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質疑応答124

【質問】


 「無明の大夜をあわれみて

  法身の光輪きわもなく

  無碍光仏としめしてぞ

  安養界に影現する」(真宗聖典P.230)

  の意味を教えて頂けないでしょうか。



【回答】


 煩悩に惑わされ、生死の迷いの深い闇に、閉ざされている衆生を憐れんで、久遠劫からの働きかけは、極まりなく、何ものにも障碍されることのない、無礙光仏となって、安養の浄土に、影の如く、現れて下されたのが阿弥陀仏です。



【質問】


 「久遠実成阿弥陀仏

  五濁の凡愚をあわれみて

  釈迦牟尼仏としめしてぞ

  迦耶城には応現する」(真宗聖典P.230)

  の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】


 塵点久遠の昔に、既に仏に成られた阿弥陀仏は、衆生済度のために縁を結び、幾度となく、この世に姿を現されました。五濁の悪世の衆生を哀れんで、インドの迦耶城、つまりカピラ城に生まれられた釈尊は、実のところ、阿弥陀仏の化身である。



【質問】


 「百千倶テイの劫をへて

  百千倶テイの舌をいだし

  舌ごと無量の声をして

  弥陀をほめんになをつきじ」(真宗聖典P.230)

  の意味を教えて頂けないでしょうか。


【回答】


 阿弥陀仏の徳は、あまりにも広大であるから、百千億の長い時間を費やし、百千億の沢山の舌を用いて、その一つ一つの舌に無量の声を出して、いかにその徳を褒め讃えても、褒め尽くすことが出来ない。

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