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質疑応答17

【質問】


 親鸞会が、親鸞聖人の御教えに反した方針、活動、組織、制度、募財、勧誘方法をしているとご教示頂きましたが、具体的にどのような教えに反しているか、教えて頂けないでしょうか?



【回答】


 一例を挙げれば、教行信証化土巻には、以下のように教えられています。


●四つの善事あり、悪果を獲得せん。何等をか四とする。一つには、勝他のための故に経典を読誦す。二つには、利養のための故に禁戒を受持せん。三つには、他属のための故にして布施を行ぜん。四つには、非想非非想処のための故に繋念思惟せん。この四つの善事、悪果報を得ん。もし人かくのごときの四事を修習せん、これを、没して、没し已りて還りて出ず、出で已りて還りて没す、と名づく。


 これは、善を行う心がけを教えられたものです。「経典を読誦す」「禁戒を受持せん」「布施を行ぜん」「繋念思惟せん」は、仏教で教えられる善に当たります。これらの善を行っていても、心がけが間違っていれば、悪果をえて、悪道に没すると説かれています。

 その間違った心がけとして、「勝他のため」「利養のため」「他属のため」「非想非非想処のため」の4つが教えられています。心がけを問題にされているのですから、当然、「勝他のために」「布施を行ぜん」というのも、悪果を得ることになります。

「勝他のため」とは、他人より勝りたい、ということです。支部間で成果を競ったり、他の人より、良い評価を得たいという心で活動することを言います。

「利養のため」とは、生活や保身のため、ということです。目標未達成で、問題にされたくないから頑張って活動したり、上司から嫌われないためにイエスマンとなり、言うべきことを言わないのも、利養のためです。

「他属のため」とは、いくつか解釈がありますが、他人を自分に属させる(従わせる)ため、と理解したら良いと思います。親鸞会に入会してもらうために説法をしたり、御報謝を出してもらいたいという都合を通すために、布施の行いをしていたら、他属のためになると思います。

「非想非非想処のため」とは、無色界の段階の1つで、三界の最高位とされる世界のことですが、ここでは、仏のさとりではない、間違った喜びの世界と理解したら良いと思います。信心決定を、この世のパラダイスのように勘違いし、そのような喜びを求めて、善を行じているようなのは、これに当たると思います。

 このような間違った心がけを戒めるように、教えてゆかねばならないのですが、親鸞会では、厳しい目標を与え、出来なければ徹底的に問題にし、間違った心がけを奨励しているのが現状と思います。そもそも、入会した人数や、参詣した人数や、集まった御報謝の額といった「形」を問題にし、決められた「数字」を達成することに、何の意味があるのでしょうか?

 そういう目標を与えなければ、頑張れない人は、布施を受け取っていない人です。そういう人に必要なことは、布施を与えることであって、目標によって頑張らせることではありません。もし、そのような方法で、善行に励ませることが出来たとしても、悪果を受け、悪道に沈むだけです。

 特に昨年から、目標に対して厳しくなったようで、多くの学徒の皆さんから、「講師の目付きがおかしくなった」とか、「友人を紹介すると、強引に入会を勧められるから、紹介したくない」という声を聞くようになりました。そして、講師が生活に困窮し、家族も養えないとか、食事も満足に取っていないという話も、あちこちから聞こえてきます。

 まさに、四つの善事から、悪果を獲得しているのだと思わずにおれません。悲しいことですが、これでは頑張れば頑張るほど、悪果を受け、悪道に沈むことになります。

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