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質疑応答142

【質問】


「信楽にする力」は、12願でも18願でも、どちらでも解釈できるということでしょうか?



【回答】


 お聖教には、12願と教えられています。


●光明名号の因縁ということあり。弥陀如来四十八願のなかに第十二の願は、「わがひかりきわなからん」とちかいたまえり。これすなわち念仏の衆生を摂取のためなり。かの願、すでに成就して、あまねく無碍のひかりをもって、十方微塵世界をてらしたまいて、衆生の煩悩悪業を長時にてらしまします。さればこのひかりの縁にあう衆生、ようやく無明の昏闇うすくなりて、宿善のたね萌すとき、まさしく報土にうまるべき第十八の念仏往生の願因の名号をきくなり。しかれば、名号執持すること、さらに自力にあらず、ひとえに光明にもよおさるるによりてなり。(執持鈔)



 ですから、「信楽にする力は何願か?」と尋ねられたら、12願と答えるのが筋だと思います。

 12願が18願に納まるという考え方をするならば、18願に含まれると言えないことはありませんが、あえて、そのような言い方をする必要はないと思います。

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