スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

投稿

投稿です。



清森 義行 様

「日蓮大聖人深秘伝」によりますと、長年の慢性下痢から腸結核となり、最後に脳膜炎を起し、臨終に枕元にあった法華経を歯をもって食い破ったようです。
(こんなことが知りたい④ P139)

とあります。
「日蓮大聖人深秘伝」は見たことがありませんが、慢性下痢は事実のようです。

既に生を受けて齢六旬に及ぶ老又疑い無し只残る所は病死の二句なるのみ、然るに正月より今月六月一日に至り連連此の病息(や)むこと無し死ぬる事疑い無き者か(56歳、阿仏房御返事 創価学会版御書全集 P1317)

日蓮下痢去年十二月三十日事起り今年六月三日四日日々に度をまし月々に倍増す(57歳6月、中務左衛門尉殿御返事 同全集 P1179)

ひるも・よるも・さむくつめたく候事法にすぎて候、酒は凍りて石のごとし、(中略)手足かんじてきれさけ人死ぬことかぎりなし(中略)去年の十二月の三十日より・はらのけ(下痢)の候しが春夏やむことなし(57歳11月、兵衛志殿御返事 同全集 P1098)

此の七八年間が間・年々に衰病(やせやまい)をこり候いつれどもなのめにて候いつる(60歳5月、八幡宮造営事 同全集 P1105)

八年が間やせやまい(中略)今年は春より此のやまい・をこりて秋すぎ・冬にいたるまで日々にをとろへ・夜々にまさり候いつるが・この十余日はすでに食も・ほとをととどまりて候上・雪はかさなり・寒はせめ候、身のひゆる事石のごとし・胸のつめたき事氷のごとし(60歳12月、上野殿母御前御返事 同全集 P1583)

日蓮は53歳頃から身延山に暮らすようになりましたが、冬の寒さは耐えがたいことを八寒地獄にたとえています。日蓮を慕って身延山に棲みつく信徒も四十人以上あったようですが、「人死ぬことかぎりなし」と大変であったようです。

日蓮は無量義経を偽経と知らなかったとはいえ、法謗の報いとはいえ、かわいそうだなあ、と思います。



仏・観経等の四十余年の経経を束ねて未顕真実と説かせ給いぬれば此の経文に随って乃至十念・即得往生等は実には往生しがたしと申す此の経文なくば謗法となるべし(顕謗法抄 御書全集 P449)

「四十余年未顕真実」の文がなければ謗法になる、と言っています。

なお、日蓮は発病直後頃は「病は必ず治る」と

設い業病なりとも法華経の御力たのもし(中略)いかでか病も失せ寿ものびざるべき(55歳、富木尼御前御返事 同全集 P975)

と言っていますが、後には「治らないこともある」と

されば身をすてて信ぜん人人は・病まぬへんもあるべし・又病むとも助かるへんもあるべし、又大悪鬼に値いなば命を奪はるる人もあるべし(57歳、日女御前御返事 同全集 P1247)

と、弱気になっているようです。

スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。