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質疑応答130

【質問】


「即得往生住不退転」は、「至心信楽」を解釈したものだと仰っているお言葉を教えてください。



【回答】


●この信楽をうるとき、かならず摂取してすてたまわざれば、すなわち正定聚のくらいにさだまるなり。このゆえに信心やぶれず、かたぶかず、みだれぬこと、金剛のごとくなるがゆえに、金剛の信心とはもうすなり。これを「迎」というなり。『大経』には、「願生彼国 即得往生 住不退転」とのたまえり。「願生彼国」は、かのくににうまれんとねがえとなり。「即得往生」は、信心をうれば、すなわち往生すという。すなわち往生すというは、不退転に住するをいう。不退転に住すというは、すなわち正定聚のくらいにさだまるとのたまう御のりなり。これを「即得往生」とはもうすなり。(唯信鈔文意)


 親鸞聖人は、「信楽をうる」=「正定聚のくらいにさだまる」=「即得往生住不退転」と教えられています。

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COMMENTS

都合のいい部分だけではなくて・・・

都合のいい部分だけを切り張りしてアップされるのはあまり気分の良いものではありません。
取り上げられるのであれば、半分だけではなくて、あとの半分についても取り上げていただきたいと思います。

私がメールでお尋ねしたのは、親鸞会も「田中」氏(偽名)も、自説にこだわる意味が分からないということです。
親鸞会も「田中」氏もともに他の解釈もできると認め合えばそれで済むことで、わざわざ喧嘩するまでもないことなのではないかということが根本的な疑問です。

あの法論は、似たもの同士の兄弟喧嘩としか見えませんでした。

「田中」氏は、偽名まで使って、ネットで法論を公開し、親鸞会を叩きのめさないと気が済まないというのは、これは親鸞会が本願寺に対してやってきたこととそっくりです。

やはり「田中」氏は親鸞会で育った人ですから、所詮その枠から出ることができないのかと思います。そして、その「田中」氏を全面的に擁護されるので、清森さんも親鸞会の亜流に過ぎないのかと思うとがっかりしました。

親鸞会のダミーサークル勧誘を批判されながら、「田中」氏が嘘を付いているのはかばわれるその理由は何なのですか。
「田中」氏が事情があって正体を明かしたくないのであれば、一般人を装った偽名など使わず、「匿名です」として親鸞会に質問するか、ペンネームでもハンドルネームでも使えばよいことのはずです。

親鸞会も「元会員」と称してネットに書き込みしていましたことがありましたね。

私の質問を取り上げられるのなら、この点からも逃げずにお答え下さい。

No title

NNN様

田中氏が本名かどうか私は興味ないし、そんなことに異常なこだわりを見せているのはあなたくらいでしょう。

あなたの文章は、チューリップの山田氏、田中氏とまったく同じ臭いがします。他人を批判するのも結構ですが、自分の文章を、誰か知り合いに読んでもらったらどうですか?
自分のことは見えないものですね。

なんで清森氏、山田氏、田中氏、NNN氏ともに、みんな相手を叩きのめそう、喧嘩しようとするのでしょう。何で相手を自分の思い通りにしようとするのでしょう。なぜ相手の意見を尊重することができないのでしょう。そうやって自分を苦しめていることに気づかないのでしょうか…

法論について

私は、田中氏とチューリップ企画との法論は、親鸞聖人の教えを明らかにする上で、
大変意義深いものであったと思いますし、私自身もこれをご縁に大いに勉強になりました。

所詮、NNNさんは、教えなんてどうでもいいと思っているのでしょう。そんな人にとっては、あの法論に限らず、歴史上のどんな法論もみな「喧嘩」としか思えないでしょうね。

田中氏はT社の誤りを論理的に明らかにしました。しかしT社はそれでも誤りを認めずに、
無意味な質問を田中氏に投げかけ、「まだ議論は終わっていない」と印象付けることに必死になっていました。内容的に終わった後で、感情的な言い争いに終始するのであれば、それは確かに単なる「喧嘩」です。その点、内容面で決着がついた後で、田中氏が一方的に手を引いたのは極めて賢明な「大人の判断」だったと思いますよ。

もし、議論というものを全て「喧嘩」だと言うのであれば、あなたがこうして清森さんを非難するのも、それ自体、「喧嘩」を売る行為ですよ。(あなたは自分のことが見えていませんね。)
要は、議論全般が悪いのではなく、問題はその内容です。
何か意味があり、必要があっての議論なら大いに結構だと思いますよ。

それと、「田中」という名前を偽名だと決め付ける理由がわかりませんし、
仮に「偽名」だったとしても、ネット上の議論では本名を名乗ることのほうが極めて稀です。
現に、あなた自身も「NNN」という「偽名」で清森さんに喧嘩を売っているじゃないですか。
(その点、清森さんが本名を出しているのは大変な勇気だと思います。)
「ペンネーム」や「ハンドルネーム」ならOKだが「偽名」はダメとのことですが、
それらに明確な違いはあるのですか?

あと、親鸞会のダミーサークル勧誘の問題と田中氏の法論とを同列に扱う発想も理解できません。田中氏は純粋に教えを明らかにしただけです。誰かを騙したり、誰かの人生を狂わせたりしましたか?

「田中」が本名かどうかなんて、T社でさえも問題にしてないことです。
(重要なのは、内容であり、「教え」ですから。)
それこそ「わざわざ喧嘩するまでもないこと」です。

> 取り上げられるのであれば、半分だけではなくて、あとの半分についても取り上げて
> いただきたいと思います。

これらの質問は、あなたが清森さんに出したメールの内容の一部だったんですね。
そのメールの中では、あなたはもちろん実名を名乗ってますよね?
メールを全部載せるべきだ主張するのであれば、あなたの実名の部分が載せられてもかまいませんか? それでは「都合」が悪いですか? もしそうなら、
「都合のいい部分だけを切り張りしてアップされるのはあまり気分の良いものではありません。」などど言う資格はありませんよ。いかがですか?

ご意見ありがとうございました。

>なんで清森氏、山田氏、田中氏、NNN氏ともに、
>みんな相手を叩きのめそう、喧嘩しようとするの
>でしょう。何で相手を自分の思い通りにしようと
>するのでしょう。なぜ相手の意見を尊重すること
>ができないのでしょう。そうやって自分を苦しめ
>ていることに気づかないのでしょうか…

 ご意見ありがとうございました。

 おっしゃるとおりだと思いました。感情的に書き込んでしまいましたが、このようなことで争うことの方が愚かだと思いました。

 もうこのブログからも卒業いたします。

 他のご意見いただいた皆様もありがとうございました。

No title

うんうん
こうやって皆
親鸞会から卒業していくんじゃな
元気でやれよ  ^▽^/

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