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投稿(親鸞会の不誠実な対応)その2

昨日の投稿の続きです。
その後、Bさんは、友人のDさんにメールを出されました。

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(Bさんから、別の会員Dさんへのメール)

D様

お返事が遅れて申し訳ございません。
2月にDさんにお目にかかってから、私は支部長に手紙を書かせて頂きました。

その中に、お答え頂きたい4つの質問をさせてもらいました。その4つの事が明らかにならない限り、退会させて頂きたいとお伝えしました。
そしてパソコンのメールに答えを頂きたいとお願いしました。

しかし、手紙を出させて頂いてから5日くらい経ってやっと来た返事は「お会いしましょう」だけでした。
結局回答してもらえず、今日に至っております。

私は、Sさんに支部長に手紙を書いた事を伝えました。
Sさんは、返事は出来ないだろうと言われました。それは「講師部は一般の会員さんには理解出来ないだろうが、組織は軍隊のようなもので、上司の指示なしでは絶対行動は出来ない。だから返事はこないよ」と言われましたが本当にそのとおりでした。
ですから、返事が頂けなくてもそれは、本会の指示だと思います。

私がメールで返信をお願いしたのは、証拠が残るからです。
もし、私が質問させて頂いた事が、本当に捏造なら、メールでお返事が出来ると思いました。
誠に残念です。

Dさんは、私の行動を批判されるかもしれませんが、真剣に確認していけば分かります。
大沼法竜氏やI氏の著書の盗作は丸写しと言っていいくらいです。
現代の教行信証とまで言われた「会報」はなぜか今は廃刊になりました。
とても不思議でしたが、これも盗作でした。それがバレた為に廃刊になったのです。確認すれば、分かります。これは氷山の一角です。

M支部長のご主人は、夜中に退会しようとした人の家に押し掛けて正ご本尊を取り返しに行きました。
You Tubeに声が録音されてアップされております。
本会の実態が分かった時の衝撃は筆舌な尽くしがたいものでした。

また、野尻真紀講師の支部にいる会員さんは、絶縁状を偽造され、清森講師に送りつけられました。その会員さんは後で、それを知り、泣きながら絶縁状など書いていないと言われたそうです。これは私文書偽造という犯罪ですよ。
こんな、社会正義に反する事をしている会が、正しい教えなど説けるはずがありません。
私は後生の一大事の解決のためだけに親鸞会に入会したのです。


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(M支部長からBさんへのメール)


B様


> 私は後生の一大事の解決のためだけに親鸞会に入会したのです。


 Bさんの、この言葉を信じています。

 この言葉どおりなら、何があっても純粋に、親鸞聖人の教えに従っていけると思います。

 高森先生は、親鸞聖人の正しい教えを説いていらっしゃるのですから。

 大沼法竜は「化土往生の安楽椅子」、Iは「三業安心の安楽椅子」を説いた親玉です。聞法者に安楽椅子を与えることは、仏法を説く知識の絶対に犯してはならない大罪ですよ。彼らは、親鸞聖人の本当の教えを、そのまま伝える人ではなかったのです。

 だから、IのつくったK会で救われたといっている人も、あの体たらくなのです。

 親鸞聖人や覚如上人や蓮如上人が、一切語られなかったようなことを、平気で放言し、書きまくり、ネットに流し、自分の体験を自慢しているのです。そして、親鸞会に対するうらみ、つらみ、のろいの言葉を撒き散らして、多くの人を惑わしているのです。

 あれが、まともな人の文章でしょうか。

 ある学徒の方は、「気持ち悪いですね。信心決定してあんなふうになるのなら、しないほうがいい」とまで言われました。

 本当に恐ろしいことです。

 慢心のかたまりとなって、自分がどんな大罪を犯しているか、まったく気づいてもいないのでしょう。

 可哀相な人だと思います。


 Bさん、あなたを救うのは、人でも組織でもありませんよ。

 本師本仏の阿弥陀如来、ただ一仏です。

 その阿弥陀如来の願心が、三願転入なのです。

 いずれも、「十方衆生」を救うために、阿弥陀如来が建立されたのですよ。

 このほかに、どんな近道も、コツもありません。

 あるはずがありません。

「善のすすめは遠回り」などと言っているのは、弥陀の願心の破壊ですよ。釈迦一代の教え、仏法そのものの否定ですよ。

 だから、K会の人たちは、「信仰の奇形児」といわれるのです。

 通らなければならない道を通っていないからです。

 五つ目のぼたもちだけ食べて、満腹したつもりになっているからです。

 人間はあせると、そういう体験をしてしまうものです。つい、おかしなものをつかんでしまうものなのです。だから昔から、「つもりの信心」「千万の化城」「大きな安心16ぺん」などと言われているのですよ。

 彼らの機関誌によれば、すでに何百人も救われているはずなのに、誰一人、熱烈に布教活動する人がありません。「救われた」と叫んでいた人が、次々に聞法しなくなっているではありませんか。

 おかしいと思いませんか。

 そんな消極的、退嬰的なものが、親鸞聖人のみ教えでしょうか。


 Bさん、よくよく考えてみてください。

 どなたのおかげで、あなたは仏縁を結ばれましたか。

 どなたのご苦労があって、あなたは仏教を聞かれるようになったのでしょうか。弁論で優勝されたBさんを、いまも思い出します。

 会長先生のお葉書、今も大切にされていますか。

 よくよく考えてみてください。

 そして、大切な大切な仏縁、尊く大事にしてください。


 繰り返しますが、三願転入が、阿弥陀如来の御心です。それをそのまま教えられたのが、親鸞聖人です。

 19、20願は、絶対に通らなければならない獲信の道程なのですよ。必要不可欠の方便だから、阿弥陀如来が建てられたのですよ。

 方便を方便と知らないのは、真実が分かっていない証拠ですよ。

 真実を真実と知らせるための、方便なのですから。


「真仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す」

 親鸞聖人が断言されているではありませんか。


 Bさん、あなたは今、大変な迷いの中におられます。

 地獄と極楽の分かれ道です。


 今、大事なことは、本当の親鸞聖人の教えは何か。

 それを、明らかにされているのは、どなたなのか、ということです。


 18願だけでいい、自分はそれで助かる、と思われますか。

 19の方便願は、自分には必要ないと思われますか。

 それなら、阿弥陀さまの見込み違いですよ。

よくよく自己を見つめて、振り返ってください。

 最近の顕正新聞に何が書かれてあるか、心を静めて読んでみてください。

 親鸞聖人の本当の教えを、真剣に聞いてください。


 仏縁を念じています。



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(BさんからM支部長へのメール)



M様

メールを頂き本当にありがとうございます。
それにしても、Dさんにメールさせて頂いたとたんに
お返事を頂き驚きました。
1ヶ月以上もお待ちしたお返事ですが、私の質問の回答はしていただけないのですね。

支部長として、私の後生を案じてのご返信でしょうか?
このような内容ならば、こんなに時間がかからなくても、すぐに頂けたのにと思います。
1ヶ月もほったらかしの支部長が、今更私の心配をして頂いているとは思えませんが。


>  高森先生は、親鸞聖人の正しい教えを説いていらっしゃるのですから。
>
>  大沼法隆は「化土往生の安楽椅子」、Iは「三業安心の安楽椅
>
> 子」を説いた親玉です。聞法者に安楽椅子を与えることは、仏法を説く
>
> 知識の絶対に犯してはならない大罪ですよ。彼らは、親鸞聖人の本当の
>
> 教えを、そのまま伝える人ではなかったのです。




ではなぜ、高森先生は、「化土往生の安楽椅子」や「三業安心の安楽椅子」の教えを、 ご自身の著作として、学徒の皆さんに読ませているのでしょうか?
間違った教えを広めるのに、協力していることになりませんか?
私が高森先生の御著書の中で最も感動した文章の一つが、「白道燃ゆ」の「魂の叫び」です。
この、真に迫る信仰の告白を読ませて頂いて、高森先生は真実の方に間違いないと確信いたしました。
ところが、この信仰の告白さえも、大沼法竜氏の著書の盗作でした。
なぜ、ご自身の信仰さえも、ご自分の言葉で表現することができないのでしょうか?



◎魂の叫び

来る年も、来る年も、金銭を求めて苦しんでいる。どれだけ得れば満足するのか。
名誉を追うて、あせっている。どこまで登れば安心できるのか。財産を望み、色を漁り 衣食住の満足を願って、三百六十五日狂い回っているのが私の実相だ。
無限の欲望は一村、一国、世界に、ひろがってゆく。
咲き誇った花も、必ず散らねばならぬ時がくるように、集めた財産も、地位も、名誉も総てが離散する時がくるのだ。泡沫のように消えてゆく。
死の巌頭に立った時は、三文の価値もないものだ、と百も千も合点承知しながら、この根性はどうだ
この魂は何としたことか。
(白道燃ゆ)


『名誉を憧れて居る、何処迄登れば満足するか、 地位を望んで居る、何処まで得れば満たされるか
学問を要求して居る、どれだけ得たら止めるか、
土地を貪って居る、色を求めて居る、金銭を欲して居る、衣食住を願って居る、
等々々々と限りなく
一村、一国、四天下と無限に欲望は動いて居るではないか、
嗚呼永遠に私を救うものは何者であろうか、うたかたの様に消え行く地位や名誉
や学問は、 死の岸頭に立つ時は三文の価値も無いものだぞ。』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)


あゝ、私の心は、血涙を流して懺悔しても足らぬ悪性なのに、微塵の懺悔の心もない。 こんな無慚無愧の恥知らずの鉄面皮が、高上りして、他人を見下している。
他人から褒められたい一杯、名を知られたい一杯、食いたい一杯、したい一杯、
遊びたい一杯より以外に心は動かない。
(白道燃ゆ)


『嗚呼、私の心、無慚無愧の悪性じゃなア、大地にひれ伏して懺悔しないか
これ程にも鉄面皮の奴であるとは思わなんだが、
照さるれば照さるる程底が知れないではないか。
この根性はこの根性は、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、
高上りして居る人から讃められたいと思って居る、道心堅固じやと言って貰い度い
名を知られ度い、食いたい、したい、遊びたい、より他には心が動かないから浅間しいではないか。』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)


不思議だ不思議だ、こんな奴が何故にこんなに嬉しいのか。
何故にこんなに恵まれているのか。
何故にこんなに愉快なのか。どうしてこんなに生かされるのか。自分自身にも判らない。
他人が知ったら、さぞ変人と思うだろう、笑う者には笑わせよ、そしる人にはそしらせよ
弥陀より外に知る人ぞなき世界だもの。
毀誉褒貶を度外視して、叫ばずにおれないこの信念。
人生苦悩の乱麻を截つ、
南無阿弥陀仏の名刀の切れ味は凄い。逆境こそ心の試練であり、不幸こそ信念の試金石である。
(白道燃ゆ)


『何故嬉しいのか何故愉快なのか、自分には判らないが
人が聞いたらさぞ可笑しかろう、笑えば笑え罵らば罵れ、
絶対不二の妙法に打明かされた嬉しさには文句を超越して進まずには居られないのだ
逆境こそ心の試練であり不幸こそ魂の試金石である。 』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)


今日の一日が尊い。只今の一息はもっと尊い。吸う息吐く息が不思議だ。
こんな広大無辺な、仏恩を受けながら、九牛の一毛も報い切れない私は、悪魔か、羅刹か、
なぜ身心に破れるまで、真実を叫び続けぬのか。
苦しみ悩む人がいるのはお前の責任だ。大地にひれ伏して大罪を謝し、身命を賭して破邪顕正に突撃しなければならない。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
(白道燃ゆ)


『進むぞやるぞ命のあらん限り。
今日の一日程尊い日は無いのだ、今日の一時間、今日の一秒間は尚更尊い、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)

具体的な箇所を示しました。
M支部長はまだご存知ないのですか?
大罪を犯し多くの人を惑わしている人の文章を盗作するなど
常識では考えられません。



> だから、IのつくったK会で救われたといっている人も、
>
> あの体たらくなのです。


高森先生のことを仰っているのですか?
なぜK会で救われたことを隠しておられるのでしょうか?


>  このほかに、どんな近道も、コツもありません。
>
>  あるはずがありません。


何を勘違いされているのでしょうか?
私は近道もコツもあるとは思っておりませんよ。
そんなこと一言も言っておりません。


> 「善のすすめは遠回り」などと言っているのは、弥陀の願心の破壊です
>
> よ。釈迦一代の教え、仏法そのものの否定ですよ。

ではお聞きしますが、
親鸞会で勧めているのは善でしょうか?悪でしょうか?
例えば、夜中の1時過ぎに、多人数で本尊を取り返しに押しかけるのは、善ですか?悪ですか?
本人に無断で受取拒否の葉書を出したり
絶縁状を捏造して人間関係を破壊することは善ですか?悪ですか?
妻子ある身でありながら、部下と不倫関係にあることは善ですか?悪ですか?

悪を勧めている親鸞会では救われない、と理解してよろしいでしょうか?


>  だから、K会の人たちは、「信仰の奇形児」といわれるのです。


客観的な物言いですが
具体的に、誰が、K会の人たちを「信仰の奇形児」と言っているのでしょうか?
私は聞いたことがありません。


>  五つ目のぼたもちだけ食べて、満腹したつもりになっているからです。
>
>  人間はあせると、そういう体験をしてしまうものです。つい、おかし
>
> なものをつかんでしまうものなのです。だから昔から、「つもりの信心」
>
> 「千万の化城」「大きな安心16ぺん」などと言われているのですよ。


本当に私の手紙をちゃんとお読み頂けたのでしょうか?
私は早く助かりたいとあせっているのではありません。
親鸞会がやっていることに不信感を持っているから、質問しているのです。
それに答えてもいただけないで、勝手な推測は止めて頂きたいです。
私はK会に入会した訳でもありませんし、他で話を聞いているわけでもありません。


>  彼らの機関誌によれば、すでに何百人も救われているはずなのに、誰
>
> 一人、熱烈に布教活動する人がありません。「救われた」と叫んでいた
>
> 人が、次々に聞法しなくなっているではありませんか。
>
>  おかしいと思いませんか。
>
>  そんな消極的、退嬰的なものが、親鸞聖人のみ教えでしょうか。


私は、今まで顕正新聞で「救われた」という告白を何回も読んだ記憶がありますが
その多くの方が、聞法しなくなっています。
まして、熱烈に布教活動しているなんて聞いたことがありません。
おかしいと思いました。
親鸞会で、「私は救われた」と言って、熱烈に布教活動している人があるでしょうか?


高森先生以外で、具体的に名前を教えてください。
真実信心かどうかは、三業では分かりませんから、信心の真偽を言っているのではありません。
言動として、「私は救われた」と言って、熱烈に布教活動している人がいるかどうかは客観的に分かるはずです。



>  Bさん、あなたは今、大変な迷いの中におられます。
>
>  地獄と極楽の分かれ道です。
>
>
>  今、大事なことは、本当の親鸞聖人の教えは何か。
>
>  それを、明らかにされているのは、どなたなのか、ということです。


本当に、そのように思って下さっていらっしゃるのであれば、
私の質問を無視したり、はぐらかしたりせず、お答えいただきたく思います。
会員が尋ねていることは、きちんと答えるべきだと思います。
それが、支部長の勤めではないでしょうか?
Dさんからメールをもらいましたので返信しましたが、その内容に驚いて
今回メールを下さったのだと思います。
私がDさんにメールをしなかったら、今回のメールは頂けなかったでしょう。
こんな返信を見るほど心からお気の毒な思いが致します。
Sさんは以前、「いつか気が付く日がくるよ、Mさんなら」と
言ってました。私もそう願います。事実を正しく見てください。恐れずに。
今回の質問も含めて
誠意のあるお返事をお待ちしております。


(この後、2週間ほど、支部長から返信無し)
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COMMENTS

No title

本当にこの支部長が不憫です。
親鸞聖人のお名前を盾に、多くの人の人生を狂わせた親鸞会の罪は許しがたいものです。
一刻も早く、多くの人に間違いに気付いて欲しいです。

No title

支部長さんは 身動きが できないですよね。

でも、盗作のことも、上層部の保身しか考えていないことも わかっているでしょう

まじめな 人なら あほらしくて やってられません。 
真摯な求道者なら 本気で 怒ります。
思考停止する人は 奴隷です。

この事実に 立ち上がらない人は 本気で自分の後生を考えていない人
親鸞会の教えを鵜呑みにして、このままでいいと 現状を変えたくない人=安楽いすの人です。

勇気をもって 立ち向かうべき。 退会も その前向きなひとつの方法と思います。

No title

親鸞会の講師さんの言っていることは定善散善じゃないかな。
五つ目のもちとかいいてるけど、
自分で用意して自分で食べるつもりかな。
引き止める為に説くのかな。
目的違いじゃないかな。
自分でやるつもりかな。
親鸞会規定の善をするのかな。
本願を聞く前に善をしてからなのかな。
いつまでするのかな。
光あって闇が晴れるのか、闇が晴れてから光があるのか。
自力かなわで…獲信…??流転せりだとおもうな。
教えは救われたことの表現だと思うな。
大事だけれども…?
救われる条件を一杯決めなければならないのかな。

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