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質疑応答138

【質問】


清森様

早速の御教導ありがとうございました。
重ねて質問させて頂きます。

> 信巻…18願(信楽)

教行信証信巻には、18願の中で、‘信楽’の部分しか教えられていないというとでしょうか?
残りの部分は、行巻、証巻、真仏土巻で説明されているから省略されたという理解で宜しいでしょうか?



【回答】


信楽を中心に教えられている、と理解されたら良いと思います。

教行信証信巻を読みますと、「信楽をえた人は、弥陀の願力によって、必ず浄土往生できる」ということが説かれています。


●かの願力の道に乗じて、捨命已後かの国に生まるることを得て、仏とあい見て慶喜すること何ぞ極まらんと喩うるなり。(信巻)


●信は道の元とす、功徳の母なり。(乃至)信はよく必ず如来地に到る。(信巻)


逆に、教行信証信巻の、どこを読みましても「必ず信楽に生まれさせる」とは書かれていません。

このことからも、弥陀の本願は「信楽をえた人を、必ず浄土に生まれさせる」というお約束であることが明らかになります。

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質疑応答137

【質問】


清森様

清森問答のコメント欄に、以下のような書き込みがありましたが、どのように思われますか?




もし、清森さんの説が正しいのなら、親鸞聖人は、どうして教行信証の証巻に、11願の開説をされたのでしょうか。

11願は、正定聚の位に住する人を、必ず浄土往生させてみせる、という正覚をかけた弥陀の誓いです。

清森説が正しいのなら、「至心信楽を獲た人」について、18願で浄土往生を誓われ、11願でも浄土往生を誓うという、重複するようなことをされたことになりますが、これは弥陀のミスか?

教行信証には、浄土往生のことは、証巻のみに開説され、信巻においては開説されていませんが、これは親鸞聖人のミスか?

信巻は、18願、至心信楽の願の開説です。

信巻において、浄土往生のことを開説されずに、浄土往生を11願の受け持ちとされた親鸞聖人の真意は何か?

清森さんの説明で、果たして、親鸞聖人のみ教えが正しく明らかにされているのでしょうか。

失礼ながら、清森さんには、教行信証のご教示が判っておられないのではないかと思います。



【回答】


弥陀の18願を開くと、5つの願になります。これを五願開示と言いまして、浄土真宗では常識です。

親鸞会でも、過去の講師試験で、以下のような問題が出ています。



>  平成4年度後期 講師試験問題(11月22日実施)
>
> 問4 十八願の心は五つの願にあらわすことができるが、その五つの願を
>    示し、その五願を本願文と対比せよ。
>
>
> 答4 ◎十一願・十二願・十三願・十七願・十八願
>
>    ○十一願……若不生者
>    ○十二願……至心信
>    ○十三願……楽欲生我国
>    ○十七願……乃至十念


ここで、11願に対応するのが、「若不生者」ですので、重複すると言われるのは、まったくその通りです。

また、教行信証も、上記の分類に従って、18願を解釈されたものです。(化土巻は19、20願)

行巻…17願
信巻…18願(信楽)
証巻…11願
真仏土巻…12、13願


ですから、信巻だけで18願の御心を総て明らかにされたのではなく、教行信証全体で18願、19願、20願を解説されているのです。

質疑応答136

【質問】


利他の信楽うる人は
願に相応するゆえに
教と仏語にしたがえば
外の雑縁さらになし

のご和讃を聞かせて頂くと、

「願に相応した」=「利他の信楽をえた」
「教にしたがった」=「利他の信楽をえた」
「仏語にしたがった」=「利他の信楽をえた」
と理解できます。

「願」とは「弥陀の十八願」だと思いますが、
親鸞聖人がこのご和讃で、弥陀の十八願に誓われて
いる通りになったことを『利他の信楽をえた』と
表現しておられます。

つまり、

"十八願は「信楽の身にしてみせる」という誓いだからこそ、
「願に相応」したことを「利他の信楽うる」と仰った"

と理解できると思うのです。

言葉をかえて言うと、

"「願に相応」したことを「利他の信楽うる」と仰ったのは、
十八願は「信楽の身にしてみせる」という誓いだからである"

と理解できるということです。

ということは、十八願のメインは、「極楽に生まれさせること」
ではなく、「信楽をえさせること」と理解して宜しいのでしょうか?

十八願を「至心信楽の願」ということからも、十八願のメインは
『信楽の身に、心を生まれさせること』だと思うのですが
如何でしょうか?



【回答】


 親鸞聖人は、18願を以下のように解説されています。

●「若不生者不取正覚」といふは、「若不生者」はもし生れずはといふみことなり、「不取正覚」は仏に成らじと誓ひたまへるみのりなり。このこころはすなはち至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生れずは仏に成らじと誓ひたまへる御のりなり。(尊号真像銘文)


 親鸞聖人が、18願の解説をされた御文は幾つもありますが、ずべて「信楽をえた人を、浄土に生まれさせる」と仰っています。「信楽にさせる誓い」と仰っている所は一箇所もありません。

 つまり、浄土に生まれる条件は、「信楽をえる」ということです。


●利他の信楽うる人は
 願に相応するゆえに

 ですから、上記の文章は、「利他の信楽をえた人は、18願の浄土に生まれる条件に相応しているゆえに、(浄土往生に障りは無い)」という意味になります。

※「雑縁が無い」とは、「雑縁が浄土往生の障りとならない」という意味です。



 逆に言いますと、

●利他の信楽をえていない人は
 願に相応しないゆえに

 これは、「信楽をえていない人は、18願の浄土に生まれる条件に相応しないので、(雑縁が障りで浄土往生できない)」という意味になります。


 19願「至心発願の願」
   =至心発願した人を、浄土往生させるという誓い

 20願「至心回向の願」
   =至心回向した人を、浄土往生させるという誓い

ということを考えても、

 18願「至心信楽の願」
   =至心信楽した人を、浄土往生させるという誓い

であることは明白であり、『至心信楽をえたるひと、わが浄土にもし生れずは仏に成らじ』と、親鸞聖人が仰った通りです。

質疑応答135

【質問】


愚禿鈔の
『本願を信受するは前念命終なり』
『即得往生は後念即生なり。即時に必定に入る』
について、

「後念即生」とは、『無明の闇が破れた一念』で、
『一念で死んだ心(前念命終)が信楽の心に生まれる』
という理解で正しいでしょうか?

『前念命終なり』で「命が終わる」と言われている「命」とは、
どういう意味なのかということと、
『後念即生』の「生」とはどういう意味なのかということを
教えて頂きたく思います。



【回答】


 これは、善導大師の「前念に命終して後念に即ちかの国に生ず(往生礼讃)」という御文を、親鸞聖人が解釈されたものです。

 かの国とは浄土のことで、浄土門では一般的に、死んで浄土に生まれ、浄土で修行し、仏に向かってゆくと解釈されています。(命=肉体の命)


「浄土にいるのは仏ではないのか?」と思われるかも知れませんが、浄土三部経を読めば分かる通り、弥陀の浄土にいるのは声聞と菩薩です。

 浄土は、仏になるために修行する場所なのです。


 親鸞聖人は、この「前念命終後念即生」を生きている時と解釈されています。だから、不体失往生と言われます。

 この「浄土往生」が、「信楽」なのかと言いますと、そう読める所もあり、そう読めない所もあります。どちらとも断言しかねます。

 浄土=信楽なら、「命」は疑情となりますが、浄土≠信楽なら、「命」は煩悩になると思います。

投稿

投稿を紹介いたします。

         *         *         *

○龍樹菩薩の十住毘婆沙論に以下のように書かれています。

「善根を増長する四つのことがあり、菩薩はこれを修行するがよい。

(中略)

善根を増長するのは、

第一にいまだ聞いたことのない教えを求め聞こうとする心。
二、衆生に対し、慢心を離れ謙虚な態度で接する。
三、正しい道で財を得て足るを知り、生活のために手段を選ばないというような生き方をしない。
四には他の人が罪を犯したときそれをあげつらってその間違いをあばかない。

またもし教法の中でよく心にわかりかねるところがあったときは、それに反発したり捨てたりしないで仏の心が領解できるまで考える」

親鸞聖人が御和讃に、本師龍樹菩薩、とたたえられる龍樹菩薩の教えです。

親鸞会では、これにしたがってこのように教えられているでしょうか。

質疑応答134

【質問】


「十方三世ノ无量慧 オナジク一如ニ乗ジテゾ

 二智円満道平等 摂化随縁不思議ナリ」(真宗聖典P.225)

 の意味を教えて頂けないでしょうか。



【回答】

 大宇宙の諸仏方も、同じ阿弥陀仏の智慧を頂いて、大宇宙を貫く真理をさとり、そして、それが、どのように形となって現れているのか、という智慧を体得し、衆生済度は思うままにできるのは、不思議なことである。



【質問】


「彌陀ノ浄土ニ帰シヌレバ スナハチ諸佛ニ帰スルナリ

 一心ヲモチテ一佛ヲ ホムルハ無碍人ヲホムルナリ」(真宗聖典P.225)

 の意味を教えて頂けないでしょうか。



【回答】


 阿弥陀仏に救われたならば、即ち諸仏方の御心にもかなうことになる。阿弥陀仏から頂いた信心をもって、阿弥陀仏のことを念じ、讃嘆すれば、諸仏方を誉めることになる。



【質問】

「信心歓喜慶所聞 乃カイ?一念至心者

 南无不可思議光佛 頭面ニ礼シタテマツレ」(真宗聖典P.225)

 の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】

 阿弥陀仏に救われた世界の不思議さは、とても心も言葉も及ばれません。
 そんな身にしてして下された阿弥陀仏に、心から頭を下げずにはおれません。

投稿

 親鸞会会員の方からの投稿です。


         *         *         *


 親鸞会の教えとはどんなものなのか、徹底的に教えていただきました。

 そのなかで一番心に残ったのは「大切なのはどんなことを教えているかということではなく、教義とかそういうものを取っ払って、その人やその団体がどんな言行をしているかということ。それがその人や団体の思想であり本質だ」ということでした。

 親鸞会の核になっているのは親鸞聖人の教えではなく、軍隊思想でした。

 高森先生の御心には無条件服従だと教えている、また口に出さなくても無言の圧力で強制してくるのは、上官に対する反抗は許されない軍隊そのものです。

『外儀は仏教のすがたにて、内心外道を帰敬せり』のお言葉がこれほどピッタリくるなんてとてもショックでした。

 親鸞会の悪いところをみて嫌な気持ちになるのは執着しているからと教えていただきました。

 その執着を減らしていくことが今後の課題となりました。

 これから大変になっていくと思います。

 ご迷惑をおかけしてしまうこともあると思いますが、今後ともよろしくお願いします。

私の白道・無上殊勝願(投稿)

私の白道・無上殊勝願 (投稿) 元親鸞会講師部


○「勘違いされぬようURL」さん、のコメントを読ませて頂きました。

「華光の法座が親鸞会を批判している場と勘違いしないでください」
私の書いた内容が、誤解を受けると心配される華光会同人の方のご指摘を深く肝に銘じます。申し訳ありません。貴重なご意見を有難うございました。
私も過去のことは一切問題にされず、聞かせて頂いたことは忘れません。
「今・ここで・私が」だけに絞って教えて頂きました。
阿弥陀仏のみ心一つ、常に、華光の法座はそうです。これ以外ありません。
親鸞会批判の場では決してありません。そんなことを話している時間はありません。ご法話も、ご示談も自分の一大事の解決だけです。
貴方と全く同感です。

なのに君はなぜ、うらみ、つらみに時間をかけて書き込みをしているのか、これでは華光が誤解を受けることが分からないのか、おかしいではないか、のご注意はよく分かります。

親鸞会と全くご縁がなく華光会で求めておられる方は私の思いは理解し難いのもよくわかります。

どうして華光会とご縁があったのか。南無阿弥陀仏の六字の真を聞けたのか、阿弥陀仏の調熟の光明、ご照育のお陰以外にありません。
それは、親鸞会の高森先生がご縁となり、やがて知った実態、組織の問題、教えの矛盾、会員さんの気の毒な臨終の姿となって見せて頂いたと私は思っているのです。
私にとって親鸞会とのご縁は一旦通らなければならない道でした。
ではなぜここでは真実は聞けぬと気づくのに40年もかかったのか、それは間違いと教えてくれる人が無かったからです。
それどころか「これが獲信か」のパンフレットが作成され、親鸞会会員全員に徹底されて、華光会は「土蔵秘事に類するもの」と叩き込まれていました。
この影響力は大でした。私は講師部の時これを会員さんに話していたのですから。未だにその影響は残っているのです。

阿弥陀仏に救われた時、あー間に合っでよかった。
華光会を知らずもし死んでいたらどうなっていたか。
気がついてよかったと心から思いました。
それと同時に、まだここでなんとかなると頑張っている会員さんの姿を見るにつけ私は気づいてほしい、言わねばと決心したのです。
それが救って頂いた私の使命だと思いました。

高森先生の尊敬の思いと、教えに間違いない、しかし救われない、この矛盾に苦しんでいる人の心が分かりますか。不安が分かりますか。
癌で苦しんでいる会員さんに何も言えない講師部の実態、臨終間近に、30年間、自分の善が足りなかったからだと泣いて高森先生に詫びている姿を見てきた私には、ほっておけないのです。
あの方達の痛恨の涙を決して私は忘れない。腕にしがみつかれたあの痛さを決して忘れる事はできません。
その人の仏縁だから、自ら求めてこられるまでほっておけばいいのでしょうか。

講師部、真面目な会員さんほど、時間、お金気力、体力を注ぎ込んで求めています。私も同じことをしていました。
誰も教えてくれなかった。自分で何とか調べて、それでも用心して用心して華光会のご法話に来るのは6ケ月もかかりました。

「白道を進むには、振り返りはいりません」は華光会にたどりついてからの事と思います。
私のしていることは、華光会にたどりつくまでの事、間違いに気づき、真実を聞いて頂くご縁になればと思ってしていることと思っています。
来られたら、後は真実を聞いて頂くだけです。愚痴を言い合う時間はありません。「今、ここで、私が」だけが問題です。

うらみ、つらみだけで見られていることは残念ですが、私の表現がそのように読まれることを気をつけてゆきます。ご忠告有難うございました。

私の白道[無上殊勝願](投稿)

●私の白道[無上殊勝願](投稿)

元親鸞会講師部


○母の往生

 しばらく御不沙汰いたしましたが、「私の白道」から2ヶ月余りが過ぎました。

 その間に母が亡くなり、無常と愛別離苦を思い知らされました。
 心臓の手術は成功しましたが、脳梗塞で意識不明となり、86歳の生涯を終えて阿弥陀仏の待っておられるお浄土へ往きました。
 生前、満州大陸で亡くした、前夫、子供2人、そして父のことを気にかけていましたから、往生成仏、弥陀同体の覚りを得て、神通力を以ってその後生を知り、既に済度に出かけていると私は思います。お浄土でのんびり、じっとしてはいないでしょう。

「ただ、自力を棄てて、いそぎ浄土の覚を開きなば、六道・四生のあいだ、いずれの業苦に沈めリとも、神通方便をもって有縁を度すべきなり」(歎異鈔5章)


 手術前に「うまくいかねば先に往くぞ。葬式には南无阿弥陀仏のことを参られた人にお前が説法してくれや、頼むぞ」と私に言い残しました。
 手術前、手術後、2ヶ月余り休みや仕事が終わって、2時間離れた病院へ何度も何度も見舞いに行く度、泣かずにおれませんでした。
 この母なくして私はこの世に生を受けず、病気で2度死にそうになったのを救ってくれたのも母の必死の看護であり、私の獲信を念じ続け、親鸞会での求道を考え直させてくれたのも母であり、信心決定を心から喜んでくれたのも母でした。
 私にはこの世にこれ以上無い、大事な母であり善知識でありました。
 意識なく酸素吸入器で呼吸するする母の顔をなでながら、「母ちゃん、有難う、有難う」と泣いて言いました。すると耳の意識だけは残っているのか呼吸が荒くなって反応するのです。私は行く度に思いのままを耳元で話し続けました。

 7月10日、母死亡と妹からの知らせを受け、実家に帰って母を見てお浄土へ往ったんだなという思いと、託された御通夜の説法の約束を果たさなければと思いました。
 葬儀社には中央に南無阿弥陀仏の御名号を、右下に写真、左下に法名を頼み、手次の住職に、母の遺言なので私にお通夜の説法をさせてもらいたいと話をして、了解を得ました。
 80名近くの参列者に講師部を退部して4年ぶりに説法をしました。

「仏教は釈尊のみ教えであり、釈尊は、人生は苦なり、四苦八苦があり、中でも死苦こそ人間にとって最大の苦である。死んだらどうなるか、真っ暗な心しかない、苦しみの世界、地獄がある、これを後生の一大事と教えられました。
 死なない人はありませんから、ここに参列の皆さん全員の問題であります。
 釈尊はこの問題の解決を求めて出家され遂に、仏の覚りを開かれてこの問題の解決を得られ仏教を説かれました。これが阿弥陀仏の本願です。
「どんな人も、本願を信じ、念仏申せば、助かる、必ず往生成仏する」
 日本でこれを教えられたのが親鸞聖人です。

 南无阿弥陀仏によって、この阿弥陀仏のお約束通りなれると教えてゆかれましたから、この会場のご本尊は御名号なのです。
 この世のご利益の為に称えるのでもなく、どうか後生助けて下さいとお願いするために称える呪文でもありません。
 南無とは、われをたのめ、あて力にせよ、信じよ、弥陀にまかせよ、助けさせてくれ、という阿弥陀仏の叫びであり、呼び声です。死ぬぞ、墜ちるぞ、危ないぞ、早く来い、そのまま来い、飛び込めーの阿弥陀仏の呼び声です。
 阿弥陀仏とは、必ず助ける、罪はどれほど重くとも心配するな、引き受けた、墜としはせぬ、おさめ、救う、往生成仏させる、出来ねば共に地獄へ墜ちようぞ、離れはせんぞ。仏になる功徳は全部成就、用意した、さー受け取れよの心です。この六字の心の通りになったのが、信心決定、助けられたというのです。
 そんな力、仕掛けがこの南無阿弥陀仏にあるのです。
 阿弥陀仏は今、皆さん一人一人に早く分かってくれ、気づいてくれと念じ続けて、あの手、この手とご方便して導いておられるのです。

 母は仕事一筋の人のように皆さん見ておられたと思いますが、実は母は阿弥陀仏の本願喜ぶ、念仏の人でありました。
 南无阿弥陀仏の心を話して欲しいの願いでしたので、話しさせて頂きましたが、私は母が恋しいときは南无阿弥陀仏を称えます。南无阿弥陀仏の中にいますから。皆さんもお念仏称えて下さい。阿弥陀さまに早くあって下さい。」

 以上のように30分ほど話させて頂きました。



○不思議なご縁

「私の白道」を読まれた方々が、ここ2、3ヶ月の間にも南無阿弥陀仏の「無上殊勝願」なることに気づき、大きな関心を示され、真実を求めて行動を起こされています。

 私の自宅へ尋ねて来られた元親鸞会会員
 手紙を書いて来られた会員、未会員
 メールを下さった会員、未会員
 電話かけて来られた会員、未会員
 電話のあった元講師部(辞めた理由も聞きました)
 華光会館のご法話、行事に参詣された会員、未会員
 華光会館へ電話して、本、テープを求められた会員、未会員
 関東、東海、北陸のご法話、行事に参加された会員、未会員


 7月の華光会の行事に参詣し、ご法話後に幾つもの分級に分かれ、ご示談が行なわれましたが、私の参加した班の半数近くが親鸞会とご縁あった方々で、皆さん「私の白道」を読んでおられたのには驚きました。責任の重さを実感しました。

 では、皆さんどう読まれたのか、どんな気持ちで私に連絡し、華光会へ行ってみよう、聞いてみようと思われたのかお知らせします。
 勿論、氏名、経歴、住所は絶対に明かしません。安心して下さい。


○大きく分けると二つの理由がありました。


(1)これまで絶対正しいお方、唯一の善知識、信心もお徳も間違いないと信じ切っていた高森先生が信じられなくなった。


・ 華光時代のことを隠し、かっての師を土蔵秘事に類する者と非難される。
  人間は恩が一番大事と言われたことはウソだった。


・ 長男の不倫疑惑のもみ消し、筋違いな講師部除名の身勝手な処罰を知り公平な慈悲深い先生と思っていたが裏切られた。何も文句が言えない講師部が可愛そうであり、それでも無条件で従う心が哀れで悲しい。
  何も自分で判断出来ない支部長、組織に従うことが怖くなった。


・ 問題の多い長男を親鸞聖人のみ教えを伝える講師部の最高責任者に今もしておく感覚。こんな組織でお伝え出来ると思っている神経。おかしい。
  布教局長も問題だが、ほっておく先生、隠す先生はもっと問題と思う。
  これほどひどいとは想像できなかった。衝撃です。
 (これは非常に多い批判でした)


・ 盗作を繰り返し、自分を善知識のように振舞う自尊心、誤魔化しの強さにさすがに嫌になりました。
  盗作の大沼氏の本を読んだ清森講師を除名にするとは卑劣な人と思う。
  他人のものばかり利用して、本当の自信がないことも分かりました。
  先生の本は読む気がしなくなりました。

・ 会員の意見も聞かないで、勝手に必要も無い物を次々に建て、財施のことばかり言ってくる。苦しくなるばかり。押し付けないでほしい。
  しかも会計報告もしないで、どうなっているのか信じられない。

・ チューリップ企画と田中氏の法論で見た、自分の間違いを認めない性格はとても尊敬できません。本願寺との「宿善論争」をもう一度読んでみてどちらが勝ったのか、考えが変わりました。



(2)高森先生の教えられることは正しいといえるのか。これで救われるのか疑問が出て来た。


・ 三願転入の根拠を出されるから、19願の諸善に励むしかないと信じて人集め、金集め、アニメ販売の活動をしてきたが、今死んだらどうするのだ。
  宿善厚くなって助かると言われるが先が全く見えない。
  こんな教えは納得できない。このままでは死んでゆけない。どこかおかしいと思った。


・ 講師部も多くいるが誰も信心決定していない。それを支部長に言うと何も言えず、人のことはどうでもいいと誤魔化す。
  自力一杯求めて、自力無功と知らされるまでやるしかない、そればっかりで20年やっている。見てて変わらないと思えてきた。
  まことの心でやった善など私にはないからだ。
  出来ないことをやらされていると思えてきた。


・ 10分間説法で話される十悪、五逆、謗法の悪人は私のことだとよく納得できた。
  真実の心、他人の幸福を願う心などない私、自分可愛いしかない私ばかりが知らされてくる。なのに真の心で諸善、活動をせよ、まだまだ自分が分かっていない、活動が足りないと言われた。
  私は諸善が出来る善人が助かる19願より、悪しか出来ない私が助かる18願が聞きたいのだ。なのに三願転入しか支部長は言わない。
  だれか聞かせてほしいと思っていた。
  高森先生の18願の話はなぜか私の魂に響かない。
  やはり宿善薄いからかと一人誰にも言えず悩んでいた。高森先生の話では納得できない心が知らされるばかりだが、どこへ行けばいいか分からない。
 「私の白道」の元講師の心境はよく分かりました。


・ 平生業成、一念往生と言いながら、実際は100年、200年で得られるちっぽけなものでないとも言われる。
  30年、40年求めて得られる簡単なものでないとも聞きました。
  問題の大きさは分かりますが、臨終に観音菩薩の説法にあえる話には呆れました。
  観音様から何を聞くのだろう。今でさえ聞けぬ者が聞けるのだろうか。
  観音さまが何かすぐ助かる特別な法を説かれるだろうか。おかしなことだ。どこにそんな根拠があるのだろう。
  そんなことを期待させて活動させるのかと思うと、ますます疑問に思えてきました。


・ 蓮生房も盗賊耳四郎もおかる同行も山本良介も山口善太郎も皆、聴聞して助かっている。どこに諸善励んだと言っているでしょうか。
  御文章にも「雑行雑修自力の心をふりすてて」と書いてあり、その為には棄てる雑行、諸善を力一杯やれとは書いてないことに気付きました。
  自力の心がすたるには、聴聞に極まる、南无阿弥陀仏のいわれを善知識にあって聞けとしかありません。
  高森先生の説き方、教え方は違うと思いました。
  華光会で南无阿弥陀仏の南無の心、六字の心をお聞きして、やっと機法一体、願行具足の意味がわかりました。無上の宝と知りました。


・ 高森先生は聞き始めの頃、釈尊の出世本懐は大無量寿経とハッキリと教えられた。教学講義のとき三願転入の講義で観無量寿経が出世本願と間違って言われ、アシスタントがそれを言ったら、そんなことを言っておらん、と強く否定されたが、いつの間にやら観経が出世本懐と言われるよになった。
  話が変わってゆく、信用できない先生とあのときから思うよになった。


・ 雑行、雑修・自力の心は阿弥陀仏のみ心に反する心だから棄てよといわれるが、阿弥陀仏のどんな心に反するのか納得のいくように聞いたことがない。19願の諸善をやって助かろうとする心は、18願のみ心に反する心と思うが、なぜ反するのか分からなかった。
  分からんまま一生、反すると知っててやらねばならぬことが不安だった。


・「私の白道」で高森先生の教えが変わってきていることを読み、また黒い心(悪業煩悩)、白い心(南無廻向の心)、暗い心(疑情、自力の心)の話に納得がいった。続けて聞きたいと思いました。特に親鸞会では聞いたことのない南无阿弥陀仏の六字の心、南無廻向の心には驚きました。阿弥陀仏がこんなにも近いとは思いませんでした。


・ 高森先生が根拠を示して話されるから絶対正しいと信じていたが、解釈が間違っていれば、根拠を出されても正しい話とは言えない。
  こんな当たり前のことを何十年も気がつかなかった。何と愚かな考えだ。
  又、高森先生だけが世界唯一の善知識と信じていたが、支部長、会員さんがそう言われるからそうかと思っただけで、何一つ根拠はなく、他と比べたり、調べたりしてこなかった。ただ信じていただけでこれも実に愚かでした。
  今、多くの先生を知り分かりました。18願、六字の心を説かれる方がおられることを知りました。全く井の中の蛙でした。
  高森先生にこだわることは愚かでした。


・ 支部長に獲信したという人がいたが、念仏はない、表情も冴えない、体験も私たちに関係ありませんと言われるし、却って怪しいな、なぜそんなことを言わねばならないのか不審が出ました。信用されると思ってなら大変な思い違い、高森先生がご存知なら尚おかしいと思いました。造花の花に匂い無しと顕正新聞にありましたが、この支部長の事かなと思いました。


・ 悩んで悩んだ末に華光会館へ来ました。
  後生は一大事、どちらが本当か絶対調べる価値はある。
  支部長は人間的にいい人です。会員さんも素直な良い人ばかりです。
  しかし、人間関係が良くても教えが正しくなければ、どんなに努力しても助かりません。努力する方向が間違っていたら大変です。どんどん離れていってします。
  何が真実か、本当なのか、親鸞会がそれを知ることを邪魔するならばおかしい。
  聞くな、見るな、読むなというのはマインド・コントロールになる。
  私の後生です、誰も責任は取れない、自分で確かめるしかないと思いました。


・ チューリップ企画と田中氏の法論は、私には高森先生の間違いと思いました。18願の「若不生者不取正覚」の解釈間違いはひどいことです。
  これではもう他の話も聞けなくなってきました。



○皆さんの言葉、視線、態度、文字に表された必死の叫び、押さえ切れない疑問の数々。2年前の自分のあの思いが重なり、私も熱くなり時間忘れて話し、枚数忘れて返事を書きまくっています。
 これ皆、過去世からの不思議な仏縁、ご縁、共に求めきれずに泣きあった仲だったのか、阿弥陀さまのやるせない願力に押し出されて来られた方々と思うと、本当に尊く思わずにおれません。お伝えせずにおれません。


 ここを読まれた皆さんの心はどうでしょか。
 高森先生へ長い間持ち続けた尊敬の思い、教えに間違いない筈の信念が、既に行動を起こされた人の言葉とぶつかってはいませんか。
 負けてなるものかと思う人。言うことは分かる、自分も時々そう思うという人。
 真剣にどちらか決めねば、少なくともこのままにしておけない、調べたいと思われる人は、清森さんに連絡されるか、華光会館へ連絡して下さい。
 私の連絡先も分かります。(華光会はホームページを見て下さい)
 あなたの氏名、住所は絶対に他に明かしません。安して下さい。


○一つだけお願いですが、私は仕事の都合で布教専門に時間が取れません。
 朝4時30分に起床して、仕事を2つ持っているので家に帰るのが夜8時近くになる日が月に20日ほどあります。
 手紙かメールなら仕事の合間に返事が書けます。
 電話での話はその日の仕事で日中は出来ないことが多いです。夜8時以後ならほとんど大丈夫です。ご了解お願い致します。

 私は先月、長年ご縁のあった多くの方に暑中お見舞いを出させて頂きました。
 母の死亡と、理由を言わず親鸞会講師部を退部し、親鸞会を退会したことを「私の白道」に書かせて頂きました、と案内しました。
 悩んで出口が見つからずにいる方に知って頂きたいの思い一つです。

 本当に自分の後生の一大事を一大事を思って悩んでおられるのでしたら、遠慮なく連絡してみて下さい。その思いを聞かせて下さい。
 阿弥陀仏は十劫の昔から待っておられます。



南无阿弥陀仏。

質疑応答133

【質問】


 今、私にとっての問題はただ一つ。「親鸞会で信心決定できるのか。」
 信心決定できるのなら、高森先生や布教局長がどんな人であろうといいんです。でもそうでないとしたら考えなくてはなりません。

 どうお考えになりますか。



【回答】


 私の、今の仏教の理解では、親鸞会にいるよりも、離れた方が、早く信心決定できる可能性が高いと思います。それは、親鸞会で教えられていること、勧められていることが、仏教に反しているからです。

「若不生者」の解釈も違いますし、親鸞会でいう「善」と、仏教の「善」は全然違います。無条件服従という教えは仏教にありませんし、本尊を取り返すという発想も出てきません。お釈迦様も、親鸞聖人も、必堕無間とはどこにも教えられていませんし、おかしい所を挙げればキリがありません。

 実際に、親鸞会が結成されて50年も経つのに、「私は救われた!」という人が殆どいません。特に講師部員では、まったく聞きません。仏法を求めてゆけば、心が豊かになってゆくはずなのに、親鸞会ではどんどん心が貧しくなってしまうように感じます。これは、向かっている方向が反対だからです。

 私は、上田君から仏法を聞かせて頂くようになって、本当に人生が変わりました。仏法は、生きている今から幸せになれる教えであることを、日々、実感しております。貴方にも、早く、本当の仏法を知って頂きたいと思わずにおれません。

 それが一番、信心決定の近道だと思います。

親鸞会教義の相対化・68 (投稿)

(投稿)
つづく



 最後に、法然上人が対決した旧仏教の教義と親鸞会教義の共通点を2点挙げておきたいと思います。


1)「後生の一大事」=「必墮無間」という教義によって、不当な罪業観で民衆を苦しめています。

 しかもこれは、親鸞会という特殊な組織でしか通容しない「文化」であることは、既に私や清森さんによって証明済みです。

http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-91.html
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-92.html
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-93.html
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-94.html


2)法然上人が、現世における宗教的平等性を主張したにも関わらず、親鸞会では、「わが親鸞聖人と蓮生房と耳四郎の三人のみが頓機」「頓機の者は少なく、漸機の者は多し」という資料に基づかない主張を行っています。

 そしてさらに、「高森先生は特別な方」という、法然上人が示された宗教的平等性を著しく逸脱したドグマを主張するに至っています。

http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/category5-5.html


3)法然上人がお示しになられた、「阿弥陀仏の本願を信じて念仏申す」という阿弥陀仏の本願の行よりも、親鸞会では「聴聞」「財施」が強調されています。

 これは、結局、阿弥陀仏の本願に適った生き方をすることよりも、高森先生や親鸞会に都合がいい生き方をすることを、会員に勧めているとしか思えません。

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 もし仏像を造ることや堂塔を建立することを、
 極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、
 お金のない貧しい者は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、裕福な人は少なく、貧しい人は甚だ多い。

 もし智慧にすぐれ才能に溢れていることを、
 極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、
 愚かで智慧のない人は、きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、智慧のある人は少なく、愚かな人は甚だ多い。

 もしお経に書かれた教えを、沢山見たり聞いたりすることを、
 極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、
 少ししか見たり聞いたりしていない人は、
 きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、沢山聞いた人は少なく、
 少ししか聞いていない人は甚だ多い。

 もし戒や律をきちんと守ることを、
 極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、
 戒を破ってしまったり、もともと戒のない人は、
 きっと往生の希望を失ってしまうであろう。
 しかし現実には、戒を守れる人は少なく、戒を破ってしまう人は甚だ多い。

 この他の念仏以外の諸行に関しても、これに準じて知るべきである。
 以上のことから、これらの念仏以外の諸行をすることを、
 極楽浄土に往生しようとする人に、阿弥陀仏が願ったのであれば、
 往生できる人は少なく、往生できない人は多いだろう。

 だからこそ、阿弥陀仏は過去において法蔵比丘であった時に、
 平等の慈悲にうながされて、あまねく全ての人々を救うために、
 仏像を造り堂塔を建立する等の念仏以外の諸行を、
 極楽浄土に往生するための本願にせずに、
 ただ、「南無阿弥陀仏」とお念仏申す一行だけを本願とされたのである。
by.法然上人『選択集』第三章
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 こんなことでは後生の解決どころか、この世の事すら解決出来ないではないか、情けない。それどころか又、会費があがったとか、又お金を集めるとか、思ってはならぬ心がムクムクと出て来ます。財施をすれば凡て自分の宿善になるのだと知りながら悲しい心が出て来ます。
【顕正新聞昭和44年5月】

 思えば我々親鸞会々員が今日こうして生まれ難き人間界に生を受け、聞き難き仏法を聞かせて頂いているのも阿弥陀仏、そして高森顕徹会長先生ましませばこそである。いわば世界中で最高の洪恩を蒙っている幸せ者である。ところが我々は、受けた恩徳は無量であるのに返す財施は限りあるどころか雀の涙ほども出来ない横着者であるこれでは助かりようがない。
【同紙昭和45年5月】

 どうせくだらんところにしか使わない金だ。それらの金銭を真実の仏法を弘める為に布施をさせるのが仏法の重さを知らされた者の責任ではないか。酔生夢死の人生を過ごそうとしている人々に尊い仏縁を与える為に金の使い方を教えてあげる、これが真の仏法者の務めである。何不自由もない釈尊が一生涯托鉢乞食行をなされた精神は、くだらんところへ散在する金品を吸い上げ、召し上げて彼らに仏縁を結ばせる為ではなかったか。(中略)親鸞会に布施せられた財施のみが十方衆生を生かし末代の宝として生きかえるであろう。
【同紙昭和53年10月】

「もういい加減な求道はできません。何としても今生で信心決定するため、新本部財施に命をかけます」
【同紙昭和61年6月】

 財施をするのは損をするということではなく、自分が徳をすることです。家や田んぼを売っても損はしないのです。計算して財施するというのは嫌々ながらやることです。そうではなく、喜んでお金を出す。それが喜捨なのです。家を売っても、アパートで生活すればいいのです。喜捨をしないのは親鸞学徒ではありません。(本部報恩講での高森顕徹会長の説法)
【米本和広著教祖逮捕p165】

 金のある者には、大法の為にどんどん使うように勧めたらよい。
 自損損他のアブクゼニを、大法の為に活かすよう仕向けるのは、大慈大悲である。
 この精神を恥ずかしく思うのは、仏法の尊さがまだ分かっていないのだ。
 法もまた財なり、財もまた法である。(巻頭言・高森顕徹会長の言葉として)
【顕真平成15年9月】

http://shinrankai.mondai.nukenin.jp/naze2.html
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悲願の法城(親鸞会の集金ビデオ)再掲
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2008/05/post_2ae0.html


それねぇ、人にこう、あの、お金でもモノでもあげると、
人のもんになる風に思うでしょ?
これ全然違うんです。
あげた者のモノになるんですよ。
だから絶対損にならないんです。
ドンッ、ドン、あげたらいいんですよ。
ゼッッタイに、あの、損しないから。
だから喜んで捨てなさい、喜んであげなさいちゅうことで
喜捨と言われるんですよ。
喜ばにゃならんのですよ?
人に物をあげる。特に仏法に布施をする。
これはもう、イッチバンの善ですから、
だからその、もう喜ばにゃならんことなんですよ。

あの人は、あんだけしか出されんのに、私あの人よりも
何で余計出さにゃならんやろ、って
トンデモない話ですよ!そりゃ
喜んで・・・・出さなければならない。
みんな自分の物になるんですよ?
絶対、人のモンにならないんですよ。
で、それが自因自果ということですから、その、やはり
自因自果という因果の道理がワカランところから
食堂なんか行ったらね、千円でも二千円でも、安いね
ここの店は、って出しても、仏法のためになら
千円出すときに、あの人、五百しか出してらんのに、
私、ナンデ千円出さんな・・・
まるで損するように思うでしょ?
これ、ゼンッゼン因果の道理がワカッテナイ
っちゅうことですよ、仏法ワカッテナイっていうことですよ。
その人の信仰はその程度や、っちゅうことですよ。
絶・・・対、損にならないですよ。
その喜捨した、何ジュウ倍戻ってくるからっ。
私なんか、何百倍戻ってくるとりますよ。
そんなちょっとやそっとじゃないですよ。だから、
ヨロコンデ・・・あげればいいんですよ。
ヨロコンデあげなきゃならんことですよ。
ヨロコンデ捨てる・・・仏法のために
これが中々ワカランのやね。因果の道理が、
あの、ワカラナイ、ワカッテないから。
絶・・・対に損しないんですよ。布施をして。

もちろん、その布施をする相手ぇ間違ったらダメですよ。
これ、いつも、皆さん、あの、お聞きのとおり。
ちゃんとお釈迦様は、どーゆう相手に布施を、せよ
と教えておられるから。
こりゃいつも聞いておられるとおりですから。

だから・・・そのうえでですよ、布施をして施して
損ということは、絶対ないですよ。

家も田んぼも畑もゼンブ売って、仏法に布施してでも、
絶対に損はないです。
明日からどこで住めば、
そりゃアパートへ入りゃいいんです。
絶対に損はないです。

だから喜んでさせてもらわなければならないこと
なんですから、喜捨と言われるんですが
まるでね、税金かなんかとられるようなこと思っとったらね、
ゼンゼンそりゃ布施と違うんですよ。
これは、あの、喜捨でないんですよ。
税金ちゅうのは国家権力が、ね、無理やりに・・・・
奪い取っていくんですから、もし税金払わんものあったら
こりゃもう、酷い目に会わんにゃならんのやから、
それが嫌ややで、仕方っ無しに出しとんのが税金なんだで。
布施というのは喜捨というのはそんなもんでないんですよ
・・・・・・・・・なっ、国家権力っというもの、そういうものに
恐れて出すんのと違うんだから。わが身のために出すんですから
自分が、けっ、自分がよい結果を得るために
種を蒔くんですから・・・・種蒔くところが無かったらね、
大根もニンジンもできてこないんやからね、
畑へ感謝しなきゃならないですよ?
いくら大根の種持っとったってね
蒔く畑が無かったらね、大根とれねぇんだから・・・・・
私たちは最高の仏法という宝も、タカッ、
仏法というハタケ持っとるんでしょ?
その仏法というハタケに種を蒔くんですよ。
・・・・そしてそのハタケからできてきたものゼンンンブ、
自分のもんになるでしょ
ハタケのもんにならないんですよ
・・・・・・・・・・ここがまるでね、ハタケへ種蒔くと、
その、種も、その種からできてくる大根もニンジンも
みんなハタケのもんになるように思っ、思うからね。
・・・こりゃ、全く間違いで、因果の道理、いわゆる自因自果
・・・これがゼンゼンわかってない、信じられてない、ということですよ。
・・・絶対損はないですから
・・・・ドンドン、ドンドン、仏法のために財施、喜捨すれば
するっ、ほどいいんです。大変に幸せなことなんです。
得するヒトは、ね、幸せになるヒトは、そうするヒトなんです。
これが善因善果自因自果。
その逆が悪因悪果自因自果ですよ。
欲ばっかりして、ね、出すのは、仏法のために・・・
舌出すのもイヤやと。そんんなことしとるから
ダンダン、ダンダンお金も来ないし、物にも恵まれないし、
全部詰まってくるんですよ。
お金にも物にも恵まれたかったならば・・・ドンッドンッ、
喜捨をすることです。布施をすることです。
そうすれば全てに恵まれるから。
それをね、もう、出来るっだけ仏法のために
出さんように、出さんように、ね
それで、なにもかも恵まれないんですよ。・・・・・・・・・・・・・
その考え方を、ね、ヒックリ返さなかったらっ。
・・・・・・・・・それがそのね、仏法の根幹である
因果の道理をどれだけ、あの、わかっているか、
信じているか、ということなんですよ。
だから信仰が進めば、必ず、進めば進むほどそうなるんですよ。


まぁ、この方だけのあれに答えておられませんから。
「御喜捨の心掛けと因果の道理について、聞きたい、今一度聞きたい」
ということで、今こう話しとるんですよ。

「収入に対して計画を立てなかなか喜び喜びさせていただくことが」
これね、計算しとったらもう絶対出せないですよ、仏法に。
・・・・これだけ出したら、あとこうなってこうなって、こりゃ足らんぞ。
これだけ余ると、余っただけで大体こうかと

そんんなの、アカンですよ。

何しろね、そういう計算を捨てるの!
計算を捨てさせんの。
そして、因果の道理のみを信じるわけ。

こんな計算しとるからね、絶対ダメなんだ。
余って出るはずねぇもん。
余ったら全部銀行やっちょる。(聴衆笑い)
銀行はこれで持ってくるならもういわんからね集めたろうかね。
んなもん、どうして仏法出すカネが出てくるんや
計算しとったら。
そんなことないドンドン、御喜捨しなさい。ドンドン、
あの、布施をしなさい。
それはだぁ~れのモノにもならないんです。
アンタのモンになるんです。結果は。

あのぉ~、みなさんが財施をせられたのは
ワタシのもんになるなんかってね、
クダラン心配しなさんな。(聴衆笑い)
私は倍にして出しとるから。
みん~な、出したアンタのモノになります。
私が布施をしたらワタシのモノになるんです。結果は。
アンタらの布施したモノを私が拾ったれっていうたら、
私がね、ヒン、貧乏になるだけです。
出す人が豊かになるんです。
出せば出すっほど豊かになっていくんです、し、
幸福になるんです。
そこ入れりゃ、入れるっほど不幸になるんです。
そういうことです因果の道理ってのは。

だから「収入に対して計画を立てる」

立てなさんなこんなモン(聴衆爆笑)

なにしろ、喜んで出しなさいっ、ねっ。アンタね、
幸せを欲しかったら出しなさいっ
ということです。

私はね、世間のヒト見とっと、ほんとにね、
なんと気の毒というか、ね、ちょっ、大根が出ん大根が出んっちゅうに。おい、蒔いたか種?(聴衆笑い)
ゼンッゼン、大根の種、蒔いた、蒔かんとって、
大根が出ん、大根が出ん、言うとんねん

キチガイかい!ってオマエ

畑行ってね、まだ大根が出ん、まだ大根が出ん、
言うとんねん
何時タネ蒔いたんやオマエ、何も蒔いとらん
蒔かんモンが出るかっちゅうの!
蒔きなさい、必ず出てくるから。人に施しなさい。
人に親切しなさい、必ず恵まれるから。
逆にはならんのだから。アンタのために蒔くんだで。
アンタのため、自身のために出すんだて。
そういうことがね。あの因果の道理ということです。

いくらそういうてもね、ん~、なこと言うたって中々ちょっ、
計画を立てんとおれるかとそん~なこと言う、思っとる
もんバッカリだから、貧乏なもんバッカリなんだわ。
苦しんどるもんバッカリなんだわ。
私の言うとぉ~りにやってごらん。
因果の道理に・・・従ってやっててごらん。
みんな幸福になるんです。
それ、やるかやらんかダケです。
信ずるか信じないかのダケです
信じて実行するかしないかダケです。
私はやっただけっす。そら私のためです。ね
>>>


 これが同じ浄土門の教えであるとは、私には到底思えません。

 清森問答をご覧の皆様は、自分が聞いている教えが本当に法然上人や親鸞聖人にさかのぼる教えであるのか、自分自身で検討を加えることをお奨めいたします。
 さもないと、「浄土門」という看板を出しながら実際はそこから遥かに逸脱した教えを説く人物や団体に、都合の良いように利用されてしまうことになってしまうのではないかと思います。

 もしもそれが正しい方向であるならば問題ありません。しかし、阿弥陀仏の本願にも釈尊や法然上人や親鸞聖人の教とも違った教えであれば、正しい方向に進んでいるという保証はどこにもないのですから・・。



以上

親鸞会教義の相対化・67 (投稿)

(投稿)
つづき


 以上のような論の上で、平先生は法然上人の思想的意義を別の部分に求めておられます。

 当時、旧仏教は民衆に対して殺生堕地獄観を説いていました。

「生き物を殺すことはよくない、地獄に堕ちる罪である」

という教えですが、漁労・狩猟・農耕・養蚕・山林伐採も殺生であるとしたのです。これは言い換えれば生産労働が罪であるということです。

 そして、「人間は労働することによって罪を得る。だから寺社に結縁奉仕して罪の贖罪をしなければならない」と旧仏教は説いたのです。

 平先生は河田光夫先生の研究(「法然の善人意識から親鸞の悪人意識へ」『日本文学』177号)に基づき、こうした民衆の謂れのない罪意識からの解放を達成したのが法然上人であるとされたのです。

 これに関しては、清森問答で既に紹介しましたが、法然上人は「正如房へ遣わす御文」において、

「五逆十悪の重き罪造りたる悪人なお十声一声の念仏によりて往生しそうらわんに、まして罪造らせおわします御事は何事かそうろうべき。たといそうろうべきにても幾程の事かはそうろうべき。この『経』に説かれてそうろう罪人にはいい比ぶべくやはそうろう」
(聖典巻4pp.430-431)

と述べておられます。

 あなた方は自分が罪深い、罪深いと考えているが、実際に何をしたというのか。親を殺したのか、仏を傷つけたのか、何もしていないではないか。経典に述べられるような罪人と比べると、大した罪など犯していないではないか。

というように過剰な罪業観に悩むことが不要であることを説いています。

 さらに「十二問答」においては、

「かの三宝滅尽の時の念仏者と当時の御房達と比ぶれば、当時の御坊達は仏のごとし」(聖典巻4pp.437-438)

と断じておられます。

 末法万年後の人間と比べたならば今のあなた方は仏のような存在である。

 法然上人はそう語って不当な罪意識から民衆の心を解き放ったというのです。

 すなわち、仏教の民衆解放ではなくて、労働罪業説を否定することによって謂れのない呪縛から民衆の心を解放したのが、法然上人の果たした大きな役割であったとしているのです。


 さらに平先生は、旧仏教の法然上人に対する評価に法然上人の思想的意義を見出しておられます。

 明恵上人は、法然上人の『選択本願念仏集』を批判した『摧邪輪』において、

「称名一行は劣根一類のために授くるところ也。汝、何ぞ天下の諸人を以って、皆下劣の根機となすや。無礼の至り、称計すべからず」

と述べています。

「仏教の数ある行のなかで、南無阿弥陀仏と口に称える称名念仏はもっともレベルの低い行だ。なぜ、こうした行が設けられたかと言うと、「劣根一類」の救済のためだ。レベルの低い愚者凡夫の救済のために、こうした行があてがわれている。ところが法然の主張に従うならば、この世に生きている人々はすべて「劣根一類」ということになり、愚者凡夫ということになってしまう。何という無礼な発言か!」

と明恵は怒っているのですが、ここに法然上人の思想的意義があると平先生は主張され、


>>>
 法然が追求したのは来世の平等ではなく、現世の平等でした。往生行をもっとも低劣とみなされているものに一元化すれば、現世の宗教的平等を主張することができる。ここに法然の最大の思想的発見があります。

 法然が登場する以前も、以後も、たいていの民衆は念仏を称えていました。
 そして顕密仏教は民衆に対し、念仏を専修するよう、勧めてさえいます。初心者が最初からいろいろな行をすると、混乱して効果がない。だから愚者はまず、もっともレベルの低い称名念仏を専修して、それを集中的に行じなさい。それが成就すれば、次第にレベルを上げていって、最終的に真の仏法に到達すればよい、これが顕密仏教の教えでした。

 ところが法然は(中略)顕密仏教の世界では、バカな連中にあてがわれた最低の行であった称名を、唯一の真の浄土教、唯一の真の仏法と位置づけ直すことによって、彼らは現世の宗教的平等を達成したのです。最低の行たる「称名一行」の復権は、とりも直さず「劣根一類」の復権であり、「称名一行」を唯一の真の仏法と語ることは、「劣根一類」を真の人間と主張することでもあります。
>>>

と述べ、法然上人の思想の根幹は、宗教的平等にあると結論付けるのです。


 以上が、本書の最初の「専修念仏とその時代」の概略です。
 法然上人や親鸞聖人の研究から出発し、法然上人や親鸞聖人が対決した旧仏教の研究をし、さらにその旧仏教の発展を支えた朝廷の宗教政策や仏教を取り巻く国家制度を研究し、現在では鎌倉幕府が展開した宗教政策の研究を行っている史学科の平先生ならではの、非常にスケールの大きな論だと思います。


 なお、本書を読んで、当時の顕密仏教の教義と親鸞会教義に幾つかの共通点があると感じましたので、最後にそのことについて少し述べてみたいと思います。


つづく

親鸞会教義の相対化・66

清森義行様



 先日、「建永の法難」や後におこる「嘉禄の法難」は、「專修念仏の弾圧」であって「念仏への弾圧」ではないということを申し上げました(※)。
 そして、浄土宗をお開きになられたのが法然上人であることを、資料を挙げて「ハッキリ」させました(※※)。

※親鸞会教義の相対化・41
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/category5-4.html

※※親鸞会教義の相対化・65
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-206.html


 今回はそれに関連して、以下の書籍を紹介させて頂きます。

★平雅行著『親鸞とその時代』(法蔵館)

 本書は日本中世研究の第一人者である平先生が、『日本中世の社会と仏教』(塙書房)において展開した論を、講演調で一般向けにわかりやすく書いたものです。

 中世日本の社会と仏教の状況と法然上人の思想史的意義を、広い視野から述べた非常に優れた論考であり、本書に書かれている内容は、親鸞会教義を相対化する上でも大変有益であると思われます。



 中世は武士の時代であり、法然上人の浄土宗開宗にはじまる仏教改革の時代です。
 そして鎌倉時代および中世の仏教は、法然上人の浄土宗、親鸞聖人の浄土真宗、日蓮上人の日蓮宗、道元上人の曹洞宗など、この時代に登場した新しい宗派が多くの人を魅了し、ただちに社会に受け入れられ大きく広がっていった、と私達はこれまで日本史で習ってきました。

 しかし第二次大戦後、中世史の研究、なかでも鎌倉時代の社会の研究が進むにつれ、この長い間、鎌倉時代を理解するための枠組みとして受け入れられたものに疑問が出されるようになってきました。

 その代表が、本書の著者平雅行先生の師匠である黒田俊雄先生です。

 黒田先生は、中世=武士の自己実現の時代という政治史上の図式に異を唱え、「権門体制論」という理論を提唱しています。
 これは、中世とは中央の強い権力が解体していく時代であり、武士(幕府)のみならず、朝廷、大寺院等が「権門」として権力機能を分掌していく時代だという説です。

 さらに黒田先生はこの「権門体制論」の国家像を前提にして

「平安時代に密教が移入されて以来、密教の理論と実践が他の宗派(顕教)にも浸透し、仏教界全体を統合していき、この基本構図は浄土宗などが登場した平安末から鎌倉時代にかけても基本的に変化はなく、こうした密教と顕教の併存を最も妥当なものとみなす体制が、仏教内外で続いていた」

という「顕密体制論」を主張しました。

 つまり、中世日本における宗教界の主流は天台宗を中心とする奈良・平安時代に移入された仏教諸派(教義的には密教および密教化した顕教)であり、これに対していわゆる「新仏教」、すなわち浄土宗などの改革派は社会的にはあくまでも少数派でしかなく、これを中心に中世社会を考えるべきではないというのです。

 この「顕密体制論」は、仏教史研究者や中世社会の研究者に受け入れられ、
 その後、顕密体制論に基づいて多くの新しい研究が登場し、平先生も本書の冒頭で、顕密体制論にいたる仏教史研究の歴史をうまく要約しておられます。

 平先生による「中世仏教」の定義は以下のようになります。

>>>
「私たちはこれまで、法然・親鸞・道元・日蓮の思想を中世仏教と位置づけてきました。しかし中世社会に受け入れられなかった思想、広まらなかった仏教を、中世仏教と呼んでよいのでしょうか。
 もちろん、「中世仏教」という用語の使い方は研究者によって様々です。でも私は、それを中世法・中世都市・中世家族・中世文化などと同じ使い方をすべきだと思います。中世で一般的かつ支配的な法を中世法と呼び、中世で一般的かつ普遍的な文化様式を中世文化と呼んでいる以上、中世でもっとも浸透した仏教こそ中世仏教と呼ぶべきではないでしょうか。
 つまり顕密仏教こそが中世仏教であり、これが鎌倉時代の中核なのです。
 これまでの鎌倉仏教論でほとんど取りあげられなかった旧仏教が、鎌倉仏教論の中心となったのは、こうした考えに基づいています。
 しかもそれはただ単なる論理的要請によるものではなく、むしろ顕密仏教を中世仏教の中核と捉えた方が、中世仏教の実態を無理なく説明することができるという研究者の実感に支えられて、位置づけが大きく変わったのです。」(pp.12-13)
>>>


 平先生は、このように中世仏教を研究する上で「旧仏教」として軽視されてきたものを研究することの重要性を指摘した上で、旧仏教が質的転換を果たし民衆化を果たしたことを明らかにしています。

 古代の律令体制は今でいう「大きな政府」であり、僧侶も国家公務員で経済的に安定していたが同時に勝手に僧侶になったり民間に布教してはいけない等、規制も厳しいものでした。

 しかし中世の王朝国家体制は「小さな政府」であり、規制緩和・民営化・地方分権が行われました。そして国家の仏教政策も変わり、寺院や宗派は自主的運営に委ねられ民営化され、同時に規制も緩和されました。

 そのため仏教も競争の時代になり、古代仏教は中世化・民衆化することになったのです。

 これまで旧仏教の腐敗と堕落の象徴と考えられてきた強訴(ごうそ)は、国司や武士に対する民衆の抵抗運動という側面が非常に強く、旧仏教の僧侶たちが地域社会のなかにおいて民衆の不満を汲み取って抵抗を組織していったもので、これが政治面における旧仏教の中世的発展の原動力になっていったというのです。

 そして旧仏教は貴族仏教という枠に留まらず、教義面においても民衆化を果たしています。

 十世紀に著された『阿弥陀新十疑』は、延暦寺のお坊さんの一種の教科書として作られたものですが、その中に、

「未断惑の凡夫も、念仏の力によりて、往生することを得るなり」

という文章が出てきます。

「未断惑の凡夫」・・つまり煩悩を断ち切ることのできない普通の人々でもお念仏の力によって、極楽浄土に往生することができると書いてあります。

さらに、

「十悪五逆を造るの人も、臨終の時、心念あたわずと雖も、口に南無阿弥陀仏と称するによりて、往生することを得るなり」

「十悪五逆」、つまり親を殺すとか、僧侶を殺すなどといった、仏教で最も重い罪を犯した人であっても、臨終の時に南無阿弥陀仏と称えれば極楽浄土に往生できるとも書いてあります。

 また十二世紀末に真言密教の教えを集大成した『覚禅鈔』でも阿弥陀仏の項目に、

「十悪五逆、なお引摂に預かる」

とあり、天台宗だけでなく真言宗でも十悪五逆の者が阿弥陀仏に救済されると言っております。

 さらに法相宗の僧侶である貞慶が、「地蔵菩薩は善人よりも悪人をまず救済する」という悪人正機説を口にしています。貞慶は「興福寺奏状」を提出した張本人であり、法然上人と敵対関係にある立場の人ですが、そのような立場の人によって悪人正機説が主張されているのです。

 さらにこうした仏教界の常識は世俗世界にも浸透しており、藤原宗忠という中流クラスの貴族が、1120年2月12日の日記において、

「弥陀の本願は重罪人も棄てざるなり。これによりて往生の志ある人は、ただ念仏を修するべきなり」

と述べています。

 さらに京都で流行していた今様の和歌を集めた『梁塵秘抄』には、

「弥陀の誓ひぞ頼もしき十悪五逆の人なれど一度御名を称ふれば来迎引接疑わず」

 阿弥陀仏の誓願は頼もしい。十悪五逆の人であっても、たった一度、南無阿弥陀仏と称えたならば、阿弥陀仏が来迎して必ず極楽浄土へと迎え取ってくれる。それは疑いようのない間違いないものなのだ。

 そのように民衆が歌っているというのです。『梁塵秘抄』は1169年以前に編纂されているので、この歌はさらにそれ以前に成立したものです。

 法然上人が浄土宗を開くのが1175年、唯一の著書『選択本願念仏集』を執筆するのが1198年です。

 これら旧仏教の達成した仏教の民衆への開放を紹介した上で、平先生は、

>>>
 私たちは法然や親鸞の思想を、「どのような悪人であっても念仏を称えるだけで極楽往生できる」という教えと概括しがちですが、しかしこうした思想は彼らの独創でも何でもありません。

 顕密仏教がそれを語っていましたし、法然が活躍する以前に、また親鸞が誕生する以前の段階で、京都を中心とする民衆の世界で流行歌として謡われるほど流布していたのです。

 従来の研究は、こうした顕密仏教の質的変換を見逃してきました。仏教を民衆に開放し、救済の手をさしのべるという課題は、法然や親鸞が達成したのではありません。彼らが活動する以前の段階で、顕密仏教の手によってすでに実現されていました。

 法然らの画期性を仏教の民衆解放に求める議論は、根底から崩壊したと言わざるを得ません。
(p.22)
>>>

と述べておられます。

 その上で、法然上人の思想的意義を別に部分に求めておられるのです。


つづく

質疑応答132

【質問】


親鸞会ではかつて、あまりにも執拗に財施を勧めたことにより、
ある関西の会員さんが母子共々餓死するという事件があったとの情報を
最近ネット上で目にしました。
この「事件」は事実なのでしょうか?(いつ頃のことでしょうか?)
私自身も近畿本部に所属していたことがありましたが、
そのような話は全く聞いたことがありませんでした。
もし事実だとすれば、大変ショックです。
この件について何かご存じの情報があれば、清森さんの知る範囲で結構ですので、
詳しく教えて頂けないでしょうか?

他にも、若い会員が突然死した事件も複数知っておりますが、その中には、
「過労死」や「過労による不注意が原因の事故死」と思われる出来事も多数あります。

このように、「善知識に無条件服従せよ」との教えに純粋に従って、
猛烈に財施した人や猛烈に活動した人が、結果として【死】に追いやられるというのは、
あまりにも不条理であり理不尽であり、やりきれない思いでいっぱいです。
これは事実上の「殺人」ではないかと思います。

「たとえ一時は苦しくとも、ここ一つ求め抜けば底抜けの幸せ者になれる」
といくら言われても、死んでしまっては取り返しのつかないことであり、
元も子もありません。

親鸞会の問題点は枚挙にいとまがありませんが、その中でも、
会員の【死】に関わる出来事だけは、仮にどのように善意に解釈しようとも、
絶対に許されるはずのものではありませんし、看過できません。

また、このような出来事の最高責任者は、あの「トップの人物」であることは明らかです。
なぜ事実を明らかにしようとしないのか、
なぜ何の謝罪も釈明もないのか、
なぜ再発防止策を打ち出そうともしないのか、
大いに疑問に思います。

そういえば、とある講師部員が突然死した後の追悼法要の法話の中で、
会長からは一言の「お悔やみ」の言葉もなく、それどころか全く話題にも出さず、
いつもどおり、アシスタントとユーモラスなやりとりをしているのを見て、
「何という不謹慎な!」と思ったことがあります。
(さらに、葬式にも参列しなかったという噂も聞きました。)

「餓死事件」の真偽も含め、このような問題点についての清森さんの見解をお聞かせ願います。



【回答】

 餓死の事件については、平成7年頃だったかと思いますが、財施と死亡の因果関係を証明することは出来ませんし、公式に親鸞会からの発表もありませんでしたので、分からないとしか言いようがありません。

 しかし私も当時から、その件については話を聞いており、おそらく事実であっただろうと思っています。

 もしそうだとすれば、幸福を求めて親鸞会に入ったはずなのに、亡くなられるという最悪の結果になったことは本当に悲しいことです。

 私も親鸞会で活動していましたから、余りにも厳しい目標を達成するために、相手が餓死してでも財施を集めたいという気持ちが起きてしまったとしても、理解できないことはありません。

 しかし、これは仏教とは正反対の発想であり、このような活動をしてきたことは、本当に私自身も反省しなければならないことだと思います。

 また、厳しい目標を達成するために、過労死や、過労による事故死などは、私の経験から考えても、有りうることだと思います。これも、親鸞会では、仏法のために死ねれば、それが一番いい死に方だというような考え方があると思います。

 これ以上、このような悲劇が繰り返されないことを念じたいと思いますが、いくら問題点を提言しても、今のところ改善される見込みはないようです。本当に悲しいことだと思います。

親鸞会教義の相対化・65

清森義行様


最近、以下のHPにアップされた内容に、驚くべき記述がありました。

(株)チューリップ企画と田中一憲氏の論戦
http://shinjin.info/

>>>
ナレーター「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空も、そのあやまちを、この時、聖人に、徹底的に打ち破られたのであった。これは、今日、親鸞聖人の三大諍論の一つとして、『体失・不体失往生の諍論』と、伝えられている」
http://shinjin.info/oujyou
>>>


 これに関しては、20085/18(日)のメールで田中さんが以下のように指摘し、


>>>
ついでですから、申し上げておきますが、ビデオの中に「後に浄土宗を開いた程の善恵房証空も…」という台詞がありますが、これは「浄土宗西山派」の間違いですね。「浄土宗」を開いたのは法然上人です。
>>>


 2008 5/19(月)に山田さんは以下のように答え、


>>>
アニメの「浄土宗云々」につきましては、後日、改めてご挨拶する機会もあると思いますので、「確認」している事項を、もう一度挙げておきます。
>>>


 更に、20085/25(日)に田中さんが以下のように仰っておられます。


>>>
これについては、間違いを認めて下さったようですね。わざわざ御礼に来ていただくまでもありません。ビデオ製作者の勉強不足もあるようですので、貴方の責任ではないと思います。

これは教義とは関係のない、単純ミスと思われますから、次に改訂されることがあれば、その時にでも直されたら良いかと思います。
>>>


 それにも関わらずチューリップ企画は、間違いを全く訂正することもなく、インターネットという世界中に発信できるメディアに掲載し、誤った情報を垂れ流しています。

 既に田中さんが指摘してくださっているわけですが、私の方で資料を掲載し、改めてチューリップ企画の誤りを「ハッキリ」させておきたいと思います。


1)本人の証言

「我今浄土宗を立つる意趣は、凡夫の報土にむまるることを示さんがためなり」
(『勅伝』巻六、『一期物語』昭法全p.440、『浄土立宗の御詞』昭法全p.481)

と法然上人ご自身が述べておられます。

 法然上人が浄土宗を開宗するまで「浄土宗」というものはありませんでした。それまでなかった「浄土宗」を法然上人が新たに立てたのです。


2)同時代の批判

 法然上人が、それまで存在しなかった「浄土宗」を新たに立てたために、

「新宗を立つる失」
(貞慶『興福寺奏状』日本思想体系15「鎌倉旧仏教」pp.32-33)

「八宗九宗の外に浄土宗を立つる事、自由の条かな、と余宗の人の申し候をばいかが・・」
(「十二問答」聖典4巻p.433)

というように、法然上人は同時代の他宗の人から反発を受けています。


3)「宗」について

 チューリップ企画は、そもそも「宗」というものが指し示す概念を理解していません。

「宗」とは、「道理」「主張」「定説」を意味するもので、『倶舎論』においては「毘婆沙宗」(説一切有部の正統派)、「経部宗」(説一切有部の異端派)という形で使われます。

 最近は「教団」のことを「浄土宗」というように言う場合もありますが、本来「宗」は思想あるいは理論であって人の集団でも教団でもありませんでした、ただ「宗」を奉ずる集団や教団が「宗」に付随していたわけです。

 この「宗」(理論)および宗派(教団)の別れ目になったのが、「釈尊の教説をどう見るか」という聖典解釈です。

 釈尊は相手の能力に応じて、様々に教えを説いてこられました(対機説法)。これによって、八万四千の法門と呼ばれる様々な教えが出来きたのです。

 そして様々な教えがあるため、それぞれの教え同士に矛盾が出てきて、「どの教えが釈尊の真意であるか」ということが問題になったのです。

 部派仏教を例にするならば、「一切は皆苦なり」というのが真意だとするのが経部宗で、「受に三種あり。苦・楽・不苦不楽なり」というのが真意だとするのが毘婆沙宗でした。

 このように「宗」を立てるときには、「どの教えが釈尊の真意であるか」という「聖典解釈」がもっとも重要な別れ目となったわけです。

 釈尊亡きあと、その解釈は個々の仏教徒の手に委ねられることになり、それによって様々な宗派が立てられました。

 このことに関して法然上人は、「禅勝房に示されける御詞」において、

「宗を立つる事は更に仏説にはあらず、自ら学ぶ所の経論に付きて、その義を覚り極むるなり。諸宗の習い、皆もって此くの如し。」
(宗派を開くことは、もとより釈尊の教えにはない。その宗の祖師が自ら学んできた経典や論書についての理解を極めた結果である。それは各宗ともに開宗の常であり、いずれの宗派も皆、そのような由縁によっている。)
(昭法全p.697)

と述べ、「十二問答」においても、

「宗の名をたつることは仏説にはあらず、みずからこころざすところの経教につきて、存じたる義を学しきわめて、宗義を判ずることなり。諸宗のならい、みなかくのごとし。」
(昭法全p.632)

と述べておられます。


 膨大にある釈尊の教説の中で、

「すべては心であるとする説が真意」とする法相宗
「すべては空であるとする説が真意」とする三論宗
「華厳経の説が真意」とする華厳宗
「密教の教えが真意」とする真言宗
「法華経の説が真意」とする天台宗

これらと同じように、

「浄土三部経の説が真意である」とする浄土宗を、法然上人が初めて開かれたのです。

 わが国で、法然上人のような意味での「宗」を開いた人は他にはおらず、そこが法然上人の最も大きな思想史的意義であるとさえ仰る方もおられます。



4)「浄土宗」=「浄土真宗」

 以上を踏まえて以下の親鸞聖人の言葉をご覧いただきたいと思います。

「智慧光のちからより本師源空あらはれて浄土真宗をひらきつつ選択本願のべたまふ」
(『高僧和讃』浄土真宗聖典p.595)

 親鸞聖人は、法然上人がお立てになられた「宗」を「浄土真宗」と述べておられます。

 法然上人にとっての「浄土宗」と親鸞聖人にとっての「浄土真宗」は同じものであり、どちらも法然上人がお立てになられたものです。

「宗」が教団を意味せず、法然上人にとっての「浄土宗」を親鸞聖人が「浄土真宗」と位置づけているのですから、「のちに、浄土宗を開いたほどの、善恵房証空」としたチューリップ企画の誤りは極めて深刻なものです。




 チューリップ企画の誤りを、田中さんは「教義とは関係のない、単純ミス」と仰っておられました。
 しかし私に言わせれば、法然上人の思想的意義が全く理解できていない上に、法然上人のご苦労や親鸞聖人の思いを無にするような、許し難き暴挙です。

 偽装問題などで企業のモラルがうるさく言われている昨今ですが、このような誠実さの欠片もないような企業が「浄土真宗の教え」を語ることにより、浄土門や仏教界全体の印象が著しく悪化することを、私は深く危惧します。

 せめて清森問答をご覧の方にだけでも、チューリップ企画が垂れ流している情報の誤りの深刻さをご理解いただければと思います。

質疑応答131

【質問】


○覚如上人の執持抄(真宗聖典P685)に

「さればこの光明の縁にあふ衆生、ようやく

無明の昏闇うすくなりて」

とあります。

遍照の光明に照らされた衆生は煩悩(?)が

うすくなる、という意味にとれるのですが、

この御文についての意味を教えていただけないでしょうか。



【回答】


 ここでいう無明は、煩悩のことです。

 煩悩には「種子(しゅうじ)」と「現行(げんぎょう)」の2つがあると教えられています。

「現行」とは、心口意の三業に現れた煩悩という意味で、親鸞会で教えて頂いた煩悩は、全て「現行」と理解して良いと思います。

 煩悩の「種子」は、現行を起こす元となるもので、阿頼耶識に納まっている、穢れた種子のことです。

 唯識では、信心決定していない人でも、「現行」を伏することが出来ると教えられています。

 そのことを、煩悩がうすくなると書かれているのだと考えられます。三業に現れた煩悩が弱くなる、と理解したら良いと思います。

 ですから、(自覚できる)煩悩が変わらないというのは、信仰が進んでいないということです。

質疑応答130

【質問】


「釈迦韋提方便シテ

 浄土ノ機縁熟スレバ

 雨行大臣證トシテ

 闍王逆悪興ゼシム」(真宗聖典P.229)

の意味を教えて頂けないでしょうか。



【回答】

 釈尊と韋提希夫人は、色々と善巧方便をなされて、浄土の法門を説く時節が到来した。阿闍世は始め、提婆の讒言を信じていなかったが、雨行大臣が提婆の言葉を証言することによって、阿闍世の逆害が始まったのである。



【質問】


「定散諸機各別ノ

 自力ノ三心ヒルガへシ

 如来利他ノ信心ニ

 通入セントネガフベシ」(真宗聖典P.229)

の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】

 定散諸機の三心である、至誠心、深心、回向発願心は、自分の力をたのみとする、自力の三心である。これは方便として説かれ、自力の三心をひるがえして、他力の信心に入るように勧められたのである。

親鸞会教義の相対化・64

つづき


 なお、「成仏は、末法の御本仏日蓮大聖人の三大秘法の仏法によってのみ得られる」かどうかはともかく、「絶対の幸福」という言葉は、「究極的」なものを想定させるものですから、仏教用語を言い換える際には、あくまで「成仏」を言い換える時に使うべきであると思っております。

 仏教が最終的に目的とするのは「成仏」であり、極楽浄土に「往生」することに宗教的価値があるのは、「往生」した後に「成仏」があるからです。


【根拠】
およそ五種の嘉誉を流え二尊の影護を蒙る。これはこれ現益なり。
また浄土に往生して乃至成仏す。これはこれ当益なり。
法然上人『選択集』11章


 そして、信心決定した結果「正定聚に入る」「不退転に住す」「無碍の一道なり」となるのは、信心決定したことにより「往生」が確定し、「往生」が確定したことによって最終的に「成仏」に至るまで退転しない境地になったからです。


【根拠1】

およそいかなる衆生であっても、アミターバ如来の名前を聞き、そして聞いてから、深い志によって、たとえ一度でも、浄らかな信を伴った心を起こすならば、
彼ら全ては、この上ない完全な正覚より後退しない境地にとどまるのである。
サンスクリット文『無量寿経』願成就文


【根拠2】
如来より御ちかいをたまわりぬるには、尋常の時節をとりて、臨終の称念をまつべからず。
ただ如来の至心信楽をふかくたのむべしとなり。
この真実信心をえんとき、摂取不捨の心光にいりぬれば、正定聚のくらいにさだまるとみえたり。
親鸞聖人『尊号真像銘文』


 従って「絶対の幸福」はあくまで「成仏」を言い換える時に使うべきであり、そのプロセスである信心決定した結果「正定聚に入る」「不退転に住す」「無碍の一道なり」となることを「絶対の幸福」とすべきではないと思います。

 もちろん、信心決定によって得られる境地は、あらゆる条件によっても崩れないものですから、「崩れないしあわせ」ということは可能ですし、「相対ではない」という意味で「絶対」と言うことも不可能ではない気がします。
 しかし、信心決定していても、日常生活に起きる様々な出来事に苦悩したりはしますし、煩悩の雲霧はなおも変わらず存在します。

 一方、「絶対の幸福」という言葉は、「ずっと変わらない至福の境地」みたいな固定的なものと信心決定を勘違いしてしまう危険があります。

 先日、清森さんが、親鸞会が「仏教の目的は信心決定」と教えていることの問題を指摘しておられました(※)。

※質疑応答・128
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-196.html

 これは、「絶対の幸福」という言葉で言い換えるものを誤ったことがきっかけで、教義が仏教本来のものから大きく逸脱してしまった一つの事例であると言えましょう。

「信心決定」と「成仏」(=さとりをひらく)は、『歎異抄』第十五条でも明確に「違う」ものとされています。

===以下引用===
一 煩悩具足の身をもつて、すでにさとりをひらくといふこと。

 この条、もつてのほかのことに候ふ。
 即身成仏は真言秘教の本意、三密行業の証果なり。六根清浄はまた法花一乗の所説、四安楽の行の感徳なり。これみな難行上根のつとめ、観念成就のさとりなり。来生の開覚は他力浄土の宗旨、信心決定の通故なり。
 これまた易行下根のつとめ、不簡善悪の法なり。おほよそ今生においては、煩悩・悪障を断ぜんこと、きはめてありがたきあひだ、真言・法華を行ずる浄侶、なほもつて順次生のさとりをいのる。
 いかにいはんや、戒行・慧解ともになしといへども、弥陀の願船に乗じて、生死の苦海をわたり、報土の岸につきぬるものならば、煩悩の黒雲はやく晴れ、法性の覚月すみやかにあらはれて、尽十方の無碍の光明に一味にして、一切の衆生を利益せんときにこそ、さとりにては候へ。
 この身をもつてさとりをひらくと候ふなるひとは、釈尊のごとく種々の応化の身をも現じ、三十二相・八十随形好をも具足して、説法利益候ふにや。これをこそ、今生にさとりをひらく本とは申し候へ。
 『和讃』(高僧和讃・七七)にいわく、「金剛堅固の信心のさだまるときをまちえてぞ弥陀の心光摂護してながく生死をへだてける」と候ふば、信心の定まるときに、ひとたび摂取して捨てたまはざれば、六道に輪廻すべからず。
 しかれば、ながく生死をばへだて候ふぞかし。かくのごとくしるを、さとるとはいひまぎらかすべきや。あはれに候ふをや。「浄土真宗には、今生に本願を信じて、かの土にしてさとりをばひらくとならひ候ふぞ」とこそ、故聖人(親鸞聖人)の仰せには候しか。
===以上引用===


「信心決定」「往生」「成仏」、それぞれの指す内容が違うことは、浄土真宗においても厳密にされていますので、その違いには十分配慮すべきだと思います。

 仏教語は、一つ一つが膨大な歴史的・思想的背景を持ったものであり、言い換える場合にはそれらをきちんと踏まえる必要があります。

 あえて「正定聚に入る」「不退転に住す」「無碍の一道なり」を言い換えるならば、例えば「崩れないしあわせ」のような限定をかけた表現にすべきなのではないかと思っております。


以上
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