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質疑応答9

【質問】



>なぜなら、親鸞会が貸与している御本尊は教義的に問題があるからです。
>親鸞聖人のお名前の部分を親鸞会が独自に貼り合わせて合成して作られたものだということが、名号の原本を確認してハッキリしました。
>一番大事な御本尊が狂っていては、救われません。


という箇所なのですが、親鸞聖人のお名前を張り合わせた名号本尊では
救われないということなのでしょうか。
仮に張り合わせたものであったとしても、そのこと自体は
名号を聞く一つで救われるという
本願成就文の教義に反することではないと思うのですが。





【回答】


 以前、顕正新聞に、絵像、木像の本願寺は、「御本尊から狂っていては助かりません」という記述がありました。この文章に対し、ある人から全く同じ疑問が挙がり、高森先生は、以下のように答えられました。


●またあなたは「狂った本尊では助からないといっている」と腹をたてておられるようですが、この点について今一度説明致しましょう。どんな人でも認めますように仏教にとって根本に尊ぶべき御本尊は最も重要な意味を持つものです。
 親鸞、蓮如両上人はその御本尊について「真宗の最も正しい御本尊は名号だ」と勧めておられます。親鸞、蓮如上人の教えを絶対と仰ぎ、その仰せに信順しなければならない真宗の者が、その最も大切な御本尊からして聖人、蓮師の教えを蹂躪し、教えに狂った絵像、木像を本尊としているようではその教えも狂ってしまうことは当然でしょう。そのような教えを求めていても絶対助からないのは当り前です。
 頭が狂えば尻尾まで狂うように最も大切な御本尊の問題から狂っていては助かる訳がないといっているのです。(法戦4・p26~p27)


 もし親鸞会以外の団体で、同じことがされていたとしても、私は「御本尊が狂っていては、救われません。」とは書かなかったでしょう。確かに、この書き方には問題もあります。

 しかし、「御本尊が狂っていては、救われません。」と他を非難しておきながら、自らの本尊が狂っているのですから、同じ言葉を使うのが適当であろうと判断したのです。

 本願寺も、誤りを正しているそうですから、親鸞会も、誤りを正して頂きたいものです。
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