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質疑応答106

【質問】


 信前の者が「信心求めるために進むべき道」は「信後の報謝行」を実践すべきとお考えになりますか?
 恩徳讃の心と、その実践を心がけることが、信前の求道に適切かどうかという意味です。



【回答】


 まず、色々な疑問な起きると思いますが、結論から言いますと、
『信前の者が「信心求めるために進むべき道」は「信後の報謝行」を実践すること』
ではありません。

 これは直接会って、お話することが一番なのですが、一言でいうならば、報謝とは、阿弥陀仏のお力によって、幸せにさせて頂いた喜びから、せずにおれないものであって、それを、まだ幸せになっていない人が、喜びもないのに、しようとすること自体、おかしなことになってしまいます。

 ですから、救われるまでの求め方は、貴方が思っておられるような求め方ではありません。文章なので、納得できないこともあると思いますが、説明が長くなると、余計に分からなくなると思い、簡単にさせて頂きました。

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