抄』】

●特徴
なんといっても親鸞聖人の自筆本(高田専修寺所蔵、国宝)が現存してます!!

かつては親鸞聖人がしたためられた真宗系の文献ということで、浄土宗では敬遠されたのですが、戦後になって伝来が確かで、しかも三つの遺文集の中では最も古い写本を有しているということから、浄土宗でも、これこそ信頼できる遺文集であると評価されるようになりました。

ただし、一部には恣意的な変更を加えたのではないかと思われる箇所もあり、ほかの遺文集に同内容がある場合などは、それらもあわせて見ていくのが望ましいです。


●成立時期
各巻の奥書には「之を書(写)」し終えた年月が記されており、最も早い「上末」の巻が康元元(1256)年10月13日、最も遅い「上本」の巻が康元二(1257)年1月2日となっています。

したがって成立年代は疑いありません。

ただし以下の二つの可能性があります。

1)親鸞聖人が編纂した・・この場合は編纂者・編纂年次ともに明確

2)親鸞聖人は書写しただけ・・この場合は編纂者・編纂年ともに不明※ただし、康元元(1256)年10月13日以前に
成立したことは言える。



【『黒谷上人語燈録』】

●特徴
浄土宗三祖良忠上人の弟子の一人で、三条派の祖である了恵道光上人が編纂した法然上人の遺文集です。

法然上人の末流は多岐におよび、それぞれが好き勝手な教えを説いていて法然上人の真意が定め難くなっているので、もう一度上人の教えに立ち戻るべく、法然上人の法語を集めて浄土往生への「燈(ともしび)」にしようという意図で編纂したものです。

したがって、編纂の意気込みは半端じゃなくて、遺文を網羅的に収集して、しかも慎重に真偽の判断を下して、真撰の遺文のみを収録しようとしています。


●成立時期
文永十一(1274)年から翌年にかけて、もしくはその前後と考えられています。

●「大徳寺本」の発見

※梶村昇・曽田俊弘「新出『大徳寺本拾遺漢語燈録』について」
(『浄土宗学研究』第22号、1996年)

近年、滋賀県の水口町の水口図書館に、江戸時代中期、元禄十五(1702)年書写の写本が所蔵されていたことが判明しました。

この写本はもともと安土の浄厳院に所蔵されていた『拾遺漢語燈録』を、当時の浄厳院の住職である恩哲上人が書写し、後に浄厳院末寺の大徳寺の所蔵を経て、水口図書館にもたらされました。

この「大徳寺本」の発見で、一つ明確になったことがあります。それは「醍醐本」に記されていた「上人入滅以後、三十年に及ぶ」という文言と同内容の文言が、「大徳寺本」の『臨終日記』にも記載されており、

しかもその文言が「大徳寺本」では『浄土宗見聞』(「醍醐本」では『一期物語』に当たる)と『臨終日記』の二つの文献にのみに関して述べられたものであると見なせることから、

法然上人入滅後三十年に成立したのは『浄土宗見聞』(『一期物語』)と『臨終日記』であって、「醍醐本」そのものではないということです。

したがって「醍醐本」の成立は、それより後のことになるわけです。


ということで・・

★法然遺文で『醍醐本』が一番古いとは、必ずしもいえません。

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【4】『会報』vol.4p.79~善知識(17)

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上人流刑の命を受けて、まさに京都を出発される際も、一人の門弟に対して一向専念の説法を諄々となされていた。
その時、西阿という弟子が、おこしにとりすがって「もしお師匠さま、この際のことでございますから、たヾ一言雑行を許すと仰有って下さることは出来ますまいか」と申し上げると上人は、「汝、経釈を見ずや」と叱りとばされている。重ねて西阿が「なる程、経釈はその通りでございますが、世間の機嫌を思うばかりでございます。」と申し上げると上人は何時になく激怒なされて「われ、たとい死刑になるとも更に変わるべからず、若し雑行を許すならば、法然一身の安楽の為に如来大悲の御苦労を水の泡には出来ぬ。釈尊の一切経を反古にはせぬぞ。駛路はこれ聖者の行くところなり。謫所はまた権化の住処なり。愁とするに及ばず。辺鄙の群衆を化せんこと莫大の利生なり」と喝破なされ、遠流に処せられたという。

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これはちょっと細かいことなのですが、『会報』では法然上人が西阿を厳しく叱ってはいますが、「立ち去れ!」と破門したとは書かれていませんね。これなら問題はありません。

ただその場合は、「親鸞会教義の相対化・16(質疑応答70)」で指摘したようなエピソードが、なぜアニメ製作の段階で捏造されたのかが、問題になります。

高森先生がアニメの脚本を書かれたのであれば、高森先生の中に何らかの思想変遷があったことになりますし、別の方によって脚本が書かれたのであれば、高森先生の『会報』にもないエピソードを、その方が新たに捏造したことになりますね。

この謎の解明は門外漢の私では不可能ですので、何かご存じの方がいれば、ぜひ教えて頂きたいと思いますね。

親鸞会教義の相対化・31

清森義行様


『会報』を読み終えましたので、問題点を指摘しておきたいと思います。
分量が多くなりますので、今回はとりあえず一巻と二巻に関して述べさせて頂きます。


【1】『会報』vol.1p.89~真実の自己とは(5)

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仏教では殺し方によって、自殺、他殺、随喜同業の三種に分けるが・・
(中略)
第三の随喜同業とは自分に関係のない人が殺生しているのを眺めて楽しみ、殺された生物の肉を食べて喜ぶ時は自殺、他殺と同様の殺生罪を造るといわれる。
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私の知る限り、釈尊はこのようなことは仰っていません。
どなたがこのようなことを仰っているのでしょうか?

佛言。佛子。若自殺教人殺方便讃歎殺見作隨喜。乃至呪殺。殺因殺縁殺法殺業。乃至一切有命者不得故殺。
『梵網経』大正蔵経vol.24p.1004b

自分自身で殺すこと、人をそそのかして殺すこと、巧みな方法で殺すことを誉め讃えること、自分で手はくださなくても呪い殺すこと。
これらとともに「見作随喜」(殺生を作るのを見て随喜すること)がありますが、釈尊は、「殺された生物の肉を食べて喜ぶ時は自殺、他殺と同様の殺生罪を造る」とは仰っておられません。

これに関しては、仏教と仏教の「兄弟宗教」ともされるジャイナ教とを比較するとよくわかるのですが、「殺生」という悪業に関して、ジャイナ教は事実を重視して、仏教は動機を重視します。
ジャイナ教でも仏教でも殺生は戒められますが、その意味する内容はかなり違います。
ジャイナ教では、水中の小虫を吸わないように水を濾過して飲み、道を歩いて小虫を踏まないように掃きながら歩みます。
一方仏教は道ばたの虫を見て「踏み殺してやろう」と足を上げることがなくなり、虫を踏みそうな場所を避けてとおったり、足元の見えない状況での外出をひかえたりといったこころがけの改善がなされます。

これは人間の身業(身体的行為)・口業(言語的行為)・意業(精神活動の行為)のうち、ジャイナ教が身業を最も重んじたのに対し、仏教が意業を重要視したことに由来するのですが、「殺そう」とする意業(精神活動の行為)に通じるから「見作随喜」は「殺生」になるのであって、「殺された生物の肉を食べて喜ぶ時は自殺、他殺と同様の殺生罪を造る」とは言えません。

もちろん、私達が多くの命を頂いて生きていることは事実であり、私達が多くの殺生の上で生きていることは紛れもない事実です。
だから、食べ物を粗末にしていけないし、心して頂かないといけないと思います。

しかしながら、美味しい食べ物を喜ぶことは「殺生」とは言えませんね。



【2】『会報』vol.2p.19~五劫思惟

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法然上人は『選択集』の中に
「法蔵菩薩は世自在王仏のみもとにあって、諸仏の国土をみ、その救済の方法をしらべたもうに、或は布施を勧むるもの、或は戒律を持たしむるもの、或は忍辱をおしうるもの、或は精進を勧むるもの、或は禅定を勧むるもの、或は智慧を勧むるもの、或は持経すること、
或は寺塔を起立すること、或は沙門に供養すること、或は父母に供養すること、或は師長に奉持すること、こうした色々の善根と、いろいろの功徳とを規定されてあるけれども、かかる諸行が規定せらるる時は、到底すべての人々が、救われることが出来ない。
そこで一切の善悪の凡夫が、受けとる一つで救われる名号を成就し、これを廻向することを誓い、この名号を受け取る者は、すべて救われることを約束された」
と五劫思惟のありさまを詳しくのべられ、お経を念誦せらるる時に、何時も、この五劫思惟の文に感泣せられたという。
>>>

「」の部分に対応する『選択集』の記述は存在しません。
あえて類似した部分を挙げるとすると、以下の部分ということになるのではないかと思います。

「もしそれ造像起塔を以て、本願としたまわば、すなわち貧窮困乏の類は定んで往生の望を絶たん。然るに富貴の者は少なく、貧賤の者ははなはだ多し。
もし智慧高才を以て本願としたまわば、愚鈍下智の者は定んで往生の望を絶たん。然るに智慧ある者は少なく、愚癡なる者ははなはだ多し。もし多聞多見を以て本願としたまわば、少聞少見の輩は定んで往生の望を絶たん。
然るに多聞の者は少なく、少聞の者ははなはだ多し。もし持戒持律を以て本願としたまわば、破戒無戒の人は定んで往生の望を絶たん。
然るに持戒の者は少なく、破戒の者ははなはだ多し。自余の諸行これに准じてまさに知るべし。まさに知るべし、上の諸行等を以て本願としたまわば、往生を得る者は少なく、往生せざる者は多からん。
然ればすなわち弥陀如来、法蔵比丘の昔、平等の慈悲に催され、普く一切を摂せんが為に、造像起塔等の諸行を以て、往生の本願としたまわず。ただ称名念仏の一行を以て、その本願としたまえる。」
『選択集』三章

ちなみにこの部分は、既に清森問答で訳させて頂いております。

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もし仏像を造ることや堂塔を建立することを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、お金のない貧しい者は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。しかし現実には、裕福な人は少なく、貧しい人は甚だ多い。

もし智慧にすぐれ才能に溢れていることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、愚かで智慧のない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。しかし現実には、智慧のある人は少なく、愚かな人は甚だ多い。

もしお経に書かれた教えを、沢山見たり聞いたりすることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、少ししか見たり聞いたりしていない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。しかし現実には、沢山聞いた人は少なく、少ししか聞いていない人は甚だ多い。

もし戒や律をきちんと守ることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、戒を破ってしまったり、もともと戒のない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。しかし現実には、戒を守れる人は少なく、戒を破ってしまう人は甚だ多い。

この他の念仏以外の諸行に関しても、これに準じて知るべきである。

以上のことから、これらの念仏以外の諸行をすることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、往生できる人は少なく、往生できない人は多いだろう。

だからこそ、阿弥陀仏は過去において法蔵比丘であった時に、平等の慈悲にうながされて、あまねく全ての人々を救うために、仏像を造り、堂塔を建立する等の念仏以外の諸行を、極楽浄土に往生するための本願にせずに、ただ、「南無阿弥陀仏」とお念仏申す一行だけを本願とされたのである。
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『選択集』を紹介してくださるのは結構なのことですが、ご自身の思想にあわせて『選択集』に書かれていないことを書いているかのように書くのは、いかがなものかと思います。



【3】『会報』vol.2p.23~阿弥陀仏の本願(1)

>>>
第二にこの願成就の文によって、弥陀の本願の真意が信心正因、称名報恩なることが明らかになったが、その正因たる信心は自分で起こすものなのか、他力の賜りものであるのかが、本願のみでは我々にはハッキリしないが、成就文では「至心に廻向せしめたまへり」と説かれてあることから、この信心は佛の方より授けまします、他力廻向の大信心であることが明らかである。
>>>


はたして「明か」でしょうか?

この部分の直前に高森先生自身が引用されていますが、本願成就の文の原文は、

諸有衆生聞其名号信心歓喜乃至一念至心廻向願生彼国即得往生住不退転唯除五逆誹謗正法

です。

通常の漢文のワードオーダーから考えると、「至心廻向」の主語は基本的には「諸有衆生」であり、

「あらゆる衆生、その名号を聞きて信心歓喜して、ないし一念し、至心に廻向して彼の国に生まれんと願えば、すなわち往生を得・・」

と読むべきものです。これはサンスクリット文の本願成就文でも共通しております(※)。

※それはなぜであるかというと、およそいかなる衆生であっても、アミターバ如来の名前を聞き、そして聞いてから、深い志によって、たとえ一度でも、浄らかな信を伴った心を起こすならば、彼ら全ては、この上ない完全な正覚より後退しない境地にとどまるのである。


親鸞聖人は、「至心廻向」を「至心に廻向せしめたまへり」と読み主語を置き換え、阿弥陀仏から賜る信心というものを明かにされたわけですが、それは親鸞聖人が受け取られた信心に基づき経文を読んだ結果得られた解釈です。

『無量寿経』から言えないことを、『無量寿経』から言えるかのように語るべきではないと思います。

もっと厳しいことを言うならば、高森先生が漢訳原文を引用していながら、実際には漢訳原文は読んでおらず、親鸞聖人の読み方を採用している浄土真宗系の「書き下し」に基づいて論じているから、このような初歩的な誤りをしてしまうのではないかと思います。



【4】『会報』vol.2p.135~喜忍(1)

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これは何も聖人の体験ばかりの独断ではない。阿弥陀佛の御本願に誓われていることなのだ。
即ち、第十八願のお言葉で示せば「十方の衆生を必ず信楽の心にしてみせる」と約束なされている信楽の楽の心が大慶喜心となるのだ。
楽は惱み苦しみの反対で、本当の幸福であり喜びをいう。
>>>


阿弥陀仏が「十方の衆生を必ず信楽の心にしてみせる」と約束していないことは、改めて説明する必要もないと思います。

それからこの解釈は、どなたの解釈なのでしょうか?
寡聞にして、この解釈がどなたの説に基づくのかわかりませんが、少なくとも親鸞聖人の解釈と異なることだけは明かだと思います。(※)


※「至心信楽」といふは、「至心」は真実と申すなり、真実と申すは如来の御ちかひの真実なるを至心と申すなり。
煩悩具足の衆生は、もとより真実の心なし、清浄の心なし、濁悪邪見のゆゑなり。「信楽」といふは、如来の本願真実にましますを、ふたごころなくふかく信じて疑はざれば、信楽と申すなり。この「至心信楽」は、すなはち十方の衆生をして、わが真実なる誓願を信楽すべしとすすめたまへる御ちかひの至心信楽なり、凡夫自力のこころにはあらず。「欲生我国」といふは、他力の至心信楽のこころをもつて安楽浄土に生れんとおもへとなり。
『尊号真像銘文』



【5】『会報』vol.2p.161~信忍(4)

>>>
釈迦一代四十五年間の教えは、阿弥陀佛の本願を説くにあったことは、前号に於いてほぼ明らかにした。
故に、一切経は弥陀の本願におさまり、弥陀の本願によらねば一切の人々は救われることは絶対にないのだ。
釈迦はこのことを『般舟経』に於て、「三世諸佛、念弥陀三昧成等正覚」(三世の諸佛は弥陀三昧を念じて等正覚になる)と説いている。
三世の諸佛というのは一切の佛をいい、弥陀三昧を念じてとは、阿弥陀佛の御力によってということである。
等正覚に成るとは、佛になれたということだ。
つまり三世の諸佛でさえ弥陀三昧によって始めて成佛するのだから、一切の人々は阿弥陀佛の本願によらねば、絶対に助からんのは勿論である、と仰言るのである。
釈迦も三世の諸佛の中の一人であるから、釈迦の本意は弥陀の本願を説くにあったこともまた当然である。
>>>


残念ながら「三世諸佛、念弥陀三昧成等正覚」という言葉は、『般舟三昧経』にはありません。

おそらく、

また『般舟経』にのたまはく、「三世諸仏念弥陀三昧成等正覚」とも説けり。
『口伝鈔』浄土真宗聖典p.899

という覚如上人の言葉に基づいて、典拠を確認しないまま引用してしまったのではないかと思います。

余談ですが、西本願寺で出されている浄土真宗聖典では、「『般舟経』(意)」と書かれていて、覚如上人の引用の誤りがきちんと踏まえられています。


最後に、『般舟三昧経』の古層部分と言われている行品に対応するチベット訳の和訳を紹介させて頂きます。 

バドラパーラよ、現在諸仏面前立三昧(般舟三昧)とは何であるか。
バドラパーラよ、比丘であれ、比丘尼であれ、優婆塞(在家の男信徒)、優婆夷(在家の女信徒)であれ、戒を完全に行じている者は、一人で閑静な所に行って座って、
「世に尊き(世尊)、如来、供養にあたいする(応供・阿羅漢)、正しく完全にさとられた(等正覚)かの阿弥陀(無量寿)仏はどの方向に住み、時を過ごし、とどまり、教えを説いておられるのか」
という思いを起こさねばならない。
彼はいままでに教えられたように、「この仏国土より西の方角に、百千コーティの仏国土を経たところにある、スカーヴァティー(極楽)という世界にかの世尊・如来・応供・等正覚なる阿弥陀仏が現在、菩薩たちの集まりに囲まれ、仕えられ、時を過ごし、とどまり、教えを説いておられる」と億念し、そして散乱しない心を如来に集中する。

バドラパーラよ、たとえば、男にせよ女にせよ、誰かが眠っている夢のなかで、物の形を見るとしよう、銀とか金とか、友人、同族、親戚、仲間、快いもの、愛ししもの、愉快なものなどを見て、彼は夢で彼らとともに遊び、喜び、娯楽し、話し、雑談する。
夢から覚めて、彼は[夢で]見たり、聞いたり、考えたり、知ったり、語ったり、雑談したりしたことを、他の人たちに告げる。
彼は夢の有り様を思いだして涙を流すであろう。

ちょうどそのように、バドラパーラよ、在家であれ出家であれ、菩薩は、ひとりで、閑静なところに行って座り、教えられたように、如来・応供・等正覚なる阿弥陀仏に心を集中する。
戒律の諸要素において過失なく、億念に乱れなく、一日一夜、二、三、四、五、六、七日七夜、心を注ぐ。
もし彼が七日七夜、心に散乱なく、阿弥陀仏を億念するならば、七日七夜を満たしたのちに世に尊き阿弥陀仏を見るのである。
たとえ彼が世尊を昼間に見ないとしても、眠って夢を見ているあいだに、世に尊き阿弥陀仏はその顔を彼に示すのである。
(浄土仏教の思想二pp.269-270)


「般舟三昧」の原サンスクリットは、『般舟三昧経』のチベット訳に記されている梵名から、

pratyutpanna(現在)-buddha(仏)-saMmukha(面前)-avasthita(立つ)-samAdhi(三昧)

であることがわかり、このサンスクリット複合語は、

1)「現在諸仏の面前に立つひと(行者・菩薩)の三昧」
2)「(菩薩あるいは行者の)面前に現在諸仏が立つ三昧」

という二つの読みができますが、いずれにしても、諸仏を面前にする三昧で所謂「見仏」であり、これによって「空」を感得し、最終的に覚りに至るのが『般舟三昧経』の中心テーマです。

高森先生がお書きになられたようなことは、『般舟三昧経』には書かれていません。

投稿

投稿を紹介いたします。

      *         *         *

今日はスティーブン・ハッサンという人の、

「マインドコントロールの恐怖」という本を読んでいました。

これがですね、親鸞会がマインドコントロールであるかどうかは置いておいて、実に面白いのです。

“勧誘方法が、学友部と統一教会で全く同じ”なのです。

神やサタンという用語は違いこそすれ、ATの仕方、ダミーサークル、宗教じゃない方便、無条件服従...

おそらくは親鸞会が、統一教会のやり方をぱくったのでしょうね。

教えも大沼さんのパクリ。

布教も統一教会のパクリ。

パクリだらけです。

さしずめこんなところでしょうか。

親鸞会の教行信証

教...大沼さんの教え
行...統一教会のカルト手法
信...信心詐称
証...観音菩薩の臨終説法

高森先生は何をしておられるのだと悲しくなってきます。

清森先生の奮闘を期待しております。

質疑応答88

【質問】


清森さま、

ネット上でおかしなことが言われています。

「信心決定しても、雑行はすぐには無くなりません」だの
「信心決定は41段で、41段から48段まで信心を純化しなければならぬ」などと
そんなことを清森氏は教えているのでしょうか?


(インターネット上に流れていた多数の質問と回答の引用)


親鸞会の捏造でしょうか?
誤解をとくためですので、必ず清森問答にのせて
「そんなこと言ったことある・ない」「メールで送ったことある・ない」などと
明確に答えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。



【回答】

 貴重な情報を頂き、どうも有難うございました。

 まず、清森問答の趣旨について、理解して頂きたいと思いますが、皆さんから頂いた質問には、原則として全てお答えしております。

 しかしながら、仏教は対機説法と言われ、その回答は、その本人にとっての回答であり、違う人であれば、同じ質問でも回答が変わるかも知れません。

 ですから、誰かから頂いた質問と、その回答を、公開することは、必ずしも皆さんの為になるかどうかは、判断が難しいところです。

 特に、仏教学や唯識学の基礎的知識の無い方に、誤解を与えるだけの内容は、現時点での掲載を見送っております。

 これは、誰にでも理解できるように、噛み砕いた説明の文章が作成できれば、いずれは掲載したいと思っておりますが、なかなか時間が取れないため、実現しておりません。

 一部の希望者の方には、毎日、仏教の資料などを送信しております。
 その中に、菩薩の位についての学説や、その他、仏教での基礎的理解に必要な文章を紹介しております。

 それらの資料を読まれて、理解されているという前提で、清森問答に掲載されていない質疑応答を、送信している方もあります。

 それでも説明不十分な部分はあるかも知れませんが、連絡の取れる方のみに送信していますので、不明な点があれば、個別に対応することも出来るからです。

 そのような内容のものを、不特定多数の人の読ませるということは、誤解を与えるだけになる可能性があると思います。

 なお、投稿につきましては、明らかに虚偽の内容であったり、反社会的な内容でない限りは、希望に応じて掲載しております。

 これは、色々な意見をあることを知って頂くためですので、必ずしも私の意見を代弁したものではありません。

 あくまで投稿者の文責の元で掲載していますが、掲載した私にも責任は発生しますので、ご本人を確認できる方のみとさせて頂いております。

 以下、質問にお答え致します。


>「信心決定しても、雑行はすぐには無くなりません」だの
>「信心決定は41段で、41段から48段まで信心を純化しなければならぬ」などと
>そんなことを清森氏は教えているのでしょうか?

 親鸞会でいう「雑行」「41段」「48段」と、私が使っている意味は違いますので、もし貴方が親鸞会で使っている意味で尋ねておられるなら、そのようなことは教えていないと回答いたします。

 私が使っている意味を説明するには、菩薩の位や華厳経、十住論、教行信証の関係など、すべて説明しなければならなくなります。

 今回は、教えているかどうかの質問ですので、割愛させて頂きます。



>親鸞会の捏造でしょうか?
>誤解をとくためですので、必ず清森問答にのせて
>「そんなこと言ったことある・ない」「メールで送ったことある・ない」などと
>明確に答えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。


 過去に実際に送ったメールと照合しましたが、主要な根拠や、説明部分は殆ど削除されており、わざと誤解させるように悪意をもって編集したとしか思えない内容です。

 こんなものがネット上に流れていると思うと、ゾッとします。

 すでにお書きしました趣旨で運営しておりますので、貴方の希望通りの文章を清森問答に掲載することは控えさせて頂きます。

 このブログに掲載されていない文章は、私の書いたものと思わないで頂きたく思います。

質疑応答87

【質問】

 三重廃立という言葉を、真宗の本を読んでも、中々見つからないのですが、これは高森先生が始めて使われた言葉でしょうか。



【回答】


 私の調べた限りでは、稲垣瑞剣氏の書かれた『死の解決』1巻(p.557)に、以下のように書かれています。


『教行信証』には

(一)には内外対弁(内外廃立)と言って、仏教のすぐれたることが説かれてあり、仏教以外の宗教は「邪」であり、「偽」である旨が論じられている。

(二)には「聖浄対弁」と言って、「聖道門」は時代に合わず、今日の人間の力の及ばぬ事が論じられている。

(三)には「三願対弁」と言って、十九願、二十願を離れて、十八願に入るべきことが説かれている。



 また同じく『死の解決』2巻に、四重廃立(p.441)と題名をつけて、

『教行信証』は

(一)外九十五種の外道に対して仏教の正法たることを証明せんがために書かれたものである。これを内外廃立と云う。

(二)『教行信証』は、、華厳、天台、真言、禅などの「聖道門」に対して、それらの宗教は素晴らしい真理の教えであるが、これを修する凡夫は、それらの教えを受け入れるのには、あまり愚悪なるが故に、機と法とが不相応であるから、凡夫はその教えによりて、生死を離れることが出来ない。故に聖道門を廃して、浄土門に入るべき旨が説かれている。これを「聖浄廃立」と云う。

(三)聖道門の人が、浄土門に転入されても、直ちに十八願(弘願)に入ることが出来ない。彼らは昔の定散行を捨て切らないので、なお「修諸功徳」(19願-要門)に停滞しておる人が多い。『教行信証』は、それら「要門の人」を方便引入して、第十八願(弘願)に入れしむるものである。これを「要(19願)弘(18願)廃立」と云う。

(四)要門の人は、第十八願に入らんと欲しても、まだまだ「定散行」が、なかなか取り去られないために、二十願(真門)に止まるものが多い。『教行信証』はそれらの人を誘って、「真門」(20願)より弘願(18願)に入れしむるものである。これを「真(20願)弘(18願)廃立」と云う。

 かくの如く『教行信証』の使命は重く、且つ大である。先に「三願転入」に於いても述べた如く、また今「四重廃立」に由りて示すが如く、外道より仏法に入ることは難しい。仏法に入っても、聖道門より浄土門に入ることは難しい。浄土門に入っても「要門」より「弘願」に入ることは難しい。たとい「真門」に入っても、「弘願」に入ることは難しい。



 上記の記述がありますので、それらを参照されて、三重廃立ということを仰ったのではないかと思われます。

投稿

元会員の方からの投稿です

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投稿『華光会と高森先生』


華光会と高森先生の関係について、私が思うところを述べさせて頂きます。

私が思うに高森先生は還相廻向の方です(アンチの方は反発するかも知れませんが)。
だから18歳の時に、華光会の伊藤先生の仏敵の説法で、無常と罪悪を突き詰めていって、それで正しい信心を獲られたのだと思います。
しかしながら、還相廻向でもない普通の凡夫が、普通に華光会の説法を聞くと、単に救われた気になるだけ(機の罪悪感と法の有り難さはあるが、信心がお聖教と一致しない)のように思います。
その異安心を、おそらく高森先生は最初正しいと思われたのではないでしょうか(信後すぐで教学力も余りなかったから)。
ゆえに華光会の話を、お母様を始めとして周りに勧めた。
しかし、後に大沼さんの本を読んで、あるいは何かをきっかけに、華光会の人達の信心はおかしいと気が付いた。自分は確かに救われたけれど、周りの信心がまことに思えない。本当にこのまま華光会の説法でよいのかという疑問が高森先生の頭をよぎった。
そこで大沼さんの本の説法、導き方が上手いから、これを使おうと思われた。
しかしそうすれば華光会の説き方と説法内容が変わってくる。
だから華光会と決別して親鸞会を作ったのではないでしょうか。
(しかしこの仮説だと、なぜ高森先生はまず華光会の人達を破邪顕正しなかったのかという疑問が残ります。伊藤先生に逆らえなかったのか?)
私は高森先生は正しい信心の気がします。理由は華光会の説く信心が正しいというより、高森先生が還相回向の方としか思えないからです。パクリだけではあれだけの布教が出来るとは思えないからです。
しかし現在の親鸞会は、善知識だのみを通り越した歴史上まれに見る異安心で、華光会と変わらないというか、余計ひどい気がします。
とにかく、今では、大沼法龍さんも亡くなられ、華光会創始者の伊藤先生もこの世にはおられず、華光会の増井先生もまことの方かどうかちょっと分からない。
親鸞会の高森先生はもはや雲の上の人でイエスマンに囲まれ親鸞会の方向は狂いまくっている。
善知識にあうことは難しいとの親鸞聖人のお言葉が、悲しいかな現実ではないでしょうか。

質疑応答86

【質問】


 学生部のときに、善知識とは、①信心決定の体験、②教学力、③布教力の3つを兼ね備えた方だとお聞きした記憶がありましたので、妙好人は①だけ、真田氏や大沼氏は①と②、高森先生は①から③の全てを持っておられると・・・。ですので、大沼氏が正しい聖人のみ教えを伝えられていたのだと聞いても全くショックはなかったのですが、どう思われますか?



【回答】


 善知識に対する理解は、人それぞれ違うと思います。

 浄土真宗に与えた影響は、おそらく高森先生より、大沼法龍氏の方が大きいと思いますし、真田増丸氏の作った教団の方が、親鸞会の最盛期より大きかったようです。

 今のままですと、高森先生も一代限りの線香花火になるのではないかと、心配です。

 現代の日本に、高森先生と同じ位の力を持たれた善知識が、何人くらいおられるでしょうか?

 10人や、20人では無いと思います。

 高森先生の御法話参詣されている人は、毎月4000人くらいと聞いていますが、その100倍の人が、高森先生を知っているとしても、40万人です。

 日本の人口の1パーセントにも、はるかに及びません。

 50年余り、命がけで御布教されても、富山県内でさえ、高森先生のお名前を知らない人が殆どです。

 日本のどこかに、高森先生と同じような善知識がおられたとしても、私達の耳に入ってくる可能性は非常に低いと思います。

 おそらく、何百、何千の善知識が、全国、全世界で活躍されていることでしょう。そうでなければ、十方衆生が救われる教えではなくなると思います。

 色々な仏教書を読んでいると、「この人はすごい!」と思う人に、何人も出会います。

 だから、私は、高森先生が唯一無二の善知識でなくても、ショックには思いませんし、高森先生や、上田君以外にも、たくさん善知識はいると思います。

親鸞会教義の相対化・30

清森義行様


 続いて、私の投稿に対するコメントしてくださった方に対して、反証ならびに補足説明等を行っておきたいと思います。


【親鸞会教義の相対化・26】
http://kiyomori.mitekaite.com/?art_id=100&v=1


>>Nobody2008-04-0513:27:05さん

>これは私あてではないが真宗の同行として納得できない。

 私の言葉足らずで、納得していだけなかったのではないかと思います。
 若干でありますが、補足説明をさせて頂きます。


>親鸞会は(一切衆生)必墮無間だけしか言わんのでおかしいのです。
>必墮無間と叱りつける人が仏弟子ではないとは私は思わない。
>(「一切衆生必墮無間」という言葉や概念はおかしいでしょう。)

Nobodyさんの仰りたいこと、よくわかっているつもりです。

 創造主である神の、絶対的な「神の律法」が人間の倫理を支えている、キリスト教などを代表するセム系一神教に対して、仏教では、「善因楽果・悪因苦果」「自業自得」の業思想=「因果の道理」が人間の倫理を支えているわけですから、人間のどのような行為が原因になって、どのような結果を受けることになるのか、それを説かなければ、仏弟子は倫理を説くことができないことになります。


そのために、仏教では古来より、

★過去世でどのような行為をした人が、現世でどのような果報を受けたのか?
★現世でどのような行為をした人が、来世でどのような果報を受けるのか?

 これを、釈尊が仏智でもってご覧になったことをお話しになった話を経典や律典から抜粋して、業報の実例集、業報説話集と言える、“アヴァダーナ文献”というものが編纂されたのです。
 これに基づいて仏弟子逹は、釈尊の言葉に基づき、どのような業因によって、いかなる果報を受けるかを話していったのです。

したがってNobodyさんの以下の言葉は、

>理解した上で、他の人に必墮無間と叱りつけることが
>あってもよいのではないのかな。

正確には、

==========================
仏弟子は、三明六神通を獲得した仏の言葉に基づいて、
必墮無間の人を「必墮無間」と叱りつけなければならない。
==========================

ということになると思います。

 蓮如上人に関しては、恐らく上記の範囲内での発言であり、「一切衆生必墮無間」という経典にない言葉を捏造したわけではありませんし、kkhate(=kkk)さんのように、「私の後生は必定地獄らしい」という自分の問題を、根拠もなく「全ての人」に一方的に当てはめ、「そうだろうなあ」と仰っているわけではないので、仏弟子であると言えます。


 最後に、“アヴァダーナ文献”の代表的なものである“ディヴィヤ・アヴァダーナ”が、この度、世界で初めて全訳されましたので紹介させて頂きます。

平岡聡『ブッダが謎解く三世の物語』上下(大蔵出版)

 これなどを読んで頂いて、釈尊がお説きになった業報の実例に基づいて、必墮無間の人に対して「必墮無間」と叱りつけるならば、何の問題もありません。

 凡夫のはからいで、仏弟子にあるまじき行為をすることもなくなります。




>>清子さん

>>
私は、言語の構造上、意味を明確に確定できるサンスクリット文を読むことで、親鸞聖人の教えがサンスクリット文とも矛盾しない教えであることを示し、一方チューリップ企画の山田さんの説が、漢訳『無量寿経』からも親鸞聖人の言葉にも根拠のない説であることを提示しただけです。
>>

これが私の記述です。

===================================
>漢訳『無量寿経』からも親鸞聖人の言葉にも根拠のない説であることを提示しただけです。

この部分はどこのことを書いておられるのかわかりませんね。
親鸞聖人はサンスクリットを根拠にあげておられるわけではありませんので真宗の教えとしては論議の対象外でしょう。
「独自の考え」を言われるのは勝手ですけど。
===================================

 私の記述を変な部分で省略して、反論しやすい形に捏造して反論しても意味はありません。

>>
「若不生者」の「生」は当益だけ、というのは非常に珍しい説だと思います。
成就文にないとすれば、本願は成就してないわけですが、
当益を誓われた部分は成就してないということでしょうか?
>>

本願文で説かれていること・・極楽浄土への往生=所謂「体失往生」
本願成就文で説かれていること・・現世での不退転=所謂「不体失往生」

が説かれていることは、私も既に述べております。


 今問題となっているのは、「若不生者」の「生」を、「信楽に生まれる」と解釈する説が、漢訳『無量寿経』からも、サンスクリット文からも導き出されないものであり、もちろん、親鸞聖人の言葉からも導き出されない「独自の解釈」であるということです。

 勝手に、論点をスライドしてもらっては困りますね。
 これが、貴方(方?)のやり方なのでしょうか?(苦笑)




>>Nobody2008-04-0508:15:21さん
>>Nobody2008-04-0505:47:35さん

>蛇足
>おかどちがい

 私はチューリップ企画の山田さんに向かって言ったつもりだったのですが、ちょっと過敏に反応しすぎではありませんか?
 私は貴方に向けて言ってません。

 それから、貴方が証空上人に関してあまりにも知らないまま、親鸞聖人の専売特許でもあるかのような発言をしていたので、アドバイスさせて頂いたのですが、このようなことを言うとは・・。


>くだらない宗我見や宗派根性をすて、
>自分のつくりあげた幻の世界の正義感でつくりあげた敵や
>悪と戦おうとせず、正確に情報を検討してください。

 私は貴方に関する情報を検討に加える程持っていませんし、貴方の情報を収集するような能力は、持ち合わせていませんよ(苦笑)。


>真宗では「平生の時、照しはじめて」のその時が一念で
>真心徹到した時。
>真宗では阿弥陀仏の光明に摂取の光明と調熟の光明が
>あるといわれる。
>浄土宗ではどうか、またどこで分けますか。
>真宗では一念で分かれます。

>こういう信仰上の話が重要だと言っている。
>どうも理解なされなかったようだ。

 なるほど。論点スライドをしようとしていたのですね。了解いたしました。

 貴方の論点スライドにお付き合いして、以下のようにまとめておきましょう。

A『念佛往生要義抄』の記述から、法然上人に関して以下のことが言える。

1)信前(光明に摂取される前)と信後(光明に摂取された後)の区別をしていた。
2)「往生の心まことにて、わが身を疑う事なくて、来迎をまつ人=三心具足の念仏申す人かどうかで、信前・信後を区別していた。

B『定散料簡義』の記述から、証空上人に関して以下のことが言える。

1)現世における救いである「即便往生」(=不体失往生?)を説いていた。
2)「即便往生」は、三心が発ることによって起きる。

 貴方が、私の提示した資料をまともに読んでいないことは凄くよくわかりました。
 次に論点スライドする時は、もう少し私の挙げた資料を読んでからにしてください。




>>Nobody2008-04-0507:47:03さん

>真宗の者で「それは証空上人が親鸞聖人から学ばれたものだろ」という人は我田引水がすぎよう。
>口伝抄ではこう、西山派ではこう、と文献的なものについてはそれでよいと思う。
>信仰上の話こそが重要なので。

>『定散料簡義』以前に、そもそも『口伝抄』には
>「善恵房の体失して往生するよしのぶるは、諸行往生の機なればなり」とあるわけで
>田中氏も指摘しているようにちょっとおかしい。


 同感です。
 誤りを指摘されても居直ったり逆ギレしたりするような不誠実な態度は、仏教者として問題だと思いますし、見ていて気持ちの良いものではありませんよね。



>>売名さん

>だったら「清森問答」の名前やめてください。

 清森さんが、貴方にこのようなことを言われる筋合いはありません。
 私は、清森さんの要請により親鸞会教義を相対化させて頂いています。


>所詮売名ブログです。ここは。

 売名って・・。
 清森さんがこのブログを立ち上げ、親鸞会を相対化したり、問題点を指摘して矢面に立つことは、凄い大変なことです。

 それに私が仏教学や法然教学という「外の目」から、親鸞会を相対化することは、清森さんにとっては、二十五年間命がけで取り組んできた親鸞会のパラダイムを破壊する行為です。
 私にとっては、日頃行っている文献学に基づく比較研究と変わりませんが、清森さんにとっては、これまで真剣に向き合ってきたことだけに、想像を絶するぐらい辛くて勇気のいることであると思います。

 そしてそれは、既存の教団を批判して新しく一からパラダイムを作っていった、高森先生よりも辛く苦しい道であって、遥かに精神力や勇気のいることだと思います。

 思考停止状態のまま現状に甘んじ、何等自己批判や状況の改善を行わないような人に、清森さんを批判する資格はありません。



【親鸞会教義の相対化・24】
http://kiyomori.mitekaite.com/?art_id=98&v=1

>>ひまわりさん

>合点だけで喜んでいる学者さんには、到底分らない苦しみです。
>頭の理解だけで腹底が、ちっとも見えていない人には、いくら言っておわからない苦しみです。
>信仰が、学者さんより進んでいればこその悩みとお見受けします。

「学者さん」がどなたを指すのかはわかりませんが、貴方は自分と同じ思考回路を持っているかどうかで、「学者さん」の信心が貴方やkkhate(=kkk)さんより「進んでいない」と断定するのでしょうか?

ちなみに法然上人は、

人の心は外に現るる事なければその邪正定難しといえども、『経』には三心を具して往生すと見へてそうろうめり。
この心を具せざるが故に念仏すれども往生を得ざるなり。
(中略)
この心の発りたる事は我が身に知るべし。人は知るべからず。
『十二箇条の問答』の第六問答、浄土宗聖典4巻p.444

と仰っておられます。


往生のために必要な信心は三心ですが、人の心は外に現れるものではなく、この三心が具わっているかどうかは、本人だけがわかることであって第三者にはわからない。

というのが、法然上人の教えられるところであります。

 貴方が、思考停止の有無や、思考停止に至らないことを嘆くかどうかを基準に、「学者さん」の信心が貴方やkkhate(=kkk)さんより「進んでいない」と断定するのは勝手ですが、それは、法然上人の言葉に反することになりますね。


ちなみに私は、

●本人がプラサーダ(浄らかな信)を伴った心を起こしたかどうか?
=本人が三心を具足したことを自覚したかどうか?

によってしか、信心を判定することはできないと思っています。

 一方「思考停止しているかどうか?」は、その人の言動から、ある程度推測することが可能なのではないかと思います。


===================================
※参考 思考停止とは(はてなダイアリー)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%D7%B9%CD%C4%E4%BB%DF

【意味】
 考えるのをやめること。あるいは、あることに対する判断を放棄して、既成の判断を無批判に受け入れること。

「短絡的な反応」「脊髄反射」「固定観念に基づく判断の枠組みを超えていない」「状況の変化にもかかわらず、以前の方針をそのまま当てはめる」状態を指し、議論において極めて批判的に用いられる。

【使われる場面】
 基本的に、きちんと論証する手間を省いて「自分は正しく、相手は間違っている」ということを簡潔に訴えるために使われる手抜きのための用語。「相手の異論は絶対、間違いであるのに対して、自分は絶対、正論である。つまり自分や相手が、一般常識と世間から見て論理的で無く矛盾した発言をしているのに、ただ感情的に正論と、物事をきちんと判断できない人達を指す時に使用する」
 簡単に言えば「ダメ。ゼッタイ」「絶対、儲かる」「絶対、崇拝しろ」と主張したい人が使う。

 また、左翼・右翼・保守・革新・革命・ネットワークビジネス・法令順守などの立場からの発言ばかりだ、とレッテルを貼って反対意見を馬鹿にするためにも駆使される。

 この言葉を使うこと自体、往々にして、相手の発言を読み取らずに「反~何とか」というレッテルを貼るだけに終わってしまう。すなわち「思考停止」という絶対主義の論理である。
===================================

 なお、kkhate(=kkk)さんご自身が、プラサーダ(浄らかな信)を得ていないと仰っておられたので、

>今後は、「思考停止」ではなく「プラサーダ(浄信)」を求めて頂きたいと思います。

とアドバイスさせて頂きました。



【親鸞会教義の相対化・27】
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-89.html

>試写会でアニメを見た元会員さん
>ポン太さん

 そうでしたか。
 親鸞会内部におられる方でも、私の友人と同じ感想の方がおられたんですね。
 大変失礼いたしました。申し訳ありません。

 自浄作用の働かない組織は、アニメ製作にも支障をきたすことがわかって参考になりました。
 ありがとうございました。

親鸞会教義の相対化・29

清森義行様


 引き続き『会報』に検討を加えて、親鸞会教義の相対化を行いたいと思っておりますが、

 その前に、

私の白道・3(投稿1)http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-79.html

を読まれた私の友人(親鸞会教義の相対化27で投稿された方)が、以下のような感想をくださったので、それに対する私のコメントを紹介させて頂きます。


【友人の感想】
「私の白道」と言うのを読んで、「ひどい・・・」と思ってしまいました。
 30年間求め続けて、癌の病床で「わからないー!!」と号泣されたというおじいさん・・・。

 それでも、他の投稿のコメントには「親●会で幸せになった人もいる」とかなんとか書いてるのを見て、なんだろう、これは・・・?
と、こちらの方が思考停止しそうでしたよ。

 このおじいさんのような、お気の毒な人を出しちゃあいかんだろ、と思うのですが。人を不幸にする宗教などあっていいものか、と思います。
 なんでこんなことになっちゃったの?と掘り下げて考えなきゃいけないのに。

 神や仏を感じる霊的な体験は、努力の成果として得られるものではありませんから、それをあたかも努力すれば得られるかのような「法話」がされ、また、得られないのは努力不足のような「法話」がされてるのじゃないでしょうか。
 それ、アカンと思います。

 癌のおじいさん、かわいそすぎです。
 病苦と間違った指導による苦しみを、死の床で味わい続けたとは。


【私のコメント】

 全く同感です。
 私は断言します。親鸞会の方が何を言おうと、高森先生が何を言おうと、あのおじいさんは間違いなく極楽浄土に往生しています。
 それは経文に明らかだし、法然上人の言葉に照らしても間違いありません。
 そのことを、法然上人の言葉に基づきながら証明していきたいと思います。

§1信心の弱さを嘆く人へ

 問いていわく、往生を願わぬにはあらず、願うというともその心勇猛ならず。
 また念仏を卑しと思うにはあらず、行じながら、疎かにして明かし暮らしそうらえば、かかる身なれば、いかにもこの三心具したりと申すべきもなく。
 されば、この度(たび)の往生をば思い絶えそうろうべきにや。

 答えていわく、浄土を欣(ねが)えどもはげしからず、念仏すれども心のゆるなることを嘆くは往生のこころざしのなきにはあらず。
 こころざしのなき者はゆるなるを嘆かず、はげしからぬをも悲しまず。
 急ぐ道には足の遅きを嘆く、急がざる道にはこれを嘆かざるがごとし。
 また好めば、おのずから発心すと申す事もあれば、漸漸(ぜんぜん)に増進して必ず往生すべし。

 日ごろ十悪五逆を造れる者も臨終に初めて善知識に遇いて往生する事あり。
 いわんや往生を願い念仏を申して我が心はげしからぬことを嘆かん人をば仏も哀れみ菩薩も護りて、障を除き知識に遇いて往生を得べきなり。
『十二箇条問答』浄土宗聖典vol.4.p.444.


 願生心や信心が弱いことを嘆くのは、信心を強く持たなければという思いがあるからこそであって、その思いがなければ、嘆くことさえないのであるから、急がないときは、足の遅いことを全く気にならないようなものである。
だからこそ、信心が弱いと嘆いているのは、そこに信心を持とうという気持ち、つまり信心の芽生えがあるからである。

 法然上人はそう仰って、あのおじいさんのように、「念仏すれども心のゆるなる(弱い)」自分自身を嘆いている方に、自分自身の信心の弱さを嘆き、自分が往生できるかどうかを不安に思い、精一杯お念仏に励み、信心決定のために精一杯努力するならば、必ず往生することはできるので、往生を諦める必要がないと仰っています。

 だから、極楽浄土往生したいと思い、阿弥陀仏の本願をたのみ、念仏申した人が、極楽浄土に往生しないことは絶対にありません。

そして、

>>>
 私はとっさに両手を握って「念仏称えましょう」と言った。仏法を聞き始めて数十年、私は初めて人に念仏を勧めたのだ。

 Tさんは驚いたように「念仏称えて助かるですか、いいんですか」と聞いてきた。
 親鸞会で信前の念仏は助からん、本願寺は念仏称えて死んだら極楽、死んだら仏と教えを捻じ曲げていると、30数年聞かされてきたTさんは始め、躊躇されたが、私はかまわず念仏を称え出した。

 3分ーー5分ーー念仏と共に何の涙か分からないが止まらない。
 一緒に泣きながら念仏を称えた。
>>>

とあるように、おじいさんは念仏申すことを奨めてくれる善知識である元親鸞会講師部さんに出会い、阿弥陀仏の本願をたのみ、念仏申し極楽浄土に往生されたのです。


§2来迎→正念

 このように言うと、「平生に信心決定しなければ、往生できない」という方がいるでしょうから、この問題を『称讃浄土経』を論拠に解決されている、法然上人の言葉を紹介しておきたいと思います。


 また初めより、仏の本願に信を発させおわしましてそうらいし御心の程、見まいらせそうろうに、なにしにかは往生は疑い思し召しそうろうべき。
経に説かれてそうろうごとく、いまだ往生の道を知らぬ人にとりての事にてそうろう。

 もとより、よくよく聞こし召ししたためて、その上御念仏功、積もりたる事にてそうらわんには、必ずまた臨終の善知識に遇わせおわしまさずとも、往生は一定させおわしますべき事にてこそそうらえ。

 なかなか、あらぬ様なる人は悪しくそうろうなん。ただいかならん人にても尼女房なりとも、常に御前にそうらわん人に念仏申させて聞かせおわしまして、御心一つを強く思し召して、ただなかなか一向に凡夫の善知識を思い召し捨てて、仏を善知識にたのみまいらせさせたまうべくそうろう。

 もとより仏の来迎は、臨終正念のためにてそうろうなり。

 それを人のみな臨終正念にて念仏申したるに、仏は迎えたまうとのみ心得てそうろうは、仏の願を信ぜず、経の文を信ぜぬにてそうろうなり。

『称讃浄土経』には、「慈悲をもて加えたすけて心をして乱らしめたまわず」と説かれてそうろうなり。

 ただの時によくよく申し置きたる念仏によりて仏は来迎したまう時に、正念には住すと申すべきにてそうろうなり。

 誰も仏をたのむ心は少なくして由なき凡夫の善知識をたのみ、前の念仏をば空しく思いなして、臨終正念をのみ祈る事どもにてそうろうが、ゆゆしきひがいんの事にてそうろうなり。

 これをよくよく御心得て、常に御目をふさぎ掌を合わせて御心を鎮めて思し召すべきそうろう。

 願わくは阿弥陀仏本願あやまたず、臨終の時、必ず我が前に現じて慈悲をもて加えたすけて、正念に住せしめたまえと御心にも思し召して、口にも申させたまうべくそうろう。
 これに過ぎたる事そうろうまじ。心弱く思し召す事のそうろうまじきなり。
『正如房へ遣わす御文』浄土宗聖典pp.428-429


 往生するための道を知り、阿弥陀仏をたのみ念仏を称えていたらならば、阿弥陀様が臨終の時に来迎して、正念に住させてくださると仰っております。

 正念に住しているから、阿弥陀様の来迎があるのではなく、阿弥陀様が来迎するから正念に住することができると仰っています。

「正念に住すること」=信心決定ですから、たとえ信心決定に至らなくても、阿弥陀仏の本願をたのみ、三心具足の念仏を心がけて、お念仏を申していたならば、それが信前の念仏であっても、阿弥陀様が来迎してくださり、「慈悲をもて加えたすけて心をして乱らしめたまわず」
 正念に住することができ、信心決定の後、極楽浄土に往生できるのです。


つまり浄土門には、

【信前の念仏】→【信心決定】→【信後の念仏】→【往生】

とだけでなく、

【信前の念仏】→【来迎】→【正念=信心決定】→(【信後の念仏】→)【往生】

という往生のためのプロセスもあるのです。


§3称名念仏は信後報謝に限らない

 さらに信前に念仏申すことが、信心決定・獲信のために資することを証明する、法然上人の言葉を挙げておきたいと思います。

(1)
 また念仏すれども心の猛利ならざる事は末世の凡夫のなれる癖なり。
 その心の内にまた弥陀を憑(たの)む心のなきにしもあらず。
 譬えば主君の恩を重くする心はあれども、宮仕する時いささか物憂き事のあるがごとし。
 物憂しといえども恩を知る心のなきにはあらざるがごとし。
念仏にだにも猛利ならずば、いずれの行にか勇利ならん。
 いずれも猛利ならざれば、なれども一生空しく過ぎば、その終わりいかん。
 たとい猛利ならざるに似たれども、これを修せんと思う心あるは、こころざしの験(しるし)なるべし。
「好めばおのずから発心す」という事あり。功を積み徳を累ぬれば時々、猛利の心も出で来るなり。
 始めより、その心なければとて空しく過ぎば、生涯徒(いたずら)に暮れなん事、後悔先に立つべからず。
『念仏往生義』浄土宗聖典vol.4.pp.524-525

 この言葉は、「念仏すれども心の猛利ならざる人」で、心の内に「弥陀を憑(たの)む心」の【なきにしもあらず】という人に対して、
「功を積み徳を累ぬれば時々猛利の心も出で来るなり」と、いずれの行よりも優れた功徳のある「念仏」を勧めている言葉です。


(2)
 問うていわく、かようの愚痴の身には聖教をも見ず悪縁のみ多し。
 いかなる方法をもてか我が心をも護り信心をも催すべきや。

 答えていわく、その様一つにあらず。
 あるいは人の苦に遇うを見て三途の苦を思いやれ。
 あるいは人の死ぬるを見て無常の理を解れ。
 あるいは常に念仏してその心を励ませ。
 あるいは常に善き友に遇いて心を恥しめられよ。
 人の心は多く悪縁によりて悪しき心の起るなり。
 されば悪縁をば去り、善縁には近づけなりといえり。
 これらの方法一品ならず。時に随いて計らうべし。
『十二箇条問答』浄土宗聖典vol.4.pp.445-446

「我が心をも護り信心をも催す」ために、
1)人が苦しんでいる姿を見て、他人事と思わず、現世や来世で自らがやがて苦しむかもしれないこととして受けとめていく。
2)人が亡くなっていくのを見て、他人事と思わず、無常の空しさや恐ろしさと真正面から向き合って、後生の一大事の解決に取り組むきっかけとしていく。
3)常に念仏をお称えして、阿弥陀仏との関係を深めて、自らの心を勵ましていく。
4)善い法の友を持ち、互いに勵ましあいながら、その人たちに負けないように、その人たちの友として恥ずかしくないように、精一杯努力していく。
普段からこれを一つ一つ心がけていくことが、大切であると法然上人は仰っておられます。
「常に念仏してその心を励ませ」と法然上人が仰っておられます。


そして、親鸞聖人も信前の念仏を勧めておられることは、既に述べた通りです。
※親鸞会教義の相対化・2(質疑応答43)
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/category5-5.html

 往生を不定におぼしめさんひとは、まずわが身の往生をおぼしめして、御念仏そうろうべし。
(『親鸞聖人御消息』25)

という親鸞聖人の言葉は、「往生を不定におぼしめさん人」
(=信前の人)に対して、「まずわが身の往生をおぼしめして」とあるので、あくまでも「信後の念仏」のみを勧めた言葉である。
と解釈することも不可能ではないとは思いますが、

 信心のひとにおとらじと疑心自力の行者も如来大悲の恩をしり称名念仏はげむべし
(『正像末和讃』66)

という親鸞聖人の言葉は、
「往生を不定におぼしめさん人」=「疑心自力の行者」であっても、「わが身の往生、一定とおぼしめさんひと」=「信心の人」におとらないように、「如来大悲の恩をしり称名念仏はげむべし」と仰っておられる言葉ですので、親鸞聖人が信前の人に、「称名念仏はげむべし」と勧めておられることは明かです。


 従って私は、以下の高森先生の教えは、法然上人・親鸞聖人の教えに反するものだと思っています。

真宗の教義の骨格は、「信心正因、称名報恩」であり、信心一つで助かるのであって、称名念仏は、すべて信後報謝に限るからです。
(『こんなことが知りたい』1p.126-127)


§4「往生できない」と言う「退縁悪知識」

 往生せさせおわしますまじき様にのみ、申し聞かせまいらする人々の、そうらうらんこそ、返す返す、浅ましく心苦しく候へ。
 如何なる智者、めでたき人々、仰せられるるとも、それにな驚かせおわしまし候うぞ。
 各々の道には、めでたく貴き人なりとも、解あらず行異なる人の申し候うことは、往生浄土のためには、なかなかゆゆしき退縁悪知識とも申しぬべき事どもにて候う。
 ただ凡夫の計らいをば聞き容させおわしまさで、一筋に仏の御誓いをたのみ参らせおわしますべく候。
『正如房へ遣わす御文』浄土宗聖典pp.426-427

(訳)
「往生ができないだろう」というようなことばかり、申し聞かせる人びとのあるのは、まことに意外なことで、気の毒なことであると思う。
 どんな智慧ある人や、ご立派な人々が仰っても、それに驚かされてはならない。
 それぞれの仏道において立派で尊い人であっても、その領解や修行の異なる人の申されることは、往生浄土のためには、かえって大変な退転の縁ともなり、悪知識とも言うことになる。
 ただ凡夫のはからいを聞き入れないで、一すじに阿弥陀仏の誓いをたのむべきである。

 法然上人の言葉です。
 信前の念仏を勧めず、おじいさんに「往生できない」と思わせるような教えを説くような、法然上人や親鸞聖人の教えから見て、「解あらず行異なる人の申し候」である方は、大変な退転の縁ともなる「悪知識」です。

 一方、法然上人や親鸞聖人の教えの通りに信前の念仏を勧められた、元親鸞会講師部さんは、おじいさんにとってまぎれもない「善知識」なのです。


§5浄土門で教えを説くものの役目

 浄土門が目指す信心であるプラサーダ(浄信)は、各自が「どういう根拠があって自分は救われるのか?」を徹底的に問いまくって、「こんな自分では往生できないのではないか?」という、自分が「救われない可能性」(=疑情)を、考えて考えて考えまくって、それを全て叩きつぶした末に得られるものです。

 だから、教えを聞く人の「救われない可能性」(=疑情)を、経典や法然上人や親鸞聖人の言葉に基づいて、一個一個潰していくのが、浄土門で教えを説くものの役目であり、その役目を果たすべき者が、「凡夫のはからい」で、「往生できない」可能性を勝手に増やすことは、絶対に許されません。

 法然上人はその姿勢を貫かれた方です。親鸞聖人もそれを目指していかれました。
一方、親鸞会で教えられる教えは、どうなのでしょうか?


 阿弥陀仏は不取正覚の言葉を成就して、現に彼の国にましませば、定めて命終の時は来迎し給はん。
 釈尊は善哉(よきかな)、我が教えに従いて、生死を離れると知見し給ひ、六方の諸佛は悦ばしき哉、我が證誠を信じて、不退の浄土に生ると悦び給ふらんと。
『一紙小消息』

(訳)
 阿弥陀仏は、
「この全ての誓願が実現しなければ私は仏にならない」とまで誓った誓願を実現して、いま現に、かの極楽浄土に仏として在(ましま)しているので、(誓願はすべて実現しているので阿弥陀仏の本願を信じて念仏申すならば、)この世で命を終えようとする時には、阿弥陀仏が必ず迎えに来てくださるであろう。
 釈尊は、
「私の『阿弥陀仏の本願を信じて念仏を申しなさい』という教えにしたがって、人々が生死を繰り返す輪廻を離れることは、なんと素晴らしいことであろうか!」
と阿弥陀仏の本願を信じて念仏申す人をご覧になっておられるであろう。
 六方の諸仏は、「私達が『阿弥陀仏の本願を信じて専らに阿弥陀仏の名号を称えるものが、極楽浄土に往生するということは、全く間違いない真実である』と証明したことを信じて、一度往生したならば、決して迷いの世界に戻ることのない極楽浄土に、人々が生まれることは、なんと喜ばしいことであろうか!」
と喜んでおられることであろう。


 弥陀・釈迦・六方諸仏、全宇宙のあらゆる仏達が、この私が救われることを願い、私が本願を信じ念仏申すことを願い、勧め、証明し、見守ってくれていることを、法然上人は、力強く私達に伝えてくださっています。


 もし仏像を造ることや堂塔を建立することを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、お金のない貧しい者は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、裕福な人は少なく、貧しい人は甚だ多い。

 もし智慧にすぐれ才能に溢れていることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、愚かで智慧のない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、智慧のある人は少なく、愚かな人は甚だ多い。

 もしお経に書かれた教えを、沢山見たり聞いたりすることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、少ししか見たり聞いたりしていない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、沢山聞いた人は少なく、少ししか聞いていない人は甚だ多い。

 もし戒や律をきちんと守ることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、戒を破ってしまったり、もともと戒のない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、戒を守れる人は少なく、戒を破ってしまう人は甚だ多い。

 この他の念仏以外の諸行に関しても、これに準じて知るべきである。
 以上のことから、これらの念仏以外の諸行をすることを、極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、往生できる人は少なく、往生できない人は多いだろう。

 だからこそ、阿弥陀仏は過去において法蔵比丘であった時に、平等の慈悲にうながされて、あまねく全ての人々を救うために、仏像を造り、堂塔を建立する等の念仏以外の諸行を、極楽浄土に往生するための本願にせずに、ただ、「南無阿弥陀仏」とお念仏申す一行だけを本願とされたのである。
(『選択集』第三章私訳)


 私は、この言葉を読ませて頂く度に、法然上人がお示しくださった、仏の慈悲の大きさと有り難さに涙が出てきます。


 法然上人を生涯かけて目指した親鸞聖人・・。
 親鸞会は、その方のお名前を冠する団体ですが、法然上人の御心やその御心を受け取っていかれた親鸞聖人の御心は、親鸞会にどこまで伝わっているのでしょうか・・。

 法然上人や親鸞聖人が何を伝えようとされたのか、それを一人一人が自分で資料にあたって検討し、自分の頭を使って考えていく時がきているのではないかと思います。



追記

 私はこれまで親鸞会教義を批判的に検討することによって相対化してきましたが、ただ単に切り捨てるのではなく、一生懸命がんばっているところは認め、協力できることは協力する「批判的同伴者」になろうと思ってきました。

 しかし、私の投稿に対するコメントを読ませて頂いて、親鸞会における融通のきかなさと誤った情勢判断、上意下達の硬直したシステムと排他性、独善性と自己批判の欠如、そして思考停止の弊害は私の想像以上であることがわかりました。

 老婆心で申し上げておきますが、今後これらの要素を本当に意識的に批判して除いていかないと、親鸞会の未来はないのではないかと思います。

 ある方が仰っていたのですが、自分が一番正しいとか最高だと思った瞬間に、人間は堕落しはじめますし、何かを絶対と思って、自分の思考を停止させてまで従うべきとした瞬間にも、人間の堕落は、はじまります。

 そろそろ、本気で考えていかないといけない時がきているのではないかと思います。

質疑応答85

【質問】


親鸞会発行「御一代記聞書100ヶ条」の[79]と、原文である御一代記聞書223番と読み比べますと、

『「又前々住上人の御時、あまた昵近のかたがたちがひ申す事候。いよいよ一大事の仏法の事をば、心をとどめて細々人に問ひ心得申すべき」の由、仰せられ候ひき。』

の部分が削除されているように思いますが、なぜでしょうか。



【回答】


 教えて頂くまで、気付きませんでした。
 単なる編集ミスか、意図的に削除されたのかわかりません。

 その部分の意味を調べますと、このような意味になっています。

「蓮如上人の時代、近くでお仕えしていた人々の多くが、御教えを間違って受けとめることがあった。私達は、大切な仏法をますます深く心にとどめ、人に何度も何度も尋ねて、御教えを正しく心得なければならないのである」

 親鸞会でいえば、局長や学院長に当たるような方々が、御教えを間違えていたという内容ですから、都合が悪かったのかも知れません。もし、そのような理由で削除されたのだとすれば、誠実さに欠けるやり方だと思います。

親鸞会教義の相対化・28


高森先生は、阿弥陀仏は18願で十方衆生を「唯除逆謗の者」と見てとられていると教えて下さいますが、これは間違いだと思われますか?

>>>

 結論から言うと間違いだと思います。
 これは、高森先生個人に限定された味わいであって、他の人に適応されるものではありませんし、ましてや、他宗や他宗教の方に適応させることができるものではないと思います。

 以下に根拠を述べておきたいと思います。


§1サンスクリット文の本願文

 既に紹介しておりますが、サンスクリット文の本願文は、漢訳『無量寿経』の第十八願と第二十願に相当した形になっていて、以下のようになっております。

世尊よ、私が覚りに到達したとき、無量で数えきれない仏国土でわたしの名前を聞いて、

その私の仏国土に生まれたいという心をおこし、もろもろの善根を振り向ける衆生たちが、

もしも十度までも心をおこしても、彼らがその仏国土に生まれることがないようであったら、

そのあいだは、私はこの上ない完全な覚りを完成させることがないであろう。

ただし、直ちにその報を受けなければならない程の極悪な行為をした衆生や、正法を誹謗するという覆いにおおわれている衆生は除いてである。


 阿弥陀仏の救済の対象は、「無量で数えきれない仏国土」(=十方)で、阿弥陀仏の名前を聞いて、極楽浄土に生まれたいという心をおこし、もろもろの善根を振り向ける衆生たちであって、

そこから、直ちにその報を受けなければならない程の極悪な行為(=五逆)をした衆生や、正法を誹謗するという覆いにおおわれている衆生が除かれているのであって、

救いの対象が、最初から「十方衆生」=「唯除逆謗の者」ということは絶対にありません。


 既に述べたように、サンスクリット文は文法上名詞や動詞の格関係が正確に確定できますので、きちんとした文法知識があれば、誤った解釈は絶対におきません。



§2曇鸞大師・善導大師

高森先生の解釈は、

●「五逆と正法を誹謗した者は浄土往生から除く」
by.『無量寿経』
●「五逆罪を犯したものでさえ、まごころをこめて、お念仏を申せば救われる」
by.『観無量寿経』

という問題にアプローチしている、曇鸞大師・善導大師の解釈に抵触します。


2-1曇鸞大師の解釈

★曇鸞大師の解釈

曇鸞大師は、この問題を『往生論註』八番問答で、

1)五逆罪と正法を誹謗する罪の、二つの重い罪を犯したものは往生できない。
2)五逆罪のみを犯しても、正法を誹謗する罪を犯していないものは往生できる。
3)正法を誹謗する罪はすごく重いので、五逆罪を犯してなくても往生できない。

というように、「正法を誹謗しなければ極楽浄土に往生できる」と解釈しています。


★「正法を謗る」とは?
また曇鸞大師は、

問う。「正法を謗る」というのは、具体的にどのようなことか?

答える。もしも、
「仏はいない!」「仏の説いた法はない!」
「菩薩はいない!」「菩薩の実践する法はない!」
というようなことを言って、このような見解を、自ら抱き、あるいは他の人から教えられて持って、その誤った見解に、心が定まってしまうことを、「正法を謗る」というのである。


というように、

「正法を謗る」というのは、単に「けなす」とか「ののしる」というのではなく、仏や仏の説いた法や、その法に従って実践する存在を、根底から否定することを意味しています。


★闇を照らす光の譬え

その上で、

たとえば、千年間も光が入らない闇室に、一瞬でも光が入れば、たちまち明るくなるようなものである。
闇は千年間も室の中にあったのだから、光が入っても去らない、ということがありえようか。(いやありえない)

という譬えでもって、五逆の罪がどれほど重くても、阿弥陀仏の名号を十回称える無上の信心があれば、全ての罪が除かれると解釈しておられます。

つまり、
1)釈尊や阿弥陀仏という仏の存在。
2)阿弥陀仏の本願を信じてお念仏申すことによって、極楽浄土に往生することができる。
という、お念仏の教えそのものの存在。

これらを否定することなく、信じてその通りにお念仏を申すならば、「正法を謗る」ことにはならず、最も重い罪を犯していないので、たとえ五逆罪を犯していたとしても、千年の闇を一瞬で光が照らすように、全ての罪が除かれ、極楽浄土に往生することができる。

ということになります。



2-2善導大師の解釈

問う。
『無量寿経』の四十八願の第十八願には、「ただ五逆と正法を誹謗するものを除く」とあって、これらの者の往生を許さないが、いまこの『観経』の下品下生のところでは、正法を誹謗するものをえらび除いて、五逆のものをおさめ取って、往生できるとしているのは、いったいどういう意図があるのか?

答える。
 このことについては、仏意を仰ぎおしはかって、抑えとどめる教えの上で解釈する。
 四十八願の中で、法を誹謗するものと五逆とを除いているのは、実にこの二つの悪業はその障りが非常に重く、衆生がもし犯したならば、ただちに阿鼻地獄におちて、途方もなく長いあいだ苦しみもがいて、ついに出る道がないから、ただ如来はこの二つの罪過を犯すことを恐れて、たくみなてだてとして制止し、往生できないと説かれのであって、これもまた、おさめとらぬというのではない。

 また下品下生の文の中で、五逆はおさめとって、正法を誹謗するものを除いているのは、五逆はすでに犯してしまっており、このまま見捨てて、迷いの世界に流転させることはできないから、かえって大悲をおこして、これをおさめとって往生させるのであるが、法を誹謗する罪はまだ犯していないから、これを制止して、もし法を誹謗するならば往生はできない、と説かれるのである。

 これはまだ悪業をつくっていない点について解釈するのであって、もし罪を犯したならば、かえってこれをおさめとって往生させるのである。


というように、


★「五逆と正法を誹謗した者は浄土往生から除く」(『無量寿経』)という記述は、
まだ五逆罪と正法を誹謗する罪を犯していない者に対して、「もしこのような罪を犯したならば往生はできない!」と戒めて、おさえとどめるための教え
⇒抑止門(おくしもん)であると解釈されます。

★「五逆罪を犯したものでさえ、まごころをこめて、お念仏を申せば救われる」(『観経』)という記述は、
すでに五逆罪を犯してしまった者であっても、阿弥陀仏は見捨てることなく、大悲をもって救い取って往生させることを示すための教え
⇒摂取門(せっしゅもん)であると解釈されます。


 つまり、最終的には『観経』の記述のように、五逆の罪を犯したものであっても救い取るのですが、人々がそのことに甘んじて罪を造ってしまうことを未然に防ぐために、『無量寿経』では、人々を巧みに導くために、「五逆と正法を誹謗した者は浄土往生から除く」と述べておられる。

そのように解釈されています。


★いずれにしても、高森先生の仰るように、
最初から「十方衆生」=「唯除逆謗の者」であったら成り立たない解釈です。



§3法然上人

更に法然上人の言葉から検討してみたいと思います。

3-1五逆は許される

 まず、法然上人が五逆と誹謗正法をどのように位置づけているかを確認します。

十方に浄土多けれど、西方を願うは、十悪五逆の衆生の生(うま)るる故なり
『一紙小消息』

 このように法然上人が、「五逆罪を犯したものでも極楽浄土に往生できる」とお示しになっていることは、これは『観無量寿経』の所説に基づくものであり、曇鸞大師・善導大師の所説とも抵触しません。


3-2誹謗正法は許されない

 ただし法然上人は、「誹謗正法」を犯すことを厳しく戒めておられます。


3-2ー1『選択集』

而るに今図らざるに仰を蒙る。辞謝するに地無し。
仍って今憖に念仏の要文を集め、剰え念仏の要義を述ぶ。
ただ命旨を顧みて不敏を顧みず。これすなわち無慙無愧のはなはだしきなり。
庶幾わくは一たび高覧を経てのち、壁底に埋めて窓前に遺すこと莫れ。
恐らくは破法の人をして、悪道に堕せしめんことを。

『選択集』を一度ご覧になったら、壁の底に埋めて頂きたい。
と法然上人が九条兼実公に仰っておられるのは、念仏の教えに反感を持つ人が『選択集』を見たために、念仏の教えを誹謗し、その結果、その人が悪道に墮ちることを恐れるからです。

 最初から「十方衆生」=「唯除逆謗の者」であったら、法然上人が、このようなことをわざわざ言う必要はありません。


3-2ー2『登山状』

餘行を謗じ念佛を謗ぜん、おなじくこれ逆罪也。
とらおほかみに害せられん、獅子に害せられん、ともにかならず死すべし。
これをも謗ずべからず、かれをもそねむべからず、ともにみな佛法也。
たがひに偏執することなかれ。
像法決疑経にいはく、三学の行人たがひに毀謗して、地獄にいることとき矢のごとしといへり。
又大論にいはく、自法を愛染するゆへに他人の法を毀呰すれば、持戒の行人なりといへども、地獄の苦をまぬかれずといへり。


 念仏を誹謗することも、念仏以外の諸行を誹謗することも、どちらも同じく誹謗正法の罪を犯してしまうことになり、このような行為は、地獄に墮ちてしまうことになるのが、『像法決疑経』や『大智度論』からも明かであると、法然上人が述べておられます。

 これも、最初から「十方衆生」=「唯除逆謗の者」であったら、わざわざ言う必要はありません。


3-3不当な罪業観からの解放

これは既に【相対化・10】で紹介したことですが、
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-55.html

 法然上人は深い懺悔の言葉を沢山残されておられますが、同時に、不当な罪業観に苦しむ人に対して、とても勇気付けられる大切な言葉を残しておられます。

五逆十悪の重き罪造りたる悪人なお十声一声の念仏によりて往生しそうらわんに、まして罪造らせおわします御事は何事かそうろうべき。
たといそうろうべきにても幾程の事かはそうろうべき。
この『経』に説かれてそうろう罪人にはいい比ぶべくやはそうろう。
「正如房へ遣わす御文」


 この言葉では、現実の不条理に苦しんでいる人に対して、あなた方は自分が罪深い、罪深いと考えているが、実際に何をしたというのか。
 親を殺したのか、仏を傷つけたのか、何もしていないではないか。
 経典に述べられるような罪人と比べると、大した罪など犯していないではないか。

というように過剰な罪業観に悩むことがないことを、はっきりとお説きになっています。

さらに、

かの三宝滅尽の時の念仏者と当時の御房達と比ぶれば、当時の御坊達は仏のごとし。
『十二問答』

末法万年後の人間と比べたならば、今のあなた方は仏のような存在である。

と語って、不当な罪意識から民衆の心を解き放っておられます。


 この言葉からも、「十方衆生」=「唯除逆謗の者」という主張が不当であることが、明確になるのではないかと思います。



 以上の考察から、法然上人に至るまでの浄土門の教えと、「十方衆生」=「唯除逆謗の者」という主張が抵触することが証明されたと思います。



§4日蓮聖人

「十方衆生」=「唯除逆謗の者」という主張は、「一切衆生必墮無間」とセットになって、墮地獄の恐怖で人を支配するシステムを構築していると思います。

 これは、明らかに正統な浄土門の教えではないと思います。

 最後に、「不信=誹謗=墮地獄」という論を説いている、日蓮聖人の論を参考に紹介させていただきます。


4-1「十四誹謗」

次に毀謗と云うは即不信なり信は道の源功徳の母と云へり
菩薩の五十二位には十信を本と為し十信の位には信心を始と為し
諸の悪業煩悩は不信を本と為す云云、
然ば譬喩品の十四誹謗も不信を以て体と為せり
今の念仏門は不信と云い誹謗と云い争か入阿鼻獄の句を遁れんや、
『念仏無間地獄抄』


 このように日蓮聖人においては、『法華経』譬喩品に説かれる「十四誹謗」の中心が「不信」であり、『法華経』を信じ行じなければ、それは即ち誹謗であり、浄土門の教えは、『法華経』に基づかない教えであるので、地獄に堕ちると仰っておられます。

※十四誹謗

驕慢、懈怠、計我(我見)、浅識、著欲、不解、不信、顰蹙、疑惑、誹謗、軽善、憎善、恨善


4-2『法華経』譬喩品の検証

ただし、『法華経』譬喩品第三を見ると、

舎利弗驕慢懈怠我見を計する者には此の経を説くことなかれ
凡夫の浅識深く五欲に著せるは聞くとも解すること能わじ
亦為に説くことなかれ
若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断ぜん
或は復顰蹙して疑惑を懐かん汝当に此の人の罪報を説くを聴くべし
若しは仏の在世若しは滅度の後に其れ斯の如き経典を誹謗することあらん
経を読誦し書持することあらん者を見て軽賎憎嫉して結恨を懐かん
此の人の罪報を汝今復聴け其の人命終して阿鼻獄に入らん
一劫を具足して劫尽きなば更生れん是の如く展転して無数劫に至らん

というように、

驕慢、懈怠、計我(我見)、浅識、著欲、不解、不信、顰蹙、疑惑、誹謗、軽善、憎善、恨善

という単語は出てきますが、「不信=誹謗=墮地獄」という論理は成り立ちません。


 また、サンスクリット文『法華経』の該当箇所和訳を見ても、

頑固な人々や、高慢な人々や、正しい修行をしない人々に、お前はこれを説いてはならない。
愚か者たちは常に愛欲に酔いしれていて無知であるから、説かれたこの教えをあしざまに言うであろう。
仏陀の導きとして常に世の中に確立されている私の巧みな方便を誹謗し、眉をひそめて(教えの)乗り物を捨て去る、このような人がこの世でうける果報がいかにきびしいものであるかを、お前は聞け。
私がまだこの世にいるあいだにせよ、完全な涅槃にはいったのちにせよ、このようなこの経典を誹謗し、あるいは比丘たちに対して苛酷な振る舞いをして彼らがうける報いがいかなるものかを、いまや私に聞け。
これらの愚か者たちが人間としての生を終えてから住んでいるところは、一劫が滿ちるあいだ、アヴィーチ(阿鼻)の地獄である。
そののちさらに多くの中劫のあいだ、彼らは幾度も死んでは再びそこへ落ちていく。
(『大乘仏典5』p.117)

とあって、

1)説かれたこの教え(=法華経)をあしざまに言う
2)仏陀の導きとして常に世の中に確立されている私の巧みな方便を誹謗する
3)眉をひそめて(教えの)乗り物を捨て去る
4)この経典(=法華経)を誹謗し、あるいは比丘たちに対して苛酷な振る舞いをする

をすると、謗法罪になり来世に阿鼻地獄に墜ちてしまうことは明かですが、
「不信=誹謗=墮地獄」と言うことは言えないことは明かです。




私見ですが、

「十方衆生」=「唯除逆謗の者」→「一切衆生必墮無間」

という論理は、正統な浄土門の教えから導き出されたものではなく、また、『法華経』のような他宗の所依の経典から導き出されたものでもなく、

むしろ『法華経』の経文を極端に拡大解釈した日蓮聖人の教えのような、特殊な解釈から導き出された論理なのではないかと思いました。


いずれにしても、経文になく法然上人の教えに抵触する教えは、正統な浄土門の教えとは絶対に言えません。

質疑応答84

【質問】


高森先生は、阿弥陀仏は18願で十方衆生を「唯除逆謗の者」と見てとられていると教えて下さいますが、これは間違いだと思われますか?



【回答】


 阿弥陀仏の御心は、私には分かりません。

 前回も申し上げましたように、親鸞聖人は、逆謗の者でも救われると説かれています。

●四十八願の中のごとき、謗法・五逆を除くことは、しかるにこの二業、その障極重なり。衆生もし造れば、直ちに阿鼻に入りて、歴劫周章して出ずべきに由なし。ただ如来、それこの二つの過を造らんを恐れて、方便して止めて「往生を得ず」と言えり、またこれ摂せざるにはあらざるなり。(教行信証信巻)

 ですから、阿弥陀仏が、十方衆生を逆謗と見てとられていると、味わうことは出来ると思います。(逆謗の者でも救われるということと、十方衆生が逆謗だということは違いますが。)



 実際は、十方衆生は逆謗なのかも知れませんが、「十方衆生は逆謗だから、必堕無間なのだよ」という説き方はされていないということです。

 善知識方は、あくまで、「煩悩具足だから、六道輪廻しなければならないのだ」という説き方をされています。

 蓮如上人が、例外的な説き方をされている所がありますが、その部分のみを強調して、無間地獄以外に生まれるのは間違いだと教えるのは、極めて偏った説き方になると思います。



 私も分からないところなのですが、

(1)十方衆生には、逆謗の者と、そうでない者がある。だから地獄に堕ちている衆生もあれば、畜生や人間に生まれている者もある。

(2)十方衆生は全て逆謗だが、阿弥陀仏のお力によって、畜生や人間に生まれている者もある。



(1)ならば、もちろん必堕無間ではありませんが、(2)だとしても、死後も阿弥陀仏のお力はかかり続けますので、やはり必堕無間ではないことになります。



 善知識方は、(1)の説き方をされているようです。

●しかるに謗法の罪は未だ為らざれば、また止めて「もし謗法を起こさばすなわち生まるることを得じ」と言う。これは未造業について解するなり。(教行信証信巻)

●「凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味」というは、凡夫も聖人も五逆も謗法も、ひとしく大海に回入すれば、もろもろのみずの、うみにいりて一味なるがごとし、といえるこころなり。(正信偈大意)



 最初から、五逆謗法と決め付けてしまっては、誰も善に励もうとする者がいないから、方便で仰っているのでしょうか?

 それとも、実際に、五逆謗法ではない人が、いるのでしょうか?

 私には、分かりません。



 蓮如上人が、「信心獲得せずば、無間地獄に堕在すべし」と仰っている部分がありますので、対機説法で、そのような説き方をする場合もあるのかも知れません。

 しかし、誰に対しても、そのように説けば良いわけではないと思います。

 まして、化土往生を説いたり、後生の一大事を六道輪廻と説くことを否定するのは、善知識方の説き方を否定することになるので、間違いだと思います。

質疑応答83

【質問】


 化土往生できる人がこの世にいるとするならば、本願文の「唯除五逆誹謗正法」のお言葉や大無量寿経の五悪段に説かれていることとの関係はどうなっているのか?



【回答】


 親鸞聖人が、「唯除五逆誹謗正法」を「全人類は五逆謗法だ」と解釈されたお言葉はありません。親鸞聖人は、「唯除五逆誹謗正法」について、以下のように解説されています。


●四十八願の中の如き、謗法・五逆を除くことは、しかるにこの二業、その障、極重なり。衆生、もし造れば、直ちに阿鼻に入りて、歴劫周章して出ずべきに由なし。ただ如来、それこの二つの過を造らんを恐れて、方便して止めて「往生を得ず」と言えり、またこれ摂せざるには、あらざるなり。(教行信証信巻)

●「唯除五逆誹謗正法」というは、「唯除」というは、ただ除くという言葉なり、五逆の罪人を嫌い、誹謗の重き咎を知らせんとなり。この二つの罪の重きことを示して、十方一切の衆生みなもれず、往生すべしと知らせんとなり。(尊号真像銘文)



 阿弥陀仏は、逆謗の者も救って下さいますが、衆生が、五逆罪・謗法罪を造らないようにするために、唯除と誓われているのだ、と仰っています。

 逆謗の者でも救われるのだから、どんな人でも救われる、という根拠にはなりますが、だからといって、全人類が逆謗だという根拠にはなりません。

 逆謗でない人が、実際にいるのかどうか、私には分かりません。しかし、親鸞聖人が「全人類は逆謗である」という説き方をされていませんので、必堕無間の根拠には、ならないと思います。



 また、五悪段につきましても、必堕無間とは、どこにも説かれていません。すべて三悪道として教えられています。無間地獄ならば、寿命が短いということはありません。


●かるがゆえに自然の三途無量の苦悩あり。転た、その身を貿え、形を改め、道を易えて、受くるところの寿命、あるいは長く、あるいは短し。(大無量寿経)

●仏、弥勒に告げたまわく、「吾、汝等に語る。この世の五悪、勤苦かくのごとし。五痛、五焼、展転して相生ず。但し衆悪を作して善本を修せず。みな悉く自然に諸々の悪趣に入る。あるいはその今世に先ず殃病を被りて、死を求むるに得ず。生を求むるに得ず。罪悪の招くところ、衆に示して、これを見せしむ。身死して、行に随いて三悪道に入りて、苦毒無量なり。(大無量寿経)



 また、これは全人類が、三悪道に入る、という意味ではなく、悪人が行く世界だと教えられています。善をすれば、三悪道には行きませんので、善をしなさいと勧められています。


●善人は善を行じて、楽より楽に入り、明より明に入る。悪人は悪を行じて、苦より苦に入り、冥より冥に入る。(大無量寿経)

●人能く中に於て一心に意を制し、身を端し、念を正しくし、言行相副い、作す所、至誠にして、語る所、語のごとく、心口転ぜず、独り諸善を作し、衆悪を為さざれば、身独り度脱して、その福徳、度世・上天・泥オンの道を獲ん。これを五の大善とするなり。(大無量寿経)


 つまり、五悪段で説かれていることは、悪人は三悪道に堕ちる、ということであって、「一切衆生必堕無間」の根拠にはなりません。


質疑応答82

【質問】


 獲信した人を除いて後生の一大事(無間地獄に堕ちる)を抱えていない人はいるのか?
 (化土往生できる人は現代の世に存在するのか?)



【回答】


 まず、先に化土往生について、解説したいと思います。

 七高僧は言うまでもなく、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人ともに、化土往生を教えられています。


●仏智不思議をうたがいて 善本徳本たのむひと
 辺地懈慢にうまるれば 大慈大悲はえざりけり(正像末和讃)

●罪福ふかく信じつつ 善本修習するひとは
 疑心の善人なるゆえに 方便化土にとまるなり(正像末和讃)

●仏智不思議をうたがいて 罪福信ずる有情は
 宮殿にかならずうまるれば 胎生のものとときたまう(正像末和讃)

●名号をとなうというとも、他力本願を信ぜざらんは、辺地にうまるべし。(末灯鈔)

●自力の称名は、臨終の所期、おもいのごとくならん定、辺地の往生なり。(口伝抄)

●「専雑執心判浅深 報化二土正弁立」というは、雑行雑修の機をすてやらぬ執心あるひとは、かならず化土懈慢国に生ずるなり、また専修正行になりきわまるかたの執心あるひとは、さだめて報土極楽に生ずべしとなり。これすなわち、専雑二修の浅深を判じたまえるこころなり。『讃』にいわく、「報の浄土の往生は、おおからずとぞ、あらわせる 化土にうまるる衆生をば、すくなからずとおしえたり」といえるこころなり。(正信偈大意)



 そこで疑問になるが、実際に化土往生している人が、いるのかということです。

 これについて、親鸞聖人は以下のように仰っています。



●報土の信者はおおからず 化土の行者はかずおおし
自力の菩提かなわねば 久遠劫より流転せり(正像末和讃)

●報の浄土の往生は おおからずとぞあらわせる
化土にうまるる衆生をば すくなからずとおしえたり(高僧和讃)



 私には、実際に化土往生している人がいるのかどうか、分かりません。しかし、親鸞聖人は、たくさんの人が、化土往生していると説かれています。

 三願転入の御文では、親鸞聖人は、双樹林下往生、難思往生を通って、十八願の世界に出られたと書かれています。双樹林下往生とは化土往生のことです。



●ここをもって、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化に依って、久しく万行・諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離れ、善本・徳本の真門に回入して、ひとえに難思往生の心を発しき。しかるにいま特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入し、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓い、良に由あるかな。(教行信証化土巻)

●観経往生ともうすは、これみな方便化土の往生なり。これを双樹林下往生ともうすなり。(三経往生文類)



 親鸞聖人は、化土往生に永く止まっておられたと仰っています。

 もし、その時に親鸞聖人が、亡くなられていたら、本当に化土に往生されていたのかどうかは、私には分かりません。

 しかし、間違いなく言えることは、親鸞聖人は、化土往生の救いを真剣に求めておられたということです。

 これが全人類が通らねばならない道ならば、すべての人は、化土往生を求める過程を経なければ、十八願の世界には出られないことになります。

 そう考えますと、善知識方が、化土往生を教えられたのは、至極当然のことのように思います。



●釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発して あまねく諸有海を化したまふ。(教行信証化土巻)

※福徳蔵は十九願、化土往生の教え

●釈迦牟尼仏は、功徳蔵を開演して、十方濁世を勧化したまう。阿弥陀如来は、もと果遂の誓いを発して、諸有の群生海を悲引したまえり。(教行信証化土巻)

※功徳蔵は二十願、化土往生の教え

●それ濁世の道俗、速やかに円修至徳の真門に入りて、難思往生を願うべし。(教行信証化土巻)



 もしかしたら、私達は、どんなに頑張っても、化土往生は出来ないのかも知れません。

 仮に、そうだとしても、それを言ったら「お終い」な訳です。誰も十九願を実践しようとする人など、いなくなります。

 化土往生を説かれたのは方便なのですから、「我々を真実に近づけ、真実を体得させるに絶対必要なもの」なのです。



 私は、真面目に仏法を求めている人は、化土往生できる、と考えるべきだと思います。

 報土に生まれさせるお力を持つ阿弥陀仏が、化土に生まれさせる力さえ無いのでしょうか?

 釈尊、七高僧、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人が、口をそろえて、「化土に生まれられる」と仰っているのに、それに反発して、「どうせ化土には生まれられない」と言っていては、仏法にならないと思います。



 私は、参詣できなかったので分かりませんが、昨年の香港御法話で、高森先生が、「真面目に仏法を求めてゆけば、臨終に観音菩薩が説法して救って下さる」と仰った、と聞きました。

 それが事実だとすれば、まさに十九願、化土往生の教えです。

 これを聞かれて、親鸞学徒の皆さんは、やる気を出されて、仏法を実践しようと思われたのではないでしょうか?

 高森先生が、化土という言葉を使われずに、化土往生を説かれたのかも知れません。




 次に、必堕無間の一大事について、思うところを述べさせて頂きます。
 親鸞会が、「必堕無間」の根拠としているのは、以下の御文です。

●この信心を獲得せずは、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり。(御文章)


 私は、この御文を一概に否定するつもりはありません。しかし、この一文をもって、「一切衆生 必堕無間」と結論づけて良いものか、という点については、疑問が残ります。



 まず、すでに書きましたように、化土往生を説かれなかった善知識はおられません。化土は、信心決定していない人が往く世界ですから、「信心を獲得せずは、無間地獄に堕在すべし」という教えと相反致します。

 蓮如上人御自身が、「正信偈大意」には、自力の人は化土に生まれ、化土に生まれる人が多いと説かれているのですから、どちらが真意か、分かりません。

 しかし、御文章はあくまでお手紙ですから、対機説法です。その機に応じて、必要があったから、そのように説かれたのかも知れません。誰に対しても、そのように説いて良いかは疑問が残ります。

 一方、「正信偈大意」は、親鸞聖人の御心を明らかにするために執筆された、事実上、唯一の御著書ですから、普遍性があると思います。

 いずれにしましても、「信心獲得せずば…」のみを採用し強調して、すべての善知識方が説かれた化土往生を説かないというのは、かなり偏った説き方ではないでしょうか?



 次に、化土にも往けない人は、無間地獄なのかという点ですが、親鸞聖人は、六道輪廻する、という説き方をされています。


●もしまた、この度、疑網に覆蔽せられなば、更りて、また曠劫を径歴せん。(教行信証総序)

●呼吸の頃、すなわちこれ来生なり。一度、人身を失いぬれば万劫にも復らず。(教行信証行巻)

●自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、常に没し、常に流転して、出離の縁あることなし、と深信す。(愚禿鈔)



 親鸞聖人は「必ず無間地獄に堕ちる」という説き方はされていませんので、親鸞聖人が仰っているように、「六道輪廻する」と理解した方が良いと思います。

私の白道・6


(私の白道)

1回  3月10日 質疑応答74
2回  3月16日 質疑応答80
3回  3月20日 投稿1
4回  3月29日 投稿5
5回  4月 5日 投稿
6回  4月 8日 投稿


○先回、高森先生と華光会が関係があったことがハッキリしましたので今回は華光会は、どんなところか、本当に「土蔵秘事に類する」ところなのか、私が見たままお伝えします。

 お前は華光会の宣伝をしたいのか、と思う人があるかも知れませんが、私は人生のほとんどを費やしてようやく知ったことを皆さんに知って頂き、阿弥陀仏の本願力に遇って頂くご縁になればと思うばかりです。

 予想もしない、多くの皆さんが私のここを読んで下さることは本当に有難いことだと心から思わずにおれません。

 今回は私の獲信までを書かせて頂きます。

 少し長くなりますが、お読み下さい。



○華光会の歴史

 華光会は最初、真宗興正寺派の学頭、故伊藤康善師によって創刊された求道雑誌「華光」を中心とした誌友の集いでした。

 創刊は昭和16年で、今も続刊されています。
 その信条は「後生の一大事を心にかけて、弥陀の本願まことの信にめざめることを目的とする」ものです。

 その為、僧俗、宗派、あるいは信、未信を差別せず、来る者は拒まず、去る者は追わずで、あくまでもお互いの自主性を尊重しています。
 伝統や形式に固執せず、上下関係も無く、特定の一人の善知識だけをたのみとせず、聞法と伝道にかける開かれた同朋集団で、京都の華光会館のほかに、全国に支部があり各支部で月例法座支部大会など活発に行われています。

 昭和33年「華光会」は宗教法人として登録されました。
 現在の代表者は増井悟朗先生です。



○1月華光会の報恩講に初参詣

 1月夫婦で報恩講に参詣した。
 華光会館は3階建てで、文化会館風の建物で新しかった。
 玄関を入り2階の道場の間に行くと、50畳位の仏間があり、すでに報恩講で全国から同人(会員)や私達のような未同人の人で一杯だった。御本尊は御木像だった。

 服装を見て驚いた。私だけであろう、ダブルのスーツにネクタイ姿は。皆さん、ラフなスタイルで、Gパンの若者もいる。
 報恩講のお勤めが始まり、親鸞会と違う本願寺系のお勤めだったので聞いているだけだった。


 御法話が始まった。「身体を楽にして聞いて下さい」と言われへーと思った。正座が当たり前と思っていたが、皆さん自由な聞き方だった。私は正座で聞かせて頂いた。

 御法話が終わって、いくつかのグループ、十数人に別れて、ご示談、座談が行われることになった。私達は3階の増井悟朗先生の部屋に行った。
 ここの、御本尊は六字の御名号だった。

 華光会の特徴は御法話の後は必ず、ご示談、座談が行われ、自己紹介の後、今聞いた御法話をどのように聞かせて頂いたか、感想、よく理解できなかったこと、質問、日頃の聞きたいこと、自分の今の心の内、本音が話し合われることだった。
 発言したくない人は発言しなくてもよかった。

 アニメ第5部に「土蔵秘事」の場面で、無常や罪悪を責めたてて人工的信心を獲させるような場面があるが、こんな先入観は違っていた。
 華光会の先生方はカウンセリングの勉強もよくされていて、心を開いて話しする、 よく聞く事が如何に大事か心得られているなと驚いた。
 龍谷大学の学生相談室カウンセリングの先生もおられた。

 私は親鸞会講師部時代、顕正対象者に仏教の話を一方的に話し込み、2、3度話して分からん人は、仏縁の浅い人だと勝手に決め付けてこなかっただろうか、深く反省させられた。

 会員さんを訪問して、今聞きたいこと、信仰を考えて話し込んできただろうか、出来ていなかった。
 今の親鸞会の御法話も聞くだけで終わり、何をどの様に聞かれたのか、お互い分からぬまま解散になっている。

 自分の聞き間違い、思い違い、疑問を知らぬまま過ぎてゆく。
 私も聴聞録をつけるのに精一杯だった。どれだけ漏らさず、正確に覚えて聞いているかばかりを重視していた。
 御法話内容を、正確に覚えていて、帰りのバスの中で漏れなく発表している人を皆、尊敬の目で見ていたものだ。
 聴聞録のページが少ないと、いい加減な聞き方をしていたなと反省するのが常だった。

 こんな聞き方を40年繰り返していたのである。
 皆さんはどうですか。



○ご示談、座談がなぜ華光会では重要視されるのか

 蓮如上人は次のように教えておられる。

1「もとより我が安心の趣いまだ決定せしむる分もなきあいだ、その不審をいたすべき所に、心中を包みて有りのままに語らざる類あるべし。これを責め相尋ぬる所に、有りのまま心中を語らずして、当場を言い抜けんする人のみなり。勿体なき次第なり。心中をのこさず語りて、真実信心に基くべきものなり」(御文章4帖目8通)

・まだ信心決定していないのに、その心の中を正直に言わずその場を取り繕い、誤魔化して行く人ばかりだ。今の心のありのままを告白して、真実信心を獲なさいよと教えておられる。

2「いかにも不信の面々は一段の不審をもたてて、信心の有無を沙汰すべきところに、何の所詮もなく退散せしむる条、然るべかららず覚えはんべり。よくよく思案をめぐらすべきことなり。所詮、自今已後においては、不信の面々は、相互いに信心の讃嘆あるべき事肝要なり」(御文章4帖目12通)

3「蓮如上人仰られ候、「物を言え、物を言え」と仰られ候。「物を言はぬ者は恐ろしき」と仰せられ候。「信、不信ともにただ物を言え」と仰せられ候。「物を申せば心底も聞こえ、また人も直さるるなり。ただ物を申せ」と仰せられ由候。(御一代記聞書87)

4「蓮如上人、御法談已後仰られ候。四、五人の御兄弟へ仰られ候。四、五人の衆寄合い談合せよ。必ず五人は五人ながら意巧に聞くものなり。能く能く談合すべし」(御一代記聞書120)

5「一句一言を聴聞するとも、ただ得手に法を聞くなり。ただよく聞き、心中の通りを同行に会い談合すべきことなり」(御一代記聞書137)

6「仏法の義をば能く能く人に問へ、ものをば人によく問ひ申せ」のよし仰えられ候。「誰に問い申すべき」由うかがひ申しければ、「仏法だにもあらば、上下をいはず問ふべし。仏法は知りそうもなき者が知るぞ」と仰られ候」(御一代記聞書167)


・蓮如上人が如何に、ご示談、座談を大事にされたのか、聞いてさえおればいい、というものでない事が分かります。

 華光会では蓮如上人の教えの通り、御法話とご示談の二つが60数年伝統的に守られていたのです。
 ここが華光会の特色でした。


・かって親鸞会でも、私が聞き始めの頃、高岡会館が本部会館時代の頃、土曜日に座談会がありました。
 冬などは、本堂のコタツに入られた高森先生を囲み、その場で質問等が行われました。やがて質問用紙を出すようになり今は御法話だけになっていったのです。
 2000畳で説法、大衆説法のマイナス面があったのです。

 先回の「われらの求道時代」には盛んに高森先生は、説法、ご示談を繰り返し行われていたことが分かります。
 母が聞かせて頂いた頃です。

・現在、会合で話しされる内容はどうでしょうか。
 書籍、顕正新聞、とどろきの仏教の一方的話と本会からの通達連絡、活動の計画、報告に終始していないでしょうか。
 恥ずかしながら、私はそんな会合ばかりしていました。

 聴聞に極まる、高森先生の御法話を続けて聞くことが一番の宿善だ、それで全てが解決する、としか思わなかったのです。


・いや親鸞会でも最近は仏法讃嘆をするようになった、降誕会、報恩講の時もやっている、同朋の里もその為にあるのだ、と言われる方もあると思います。

 私はどうして仏法を聞くようになったか、どんな困難な中を聴聞に来ているか、肉身にどのようにして聞いてもらえるようになったか、私の支部ではどんな工夫をして活動しているか、覚えられぬ教学を苦労して勉強中です、こんな苦労をして財施させて頂きました、など、私も報恩講の仏法讃嘆に参加しました。
 聞く人に元気の出る話ばかりでした。

 しかし、そればかりが信心の沙汰ではありません。


・蓮如上人は不信も言えと言われています。

 なぜ私は信心決定できないのか、後生の一大事の驚きが立たないのか、本願を疑う心がどうしたら晴れるのか、19願の善が出来ない、心から念仏が称えられない、今死んだらと思ったら真っ暗です、私はどうしたらいいんですか、という話は報恩講の仏法讃嘆では、一つもなかった。

 予め発表者が決められ、内容も実行委員会が確認した人の話だった。メモをみながら発表する人もあった。


・親鸞会では「後ろ向き発言」はするな、その人も、聞く人の為にもならないと言われています。私も講師部時代そのような発言が会員さんから出ないように気を張っていました。

 それこそ問題なのです。

 言ってはならない、心の底に何時も答えが見つからずに、嘆いていること、聞きたいけど立場を考え、影響を思い抑えてしまうこと、忘れようと思ってもまた噴出す疑問、そんなものありませんか。

 立派な仏法者、有難たそうな振る舞い、指導者ぶる言動、何かも分かっていそうな態度、私は仏縁深いと自負する心、世間の人を五欲の哀れな人生と見下す心、このまま聞いておれば何とか成ると急がぬ心、しかし法友と別れ一人になると何とも言えぬ暗い心。

 よく考えると本音を言える場所がない、言える相手が無い。
 一人ぼっちの自分に気付く。此れが求道と抑え込む。
 違うでしょうか。


・華光会では建前は何にもならないことを、ご示談に参加していて気付きはじめた。
 有難さそうな上辺言葉は見抜かれる。
 親鸞会には無かった、本音の吐き出せる、後ろ向き発言をしても驚かれない、本音を聞いてもらえる場所があった。

 なぜなら、ここは迷いの魂の解決場所であり、信後の人の通ってきた道だからだ。
 その本音の底に隠れている私こそ、阿弥陀仏のお目当ての私なのだ。参加している皆さんが自由に発言され、先生がどっちなのか分からなく場面もあった。
 この時、あー40年かかって遂に「私の白道」が見つかったと喜ばずにおれなかった。


・もう一つ驚いた。私が「これから真剣に聞かせて頂きます」と言った時「これから、これからですか。そんな聞き方をしているから何時までも解決出来ないのです。
「今、ここで、私一人の為」と聞かせてもらうのです」とハッキリと言われ、頭を鉄棒で殴られたようなショックを受けた。
 親鸞会では、「よくお参りに成られました。続けて聞かせて頂きましょう。○日参られますか」と言うのが常識で心までそんな聞き方になってしまっていた。

「明日の命も、それどころか帰りに事故で死ぬかもしれない。今、ここで、私一人の為、と聞かないで聞ける法ではありません」この言葉は私の長い求道姿勢の狂いを打ち砕いた。


○善知識は私一人は間違い。

「高森先生だけが信心獲得された、現在世界で唯一の善知識です。他には絶対おられません。私達はその遭い難い高森先生から親鸞聖人のみ教えを聞かせて頂ける、世界一の幸福者です。」私は何百回以上言ったか覚えていません。

 退会を知った会員さんが自宅に来られた時、「高森先生だけが善知識でないことが分かりました。他にも善知識は居られます」と言うと「○○さんからそんな言葉を聞くとは思いませんでした。そんなことはありません、高森先生だけです」と声を大きくした。

 私もそうだったな、調べもしないのに思い込んでいただけ、なのだ。この会員さんも同じことなのだ、いつか気付いて欲しいと願うばかりでした。

 阿弥陀仏は高森先生だけを救い摂られて、60年余り他に我が本願を説ける方を救われず、親鸞会の発展だけを護り続けてこられたのでしょうか。
 そんな如来さまでしょうか。

 華光会の書籍コーナーには、伊藤、増井先生の他の浄土真宗の先生の本が多数並べてあった。5名もあった。
 皆、自身の獲信を告白し阿弥陀仏の本願の救いの間違いないことが書かれてあって驚いた。早速求めた。

 やはり、阿弥陀仏の本願力は十方に満ち満ちておられるのだ。高森先生だけではなかったのだ、弥陀の本願を説かれる善知識は。
 御法話ビデオも貸し出してもられるので驚いた。
 過去の行事のときの御法話が皆聴聞できる。それも借りた。



○親鸞会「これが獲信か」

非難(1)
「信心を早く獲させるコツがあると公言し、個人教誡しかしない」

 明らかなウソだった。個人のご示談を申し込む人もあると聞いたが、行事日は全国で毎月行われ、多数の方が参詣されていた。テープ、ビデオの貸し出しも親鸞会では考えられない自由さがあった。


非難(7)
「当然だが、堂々とした布教活動は全く見られない。」

 これも、日程表を見せてもらうと、増井悟朗、信先生は毎月全国を布教に回り、10月には東京で講演会があると聞き、全くウソとわかった。


○ 月ごとの行事日には必ず参詣し、家でのビデオ、テープ聴聞、著書拝読の聞法が妻と始まった。
 華光会では一切の目標とか強制的なことはなかった。

参詣も日程案内をもらうだけで、全く電話はかかってこない。ご報謝もその人の心でありご法礼もご法礼箱が回ってくるので自由になっていた。
 同人費は月2000円だった。会誌、日程、御法話テープを全部聴聞できる


○毎日、会社の往復時間も惜しく車中はテープ聴聞し、家に帰ってビデオ聴聞、拝読、仕事以外は聞法の生活が続く。

 南无阿弥陀仏のご名号の尊さが段段知らされ、念仏を称えるようになっていった。
「獲信の記録」にも親鸞会の「正信聖典」にも載っている「信心数え歌」も毎日、何回も歌うようになり、歌の意味の深さが気にかかって来た。

 歌詞は理解出来るが、私の心と同じではない。
 勿論信後の歌だからだが。
「四ツ能く能く御慈悲を聞いて見りゃ、助くる弥陀が手を下げて、任せてくれよの仰とは、ほんに今迄知らなんだ」
「八ツ益にも立たぬ雑行や、雑修自力は捨てもせで、弥陀仏泣かせて居たことは、ほんに今迄知らなんだ」

 分からない。泣いておられる、本当だろうか。


○5月頃になると

「弥陀の本願信ずべし本願信ずる人はみな摂取不捨の利益にで無上覚をばさとるなり」
「仏智疑う罪深し、この心おもい知るならば くゆる心をむねとして仏智の不思議をたのむべし」

 このご和讃が特に頭から離れなくなった。
 仏智疑う罪深しが、喉に刺さった骨のように抜けない。


・「会報」第2集184P
「富士の白雪や朝日でとける凡夫の疑い思案じゃとけぬ、晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」とある。

 晴れたお慈悲の「本願のこころ」「六字のいわれ」のテープを何度も聴聞する。

・私の本性ーー衆生性得の機、悪業煩悩(黒い心)治らぬ心
・本願疑う心ーー自力計度の機(暗い心)捨てもの
・仏智の心ーーー南无廻向の機(白い心)もらいもの

 浅ましい黒い心が見えると、こんな奴が本当に救われるのか、もっと真面目に、正直者にならんと救われないのではと本願力を疑う暗い心が出てくる。
 いや凡夫そのまま救うの本願だから心配ないと、自分で自分を説得する心が動いている。これも、自力だ。

 分かりたい、納得したい、安心したい、楽になりたい、ハッキリしたい。任せたい、全部あるがこいつも自力だ。
 何を思っても自力ではないか。


蓮如上人は
「雑行雑修自力の心をふり捨てて、後生助けたまえと弥陀たのめ」と明らかにされている。しかしこんな心しか出て来ない。どうたのむのだ、まかせるのだ、分からん。

「会報」第2集94P
(ここは伊藤先生の「安心調べ」225-226Pの丸々盗作部分だった)

「十劫の昔の話を素直に信ぜられる程、我々はお目出度い人間に出来ていないのだ。そこには、生死の断頭台上に生首を突き出す苦しみがある。払うても払うても後から現われ、奪えるだけ奪って尚心の底にこびりつく仏智疑情の薄紙を破らねばならぬ。だから説く者も愛想をつかし、求める者も愛想をつかし求道の精も根もつき果てて悲叫悶絶のどん底から湧き上がる精神的大飛躍の境地がある。一念は断じておぼろでない。今こそあきらかに知られたりと驚き立つ心である。---この一念の体験がなくては何をいっても駄目なのだ」

「会報」第2集170P

「真剣に真実の信心を求め、救われようと命がけで努めれば努めるだけ疑わずにはおれなくなって来るのだ。疑心は疑心を呼び、悩みを深めて遂にはニッチもサッチも出来なくなって途方に暮れることがしばしば起きてくるのだ」

「念仏の雄叫び」144P

「真宗は他力廻向のお救いですから、如来に計らわれることです。ところが、その仏のお計らいを、私の方で色々と計らう。蓮如上人が「自力の心をふり捨てて、後生助けたまえと、弥陀たのめ」と力説なさっていますね。その「自力の心」に当るのが、救済の予定概念ということです。真宗のお救いでは、この自力の心が、最も邪魔になる。とはいえ、真剣に聞法していく人には必ずこの自力の心が出てくる。そしてそれが、大問題となってくる」

○6月、華光会の一泊行事。

 最初の自己紹介で「仏智疑う罪深しのご和讃の心をどうしても知りたくて来ました。宜しくお願いします」と皆さんに頭を下げた。ご法話、ご示談が繰り替えされて進むが、一向に私の心は変わらない。

 華光会では宿泊行事の夜は懇親会があり、いくつものテーブルにお酒も出て、参加者全員がお互いに気さくに夜12時近くまで話し合う。途中宿泊の為に抜けても自由だった。
 増井先生も最後まで付き合って近くの人に話しをされる。

 私は3階の部屋で一人残って、六字のご本尊の前で正座して、念仏称えながら仏智疑う罪を深く考えていった。


 本師本仏の阿弥陀仏が六道輪廻して苦しむ私達をご覧になられたところ、三世の諸仏は何とか救おうとご苦労されたが余りにも罪業が重くて手がつけられない。力が及ばない。
 三世の諸仏に見捨てられた極悪人なら、尚更捨てておけぬ、十方衆生を救う仏になってみせると仏の座から降りられて、世自在王仏のお弟子、法蔵菩薩となって下さった。私達の罪業の深さ、自性を見抜き見抜かれて、このものを、どうして迷わね仏に出来ようか、五劫が間考え抜いて四十八の願を建て、師の世自在王仏にこの願必ず成就してみせますと重ねて誓って下さった。

「お前の罪業なら、火の中、水の中、身を八つ裂きにされようと、たとえ、諸々の苦毒の中に投げ込まれようと、苦しゅうはないぞ、だから信じておくれ、助かっておくれ」と、兆載永劫のご修行をなさって南无阿弥陀仏の仏になって下された。

 それから十劫の間、一時の油断もなく、こうすれば聞いてくれるか、分かってくれるかと種々の善巧方便、調熟の光明のお育てを頂き、今か今かと南无阿弥陀仏の大功徳、全財産をさあー受け取ってくれよと待っておられるーーー

 釈迦は往来八千編、このこと一つを伝えようとご苦労なさっているのだ。ああ何という大慈悲心なのか、念仏と共に涙があふれる、止まらない。阿弥陀様すみません、それなのに疑うとは何という恐ろしい奴でしょうか、すみません。

 しかし、30分、1時間とたつとこの心が続かなくなってきた。
 おい、何時まで泣いてるのか、もう芝居はやめておけ、お前なんかどれだけ泣いてもおれは知らんぞ。しらーとする奴が段段出てくる。

 本願を、仏心を、素直に受け取らない奴がいる。なぜ、聞かぬのだ、なぜはねつけるのだ、お前さえハイと信じてくれたら全て終わるのだ、いつまで逆らうのだ、このままなら又しても昿劫流転だぞ分からんのか。

「一切の自力を捨てよ、計らいを捨てよ、捨てようとする心も捨てよー」1年前何十回と見たアニメの法然上人のお言葉を思い出す。

 必死に聞かぬ心を責めるが、全く反応しない。

 始末がつかぬ、真面目にならない、阿弥陀仏のことが思えなくなってゆくどころか、ああ腰が痛い、喉が渇いた、下ではみんな愉快にやっているようや、腹がへったな、まだ何か残っているだろうか。こんなことまで思うようになっていった。

 2時間近くも降りて来ないので妻が気になって様子を見に来た。何ともいえぬ格好している私をみて、どうだったのと言ったので、あかん、こいつにもーう勝てぬと腹を叩いた。逆謗の屍、闡提の心は全くびりっとも受け付けなかった。



○10月、この世の一大事

 10月に入って仕事中に急に腰から下が痛み出した。
 今の仕事で腰が悪ければ務まらない、クビだ。
 何とか治さないと生活が出来なくなる。家のローンもまだ残っている。
 腰と足に痛みとしびれがきて、ゆっくりとしか歩けない。
 家に転がるように帰ったが、布団の中でも痛くて足が伸ばせず猫のようにヒザを抱えて横になる。痛くて夜も眠れない。

 仕事2日休んで、整骨院へ行くと、坐骨神経痛ですね、治りますよと言ってくれたのが何よりの救いだった。
 毎日痛い足腰を引きずって、そのうち治る、良くなる、と信じて会社へ行った。家に帰れば横になるだけで、著書を読む気も起こらない。情けない心だ。

 毎日通院してるのに1ケ月たっても全く治らない。
 大きな整形医院で精密検査を受けると、予想以上に悪く「このままなら、そのうち歩けなくなりますよ」医師の言葉に目の前が真っ暗くなった。
手術の方がいいということになり覚悟した。

 しかし、血液検査の結果、糖尿病の数値が高く、麻酔が効かないから糖尿病を治してでないと手術は出来ないと言われてしまった。この痛みそれまで我慢しろというのか。
 自分のせいなのに腹が立ってくる。馬鹿な私だ。
 1月入院、糖尿病治療で血糖値を抑え、2月4日手術、退院は2月末と言われた。
 鎮痛剤、貼り薬で痛み抑えながら会社へ行き、入院の日を待つ身になってしまった。

 テープ聴聞もおろそかにしている自分、身体と仕事とお金と信用ばかり気にしている自分しか見えない。

 この世の一大事には、仏法も後生も忘れて真剣に心配する心しかない。生きるため、心配なく生きることが一番大事なのだ本心は。
 殊勝そうに聞いていたが、本当は何も聞いていないのだ、死ぬとも、悪人とも思っていないのだ本当は。

 Tさんと同じなのだ、このまま死ぬだけなんだ私は、おい、まだ認めないのか、後生が心配にならんのか。全く返事しない。やはり屍だ。身体も心も辛い日々が続いた。



○11月華光大会のご縁

 2泊3日の華光大会が迫ってきた。
 さーどうしようか。身体のことが心配になってきた。
 正座は勿論出来ない。階段も怖い。行きたくない。
 大分、気持ちが弱くなっている私を見て、妻が会社へ励ましのメールを何度も送ってくれた。

 このままでは駄目だ、増井先生へ現在の状況、気持ちを書いて参加しますと手紙を出した。もう後戻り出来ない。
 京都へ行く車中、御法話テープを聞いて心の切り替えをした。

 1日のご法話、ご示談を受けるが、心を閉ざしている自分が分かる。
 夜の懇親会は参加せずに身体がしんどく、待ってたように布団にもぐりこんだ。
 今日聞いた話、ご示談で言われたことを思い出していた。
 思えば1日中にこりともしていない自分であったと気付く。

 2日目も講師の先生方が真剣に説法され、ご示談も熱が入って来て、言う方も、聞く方も真剣だった。
 聞けない心があることを私は発言し、この心が辛いと言った。今日も私の心は変わりなかった。
 懇親会には今日も参加しなかった。

 3日目、午前中は華光会の会計報告があった。
 私は3日目で疲れが出たので参加せず別の部屋で横になってスピーカから流れてくる会計報告を聞いていた。
 まだ1年目位の私にも、3枚の収支決算報告書が配られ見ると1円まで収支が書き込んであって驚いた。
 親鸞会と全く違い、全てガラス張りで不審の出ぬようになっていた。

 あーこんな苦労の歴史を刻んで今日の華光会があるのか。
 不思議だなー、高森先生と40年のご縁がありながら、今、その高森先生の信心の古里へ私が来ているとは。
 Tさんのあの泣かれた姿を見なかったら、母の勧めがなかったら、父があの本を残してくれなかったら、インターネットで大沼氏、伊藤先生、華光会を知らなかったら、佐藤さんの言葉を思い出さなかったら、また増井先生がご健在で電話で教えて下さらなかったら、妻が絶対今度も行くよと強く言ってくれなかったら、私は今ここに居ないのだ。
 あらゆる因縁がそろって私はこのご法に遇わせて頂いている。そう思うと涙が頬を伝って流れる。

 これらの因縁は遠く法蔵菩薩の願心からではないか。
 今も呼びずくめの阿弥陀仏の仏心の働きではないか。
 それを、わからん、わからん、だけどーと俺は言いつづけている。助かる縁がないのか、また涙が流れる。

 昼からは増井悟朗先生の御法話が最後だった。
 入院すればこれでもう来年3月まで会えないのだ、聞けないのだ。
 増井先生が私も高齢、いつどうなるか分かりませんと言われる。私は馬鹿だ、また聞けるつもりでいる。

 私はあぐらかいて座っているのさえ自信が無くなり、道場の一番後ろの隅の誰からも見えないところにヒザを抱えるように座っていた。
 増井先生に手紙を出していながら、今回は一度も先生のご示談の部屋へ行かず他の部屋に参加していた。
 逃げていたのだ、心が。

 増井先生のご法話は南无阿弥陀仏の心を力を入れて、隅っこに隠れるように座っている私目掛けて話しされているように感じはじめた。50畳だから丸見えだ。
「凡夫の知恵で阿弥陀仏の心を知ろう、掴もうとするのは丁度、ストローの穴から大空を覗いて見ているのと同じだ」
と言われたとき、ズキーンとして不思議な心になり、阿弥陀仏の愚かな私へのご説法だと聞こえだした。

 40年間聞いてきたがこんな思いは初めてだった。
 あー俺は馬鹿だ、分かりたい、納得したい、そしたら信じられるだろうとは、なんと我が身知らずか、自力丸出しだ、分かるほど小さな仏智ではないのだ、墜ちることさえ分からん俺が、それを自惚れて、もー駄目だー、俺は助かるもんでない、阿弥陀さまー私はもうどうにもならぬ者ですーとなった、

 その時「まかせよー、そのまま救うぞー」の呼び声が届いた。あっという間だった。
 これまで絶対下がらん心の頭が下がって、分かりましたーおまかせいたしますー、南无阿弥陀仏となってしまった。

 南無の心は、早く来い、われをたのめー、まかせよー、助けさせてくれーの叫びだ、呼び声だ。無条件降伏させられ、自力の心が殺された。
 阿弥陀仏は、助けるぞー、捨てはせぬぞ、罪業どれほど重くても心配するな、そのまま引き受けたぞー、必ず我が浄土に生まれさせて仏にしてみせるの大慈悲心だ。
 それが一つになった南无阿弥陀仏のお力の大きさが、尊さが口からあふれ出る。南无阿弥陀仏。南无阿弥陀仏ーー

 救われた私より、阿弥陀様の方がよう聞いてくれたと喜んでおられるのだ。何という不思議か、こんな私が南无阿弥陀仏の主とは。ああ。
 その時、おかる同行が「そのまま来いの勅命にいかなるおかるも頭が下がる」と言ったのも、浅原才市妙行人が「私しゃあなたにおがまれて、助かってくれよとおがまれて、ご恩嬉しや南无阿弥陀仏」もこのことかーと分かった。

 アニメ1部で親鸞聖人が獲信場面でなぜ南无阿弥陀仏に合掌なされたか、心に残った「晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」もこのことだったと知らされた。
「噫、弘誓の強縁が多生にも値い難く、真実の浄信は億劫にも獲がし」それが、この私とは何ということか。

 帰り、車中で妻にあったことを話した。妻は泣いて喜んでくれた。


・実家の母に報告に行った。突然来たので驚いたが、「阿弥陀様に遇えたよ、助かったよ」と言った後が言葉にならなかった。母は泣いて手を握って「良かったなー、そうか、良かったなー」と言ってくれた。
 40年この日を待っていたと言ってくれた時、又泣かずにおれなかった。

・皆さん、阿弥陀仏は命のあるうちに早く分かってくれ、早く聞いてくれ、まかせてくれ、と手どころか頭を下げておられるのです。十劫の昔から。
 南无阿弥陀仏の心にぶち当れば、何の不足も文句もなくなり、ようこそ、ようこそと満足一杯になります。

・どんな極悪人もーーー十方衆生(五逆、謗法)(そのまま)
本願を信じ--ー至心信楽欲生我国(弥陀におまかせして)
念仏申せばー--乃至十念
仏に必ず成る--若不生者、不取正覚(たすかる)

 これが、今の私の本願、南无阿弥陀仏の頂き心です。
 本願に疑いが無くなり、もう一度疑ってみようと思っても二度と出てきません。


「これが獲信か」

非難(2)
 求道者が感情の興奮によって泣いたり、喜んだり踊ったり、激しく念仏したりすると、獲信したように言う。

 そんなものは続きません。私はそんなことで承知できませんでした。それが獲信と言うなら、そんな所なら、私は決別しています。


非難(3)
 獲信したと思っている周囲の者も、こぞって「めでたい。めでたい」「よかった、よかった」と言うので本人も獲信したつもりになる。

 私と阿弥陀仏とのことです。他人に分かりません。
 人に、めでたい、よかったなんて認めてもらっていません。
 疑情一つで苦しんでいるとき、他人のそんな言葉位でその気になれるものではありません。
 私は家に帰って増井先生に獲信したことを手紙でお知らせし、心からお礼状を書かせて頂きました。
 後日、あの病気もいいご縁だったねと言われました。


非難(4)
 そして「我こそ信心を獲たり」「あんたらはまだ獲信できんのか」と平然という。

 私は、獲信後そんなことは言っていません。
 1年経ちますが、会館内でそんな発言をする人はいません。信を獲たりは阿弥陀仏のお力だからです。私は何もしていないのですから。平然というのはおかしいです。
 しかし、まだか、と言われて気分害することも反省すべきと思います。なぜなら、十劫以来、阿弥陀仏を待たせ通し、疑いつづけている罪を何とも思っていないからです。
 分かれば、申し訳がありませんとなります。
 蓮如上人も「一時も片時も急いで信心決定せよ」と教えておられるのを批判する人はないはずです。
 後回しにする問題ではありせん。のん気してる人には急げと言いたくなります。まだかを急げと聞けたら尊い人です。


非難(6)
 本当に弥陀の本願に救われた人なら、より聞法せずにおれなくなるものだが、彼らは助かった後は、もう聞く必要はないとして、聞法する気がない。

 誰のことか知リませんが、私は尚更聞きたいです。
 有難いことに、1月入院、2月手術のはずが、糖尿病の数値も足腰の痛みも回復して全て取りやめになりました。
 1月報恩講、2月3月も参詣出来て喜んでいます。
 4月も参詣予定です。
 ビデオ、テープ聴聞も家でしています。
 お聖教の著書ももっと読みたくてなりません。



・非難にすべて答えました。

・やはり後生の一大事解決したい、の心を忘れず、阿弥陀仏の本願、南无阿弥陀仏の心を説かれるご縁を求めるべきと思います。
 ここ一つに絞って華光会の先生方も参詣者も真面目に取り組んでおられる姿は本当に尊いと思います。



・次回は最後にお伝えしたい事をお話します。

親鸞会教義の相対化・27


別の友人からアニメの感想を頂きましたので、送らせていただきます。
極めて厳しい感想ですが、これが一般の方の評価なのです。

今後、もしもアニメを一般の方への布教教材として使用するのであれば、一般の方が、このような目で見ていることを考慮しておく必要があるのかもしれません。

======以下感想======

「親鸞」のビデオ、送って下さってありがとうございました。

正直私はのめりこめないものを感じました。
違和感も多々感じるところがありました。

親鸞の伝記として、どういう評価がふさわしい作品であるのかのは、私自身が親鸞についての知識の持ち合わせがありませんので、正確なところはわかりません。

ですが、一番疑問に思ったのは、
どこまでが資料に基づいた明らかな事実なのか、どれが伝承よるもので、また、どれが脚本家によるオリジナルであるのか、ということです。
そのことが気になって、見ていて落ち着かないものを感じてしまいました。
史実なのか、伝承なのか、単なるアニメなのか、そのことがとても漠然としていて、事実として描かれているようでもあるし、フィクションのようでもあるし、判然とせず、落ち着けないのです。
まずそこの立場をはっきり最初に示してくだされば、だいぶ視聴者の気持ちにも落ち着けるものがあるのではないかと思いました。

ナレーションも、なじめないものを感じました。
言い方は悪いかもしれませんが、私には、某国の女性アナウンサーを連想させられて、怖いような気すらしました。
具体的に親鸞の素晴らしさを深く描くことをせずに、ただ大げさで思い入れたっぷりのナレーションだったと感じられたからだと思います。

また、信心決定に至るまでの親鸞の描き方が、「とにかく熾烈な修行に励んだ、常人離れした立派な人」
という、平板な描かれ方だったように思います。
どれだけ行に励んでも励んでも救われない苦しさの描写が、どうも視聴者に伝わってこない、底の浅いものになってしまっているような気がしました。
声優さんの熱演がかえって空回りというか。。。
まだ一巻だけしか見ていないのですが、あのアニメのために、親鸞の苦悩の深みが伝わらず、かえって親鸞に対して根器に置いて劣っていた人物に過ぎないとか、あるいは単純で平板な人物だったというイメージを持ってしまう人もいるのではないかと、心配になってしまいました。

どういう人に見せるために作ったんでしょうか?
そのことが疑問です。
予備知識のなんにもない人が見たら、退屈なのではないかと思ったんですが。。。
メッセージの是非は別にして、アニメの脚本として考えた場合、脚本が悪過ぎなのではないかと思います。

アニメの出来不出来ということはそもそも度外視されていて、すでに親鸞について知識や教義などを注入された人のために作られたビデオなのでしょうか?

それにしても「後生の一大事」の深刻さは全く伝わらず、信心決定というもののありがたさも伝わらず、なんだか「はぁ、そうですか・・・」と言う感じに私には感じられてしまいました。

もうちょっと、アニメとしての面白さや、アピール性を考えても良いのではないでしょうか。
なんていうんでしょうか。せっかくの親鸞上人の尊い人生が、アニメとして低い水準の脚本や技術でアニメ化されてしまっていると思うんです。
アニメとして見た場合、キツイ言い方かもしれませんが、はっきり言ってセンスは古くさく、お説教臭いと思います・・。
アニメにしたらなんでも面白く見れるってものではないと思います。
「アニメをなめているのではないか!」とアニメファンとして少し怒ってしまいました。

試しに、親鸞のsの字も、仏教のbの字も知らない娘に見せて反応を見ようと思ったのですが、ちょっと見せただけで断られてしまいました。。。

一番の問題点は、「なぜアニメなのか?」ではないかと思うんです。
布教のために作ったのなら、もっと工夫して説得力のある深い描き方をしないと、とてもじゃないけど関心のない人の気を引けないと思うんです。

●●さんや★★さん(※●●は紹介者。★★は先日アニメの感想や寛容についての文章を寄せた友人です)があのアニメを見て面白いと感じたのは、ちゃんとした知識が頭の中にぎっしり詰まってて、アニメでは描かれていない親鸞の深みなどを自分で自動的に補ってるからなんではないかと思うんですよね。
●●さんや★★さんの脳内には、豊富な知識と深みのある考察の蓄積がありますからね。
で、いろいろと「これはよし」「これはちょっと」というような、別の着眼点からの興味もあって、見れるんじゃないのかなと。
ただ、そういう知識のない人には、あのアニメはどうなのでしょうか。

親鸞会の人が、教えられた通りのことを再度アニメという目先の変わった手段で確認し、刷り込みを補強する、っていうのなら、「ま~、こんなもんでもええかな」とは思うんですけどね。
史実と伝承が曖昧にごちゃ混ぜというのも、内々の話なら別にかまわないような気もしますしね。

でも、あの内容が全て親鸞会の外でも通用する史実であると思って、外の人との議論の根拠にしちゃったりしたら・・・逆に親鸞会の人の不利益になっちゃいますよね。
そういう事例があったという話を、●●さんや★★さんに聞いています。
そのことも、アニメの位置づけをきちんとしておけば、史実と伝承やフィクションをきちんと区別できて、そうした事態は防げたと思いますし、今後も防げるのではないかと思います。

外向きにアピールするつもりで作ったのであれば・・・。
親鸞の深みや素晴らしさを具体的に深く描かずして、ただ「すばらし~、すばらし~」と言ってるだけでは、共感をもって聞かれることはないだろうと思います(むしろドン引きさせられる可能性の方が大きいのでは?)。
たとえば、「親鸞の苦悩」をただ、「なぜ求め続けても救いが得られないのだ~。」と台詞で表現しているだけではアニメとしてダメで、ぜんぜん表現が薄いと思います。
(細かな表情や仕草、伏線や背景、音楽など、アニメは総合的なものだと思いますし、親鸞の苦悩の表現は台詞だけでなくて、そうした要素まで駆使して描いて欲しかったと思います。)

あのアニメでは、私自身や私の娘をはじめ、そもそも親鸞への思い入れや知識があまりない人、ましてや親鸞会の教義などに思い入れや知識を全然持っていない人の、気を引けるとは、とても思えません・・。


親鸞について知るならば、まず、もうちょっと違う経路でお勉強をしたいなと思いました。
アニメとしてすぐれたアニメをつくれないのであれば、アニメでない方がいいと思うんです。

私は、●●さんが法然上人の言葉を引用し、端正な現代語訳をして、わかりやすく解説してくれている文章を読むと、しばしば感動して泣いてしまいます。
力のある真実のことばは、史実と伝承の区別が不確かな下手な脚色なんかしないほうがよっぽど人の心を動かすんだと思います。

私は親鸞会に対して、いい意味でも悪い意味でも特別な感情は持ち合わせていませんし、鵜の目鷹の目であらさがしをしながら見た訳じゃありませんので、私の感想はごく普通の人の感想だと思います。

======以上感想======

正直私もショックでした。私自身は教義レベルから批判的なコメントも書きましたが、あのアニメが友人にある程度の評価を得られると思っていたからです。

しかしこれが現実です。これが一般の人の目です。

私よりさらに外側の人が親鸞会のアニメを見たら、こういう感想になるのです。
内側からの目では、決して見えることがありませんが、外側からはこのような目で見られているのです。

果たして、この方の評価を「仏法がわかっていない」という言葉で片付けてもいいのでしょうか?
私はそうは思えません。このような評価をされる一般の人にさえ振り向いてもらうものでなければ、今後教線の拡大は望めないというのが現実なのです。

料理でもコックが仲間内で「美味しい!」と言ってもダメで、お客さんが「美味しい!」と言わなければいけません。

この方は、仏教の素人ですが、アニメの視聴者としては一流だと思います。
その方の感想は、無視するわけにはいかないのではと思います。

お詫びとお知らせ

 複数の方から、過去の投稿文が見当たらないという問い合わせを頂きましたので、お詫びとお知らせをしたいと思います。

 最近まで、元講師の方や、浄土宗僧侶の方の投稿を「質疑応答」として掲載してきましたが、カテゴリ分けをして欲しいという依頼を受けましたので、カテゴリを修正いたしました。

 その際、私がよく分からなかったのが原因ですが、再度、投稿した形になってしまったため、順番が大きく狂っています。

 質疑応答の一部が抜けているように見えるのは、そのためです。

 また、コメントが消えたという苦情も頂いておりますが、同様の理由で、私のミスです。

 皆様に御迷惑おかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。

質疑応答81

【質問】


ところで、清森問答の、「私の白道・5」の投稿を拝見しましたところ、一番、大切なところが書かれておらず、心配になりました。
結論として、この投稿者のかたは、華光会の書物に掲載されていて、かつ親鸞会の「これが獲信か」に掲載されている信心は、本物の信心だと思われているのでしょうか?

信前の身で他人の信心決定をどうこう言うのは危険なこと、と思ってはいますが、親鸞会の「これが獲信か」に掲載されている信心決定の様子は、私には、真実信心には思えません。
たとえば、人から責め立てられて罪悪感や無常感をつのらせて、一時の感情で盛り上がるのは、自己啓発セミナーなどでおなじみの、人の心理を操作する手法の一つだと思いますし、自分で納得できず人から認定される信心などは、阿弥陀仏を信じる前に、その認定してくれる人を信じなくてはいけませんから、全く一向専念無量寿仏に程遠いと思うのです。

投稿者のかたがいろいろと調べられた事実は、
----------------------
・親鸞会は異安心といって華光会を否定しているけれど、高森先生ご自身が、華光会で教えを受けて獲信したという過去がある。
・記録を見ると、そのときの高森先生の信心は、今現在、親鸞会で異安心と批判されているものと同じである。
----------------------
ということですよね。ここからはいろんな結論、例えば、次の三つなどが導き出せると思います。
----------------------
1.「これが獲信か」の内容が(華光会が)異安心なら、高森先生も異安心である。
2.1.の逆で、両方とも真実信心である。
3.高森先生は最初は異安心であったが、のちに正しい信心を得られた。
----------------------

私はいま、親鸞会に近い立場なので、3.を選んでしまうんですが、この投稿者の方は、1.か2.か(それ以外にもあるでしょうけれど)を考えられて、華光会のお話を聞き、高森先生のご法話を聞き、さまざまな書物などを読まれた結果として、
■今の高森先生のお話を聞いていたら信心決定できない。華光会で聞けばできる。
という結論に行かれたように読めました。

でも私には、上に書いた通り、「これが獲信か」に書かれている信心は本物と思えないし、華光会でそれを信心と認めているとしたら、華光会は、危険な団体だと思うのです。
「これが獲信か」には悪意があると、投稿者のかたは書かれていましたが、華光会のホームページでご法話の記録を見たところ、やはり実態は人工信心のようにみえました。
もちろん、少し読んだだけでは分からないところもあると思いますが…

一つの価値観に凝り固まっては危険、という主張は、私も納得するところなのですが、あの投稿を読むと、親鸞会への否定に乗じて、危険な場所へ、人を勧め入れてしまうのではないか、と思えて心配になりました。

もしよろしければ、清森様たちは華光会で説かれている教え、そこでの獲信について、どのように考えられているか、教えて頂ければ、幸いです。



【回答】


 投稿者に尋ねたところ、「これが獲信か」に掲載されている信心が、真実信心かどうかは分からない、と言われていました。高森先生の信心についても、分からないということでした。

 高森先生が、「獲信の記録(高森先生20歳の時の御著書)」では華光会の信心を勧めておられながら、一方で「これが獲信か」では徹底的に批判されているという点に、疑問を懐いておられるということです。

 私も「獲信の記録」を読みましたが、とても真実信心とは思えない体験談が多数、掲載されています。これを読みますと、高森先生を異安心だと非難する人があるのも分かります。

 思いますに、やはり体験談では、私達には、判断がつかないと思います。

 最近では少なくなりましたが、以前は、顕正新聞などに、獲信の体験談が、時々、掲載されていました。

 しかし、その後、すぐに亡くなられた方以外は、私の知る限りでは、ほとんど御縁を遠のけられてしまいました。

 真実信心で御縁を遠のけられる方も、あるかも知れませんが、多くは異安心だったのではないか、と思います。

 そうだとしますと、親鸞会でも、「異安心の体験談」を多数掲載してきたことになりますので、華光会のことばかりを非難できなくなると思います。

 私自身は、華光会の法話に参詣したこともありませんし、増井悟朗氏にお会いしたこともないので、華光会がどのような団体か、分かりません。

 増井吾郎氏の著書を読む限りでは、今まで高森先生から教えて頂いたことと、同じ事を教えている方だと思いました。

 また、同じ師の下で10年以上も共に学ばれた方でもありますし、おそらく高森先生と同じ信心だと思っております。

 ですが、真実信心と信じ難い体験談などを読むと、華光会の教え方については、どうなのか、という疑問も起きてきます。

 いずれにしましても、華光会については、私はよく知りませんので、その辺りは分からないとしか言いようがありません。


私の白道・5

(私の白道)

1回 3月10日質疑応答74
2回 3月16日質疑応答80
3回 3月20日投稿1
4回 3月29日投稿5
5回 4月 5日投稿              元親鸞会講師


○私と華光会との出会い

 インターネットで親鸞会を検索し、「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の中で「高森顕徹氏の著書のルーツ」で盗作を知った私は、大沼氏と華光会伊藤氏のことを知り、電話で著書を取り寄せ真偽を調べました。本当だった。
 前回お知らせしたように、盗作は非常識行為に留まらず、当然高森先生の説法内容に大きく影響しており、問題の根の深さに驚きました。

 今回は華光会・伊藤氏との関係、問題点をお伝えします。
 講師部も知らされていない、勿論会員さんにも隠されてきた真実が見えてきました。


(伊藤康善氏)

1897年(明治30年)奈良県の寺院に生まれる。
昭和44年死亡(67歳)
仏教大学(現龍谷大学)卒業
浄土真宗興正寺派学頭
浄土真宗華光会創始者(昭和33年)
著書に「仏敵」「安心調べ」「我らの求道時代」「善き知識を求めて」「化生の世界」「死を凝視して」他、多数ある。
(これらから盗作されていた)

・「仏敵」は伊藤氏自身の獲信体験を書かれた著書で、読む人をして阿弥陀仏の本願の尊さ、不思議さを実感させられる書である。読まれることをお勧めします。(春秋社より出版)


(増井悟朗氏)

1925年(大正14年)大阪市に在家に生まれる。
龍谷大学研究科卒業・浄土真宗本願寺派布教使、華光会現代表者。現在も健在で布教に全国へ行かれる。
著書に「念仏の雄叫び」「親指のふし」「廻心の体験」「後生の一大事」「宗教とカウンセリング」その他

・「御法話テープ」も多く有り、法話が聴聞出来ます。



○高森先生の求道の原点

・高森先生は1929年(昭和4年)富山県の浄土真宗本願寺派の末寺の次男として生まれる。
 16歳の時、海軍航空隊予科練に入隊。敗戦で除隊
 龍谷大学入学。
 17歳(数え歳18歳)で信心決定、在学中から布教活動をする。
 浄土真宗親鸞会結成、会長就任(昭和33年)29歳


 皆さんが知っておられるのは、ほとんどは親鸞会の歴史「法輪の響き」で描かれた上記の高森先生だと思います。
 しかし、どのようにして獲信されたのか、教えを受けた善知識はないと言われ、最近は特に自分の体験を話しされません。
 個人的な獲信は話するな、聞かぬ方がいいという指導になっています。
 親鸞聖人のお言葉には摩訶不思議な力があるから、お言葉だけを伝えればいいのだと言われています。



(30年ほど前の高森先生の言葉)

・「本願寺前の総会所へ参っては一番前で一言も漏らすまいと聞いた。全部、方言まで覚えていて後で書いた」
・「火葬場の灰を握って無常を取りつめたり、線路の上に座って取りつめようともした」
・「死んだ後が有るのか、無いのか大学の友達と論議したが、勝てなかった」
・「奈良のおばあさんの所へも聞きに行った。一晩中聞かせてもらったが信心決定が出来ず、あんたは無宿善かもしれないと言われて、泣き泣き帰った」
・「橋の下の乞食になってもいい、後生の一大事が解決出来るなら手足の1本や2本無くなってのかまわん解決したいと思って求めた」
●「私には、教えを受けた先生はいない。親鸞聖人に導かれて信心決定したのです」


 古い講師部、会員さんなら聞いたことがあるでしょう。
 しかし●のところ、「わたしには導く善知識はなかった」にウソがあったのです。


○高森先生と伊藤氏、増井氏との出会い、ご縁の歴史


昭和21年(17歳)
6月先輩の増井悟朗氏に龍谷大学内で声を掛けられ華光同人となり、求道の指針を示される。
7月富山県の実家へ帰省。増井氏より伊藤氏著作の「仏敵」や「華光」誌などの本を送られ読む。
大学の夏休み中に獲信(数え歳18歳)
新学期になって増井氏に獲信したことを話す。

10月学友に獲信体験を語る。また、伊藤氏の「療養と求道」を貸し与える。
伝道部の総会でも熱弁をふるい、華光例会に学友を誘う。
ご縁のある人に「仏敵」を勧める。
●「華光」第5巻、5号に獲信体験を発表する。

昭和23年(19歳)
8月実家の寺に伊藤氏を招き、法話、座談会を開催。
両親、高森先生とご縁のあった5人の座談会の内容を後に出版する。

昭和24年(20歳)
1月華光社より座談会の内容を、高森顕徹著「化城を突破して」と題して出版販売価格100円。
9月第1回全国華光法話大会に参加して説法する。

昭和25年(21歳)
3月「化城を突破して」を「獲信の記録」と改題して再販する。
7月京都で増井悟朗氏と語り合い、吾勝氏と3人で奈良県の伊藤氏の寺を訪問する。

昭和10年(27歳)
12月「会報」執筆始まる。

昭和33年(29歳)
伊藤氏「浄土真宗華光会」を宗教法人に登録。
高森先生は華光会との縁を切り「浄土真宗親鸞会」を結成、宗教法人に登録、会長に就任する。
○伊藤、吾勝氏は高森先生の本心、理由を聞きに富山県に尋ねて来られるが、面会拒否する。

昭和41年(37歳)
1月「華光」誌に最後の年賀挨拶を載せたと聞く。

昭和45年(41歳)
11月「会報」第5集出来る。完結する。

平成11年(70歳)
6月「これが獲信か」のパンフレットを全会員に配布して徹底させる。
華光会を「土蔵秘事に類するもの」異安心として伊藤氏、増井氏を激しく非難する。

○「会報」を廃刊にする。理由は発表されない。
インターネットでは、伊藤氏からの盗作だと非難されていた。
改定版「私の道」も発刊されなかった。


・こんなことが本当だろうか、信じられないと思う方も多いと思います。
 華光会、伊藤、増井氏と縁が有り、10年余りも師として法友として活動を共にしていた過去が実在したのです。
 勇気を出して、事実を明らかに見て下さい。
 これから、その事実と問題点を明らかに致します。

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○高森先生
「華光」誌第5巻5号

「学校の伝道部に入り、一意誠らしく話してみたが、真の安心はできない。或る人は信心を戴かない伝道は奇弁だと非難する。それについても私は非常に恥ずかしかった。穴があれば入りたい気もしたが、どうにも私を迷わせただけでありました。名誉獲得に常に走る我が心を哀れと思いながら、なおそれを覆い隠そうとする迷雲は、なかなか私を仏道に近づけなかった。
そこでまた私は、聞くということが我が真宗では大切であると言われるから、大いに聞こうと毎晩毎晩総会所にお参りさせていただきました。ところがいかに説教を聞いても「うまく言うない」「フフン」とあざける内心に、何だか嫌になり、或る晩もあまりに自分の立場に苦しみ、ひとつ徹底的に私の理解を促したいと、布教使さんのもとに行き、自分の疑っていたことを問いただしてみたが、これも明解を得ず、満足せずに悲しく淋しい闇夜を帰ったこともありました。
何とかして私達に、地獄の存在、極楽の有無を確実に指してくれる人はないか。求めつつ、ややもすればこの解答をなし得ざるを自身の偉きが如く考え、人をも迷わし、自分も迷いながら、実に毎日仮夢をやっていたのであります。
はからずも夏休み数日前に、増井君をはじめ数名の求道者諸兄の御指導を受け、半信半疑、なお私の心は悶えました。親切にも休暇中『仏敵』の書をお借りして読ませていただき、また家にあった書物により、さらにまた華光をも送っていただき、次第にその迷雲も晴れ、今日までの悪疑を恥づるに余念がありません。ただただ「そのままこい」「そのままでよい」とは何と有難いことでしょうか。南無阿弥陀仏々々々々々々
これも諸兄の方々のお骨折りによるものと、さらに大悲の無限の方便摂化に、ただ感泣するのみであります。毎日毎夜、念仏は楽しい時に苦しい時に、無造作に口より出づる蓄音機にさせていただいて、有難き弥陀の呼び声を聞かせていただけます・・・ただただ、うれしさで一杯なのであります。南無阿弥陀仏今や、地獄極楽の存在など疑ってみようとする心の恐ろしさに身をば悶えるのであります。ただ南無阿弥陀仏々々々
しかし日常生活は煩悩の起こりづめで、ことさらに変わったところもなく、といってそれとて一時の間で、後は悲しみも楽しみにさせていただいております。今後ともますます諸兄の御指導をお願い致す次第であります。」

・獲信に至った経過と信後の心境を正直に告白した文章です。
 それを裏付けるように増井氏の著書「念仏の雄叫び」にも詳しく載っています。



○増井悟朗氏
「念仏の雄叫び」14Pー16P

「彼は、私よりずっと年下で、ズングリした小柄なイガグリ頭で、休憩時間になると、教室で端座して黙想していました。私が、この男ならと目をつけていた一人でした。彼は「地獄、極楽の有無を問われたら、どう答えるか。僕の檀家の予科練帰りの青年なんだがーーー」と質問しました。
それで私は「あんた自身はどうか?」とつつくと、「うん、僕はわかっているが、説明の仕方がわからん」という。入信後、日も浅い私だが、人の信、不信はわかるのです。これは、彼自身の質問だと直感したが、地獄、極楽の存在を問題にする前に、無常観と罪悪観を話してあげれば、地獄行きは人ごとでない、自分だと受け取れるだろう」
と申しましてね、罪悪観と無常観の具体的説明をしたわけです。勿論、他の友人たちにも聞いてほしかったのは言うまでもありません。

九月に入って、夏休み中の研究レポートを出し合いました。
帰途、T君(高森君)のレポートを歩きながら目を通していた私は、胸が熱くなって、そのまま彼の下宿にとってかえしました。
「おい、きみ、よかったなあ・・・」と、手を取りあって法悦を語り合いました。彼は、私から手渡されていた恩師(伊藤康善師)の入信体験記「仏敵」にかじりついて、無常観、罪悪観をつき進めて、ついに獲信したようでありました。」
後で知ったことですが、私を知るまでの彼は、本願寺の総会所の説教聴聞に熱心に通っていたようです。説教の後で講師室を訪ねては「地獄、極楽はありますか」と質問を重ねていました。どの講師も即答する人がない。その応答ぶりで、その人の不信心がピンとくる。誰に尋ねるすべもなく、彼は、悶々としていたというわけです」

・高森先生の告白と内容が一致する。
 増井氏こそ高森先生の顕正者であったのです。
「仏敵」を書かれた伊藤氏こそ高森先生の善知識であったのです。



 皆さん、この事実、聞かれたことありましたか。
 私は以前(30年ほど前)親鸞会から華光会へ行った人から、「高森先生には善知識がおられる、隠されている、私は知った」という電話をうけて、何を馬鹿なことを言っているのか、そんなことがあるなら言われる筈だ、と全く問題にもせず、信じ切っていました。
 ここを読まれている方の中にも当時の私と同じ思いの方もあると思いますが、事実なのです。


○伊藤康善氏
「われらの求道時代」

・華光学生運動44P-45P

伊藤師 「終戦直後の龍大に信仰運動が起こったのは稀しかったね。中心は君(増井氏)や高森君や吾勝君で、その上に池田君が指導していた。一時は龍大生、女子大生が五、六十人も集まったではないか。」

増井氏 「華園会館や三条詰所で信仰の大会をやると三日間で二百人位、集まりました。江州から女学生が多く集まった。その人達に龍大生が信仰示談するので、皆が熱心に聞きましたね。高森君等は京都駅で街頭演説していましたよ。そのご縁で華光会館を建てて下さった北口夫婦に信仰の火が移りました。あの当時に集まった学生諸君も地方寺院の住職として各地で活動しています。」



・華光青年僧を知る228P--229P

伊藤師 「華光の高森君を知ったのは其の頃ですか」

北口夫人 「終戦後の蓮如上人四百五十回忌に田舎の人々を連れて本山に参詣しますと高森先生の天幕伝道を承りました。私と同じようなスッパリした信仰体験談で、今日までどなたからも、これほど元気の良い話を承ったことがありません。これは有難い方に巡り会ったと喜びまして自宅へ招待しました。実は私よりも主人に聞かせたかっのです」

伊藤師 「高森君に対する御主人の印象はどうです」

北口主人 「私は高森先生に初対面した時、粗末は学生服で黒タビに靴をはいておられましょう。二階へ上がる時見たのですが、そのタビが破れています。その姿に感心しましたね。学生ならは服装も飾って皆によく見てもらいたい年頃です。それを捨てて勉学や伝道に熱心なのは普通な方でないと思いました。---」

伊藤師 「あの人は現在北国方面で在家伝道者として大きな感化力をおよぼしています。華光同人の信仰運動は皆が総かかりなっても僕一人には及ばないとホラを吹いていましたが、実際らしいですね。2ケ年先の伝道の日取りもギッシリ詰まっていて京都へ出る時間すら無いのです。龍大で信仰運動を起こし、北国に帰ってから地方でその人ありと言われるくらいで、あの熱烈な説教は奥さんが惚れたように誰でも感動します」



小田あさみさん262P

「講演の後は高森先生を囲んで車座になって示談があるのですが、私はなるべく先生のおそばに近づいて話を聞きました。一週間もすると、先生に分かれるのが悲しくて、家へ帰る道の反対に6里(24キロ)ばかり離れた三次(広島県)までバスで送りました。先生と別れる時に一冊の「仏敵」を手渡されて、「秋の華光大会までには是非、獲信してくれ」と頼まれました」

・伊藤師、増井氏と高森先生がいかに当時、信頼関係が深かったか、知らされます。
華光会館を建てた人の顕正者は高森先生だったのです。

「仏敵」を渡して、これを読んで獲信するように言われていた師を、なぜ「土蔵秘事に類するもの」と罵倒しなければならないのでしょか。



○高森先生

「獲信の記録」について

 この本がまさか60年後に多くの人の知るところとなり問題になるとは高森先生は夢にも思っておられなかったと思います。
 講師部暦のどんな古い人でも、会員さんでも読んだことは無いと思います。絶対に読ませたくない、知られたくない本と思います。

・恩師、伊藤師を富山県の実家の寺に招待して、御法話、ご示談がなされました。
 両親、高森先生とご縁のあった獲信者、5人の方のご示談の様子が目前で行われている様に、活き活きと伝わってくる。
 ここに、特に注目すべき方の体験談が載っていた。

高森先生のお母さんです。
78P-80P

「龍大生になった顕徹は、二年頃から仏教に対する態度がガラリと一変しました。
今まで徹到徹尾、反宗教的な子供が急に有難そうにしきりに念仏し始めるようになりました。
ところが、その念仏が普通でない、喜び方も狂気じみていますので、ああとうとうこの子は仏法狂人になったのではあるまいか、お寺で念仏するのは外聞が悪いことはないが、この子の将来を思うと気が気でありません。
その頃からです、大学の休暇に帰省するや、いなや、これまたどうしたことか、廃立とやら何とやら小難しい理屈を覚えて参りまして、平和で念仏喜んでいる村人を捉えては眼の色を変えて議論します。----
住職(お父さん)に忠告致しました。
「こんなことで顕徹が門徒の信心を惑乱させていますが、貴方は黙って見ていられるのですか。あれは昔からやかましい地獄秘事とやら、土蔵秘事とやら云う異安心では御座いませんか。
何処で、そんな阿呆なことを覚えてきたのやら。この様子では門徒は二派に別れてくるではありませんか、何とか貴方から、注意してやって下さい」
と云うと、住職は済ました顔で「あれが本当なのだ。決して秘事でも異安心でもない、あそこまで真剣に行かぬと当流の信心は徹底しない。
ところが、あそこまで真剣に説く人が少ないのだ。我が子ながら感心な奴が出来た」と云って喜んでいます。
住職がそう云うならば、私が黙って引き込むより外の道はありません。-----
所が私には又、私に相応した様な方法で、如来様の御慈悲に徹底させて頂いたのです」

・これから、生々しく獲信への体験が語られていきます。

伊藤師146P

「仏法王国と云われる此の富山ですら、此の大浦(高森先生の村)で獲信する者が続出すると皆がびっくりする。何故、皆が驚くのか、それは本当の信心を戴いた人が少ない証拠です。--全く、焼け野原の只中で暮らしているような気持ちで居りましたが、我々の同信の友から、高森顕徹と云う弱冠の若武者が飛び出して、轟々たる非難嘲罵を押し切って、廃立の法幢を押し立てた」

・伊藤師は高森先生の活躍を心から期待し、称讃しておられる。



●伊藤師、華光会が「土蔵秘事に類するもの」なら次の疑問が起きてきます。

1  高森先生は増井氏の話を聞き、また「仏敵」「華光」などを読み、獲信したと自ら語っておられるが、18歳の時のその信心も異安心ですか。

2  18歳の時、自分は正しく獲信したが10年余り、伊藤師の信心を異安心と疑問に思わなかった。分からなかったのですか。

3  お父さんは高森先生が善き師(伊藤師)に出会ったことを喜ばれて、奈良県から自分の寺に招待し、説法を門徒と聴聞し、ご示談に参加された。
伊藤師が土蔵秘事の異安心とは言っておられない。もしそうなら、門徒の人に異安心の話を聴聞させてしまったことになり、恐ろしい罪を造られたことになりはしませんか。

4  村の方に高森先生は布教されたが、5名の獲信者は誰も三願転入の話を聞いたと言っていない。廃立は説かれた。
三願転入せずしてアリ一匹助からぬと今、説かれていることに合わないのですが、どう理解すればいいのですか。
この時の村人の信心は皆、異安心ですか。

5  高森先生は18歳で獲信、このご示談は2年後ですが2年ほどの布教で村人5名も獲信されたことになります。
「これが獲信か」には「二十年や三十年で獲られる信心なら、億劫にも獲難し、と言われるはずがない」と非難してありますが、矛盾しませんか。
講師部に、どうしてこのように早く獲信出来る話をされないのですか、不思議ですが。

6  「獲信の記録」を出版したことは大変な間違いだったと、今は思っておられるのですか。もしそうなら、村人に謝って回られたのですか。あれは間違いです、正しい信心ではありませんでしたと。

7  お母さんの獲信体験談は、親鸞会の高岡会館時代に私は直接に他の人々と聞きました。テープも残っていますが、全く「獲信の記録」と同じ話です。
お母さんのこの時の、華光時代の信心は異安心なのですか。
親鸞会時代は同じ体験談ですが、正しい信心なのですか。

8  同じく、滋賀県のT岸○○○さんも、S52年「華光」誌に華光同人として、獲信体験談が載っています。今は親鸞会会員として、浅倉保講師がT岸さんをビデオ取材して、同じ話を多くの会員さんに、紹介していました。同じ人が華光会で言ったことは土蔵秘事に類する異安心で親鸞会へ来て語ったら、尊い話になるのはなぜでしょうか。


○こんな尊い著書をなぜ、親鸞会会員に紹介されないのでしょうか。
獲信の御縁には、ならない本なのでしょうか。



○高森先生

「顕正」
常に虎の説法124P

「然るに、わが浄土真宗は、このような十九、二十の本願に当る浄土宗とは違って、十八願の願意である、信心正因称名報恩の仏意を弘通する教えであるから、信前の人にも信後の人にも、終始一貫して信心正因、称名報恩の教えを勧めなければならない。ーー
手本はいかに信心正因、称名報恩でも機執によって、そのようになれず、或いは定散自力の称名となり、称名正因となるものもあろうが、たゆまずアキラメず信心正因、称名報恩の教えを勧めていれば、やがてその真意を諦得出来るようになるのである。ーー
未熟な人に合わせて信心正因、称名報恩の教え以外の法門を説いて、信心を得る方法に称名せよ、などと教えれば、あたかも猫の手本を与えて虎を書く方法とするようなものである。故に教家は常に虎の説法をしなけらばならないである。

真仮廃立128P
「廃立とは、廃は捨てもの、立は拾いもの、ということで雑行雑修自力は、捨てものであり、廻向せられるものは名号六字である」

・三願転入は何処にもなく廃立が大事と教えてある。18願の世界に入るには、雑行雑修自力を捨てるには、19願の諸善、20願の念仏を励まねば廃らぬ、間にあわぬと知らされぬなど、どこを読んでも書いておられない。

「顕正」は昭和33年発刊。親鸞会結成の年だが、当時と今と説かれることが、違ってきているのではないでしょか。


○「これが獲信か金剛の真心に暗き哀れさ」のウソ

 取り寄せた、華光会の著書を読んで行くと、「これが獲信か」のパンフレットの悪意が読み取れるようになってきた。
 どこなのか、次回の体験談でお話します。
 親鸞会からの一方的情報だけを正しいと信じ切って会員さんにも徹底してきたことが悔やまれてきた。
 このパンフレットの為に、私は華光会に警戒心を抱き続け近づくことが出来なかった。


○増井悟朗先生に電話で質問する

 私は書籍を電話で注文するとき、まだ警戒して子供の名前で注文した。
 しかし読んで行くうち、質問したい気持ちを抑え切れなくなってきた。
 伊藤師はすでに亡くなっておられる。果たして増井先生は、ご健在であろうか。
 すでに80歳を越えておられる筈、若いとき結核で苦しまれたと本にあった。
 ご健在でも、初めての私と話して下されるだろうか。
 親鸞会では、高森先生に未会員が急に電話して話しなんか想像出来ないではないか。電話番号さえ知らされてない。
 しかし「念仏の雄叫び」「親指のふし」「廻心の体験」の内容に聞きたいことがある。
 どうか、どうかと思って華光会館へ電話を入れると、息子さんの増井信先生が名乗られて出られた。
「父は今、用事で出かけていますが、5時頃、帰ると思います」
と言われた。
 あっ、生きておられた、良かったー。話も出来そうな感じだ。
 6つにまとめた質問を5時まで何度も、どう聞くか復習した。
 5時に電話すると出て下さって、自己紹介し親鸞会の会員であることを正直に言った。本を読んで尋ねたいことがありますが、いいですか、と聞くと、どうぞと言われた。

1  阿弥陀仏の救いとは
2  三願転入するとは
3  宿善まかせかとは
4  ご本尊
5  華光会は土蔵秘事か
6  高森先生と華光会の関係


 1時間以上、時の過ぎるのを忘れて、私は質問して聞いた。
 増井先生は一つ、一つ丁寧に話された。

 増井先生の御法話テープのあることも分かったので、
 20本注文した。
「本願のこころ」「六字のいわれ」「二種深信」「光に遭う」「誓願不思議」「救済の予定概念」「罪悪感、無常観」「機法一体」「後生とふみ出す」「大経の構造」「二河白道」「白骨章について」「白道に入るまで」等

 親鸞会では信じられないことだが、90分1000円からあり、初めての人でも頒布していた。
 御法話はビデオ、DVDもあった。
(皆さんも注文されたら、いつでも聞けます)

・「これが獲信か」の非難(6)に「大衆の前では説法しない」はウソだった。

・親鸞会ではビデオ御法話テープのダビングしたら「死刑」と言われていた。除名、除籍は当然だった。結成30周年記念大会、「高森先生講演会ビデオテープ」は30万円もした。私の担当地区で一人求めた人がいた。

 御法話テープが届いてから、妻と隠れて聴聞を始めた。
 本も、テープも見つかれば、除籍に間違いない。
 増井先生は南无阿弥陀仏、六字の心を詳しく説いておられた。

○11月の本部報恩講に妻と参詣して聴聞した。
 高森先生は「聞其名号の名号を聞くとは仏教を聞くことです。
 たとえ、大千世界に満てらん火をも過ぎ行きて聞けと親鸞聖人は教えておられます」と言われた。
 仏法聞きに来ているのに、火の中かき分け仏法聞け、では答えになっていない。

・「たとえ、大千世界に満てらん火をも過ぎゆきて、仏の御名を聞く人は、永く不退にかなうなり」仏の御名を聞けと、仰っているではないか。

・「聞というは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし」でないか。

・「この故に、一切の聖教というも、ただ南无阿弥陀仏の六字を信ぜしめんが為なり」御文章5帖9通六字の心を聞けと蓮如上人も仏教の究極を教えておれる。

・「会報」第2集52P-53P
「仏像を通じて仏心を受け取り、仏の真実を聞かなければならない。今も同じで南无阿弥陀仏の六字にこもる仏心を汲み取らなければ、名号の尊さを殺すことになる。それ故に名号六字は無量無限不可思議絶対の功徳を私達に受け取り易いすがたにせられたものであるから、我々は六字の名号を通して阿弥陀仏の仏心に直入しなければならない」
そう書いておられながら、この「会報」は廃刊にしてしまったのだ。何ということか。一体何を説き、何を聞け、というのか。

・南无阿弥陀仏の心は説かれなかった。阿弥陀仏の仏心にどうしたら直入できるのか、参詣者、特に長い間聴聞して来た人は聞きたいのだ。
 核心が完全にボケた話になってしまっている。私だけだろうか、このように感じるのは。
 私の心の中で、もうあかん、とハッキリした。
 南无阿弥陀仏の仏心を説けない人に、私は40年近くも聞いていたのか。
 増井先生の御法話との違いを、まざまざと知らされた。

・「こんな話どれだけ聞いていても助かりませんよ」と土蔵秘事の者は近づいて来て誘う、と高森先生は言われたが、その通りではないだろうか。分かっておられるのだろうか。自分のことだと。

・帰りに妻に「もうここへは聞きに来ないよ」と言うと妻も私も、と言った。理由を聞くと、同じことを感じていた。二人で親鸞会退会を決意した。

・退会となれば、40年近く御縁あった方達と近づくことは無くなるだろう。
親鸞会の中で生きてきた私達は孤立するに違いない。
「なんで、どうして、何をこれまで聞いていたの、恩知らず」
 あらゆる非難、中傷もあるだろう。
 しかし、私達は、今生で後生の解決をする為に生まれてきたのだ。
 あらゆるものの命を奪いながら、生かされているのだ。
 今度こそ仏法聞いて、本願を聞き抜いて、迷いの打ち止めを必ず果たしますと誓って過去世も求めてきたのではないか。
 生まれた途端に、そのことを忘れた生活の人が多いが、私達は、尊い仏縁に恵まれたのだ。何より有難い。
 いつか別れ行く人々との生活を楽しむ為に、生きているのではない。
 今のまま聞いていれば、活動していれば、宿善が厚くなって開発するんだろう、その内、その内と漠然とした聞法はもう出来ない。Tさんが身体をかけて教えて下さったのだ。
 ハッキリと説かれる方に出会えたのだ。このご縁はどんな非難があって問題でない。もう未練も、迷いもなかった。


○12月にもう一度、増井先生に電話した。

 親鸞会をやめて聞かせて頂きます、と言うと「親鸞会が助けるのでもない、華光会が助けるのでもない。
 これ皆、無常のものですよ。いつ、どうなるか分かりません。
 阿弥陀仏の大願業力に救われるのですから。
 来る人は拒まず、去る人は追わず、御縁ですから。
 親鸞会をやめるも、そのままでも、自由にして下さい」と言われた。
 高森先生以外の話を聞くな、本を読むな、除名だぞ、あまりにも、狭い狭い親鸞会と違い過ぎると思った。


○夫婦で支部長に「携帯用御本尊」をお返しして退会を報告した。

 驚いた支部長は「どうしてですか。高森先生のご恩を何と思っているのですか」と強く言ってきた。
 何十年も同じ講師部の仲だったから、支部長の気持ちは良く分かる。私も同じことを言っただろう。
 しかし頭が真っ白になっている支部長に今の私達の心を話しても到底、理解できない。高森先生しか見えないのだから。
 何も反論せず「お世話になりました」と言って帰った。


○遂に、阿弥陀仏の偉大な、強縁に引かれて私達夫婦は京都の華光会1月報恩講に参詣することとなった。

それからのことは、次回にお話致します。

親鸞会教義の相対化・26

清森義行様


コメント覧に、私の投稿に対する反論らしきものが書かれていましたので、以下のように反証させて頂きます。



>親鸞会教義の相対化・22(投稿4)
>清子さん

私は、言語の構造上、意味を明確に確定できるサンスクリット文を読むことで、親鸞聖人の教えがサンスクリット文とも矛盾しない教えであることを示し、一方チューリップ企画の山田さんの説が、漢訳『無量寿経』からも親鸞聖人の言葉にも根拠のない説であることを提示しただけです。

漢訳『無量寿経』が現存サンスクリット本と別のテキストから訳されたことが、チューリップ企画の山田さんの主張の正しさを裏付ける根拠にはなりません。

貴方がすべきことは、山田さんの説を裏付ける根拠を提出することでしょう。
根拠を裏付ける説を出さなければ、「捏造・虚偽」ということになります。
以前、iitikoさんにわかりやすい喩えで教えてあげた通りです。
http://kiyomori.mitekaite.com/?art_id=98

ちなみに私は、大学・大学院と『無量寿経』を專門に研究しており、サンスクリット文もチベット訳も漢訳五本も全て読んでおりますが、山田さんの説を裏付ける文は、本願文にも本願成就文にも出てきませんでした。

山田さんの説は、やじりを地中に埋め自分で掘り出す途中で見つかったような、「思想先行型」にすらなってない、経典に基づかない「私説」です。




>親鸞会教義の相対化・23
>Nobodyさん

まず、私の友人は「浄土宗」ではなく「浄土真宗」の方です。
私が浄土宗だからと言って、私の友人を浄土宗と勝手に決めつけないで頂きたいものです(苦笑)。

私は浄土宗ですが、浄土真宗にも親鸞会にも友人はいますし、親鸞会を除名された清森さんとも親しくさせて頂いております。

私の友人が証空上人に言及したのは、アニメで証空上人が、


『皆さん。釈尊が、この世にお生まれになったのは、阿弥陀如来の本願1つを説かれるためでした。どんな人でも、念仏さえ称えれば、死ねば必ず極楽浄土に連れていくという、ありがたいお約束です。』


という台詞を話すことによって、何も知らない方がご覧になった時に、その方が証空上人を誤解しないためです。

証空上人は、この世での救いを積極的にお説きになり、

 生きて身をはちすの上にやどさずば念佛まうす甲斐やなからん

という歌を詠んでおられます。

しかもこれは、

問うて云く。
摂取の益をかうぶる事は、平生か臨終か、いかん。

答えて云く。
平生の時なり。そのゆえは、往生の心まことにて、わが身を疑う事なくて、来迎をまつ人は、これ三心具足の念仏申す人なり。
この三心具足しぬれば、必ず極楽にうまるという事は、観経の説なり。

かかる志ある人を阿弥陀仏は、八万四千の光明をはなちて、てらし給うなり。

平生の時、照しはじめて、最後まで捨て給わぬなり。
故に不捨の誓約と申すなり。
「念佛往生要義抄」(昭法全六八七頁)

というように、「摂取の益は平生の時である」と、仰っておられる法然上人から学ばれたものであり、

>親鸞聖人に指摘されるまで、「往生」と言えば、
>「体失往生」しか知らなかった善恵房証空と、
>そっくりではないかと驚く人もあるでしょう。
http://tulip-tanaka.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/2007_1224_1233_5999.html

というように、親鸞聖人から学ばれたものではありません。

更に証空上人は、

三心発る時即便往生す、此時正しく仏も成仏し衆生も往生す。
『定散料簡義』

と仰せっていますから、「念仏さえ称えれば」などという台詞は、極めて不当なものであると思います。

私の友人は、証空上人に対する誤解を危惧して指摘しただけで、どこかの誰かさんのような、くだらない宗我見や宗派根性は持っておりません。

正確に情報を検討しようともせず、自分のつくりあげた幻の世界の正義感で、つくりあげた敵や悪と戦おうとするような、行為は慎みたいものです。


ついでなのでお勧めの本を紹介しておきましょう。

★浅井成海著『浄土教入門』(本願寺出版)

浅井先生は浄土真宗のお寺のご住職ですが、その学問の立場は、なるべく宗派意識を取り払い、法然上人と親鸞聖人、そしてその他の法然上人のお弟子達の教学を、なるべく客観的に見ていこうとする立場を取ってます。

この本は法然上人・親鸞聖人・弁長上人・証空上人の教えが、念仏とか本願とか信心とか人間観とかテーマ別に整理されていて便利です。
証空上人について語るのであれば、せめてこの本一冊ぐらいは読んでください。



>親鸞会教義の相対化・24
>kkkさん

そうですか。印象操作ではなかったのですか。単に私に投稿を依頼した清森さんや、私の投稿の主旨が、理解できてなかっただけなのですね。

それは大変失礼しました。

ただし、貴方の論点スライドにおつき会うつもりはありませんので、私が別の所で書かせて頂いた文を掲載させて頂いて、貴方に対する解答にかえさせていただきます。

私が言いたいことは以下の通りです。

なお、どれだけ執拗に私の人格を攻撃しても、私の論に対する反証にはなりませんので悪しからず。


=================以下転載=========
========

まず、以下の記述を見ていただきたいと思います。

若佛子。自説出家在家菩薩比丘比丘尼罪過。教人説罪過。
罪過因罪過縁罪過法罪過業。
而菩薩聞外道惡人及二乘惡人説佛法中非法非律。常生悲心教化是惡人輩。
令生大乘善信。
而菩薩反更自説佛法中罪過者。是菩薩波羅夷罪
(『梵網経』大正蔵経vol.24.p.1004c.)

(訳)
仏の子よ。
もしも出家や在家の菩薩や、比丘・比丘尼の罪過を自ら説き、他の人に教えて罪過を説かせたならば、それは罪過の原因となり、罪過の条件となり、罪過の法(教え)となり、罪過の業となる。

だから、菩薩は外道である悪人、さらに二乗である悪人が、仏法の中において法でないものや律でないものを説いているのを聞いたならば、常に慈しみの心を生じて、この悪人を教化して、大乗の善なる信心を生じさせなさい。

それなのに、菩薩がかえって更に自ら仏法の中における罪過を説いたならば、これは菩薩としては教団追放に値する罪なのである。



これは、釈尊が「仏の子」すなわち仏弟子に仰った言葉です。

釈尊は、出家者・在家者を問わず、仏弟子が他の人の罪過を、自ら説いたり、他の人に教えて説かせたりすることは、

それはその行為が、新たな罪過の原因となり条件となり、罪過となる教えとなり、罪過となる行為になるのでしてはいけない。

そのように禁じておられます。


つまり仏教者は、他の人に

「地獄に堕ちるわよ!」

と言ってはいけないのです。

それはなぜでしょうか?

善因楽果、悪因苦果、自業自得が仏教の業報思想ですが、現在行った行為の果報が、必ず来世に得られるものであるかどうかは、仏智を獲得した仏陀でなければ、わからないし、その行為が、本当に地獄に堕ちるような果報をもたらすものであるかどうかも、仏智を獲得した仏陀でなければ、わからないからです。

それなのに、他の人に「地獄に堕ちるわよ!」と言って、その人が地獄に堕ちることがなかったらどうなるでしょうか?

そうです。

「地獄に堕ちるわよ!」と言った人こそが、妄語の罪を犯し、その罪過をうけなければならなくなるのです。

だから釈尊は、仏弟子が、他の人の罪過を自ら説いたり、他の人に教えて説かせたりすることを禁じられたのです。

仏弟子が、罪過を犯した人に対する時は、常に慈しみの心を生じて、この悪人を教化し、大乗の善なる信心を生じさせるように、ひたすら導いていかなければならないのです。



それでは多くの仏典で、地獄や地獄行きの業が説かれているのはなぜでしょうか?

それは、釈尊が三明・六神通(※)という仏智でもって、どのような悪業を作った人が地獄に行くかを知り、そのような悪業を犯さないように、仏弟子逹に教えてくださっているからなのです。


一方、私達は三明・六神通からはほど遠い罪悪生死の凡夫です。

その私達が、罪業とその業果を論じる場合は、釈尊が、三明・六神通でご覧になったものをお説きになった経典に基き、「釈尊が『こういう業にはこういう果報がある』と仰っていた」という形でしか論じることはできないのです。


三明六神通を獲得してもいないのにも関わらず、凡夫のはからいで、

「あなた地獄に堕ちるわよ!」

と言う人は、仏教徒でも仏弟子ではありません。



・・・・・・・・・おまけ・・・・・・・・・

※三明・六神通について

まず、三明ですが、「明」は「知ること」だと思ってもらっていいと思います。
そんでもって、三つの「知ること」という超人的な能力を、仏様は獲得しています。

1)宿命明・・宿世(過去世)の因縁を知ること。自他の過去を知ること。
2)天眼明・・未来の果報(行為の結果)を知ること。自他の未来を知ること。
3)漏尽明・・煩悩を尽きた状態で、現在のものごとを知ること。

そして「六神通」というのは、「六つの超人的な能力」という意味ですが、上記の「三明」に以下の三つがプラスされます。

4)神足通・・自由に欲するところに現れる能力。
5)天耳通・・普通の人に聞こえない音を聞く能力。
6)他耳通・・他人の心を見通す能力。

これらを合体して、「三明・六神通」と言います。


サービスで三明がどういう感じでお経の説かれていたのかを、紹介しておきます。
(MN.vol.I,p.21f、中村元『ゴータマ・ブッタI』pp.412-414)

1)宿命明
このように心が統一され、清浄で、清らかで、よごれなく、穢れなく、柔らかで、巧みで、確立し不動となったときに、過去の生涯を想いおこす智に心を向けた。

こうしてわれは種々の過去の生涯を想いおこした。すなわち、一つの生涯、二つの生涯、三つの生涯、四つの生涯、五つの生涯、十の生涯、二十の生涯、三十の生涯、四十の生涯、五十の生涯、百の生涯、千の生涯、百千の生涯を、また幾多の宇宙成立期、幾多の宇宙破壊期、幾多の宇宙成立破壊期を。

「われはそこにおいて、これころの名であり、これこれの死に方をした。そこで死んでから、かしこに生まれた」と。

2)天眼明
このように心が統一され、清浄で、清らかで、よごれなく、穢れなく、柔らかで、巧みで、確立し不動となったときに、諸々の生存者の死生を知ることに、われは心を向けた。

すなわち、われは清浄で超人的な天眼をもって、諸々の生存者が死にまた生まれるのを見た。すなわち、卑賎なるものと高貴なるもの、美しいものと醜いもの、幸福なるものと不幸なるもの、として諸々の生存者がそれぞれの業に従っているのを見た。

「実にこれらの生存者は身に悪行をなし、ことばに悪行をなし、こころに悪行をなし、諸々の聖者をそしり、邪った見解をいだき、邪った見解にもとづく行為をなす。かれらは身体が破壊して死んだ後で、悪しきところ、堕ちたところ、地獄に生まれる。
また他のこれらの生存者は、身に善行をなし、ことばに善行をなし、こころに善行をなし、諸々の聖者をそしらず、正しい見解をいだき、正しい見解にもとづく行為をなす。かれらは身体が破壊して死んだ後で、善いところ、天の世界に生まれる」と。

3)漏尽明
このように心が統一され、清浄で、清らかで、よごれなく、穢れなく、柔らかで、巧みで、確立し不動となったときに、諸々の汚れを滅す智(漏尽智)に心を向けた。そこでこの[一切は]苦であると如実に知った。

われがこのように知り、このように見たときに、心は欲の汚れから解脱し、心は生存の汚れから解脱し、心は無明の汚れから解脱した。

解脱し終わったときに、「解脱した」という智が起こった。「生はききはてた。清浄行が完成した。なすべきことはすでになされた。もはやかかる生存の状態に達することはない」と知り終わった。

バラモンよ、これが夜の最後の部分において達せられた第三の明智である。ここに無明が滅びて、明智が生じたのである。闇黒を消滅して、光明が生じた。それがつとめはげみ努力精進励しつつある者に現れる如くに。



※※追記
ちなみに、法然上人が、「知らず地獄八熱の底にや、すみけん。恥ずるべし恥ずるべし、悲しむべし悲しむべし。」と仰り、その弟子の親鸞聖人が「地獄は一定すみかぞかし」と仰ったのは、どこまでも自分を厳しく見つめ、罪業観を深めていった結果、最終的に到達した境地であって、あくまでも自分の問題として仰ったものです。

「あなた地獄に堕ちるわよ!」

という意味で仰ったわけでないことは、言うまでもありません。

=================以上転載=========
========


なお、貴方が「思考停止出来ない自分」に苦しむ必要は全くありません。
私の拝見する限り、十二分に「思考停止」されています。

今後は、「思考停止」ではなく「プラサーダ(浄信)」を求めて頂きたいと思います。







追記

清森問答のコメント覧を読ませて頂くと、読まれた方の不注意か、意図的な印象操作かはわかりませんが、私の投稿が、清森さんや意見として扱われている部分があり、清森さんにも大変迷惑であり、私としても極めて心外であります。

元親鸞会講師部さんが、ご自身の投稿を『私の白道』と題され、お書きになられた文章に責任を持っておられますので、私も、清森問答で私が投稿した部分を明確にし、その部分を『親鸞会教義の相対化』と題しておきたいと思います。

そして、今後、私の投稿した記事に対する批判・反論は、清森さん宛てではなく、私宛てに書いて頂いて、清森さんに送っていただき、清森さんから私に転送していただく形にさせていただきたいと思います。

そして、私の記事に対する批判・反論が私を納得させるものであれば、私も潔く、自分の主張を撤回して誤りを正していきたいと思いますし、私の記事に対する批判・反論が不当なものであれば、その誤謬を徹底的に指摘させていただきたいと思っております。



ちなみに、これまで清森問答に投稿した私の記事は以下のものです。

【1】(質疑応答33)
1)法然上人の神道に対する距離感、
2)信前の念仏の重要性を紹介し、
3)証空上人を「体失往生」に当てはめる主張を歴史的事実として説くことの問題点を指摘しました。

【2】~【5】(質疑応答43~46)
親鸞会の『法戦』を相対化し、
1)信前の念仏の重要性
2)浄土仮宗という主張の不当性
3)他宗に対する寛容の重要性
4)他宗教に対する理解不足といった問題点を指摘しました。

【6】~【12】(質疑応答49~51、53~56)
親鸞会の『教学聖典』を相対化し、
1)「さとり」の定義
2)小乗仏教・大乗仏教の定義
3)異熟因・異熟果の理解
4)釈尊誕生時の伝承と三界の定義
5)「後世の一大事」の理解
6)宿善と六波羅蜜の理解等に関する問題点を指摘し、
7)道綽禅師の言葉を釈尊の言葉として伝えていることの不当性を指摘しました。

【13】(質疑応答57)
コメント覧にあった私宛の質問に回答し、
1)釈尊誕生時の伝承と三界の定義
2)宿善と六波羅蜜の理解
3)『大集経』所説の末法について、説明させて頂きました。

【14】(質疑応答60)
コメント覧にあった私宛の質問に回答し、1)道綽禅師の言葉を釈尊の言葉として伝えることの問題点を説明し、2)法然上人における、「善」と五種正行に関する位置づけに関して解説させて頂きました。

【15】~【19】(質疑応答69~73)
親鸞会のアニメを相対化し、
1)MC(マインドコントロール)とカルトの基準
2)流刑と西阿の破門
3)「一向專念無量寿仏でないと助からない」という表現について
4)追善について
5)追善としての「還相廻向」について述べされて頂きました。

【20】(投稿2)
清森さんから、「一切衆生必堕無間」という親鸞会教義が、(親鸞会以外の)仏教や(親鸞会以外の)浄土門で、妥当なものであるかとの質問を頂きましたので、全く不当であることを指摘させて頂きました。

【21】【22】(投稿3・4)
清森さんのリクエストにお答えして、願成就文のサンスクリット文とその和訳を紹介させて頂きました。
そして、上記の願成就文のサンスクリット文から、チューリップ企画の山田さんの主張が、全く意味のない見苦しいものであることを指摘し、あわせて、「思想先行型文献学」の誤謬を批判させていただきました。

【23】
親鸞会のアニメを見た友人の感想を、私のコメントとあわせて紹介させて頂きました。

【24】
私に対して、脊髄反射レベルのコメントをしている方がいるので、そのコメントの不当性を、資料に基づいて指摘させて頂きました。

【25】
信仰を誤って受け取った際に発生する「狂気」の恐ろしさを、的確に指摘している友人の提言を紹介させて頂きました。

【26】
今回の投稿です。

親鸞会教義の相対化・25

清森義行様


以下は、先日アニメの感想をくれた友人がお書きになった文章です。

親鸞会教義を相対化する上で、非常に多くの示唆を与えてくれますので、本人に許可を得た上で紹介させて頂きます。

・・・・・以下引用・・・・・


「熱狂について」

かつて、あるネット上の浄土教に関する掲示板で、「熱狂」について議論になったことがある。

ある人が、「熱狂」それ自体は問題ではなく、何に熱狂するかが大事だ、と主張していた。

それに対して、私は、「熱狂」とは、「熱意」+「狂気」であること、熱意は大事かもしれないが、狂気はいかなる場合もろくな結果は招かないこと、常に、熱狂の中に潜む狂気の危険性への批判を忘れたらいけないのではないかということを、主張した。


結局、平行線に議論は終わった。

その人は、ある信仰に本当に熱心ならば、熱狂するのが当然であるし、それに敵対する存在には憎悪が湧くのが自然であって、たとえ法然上人がなんと言おうと、そういう憎悪はとめられない、それは理屈ではない、と主張していた。

その人は、浄土門の流れを汲む宗派の方だった。

私は、この人はとても浄土門の人間だとは思えないと思った。


少なくとも法然上人の流れをきちんと汲む正当な浄土門の人とは呼べないと思った。

もちろん、個人的に見た場合は、その方は真摯な、良い人なのかもしれないけれど、少なくとも、法然上人の精神をきちんと汲んだ人とは思えなかった。

法然上人は、七箇条起請文で、他宗への憎悪や誹謗を厳格に戒めている。

そうした法然上人の、熱狂や不寛容への拒否を、きちんと受け継いでいないとすれば、それはもはや正当な浄土門ではないと思った。


ただ、そういう方は、いつの世も、多いのかもしれない。

まじめな人や、宗教に熱心な人ほど、そうなってしまいがちなのかもしれない。


宗教における熱意は、容易に熱狂に変化し、堕落してしまう。

洋の東西を問わず、その例の枚挙にはいとまがない。


そうした中で、一貫して熱狂を拒否し、清澄な信心を保ち続けた法然上人は、歴史上稀な人物だったと思う。

「熱意」を持ちながら「狂気」とは無縁で、終始一貫、澄みきった信心と寛容を持ち続けたその生涯は、宗教の歴史を振り返ると、優曇華の花か蔡花のように稀な気がする。


もちろん、法然上人以外にも、歴史を見れば、それぞれの形で寛容を説いた人物はさまざまにいたと思う。

エラスムス、ラブレー、モンテーニュ、ロック、ヒュームなどは、西洋における良い事例だろう。

日本でも、弘法大師は、法然上人とはまた違った切り口で、ある種の宗教的な寛容の到達点を示した人物だったと思う。


だが、信仰への熱意と寛容の両方を併せ持つことは、やはり非常に至難だと思う。
寛容に力点を置くと、しばしば信仰への熱意も失われてしまう。

たとえば、エラスムスやロックは、キリスト教への熱心な信仰と寛容の同居した稀な事例だけれど、モンテーニュやヒュームは事実上、宗教はどうでもいい領域に踏み込んでいたと思う。

日本における、宗教的寛容と思われているものの大半は、単に宗教への無関心や無知である場合も多いと思う。

一方、信仰への熱意を持てば持つほど、人はよほど気をつけないと、容易に寛容を失い、熱狂・狂気へと変わっていってしまう。


そうこう考えると、信仰への熱意と寛容をあわせもった人物は、歴史上を振り返ってもそんなに多くはない。

日本においては、弘法大師と法然上人が稀な白眉だったように思われる。

後世において、どの程度、そうした信仰への熱意と寛容は、受け継がれたり、深められたと言えるだろう。

ほとんど、進歩していないのではないだろうか。


宗教的な熱狂や狂気が、決して過去のものではなく、甚大な被害をもたらすものであることは、9.11以後の世界ですでに私達はあまりにも見てきた。

9.11の六年前にあった、オーム真理教事件も、宗教における熱狂・狂信が、いかに恐ろしい事態を招くかを、すでに世界に示していた。

宗教的な熱狂や狂気は、現代社会でも、決してすでに克服された問題ではなく、今現にそこにある問題だ。

これは、イスラム原理主義やオーム真理教などの、特殊な人々だけではなく、アメリカにおけるキリスト教原理主義やネオコンも含めて考察すべき事柄だろう。


「熱狂」を拒否し続けながら、信仰への「熱意」を保ち続けること。

「寛容」を保ちながら、信仰への「無関心」は拒否し続けること。

これは、案外に非常に難しい、今もって、至難のわざだと思う。


法然やエラスムスの叡智に学びつつ、もしそれが本当にできた時、現代という時代は、自らの時代の優曇華の花や蔡花を咲かせることができるのかもしれない。

もし、それができなければ、熱狂が生む狂気の瓦礫か、信仰を失った無機質な砂漠か、

そのどちらか、あるいは両方が広がる、索漠とした世界だけが広がっていくのかもしれない。


現代の白道は、おそらく、信心と寛容の両方を備えた、稀有なバランスの上にだけありえるのではないかと思う。



【追記】

半年後、この文章を読み直して、基本的な考えは今も変わらないのですが、今読んでみると、ちょっと書き足りていないと思える部分があります。

その方は、熱狂を肯定している点では、法然上人の寛容の教えからは逸脱している危険があるのではないかと、むかしやりとりをさせていただいた時は思いました。

しかし、個人的にはとても立派な方だと思います。
少なくとも、その後、浄土門以外の大きな宗教団体の方々とネットを通してやりとりさせていただきましたが、中にはその態度やマナーや知性に大変ひどいと感じる出来事が多々ありました。

その某宗教団体の方々よりは、少なくともその浄土門の方の方が格段に真摯で紳士的な態度を終始一貫持っておられたと思いますし、知性もマナーも格段に上等の、立派な方だったと思います。

半年前に、しかも個人的なブログで書いたので、少々語調が厳しくなっているところはありますが、その方は一方でとても生真面目で良い方だと思っているので、その点は若干の但し書きを付けておきたいと思います。


(以上)

親鸞会教義の相対化・24

私の投稿に、私宛のコメントをされた方がいるので、その方にお答えしておきたいと思います。



>>質疑応答70
>>iitikoさん

『四十八巻伝』の記述では、「歴史的事実」を云々できないとのことですが、『四十八巻伝』以外の伝記資料にも、西阿が法然上人に破門されたという記述はありませんでした。

常識的に考えて、AさんがBさんを泥棒の罪で訴えた場合、Aさんに「Bさんが泥棒をした」ことを証明する義務があります。
立証責任を果たさないままAさんが、「Bさんが泥棒をした」と主張するならば、Aさんは、「虚偽・捏造を行った人物である」と言われても反論できません。

同様に、「西阿が法然上人に破門された」ことを裏付ける資料がないにも関わらず、ある人物や団体が、「西阿が法然上人に破門された」と主張した場合は、その人物や団体は、「虚偽・捏造を行った」と言われても反論できませんね。


それから、

>一念義の幸西が破門されたのは「歴史的事実」ですね。

とのことですが、

「幸西が破門された」という記述がある資料は、貴方様が資料的価値を低く扱っている『四十八巻伝』の巻29と、『四十八巻伝』より成立が遅く、むしろ『四十八巻伝』を省略して作製された可能性のある、『九巻伝』(『法然上人伝全集』pp.429-430)にしか存在せず、それらはいずれも、一念義を邪義とみなす鎮西派系統の資料であり、

より中立性・客観性を持った資料である、愚勧住信の『私聚百因縁集』、凝然の『浄土法門源流章』、『法水分流記』等では、いずれも幸西が破門になったということを伝えていないことは、ちょっと調べればわかることですから、おぼえておいた方がいいでしょう。

ちなみに、同じ「一念義」の行空の場合は、「十戒毀犯の業を勧め、恣に余仏の願を謗り、念仏の行を違失す」という理由を持って、罪科に問われ更に破門されたことが、『三長記』のような資料に出ているので、間違いなく法然上人に破門されていますが、

行空の場合は、

「念仏門には戒行がなく造悪を恐れない」などと主張することを戒め、

「制法に背く輩は、これ予が門人にあらず。魔の眷属なり。更に草庵に来るべからず。」

とまで法然上人が仰った『七箇条起請文』に違反したわけですから、破門されても仕方ないと思います。

法然上人は、師匠の身を気遣って進言した人物を、無慈悲に切り捨てる人物ではありません。



>>質疑応答71
>>iitikoさん

この際、はっきりお断りしておきますが、私の姿勢は、自分の「信仰」と違う「信仰」に対する寛容であって、自分にとって最も相応しいと思った「信仰」があった時に、それを示してくださった祖師の言葉が残されているのであれば、できるだけ正確にそれを理解していこうとしなければならないと思っています。

したがって、残された一つの言葉に対する解釈が二つ以上あったならは、より正確な解釈、より祖師の真意に近い解釈を、あらゆる手段を使って求めていこうとするのが、信仰に携わる者として、あるべき姿だと思っています。

私の主張は、そのような信念に基づき、知的誠実さを尽くし結論に達した、善導大師や法然上人の教義に基づく主張ですので、あたかも私が文化相対主義であるかのようにレッテルを貼って、私に対する人格攻撃をする行為は、善導大師や法然上人に対する人格攻撃であると認識してください。


ちなみに、iitikoさんは私の「信仰」に関係しない人物ですので、「iitikoさん独自の思想哲学」であれば、私は貴方がそれを信仰されるのを尊重しつつ、自分の「信仰」に関係のないものとして扱います。

ただし、「iitikoさん独自の思想哲学」を、「釈尊の教え」「法然上人の教え」「親鸞聖人の教え」として主張されるのであれば、私の批判対象となりますので、ご注意ください。



>>投稿2
>>kkhateさん

このコメントは、何かの印象操作でしょうか?

私は、「一切衆生必墮無間」という言葉や概念が、通仏教や法然上人や親鸞聖人の教えにないことを述べただけで、凡夫(プリタッグ・ジャナ、異生)が「輪廻する存在」であることは否定しないし、輪廻から脱することを仏教が目指していることも否定していません。

貴方が「一切衆生必墮無間」と思うのは全く自由ですが、それは貴方独自の思想哲学であり、それは親鸞聖人から教えていただいたものではなく、「これが釈尊の教えであり、法然上人の教えであり、親鸞聖人の教えである」と捏造して教えた方独自の思想哲学です。


先日、清森さんの依頼で『無量寿経』本願成就文のサンスクリット文を紹介させて頂きましたが、

現世で不退転に達する(=信心決定する)ためには、阿弥陀仏の名号を聞いた後、最低一度、浄らかな信を伴った(prasAdasahagata)心(citta)を起こす必要があります。

「浄らかな信」(prasAda、プラサーダ)は、「しずめる」「浄化する」「喜悦する」「滿足する」という意味をあらわす動詞、pra-√sadから作られた名詞であり、
「心が澄みきって清らかとなり、静かな喜びや滿足の感じられる心境」のことであって、

「誰かに教えられたことを無条件に信じ込む」ような、「思考停止」とは全く異なります。


kkhateさんのコメントを読ませて頂くと、「浄らかな信」と「思考停止」の区別がついていないのではないかと思います。




以上、私宛のコメントをしてくださっている方にお答えさせて頂きました。

私は浅学非才の若輩者ですが、これでも知的誠実さを尽くして資料に基づいた発言をしており、自分の発言には責任を持っていますし、根拠のない発言は一つもしておりません。

したがって、私の投稿に反論するのであれば、脊髄反射レベルの反論やくだらない人格攻撃ではなく、資料に基づいて論拠を挙げた反論をしていただきたいと思います。

そして、その反論が筋の通った私の主張を覆すものであれば、素直にその意見を聞いて私の認識を改めさせて頂きますし、不十分な反論であれば、更に反証させていただこうと思います。


私は、何冊かの本やビデオを見たことがあるだけで、高森先生にお会いしたことがあるわけでもありませんし、実際に親鸞会がどのような活動をしているかは全く存じあげておりません。

ただ、私が心から尊敬する方が親鸞会に属しておられ、その方や清森さんを育てたのが高森先生であり親鸞会ですから、高森先生や親鸞会に、他にはない優れた部分があることは認めております。


ただし、

自分で地中に埋めた土器を、あたかも自分が発見したかのように装った某アマチュア考古学者のように、自分逹の教義に都合のよいエピソードを、資料に基づくことなく捏造する行為や、

それを指摘された場合に、素直に誤りを認め反省し訂正することもなく、論点スライドしたり、見苦しいいい訳をしたり、人格攻撃をする行為は、

知的誠実さのかけらもなく人文科学の根底を揺るがすような、卑劣極まりない行為であり、

このような行為を更に繰り返すならば、人物や団体としての良識を疑われ、信用を失墜し、言語空間から抹殺されてしまうことになると思います。

そして、そのような行為を行う人物や団体のために、法然上人の流れを受け継ぐ浄土門の教えが、世間から見放されてしまうような事態になることは、絶対に回避しなければならないと思っております。


私は、法然上人の教えこそ最も優れた教えであると確信しており、その教えを一人でも多くの方に伝えることが、自分に課せられた使命であると思っております。

しかし同時に、法然上人を心から尊敬し、自らに厳しく安易に妥協することなく、法然上人に問い続け、念仏の実践を詰まれ、他力の信心を獲得され、その境地を言葉に書き記し、人々をその境地まで導く道筋を明らかにされた親鸞聖人もまた、本当に素晴らしい方であると心から尊敬しております。

そして、その親鸞聖人の教えを一人でも多くの伝えようと、懸命に努力する人がいるならば、協力は惜しまないつもりです。

不思議なご縁を頂いて、清森さんという心から尊敬できる方と知り合うことができましたので、清森さんの要請を受けて、私が学んだ、仏教学・法然教学の視点から、親鸞会の教義を相対化させて頂いております。

親鸞会教義の相対化は、親鸞会内部にいては、見えない部分に光りを当てる作業ですから、親鸞会にどっぷり漬かった方には、反発したくなる部分も多々あるかと存じますが、いったん自分の枠組みを横に置いて、検討を頂きたいと思います。

そして、私が親鸞会教義を相対化することが、法然上人が伝えたかったものが、より正確に伝わることの一助になれば、これ以上の喜びはないと思っております。


南無阿弥陀仏

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