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質疑応答109

【質問】


 平等心をうるときを 一子地となづけたり
 一子地は仏性なり 安養にいたりてさとるべし
(真宗聖典P.230)

の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】

 真実報土に往生すると、一切衆生を平等に哀れむ心が起こってくる。この時を、一子地というが、これはあらゆる衆生を一人子のように、愛する位に名づけたもので、これがそのまま仏性でもあり、それはまた安養浄土に至って、初めてさとられるものである。


【質問】

 如来すなわち涅槃なり 涅槃を仏性となづけたり
 凡地にしてはさとられず 安養にいたりて證すべし
(真宗聖典P.230)

の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】

 如来は、そのまま涅槃、ということが出来る。涅槃は真如法性の理にかなった境界であるから、これをまた仏性ともいう。如来といい、涅槃といい、仏性といって、その名は別々になっているが、もともと、その体は一つのものである。しかし、これも凡夫の世界ではさとれないもので、安養浄土に至って、初めてさとられるものである。


【質問】

 信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたまう
 大信心は仏性なり 仏性すなわち如来なり
(真宗聖典P.230)

の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】

 真実の信心を獲て、喜ぶ人は、やがて必ず仏のさとりを開くのだから、如来と等しいものだと説かれている。その他力の信心は、やがて仏性を開く正因でもあるから、信心をそのまま仏性といい、仏性をそのまま如来ともいうのである。

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