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質疑応答88

【質問】


清森さま、

ネット上でおかしなことが言われています。

「信心決定しても、雑行はすぐには無くなりません」だの
「信心決定は41段で、41段から48段まで信心を純化しなければならぬ」などと
そんなことを清森氏は教えているのでしょうか?


(インターネット上に流れていた多数の質問と回答の引用)


親鸞会の捏造でしょうか?
誤解をとくためですので、必ず清森問答にのせて
「そんなこと言ったことある・ない」「メールで送ったことある・ない」などと
明確に答えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。



【回答】

 貴重な情報を頂き、どうも有難うございました。

 まず、清森問答の趣旨について、理解して頂きたいと思いますが、皆さんから頂いた質問には、原則として全てお答えしております。

 しかしながら、仏教は対機説法と言われ、その回答は、その本人にとっての回答であり、違う人であれば、同じ質問でも回答が変わるかも知れません。

 ですから、誰かから頂いた質問と、その回答を、公開することは、必ずしも皆さんの為になるかどうかは、判断が難しいところです。

 特に、仏教学や唯識学の基礎的知識の無い方に、誤解を与えるだけの内容は、現時点での掲載を見送っております。

 これは、誰にでも理解できるように、噛み砕いた説明の文章が作成できれば、いずれは掲載したいと思っておりますが、なかなか時間が取れないため、実現しておりません。

 一部の希望者の方には、毎日、仏教の資料などを送信しております。
 その中に、菩薩の位についての学説や、その他、仏教での基礎的理解に必要な文章を紹介しております。

 それらの資料を読まれて、理解されているという前提で、清森問答に掲載されていない質疑応答を、送信している方もあります。

 それでも説明不十分な部分はあるかも知れませんが、連絡の取れる方のみに送信していますので、不明な点があれば、個別に対応することも出来るからです。

 そのような内容のものを、不特定多数の人の読ませるということは、誤解を与えるだけになる可能性があると思います。

 なお、投稿につきましては、明らかに虚偽の内容であったり、反社会的な内容でない限りは、希望に応じて掲載しております。

 これは、色々な意見をあることを知って頂くためですので、必ずしも私の意見を代弁したものではありません。

 あくまで投稿者の文責の元で掲載していますが、掲載した私にも責任は発生しますので、ご本人を確認できる方のみとさせて頂いております。

 以下、質問にお答え致します。


>「信心決定しても、雑行はすぐには無くなりません」だの
>「信心決定は41段で、41段から48段まで信心を純化しなければならぬ」などと
>そんなことを清森氏は教えているのでしょうか?

 親鸞会でいう「雑行」「41段」「48段」と、私が使っている意味は違いますので、もし貴方が親鸞会で使っている意味で尋ねておられるなら、そのようなことは教えていないと回答いたします。

 私が使っている意味を説明するには、菩薩の位や華厳経、十住論、教行信証の関係など、すべて説明しなければならなくなります。

 今回は、教えているかどうかの質問ですので、割愛させて頂きます。



>親鸞会の捏造でしょうか?
>誤解をとくためですので、必ず清森問答にのせて
>「そんなこと言ったことある・ない」「メールで送ったことある・ない」などと
>明確に答えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。


 過去に実際に送ったメールと照合しましたが、主要な根拠や、説明部分は殆ど削除されており、わざと誤解させるように悪意をもって編集したとしか思えない内容です。

 こんなものがネット上に流れていると思うと、ゾッとします。

 すでにお書きしました趣旨で運営しておりますので、貴方の希望通りの文章を清森問答に掲載することは控えさせて頂きます。

 このブログに掲載されていない文章は、私の書いたものと思わないで頂きたく思います。
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COMMENTS

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

それって、清森さんの都合の良い事しか掲載しないって事?

No title

管理者にだけ表示を許可するかどうかは、
登校者本人が選んでいるんですよ。

チェックボックスがあるでしょ。

親鸞会のように、都合の悪い情報はお聖教ですら改竄する習慣がある
団体に長くいると「都合のよいことしかのせない」という発想が出てくるかもしれませんね。

都合の悪いこと

>それって、清森さんの都合の良い事しか掲載しないって事?

ああさんが親鸞会の会員(ネット対策員?)の方かどうか分かりませんが、もしそうならこういう短絡的な悪口の域を出ない批判は止めた方がいいと思います。

余計に親鸞会の信用を失墜させるだけですので・・・。

甘いとはいわないで。

まあ、勘違いしただけでしょう。
言われれば誰でも気がつくことだから。
芸能人とか、そういうのではよくそうしてるから、
それを踏襲してそう思われたのだろう。

勘違いでムキになるのは誰にでもあることだ。

わたしが親鸞会という根拠は?

わたしは、単に感想を書いただけで、悪口は書いていないと思うけど。
それとも、清森さんを賛美するコメントしか書けないの?
清森さんは高森先生や親鸞会の批判はしていないのかしら?

No title

>>清森さんの都合の良い事しか掲載しないって事?

これほどの悪口はないと思いますが。
バカ、死ねっていうよりも、失礼なことだと思いますよ。
そもそも、この発言を「悪口」だと思わない時点で感覚が麻痺しているのではないでしょうか。
人のことを悪く書く前に、まずはじっくり調べられる習慣を身につける必要
があるのではないでしょうか。

男らしさ

それじゃ言わせてもらうけど、清森さんはどうなのかしら?
「私の意見の代弁ではない」といっても、他人の投稿を載せていれば、読む人は清森さんの意見だと思うんじゃないかしら?
参考意見として取り上げるなら、清森さんの意見も書くべきと思うけど。
自分の意見を言わないで、他人に言わせるのは、男らしくないわ。

No title

清森さんの教えは「浄土真宗講義」で100時間以上の講義録として登録されていました。
このブログでも時々、清森さんは意見を書かれています。ちゃんと読まれていますか?

清森さんが「清森問答」でされている試みは、非常に興味深いものだと思っています。
親鸞会では当たり前と思われている高森教学が、本当に親鸞聖人の教えにあっている
のかを冷静に確認する機会は必要です。
「いや、親鸞会で教えられていることに間違いはない」と根拠もなく妄信するのは、
カルトと何ら変わりません。私もこのブログを見て知らされたことはたくさんあります。

親鸞会の教義を相対化することで、
親鸞会で教えられていることはおかしいぞ!と思う人もいれば、
それでもなお、親鸞会は正しいと考え、留まる人もいるでしょう。
つくべき縁があればつくし、離れるべき縁があれば離れていくものなのです。

外部の不都合な情報を遮断して、親鸞会の教えは正しいと教え込むのはそろそろやめませんか?

昔の自分を見ているようで

ああさんが親鸞会の会員の方かどうか分かりませんが、昔会員だった頃の自分を見ているようで、ついあのようなことを発言致しました。もし会員の方でないのであればお詫びします。
会員だった頃は、親鸞会を守らねばならない、高森先生を守らねばならないという意識が強く、都合の悪いことや自分の心に吹きあがってくる疑問を、無意識のうちに押さえ込んでしまっていました。会員を辞めてから、会員だった頃を振り返ってみて、はじめて分かったことです。
疑問を押さえ込むというのは何の解決にもならず、むしろ疑問を抱えたまま求道を続けるということですから、心の底からやるぞというファイトもおきません。にもかかわらず、後ろ向きと思われるのが嫌だから、ファイトがあるように見せかける。心と体が乖離した活動は今から思えば大変苦痛でした。その苦痛も「光に向かって進むのはつらいことだ」と自分で自分を納得させていたような気がします。これをマインドコントロール状態というのならそうでしょう。
会員を辞めてから、疑問は押さえ込まずに疑問としてとらえ、誰に遠慮することなく調べたりできるようになり、いろいろなことが見えてきました。
そういうことができなかったあの頃、私は親鸞会を攻撃する人がいれば、「敵」の印象を悪くしようとああさんの言われるようなことを言っていたこともあります。
ああさんがそういうつもりで仰ったのでないのかもしれませんが、あの頃の自分を思いだし、親鸞会を辞めた今、第三者的に見れば、あのころの自分の言動はより親鸞会の信頼を失墜させていたように思い、あのように書き込み致しました。
私の勝手な思いで気分を悪くされたのならお詫びします。

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