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質疑応答19

【質問】

私は以前、清森さんから因果の道理に関して、
弥陀の本願に救われる事と他因自果の違いについて
質問させて頂いた時に、
==========================
私たちに分かる因果の道理、つまりいつも聞かせて
頂いている内容を「亦因亦果」といい、
私たちには分からない因果の道理、つまり我々に
分かる因果の道理を、超越した因果の道理を
「非因非果」という。弥陀の救いは「非因非果」である。
==========================
という様な事を教えて頂きました。

そこで質問なのですが、
善因善果や悪因悪果は、
『善』の種まきが『因』となって『善』の結『果』があらわれる、
というように、漢字から意味が分かるのですが、

亦因亦果は、亦が因となって亦という果があらわれる、
非因非果は、非が因となって非という果があらわれる

と読んでみても、意味が分からないのですが、
この『亦』『非』はどういう意味なのでしょうか?


【回答】

「亦因亦果非因非果」という言葉は、涅槃経で仏性の説明の中に出てきます。

●佛性者。亦色非色非色非非色。(乃至)亦因亦果非因非果。亦義非義非義非非義。

 佛性は、色もまた、色に非ず、非色も非色に非ず。…因もまた、果もまた、因に非ず、果に非ず、義もまた義に非ず、非義も非議に非ず。…

 私たちは、目に見える現象からしか、仏性を感じることは出来ません。それが、私たちの理解している因果です。しかし、その因も果も、本当の仏性ではありません。だから、「因果であって、因果ではない」と説かれているのです。

 亦という因から、亦という果が生じるとか、非という因から、非という果が現われるという意味ではありませんので、ご注意ください。
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