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質疑応答25

【質問】


質疑応答10で
「高森先生が(乃至)お聖教を変えて話をされている部分は、他にもたくさんある」
と回答されています。
例えば、信行両座のじょう論でお聖教には親鸞聖人の法友三百八十余人は
信不退・行不退どちらの座にも入れず迷っていたと書いてありますが
高森師は行の座に入ったと話をします。

ほかに高森師がお聖教を変えて話していることを教えてください。
またそれら1つ1つの事例について布教講義や教学講義などで
高森師になぜ変えて話しているのか尋ねた方はありますか?
ある場合その答えもあわせてお願いします。



【回答】


★長者窮子の喩【法華経・信解品】

 御説法では、長者は阿弥陀仏ですが、原文では釈尊です。細かいところで、変えてあるところは幾つもあります。


★人間の実相の喩

 原文では、秋の夕暮れではありません。虎ではなく象が出てきます。崖から垂れ下がる蔓ではなく、井戸に伸びる根に捕まって逃れています。毒竜は3匹ではなく4匹です。他にも幾つが変更点があります。


★世自在王仏と法蔵菩薩のやり取り

 大無量寿経では、世自在王仏と法蔵菩薩が議論する場面はありません。海水をすくうのは貝殻ではなく、枡です。


★王舎城の悲劇、韋提希夫人への説法

 観無量寿経では、まず散善が教えられます。また、釈尊が姿を消すというシーンはありません。全般的に変えてあります。


★体失不体失往生の諍論

 口伝鈔では、親鸞聖人から議論を始められています。法然上人は、いずれも正しいと言われた上で、親鸞聖人の方が優れていると判定されました。結論部分も変えられています。


★善導大師と天台、嘉祥、浄影との法論

 御説法では法論があったかのように話されますが、実際は時代が違うため、法論はありませんでした。


★七大経

 七大経という言葉は、高森先生が、天台の五時の教判と、親鸞聖人の二双四重の教判をミックスして作られたものです。


★華厳経の説法

 ベーランシャとの議論をされたのは釈尊でなく、目連尊者です。



 なお、これらについて質問に答えられたという記憶は、余りありません。
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