スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

質疑応答167

【質問】


ところで質問があるのですが2ちゃんで今日書き込みがあったので他の人が質問されているかもしれませんが、古語の『べし』についてです。古語のべしはたくさんの意味があると私はまったく知らなかったのですが、○○というかなりあたまのおかしそうな人が書きこんでいたのでどうかなとは思うのですが

以下、そのかきこみ



 この問題は、2ちゃんねるの親鸞会スレッドに登場してきたのは、今回が最初ではない。過去幾度も出てきて、その都度僕は回答してきた。またかという感じがする。
 高森仏教は間違いであると主張している人は少なくない。しかし、間違いであるという思いを共通にして2ちゃんねるに常駐している人が、僕のカキコをきちんと読んでくれていない。もし、きちんと読んで伝承してくれていれば、高森仏教の間違いは、もっと早く、多くの人に正しく理解してもらえると思っている。

 「この信心を獲得せずは、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり」。これは、御文二帳目に出てくる。一部の人に言わせると、この言葉が、一切衆生必堕無間を主張している言葉だという。僕には驚天動地の理解である。どうしてここから「一切衆生必堕無間」などという主張が生まれてくるのか、僕には全く理解できない。


 国語辞典を引用しよう。広辞苑である。べし【可し】について。

助動詞  

A 当然の意。 …するのがよい。  …するはずだ。  …しなければならない。
 この信心を獲得できなければ、極楽には往生しないで、当然のことながら、絶対に無間地獄に堕在するに違いありません。

B 確実な推量の意。 きっと…するだろう。…するに違いない。 …するらしい。
 この信心を獲得できなければ、極楽には往生しないで、きっと、無間地獄に堕在するでしょう。

C 話し手の動作に付いて、意志・決意を表す。必ず…しよう。…するつもりだ。
 この信心を獲得できなければ、私は、極楽には往生しないで、無間地獄に堕在するつもりです。

D 可能の意。 …することができそうだ。
 この信心を獲得できなければ、極楽には往生しないで、無間地獄に堕在する可能性もありますよ。

E 命令の意。…せねばならない。
 この信心を獲得できなければ、極楽には往生しないで、無間地獄に堕在しなさい。


 助動詞「べし」は意味が多様だ。意味が多様であるということは、当たり前のことではないか。意味が多様であれば、どの意味で使っているか、総合的に判断するのは当然ではないのか。選択肢はAだけなのか?。どれが正しいのか。選択判断に迷えば、その人が主張している外の言葉を参考にしながら考える。

 蓮如上人の他の書き物を読めば、Aを選択する余地はないと思う。D以外の意味を選択する余地は絶対にない。当たり前だろう。僕のこの考えに反対の人がいるなら、申し出て欲しい。

 もしこの信心を獲得できなければ、来世では天に生まれるかも知れません。再び人に生まれるかもしれない。阿修羅・畜生・餓鬼・地獄に生まれるかもしれません。最悪の場合には、無間地獄に堕ちる可能性も否定できないんですよ。人は六道を輪廻していますからね。
 天に生まれれば幸いかも知れないが、無間地獄に堕ちるようなことになれば、大きな不幸です。信心がなければ、極楽に生まれることは決してありません。さあ、一緒に信心を求めようではないですか。これが蓮如の意思です。

 「べし」の意味を誤読しているのは、高森さんの故意か無知か知らない。誤読の源流が大沼法龍にあれば、大沼法龍の嘘か勘違いを、高森さんが勘違いのまま継承しているんだろう。
 無知・勘違い・誤解に基づく攻撃によって、火だるまになった勧学が本願寺にもいたというからノータリンの底深さにはあきれかえるばかりだ。
 僕は直接聞いたことはないから知らんが、大沼・高森の毒気は相当のものらしい。この毒に一度かかるとなかなか治癒しない。蓮如上人まで秘事法門の元祖になって、話が脱線していく人などは、今でも大沼・高森さんが仕掛けたマインドコントロールのど真ん中にいるんだろうと思う。



この事について清森さんはどのようにお考えでしょうか。学問的に成立するのでしょうか?ご文章2帖のお言葉は『この信心を獲得できなければ、極楽には往生しないで、無間地獄に堕在する可能性もありますよ。』という意味だというのがこの人の主張のようです。

以上、よろしくお願いいたします。



【回答】


 このような観点で考えたことがありませんでしたので、目からウロコが落ちる思いがしました。

 私の手元にある「古語辞典(旺文社)」には、以下のように書いてあります。


●べし

①推量の意を表す。
 ア、ある事の起こることを予想する
 イ、ある程度確実な推測を表す
②予定の意を表す。
③当然の意を表す。
④適当の意を表す。
⑤可能、または可能性を推定する意を表す。
⑥強い勧誘・押しつけの意を表す。
⑦意思を表す。
⑧必要、義務の意を表す。


 私は、古文法については専門に勉強したことがありませんので、文法的にどれが正しいということは分かりません。

 しかし、釈尊・七高僧・親鸞聖人は、必堕無間とは教えられず、信心決定せずに死ねば、六道輪廻すると教えられています。

 例えば、善導大師は「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来常に没し常に流転して出離の縁あることなし」と深信す、と説かれています。

 常に流転とは、六道輪廻のことです。

 また、親鸞聖人は「もしまた、この度、疑網に覆蔽せられなば、更りて、また曠劫を径歴せん。」と仰っています。

 曠劫を径歴するとは、六道輪廻のことです。


 蓮如上人のお言葉は、文法的には色々と解釈できるようですが、やはり、釈尊・七高僧・親鸞聖人の教えに沿って解釈をするのが筋だと思います。

スポンサーサイト

COMMENTS

ご挨拶

 2ちゃんねるに案内が出ていました。小生の考えに賛成していただけたようで、光栄です。
 人には、知らないことはたくさんある。お互い様です。質問者の「かなりあたまのおかしそうな人」とは僕のことでしょう<笑>。

  貴殿は、真実に向けようとする耳はお持ちのようです。
 「マインドコントロールのど真ん中にいるんだろう」という一句は撤回させてください。

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。