スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

質疑応答13

【質問】

(a) 親鸞会は大学にサークルを作って「親鸞会とはしばらく名乗らず嘘をついて」
新入生を勧誘していた、また清森さんもその活動に密接に関係していたことを
事実と認めますか?

(b) 上に言うダミーサークル勧誘を事実と認めるとして、
その勧誘のやり方は間違いだったと思われますか?
ウソついたり大学職員からコソコソ逃げ回って勧誘せずとも
もっとよい方法をそれこそ真剣に模索すべきではなかったのですか?
また高森師にはトップに立つものとして監督責任があるのではないですか?


【回答】

 私も学生本部、学友部で活動してきましたので、「親鸞会と名乗らず嘘をついて」勧誘してきたことは事実です。

 その時は、上司の指示でしたし、仕方のないことだと思っていましたが、そのために苦しまれた方が多数あることを知り、非常に良くないやり方であったと反省しております。

 もし、ブログを読まれている方で、不本意に入会されて苦しまれた方、その家族の方がありましたら、深くお詫び申し上げたいと思います。

 私の意見としては、大学での勧誘は、一切、中止すべきだと思います。
 本当に素晴らしい教えであるならば、親から子へ、友達から友達へと、自然と伝わってゆくと思います。

 かつて講師部の講義で、学友部長から、上記のような批判があることについて、質問がありました。高森先生は、「世間の企業でも、相手の入りやすいような言い方をする。」という返答をされたと記憶しています。

 ですから、高森先生にも、この件についての責任はあると思いますし、やり方を改められることを念じております。
スポンサーサイト

COMMENTS

No title

今から、10年以上前、大学生だった頃に、親鸞会の学生本部に所属していた者です。

今日、部屋を整理していたら、清森氏の「燃える言葉」というファイルが出てきました。
そしてネットサーフィンをしていたら、このブログを発見しました。
不思議な縁を感じて、コメントを書いております。


若くて楽しい時期を、食事を切り詰め、趣味や娯楽も排し、バス代を稼ぐバイトと、勧誘活動に明け暮れ、疲弊していく。

本当であれば、振り返って楽しい思い出がたくさんある学生時代に、そのような辛い思い出しかない人がたくさんいる。

その責任は、

>深くお詫び申し上げたいと思います

なんていう、軽い一言で片付けられるようなものでしょうか?



私は1年ほどで、親鸞会の活動から遠ざかり、残りは普通の大学生活を楽しみました。
今でも、大学時代の友人と飲みに行ったりします。
(もちろん親鸞会以外の人間です)

あのまま、親鸞会の活動を続けていたら、後悔しか残らなかったのだろうと、思います。


親鸞会時代に、唯一の楽しい思い出といえば、夏合宿の際に「あしたのジョー2」を観たことでしょうか。
そのときの感謝は伝えておきます。

ありがとうございました。

これから、どのような活動をされていくのか、注目させていただきます。

通りすがりさんへ

横レスになりますが、

>その責任は、
>>深くお詫び申し上げたいと思います
>なんていう、軽い一言で片付けられるようなものでしょうか?

なかなか辛らつなお言葉ですね。
私も元親鸞会の信者でありますが、約5年で脱会。私が勧誘した一学生はいまや親鸞会の大幹部の一員です。私自身は親鸞会を一種のカルト的団体と考えていますので、非常に責任を感じております(しかし、親鸞会をカルト的団体とまでは考えていない人もまた少なくないことでしょう)。
また、私が育成に携わった学生さんで少なからぬ人数が親鸞会の専属の布教使になっています。私の責任もやはり免れないでしょう。しかし、一方で、現在の彼らが私に対して責任を取れとはいわれないでしょう。それは未成年ならばともかく、成人してからの彼らの行動における意志決定、いわゆる「自己決定」の責任を認めているからでしょう。
また、ネット社会の恩恵で、これだけ親鸞会組織の内情や高森会長の過去があらわになっても親鸞会に留まり幸福なかたがあるとすれば、それもひとつの人生選択なのではないでしょうか。
しかし、親鸞会を脱会した方々において、「自分をカルト団体に巻き込んだ先輩を許せない」と息巻くかたも一定数存在していることでしょうし、そのお気持ちもよく理解できます。あなたは親鸞会経験において、負の部分しか印象に残っていらっしゃらないのでしょう。

一方で、清森氏によるこのようなブログの試みは、画期的なものであると感じています。
親鸞会で教えられていることの客観的な目からの検証作業といえるものであり、これが清森氏にとってはひとつの責任の取り方の一過程である、というように感じておられるのではないでしょうか。

私は必ずしも全面的に清森氏を擁護しているのではありません。清森氏の熱血で真摯で勉強熱心なお人柄に惹かれて親鸞会に入会したり布教師を目指すようになったかたにおいて、最終的には本人の自己責任であるとは思いますが、清森氏の存在がその「縁」となった事例が数多いとすれば、やはりその責任はまず免れないといえるでしょう。

たとえばオウムの麻原に騙されて地下鉄サリン事件に加担した林郁夫氏の手記「オウムと私」を読まれたことはありますか?ぜひ現会員、脱会員ともに読んでいただきたいと思っています。
有能な医師であった林郁夫氏は殺人をも肯定しうるとするオウムの教義を受け、教祖の指示に従って無差別殺人をしてしまいます。地下鉄サリン事件を犯した犯人の多くは死刑判決を受けており、彼らは加害者であることはいうまでもありませんが同時にカルト教による被害者でもあったように思います。同様に、親鸞会の布教使は加害者であると同時に被害者でもあるように思います。

最終的な責任はこのような無条件服従組織と身分を偽り、偽装された巧妙な勧誘を是とする体質を作り上げた高森会長にこそ帰せられるべきではないでしょうか。

釈尊のお弟子にアングリマーラ(指鬘)という人がいました。彼もまた、悪知識に騙され、何の関係もない人々を100人(一説には1000人)を殺害し、指を集めるという大悪逆を犯してしまいましたが最終的には釈尊の説く教えに帰依して救われました。人々はそのアングリマーラに石を投げつけたりして迫害しました。wikiによれば、
「あるときは彼を見た妊婦が難産となったこともあったという。また彼を見てた少年から暴行されたこともあったという。彼はこれは自分がしたことの報いだと耐えて、ついに証果を得た(悟った)といわれる。」とあります。

清森氏の現在の活動と、(仏門に入った後の)アングリマーラは重なる部分があるように思います。元専任講師が実名を出して「破邪顕正」を是とする親鸞会の教義を公に堂々と批判することは前代未聞であり、決意と覚悟、そして勇気と実力がないとできないことです。

アングリマーラに石を投げつけたくなる民衆の気持ちもまたよく理解できますが、あなたが「これから、どのような活動をされていくのか、注目させていただきます。」とおっしゃっているように、清森氏の今後の活動に注目したいと思っております。

No title

「私の白道」はまだですか?

はやく読みたいです。

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。