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質疑応答98

【質問】


【ニーチェは『ツァラトゥストラ』で、「人間は、生を見ることが深ければ深いほど、苦悩を見ることが深くなる」と言いました。人生に、本当に求めるに値するものがあるのか、考えれば考えるほど、一切は無意味に思えてくるからでしょう。】(なぜ生きるP.96)

の意味を教えて頂けないでしょうか。



【回答】

 これは多分、本来の「ツァラトゥストラ」の意味として、使われていないように感じます。ですから、ここでは、まず、「なぜ生きる」の趣旨にあった訳し方と、本来の「ツァラトゥストラ」の内容に即した書き方を示します。


「なぜ生きる」

 ニーチェは『ツァラトゥストラ』で、「人間は本当に幸せになりたいと、満足できる幸せを求めれば求めるほど、死という高い壁に阻まれ、絶望してしまうものだ」と言いました。
 人生に、本当にこれ一つかけて、後悔はないという幸せは、ないだろうかと、考えれば考えるほど、結局、どんな人生も最期は、死んでゆかなければならない。何もなくなるのなら、すべてのことには、意味がないのではないか、と思えるからでしょう。


「ツァラトゥストラ」

 ニーチェは『ツァラトゥストラ』で、「人間は自分の人生を振り返って見つめた時、幸せなことよりも、さまざまな苦しみによって悩まされ、醜い心によって、相手を傷つけ、だまし、それでも、自分をよく見せようと必死になっている、自分の醜い姿を知らされるものだ」と言いました。
 私たちは、本当に生きるに値する存在なのかと、考えれば考えるほど、悪しかやっていない実態に、すべてのことは無意味に思えてくるでしょう。

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