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質疑応答87

【質問】

 三重廃立という言葉を、真宗の本を読んでも、中々見つからないのですが、これは高森先生が始めて使われた言葉でしょうか。



【回答】


 私の調べた限りでは、稲垣瑞剣氏の書かれた『死の解決』1巻(p.557)に、以下のように書かれています。


『教行信証』には

(一)には内外対弁(内外廃立)と言って、仏教のすぐれたることが説かれてあり、仏教以外の宗教は「邪」であり、「偽」である旨が論じられている。

(二)には「聖浄対弁」と言って、「聖道門」は時代に合わず、今日の人間の力の及ばぬ事が論じられている。

(三)には「三願対弁」と言って、十九願、二十願を離れて、十八願に入るべきことが説かれている。



 また同じく『死の解決』2巻に、四重廃立(p.441)と題名をつけて、

『教行信証』は

(一)外九十五種の外道に対して仏教の正法たることを証明せんがために書かれたものである。これを内外廃立と云う。

(二)『教行信証』は、、華厳、天台、真言、禅などの「聖道門」に対して、それらの宗教は素晴らしい真理の教えであるが、これを修する凡夫は、それらの教えを受け入れるのには、あまり愚悪なるが故に、機と法とが不相応であるから、凡夫はその教えによりて、生死を離れることが出来ない。故に聖道門を廃して、浄土門に入るべき旨が説かれている。これを「聖浄廃立」と云う。

(三)聖道門の人が、浄土門に転入されても、直ちに十八願(弘願)に入ることが出来ない。彼らは昔の定散行を捨て切らないので、なお「修諸功徳」(19願-要門)に停滞しておる人が多い。『教行信証』は、それら「要門の人」を方便引入して、第十八願(弘願)に入れしむるものである。これを「要(19願)弘(18願)廃立」と云う。

(四)要門の人は、第十八願に入らんと欲しても、まだまだ「定散行」が、なかなか取り去られないために、二十願(真門)に止まるものが多い。『教行信証』はそれらの人を誘って、「真門」(20願)より弘願(18願)に入れしむるものである。これを「真(20願)弘(18願)廃立」と云う。

 かくの如く『教行信証』の使命は重く、且つ大である。先に「三願転入」に於いても述べた如く、また今「四重廃立」に由りて示すが如く、外道より仏法に入ることは難しい。仏法に入っても、聖道門より浄土門に入ることは難しい。浄土門に入っても「要門」より「弘願」に入ることは難しい。たとい「真門」に入っても、「弘願」に入ることは難しい。



 上記の記述がありますので、それらを参照されて、三重廃立ということを仰ったのではないかと思われます。

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COMMENTS

No title

 つまり「三重廃立」というのは、浄土真宗にはないオリジナルということですか?
「親鸞聖人の教え」=「三重廃立」と叩き込まれた覚えがありますが、お聖教はもちろん仏教書にも出てこない言葉だったとは…

No title

当流は廃立肝要なり(蓮如上人)

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