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親鸞会教義の相対化・45

つづき


<お仏前の礼儀>
☆ステージの上では、絶対に作業をしたり、物を置いたりしないこと。
掃除も制服着用でする。
作業服、体操服でステージに上がるのは、非常識。
静かに歩き、常に気を張ること。

<仏間の礼儀>
☆仏間は、無上仏をご安置していあるお部屋です。
☆そこには、最上級のお客様が、座っておられると心得なければな
らない。
その前を通る時は、どうしたらいいか判る筈。
★ ★ ★ ★ ★

阿弥陀仏を大切の思うことは良いことだと思います。ただし阿弥陀
仏は「お客様」のようなよそよそしい存在ではありません。

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善導の、三縁の中の親縁を釈し給に、
衆生佛を礼ずれば、佛これを見たまふ。
衆生ほとけをとなふれば、佛これをきゝ給ふ。
衆生佛を念ずれば、佛も衆生を念じたまふ。

かるがゆへに阿彌陀佛の三業と、行者の三業と、かれこれひとつに
なりて、
佛も衆生も、おや子のごとくなるゆへに、親縁となづくと候ぬれば、
御手にずゝをもたせたまひて候はば、佛これを御らん候べし。
御心ち念佛申すぞかしと思食候はゞ、佛も行者を念じ給べし。
されば佛に見えまいらせ、念ぜられまいらする、
御身にてわたらせたまひ候はんずるなり。
(「往生浄土用心」昭法全p.559、勅伝23)
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私達のことを常に見守ってくださっている存在であり、「おや子の
ごとく」「親縁」関係を結ばせて頂いているのが阿弥陀仏です。し
たがって、制服着用でなければ近づくことも許されず、「最上級の
お客様」としてただただ畏敬する存在ではありません。

テストで百点をとったら仏壇の前にお供えして報告し、悪いことを
してしまったら仏壇の前で「ごめんなさい」を言うような、日々の
生活で嬉しいことがあれば一緒に喜んでいただき、辛いことがあれ
ば一緒に悲しんでくださる存在が阿弥陀仏であり、そのような関係
が阿弥陀仏との「おや子のごとく」「親縁」関係です。

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弥陀の本願を決定成就して、極楽世界を荘厳したてて、
御目を見まわして、わが名をとなうる人やあるとご覧じ、
御耳をかたぶけて、わが名を称する者やると、夜昼きこしめさるるなり。
されば一称も一念も阿弥陀仏に知られまいらせずという事なし。
されば摂取の光明はわが身をすて給う事なく、臨終の来迎はむなし
き事なきなり。
(「示或人詞」昭法全p.588)
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まして、極楽世界から夜も昼もなく二十四時間、常に私達を見守っ
ていてくださる阿弥陀仏を、たまにしか来ない「お客様」のように
扱うのは、とんでもない誤りです。


つづく
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COMMENTS

相対化は興味深く読んでますが、今回のはちょっと時代背景無視ではないでしょうか?
善導大師の時代の親子関係は、現代よりも余程厳格でした。
一つの家の中では、最上級のお客様以上に父親を大事にもてなしていました。
この内容については、合わないと思いますが、どうでしょうか?

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