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投稿:「辛口!真宗時評」管理人様

 ある方から、投稿を頂きました。

 以下のサイトの管理人はmakino hiroshi氏だと聞いていますが、もしこれが親鸞会の牧野講師であったら、非常に残念なことだと思います。

 他人のコメントを勝手に改変して、都合の悪いところを削除して掲載するなどということは、管理人としてやってはならないことです。

 親鸞会では、お聖教の言葉の一部を改変したり、削除するということがよく行われていましたから、それを真似てしまったのかも知れません。

 もし、makino氏がこのサイトを読んでおられるなら、コメントを改変したり、隠したりせずに、正々堂々と議論することを、強くお勧めします。


        *        *        *

 辛口!真宗時評(10月5日)
 http://sinshu.blog.shinobi.jp/Entry/577/
 
 
 [こういう自己流の解釈を説法と呼べるのか]
 ラジオ法話「みほとけとともに 西本願寺の時間」では、
 登尾唯信氏の「挫折もまた人生」でした。
 
 (中略)
 
 上記のラジオ法話は、とても、その御一流からは大きくかけ
 はなれたと、言わざるを得ません。


        *        *        *

 この記事に対して10月7日、淀川コナンのHNで以下のコメントをしました。


私も、自己流の解釈をする布教師を知っています。
例えば、親鸞聖人のご和讃の
若不生者のちかいゆえ
信楽まことにときいたり
一念慶喜する人は
往生かならずさだまりぬ
の解釈を
若不生者と誓われた阿弥陀仏のご本願があるから
信楽の心になれる時が必ず来るんだ
一念の信心を喜んでいる人は
死ねば極楽往生間違いないんだ
と解釈しています。
管理人様ならご存知だと思いますが、このご和讃は
若不生者と誓われた阿弥陀仏のご本願があるから
信楽の心にまことに時至って(信楽の心を阿弥陀仏から頂いて)
一念の信心を喜んでいる人は
死ねば極楽往生間違いないんだ
と解釈されます。
ご自分の味わいとしてならば、宜しいとはおもいますが....。
 


 それに対して管理人(M氏)は以下の返信がありました。


コメント有り難うございます。
お尋ねしますが、
A「若不生者と誓われた阿弥陀仏のご本願があるから
 信楽の心になれる時が必ず来るんだ
 一念の信心を喜んでいる人は
 死ねば極楽往生間違いないんだ」
B「若不生者と誓われた阿弥陀仏のご本願があるから
 信楽の心にまことに時至って(信楽の心を阿弥陀仏から頂いて)
 一念の信心を喜んでいる人は
 死ねば極楽往生間違いないんだ」
AとBとは、どこが違うのでしょうか。
誰が聞いても分かるような、決定的な違いを、聞かせてください。

 

 それに対して私は10月9日夜に、


管理人様。返信遅くなりました。
聡明な管理人様ならばお解りだと思ったのですが…。
Aの解釈ならば、「若不生者のちかいゆえ」は「信楽まことにときいたり」に係ります。つまり「若不生者」の生は「信楽」の心に生まれさせる、という解釈ですね。
Bの解釈は、「若不生者のちかいゆえ」は「往生かならずさだまりぬ」に係ります。つまり「若不生者」の生は「極楽」に生まれさせる、という解釈です。
また、その布教師は「一切衆生必堕無間と経典に書かれています」と言っていますが私はそんな経典を知りません。
管理人様はご存知ですか?



 というコメントを「管理人様」というタイトルでしました。
 しかし、タイトルは「無題」に変えられ内容は削られました。
 以下が、実際にブログに掲載されたコメントです。


管理人様。返信遅くなりました。
Aの解釈ならば、「若不生者のちかいゆえ」は「信楽まことにときいたり」に係ります。つまり「若不生者」の生は「信楽」の心に生まれさせる、という解釈ですね。

Bの解釈は、「若不生者のちかいゆえ」は「往生かならずさだまりぬ」に係ります。つまり「若不生者」の生は「極楽」に生まれさせる、という解釈です。



 そして、その改変されたコメントに対する管理人のコメントが以下の通りです。


>「Bの解釈は、「若不生者のちかいゆえ」は
>「往生かならずさだまりぬ」に係ります。
>つまり「若不生者」の生は「極楽」に生ま
>れさせる、という解釈です。」
では、信楽に生まれさせるのは何の力ですか?


 そのコメントに対して10月10日の夜に以下のコメントをしました。(ネットカフェでコメントしたのでテキストが残っていないので正確ではありませんが内容はこんな内容です)


タイトル「断章しないで下さい」

管理人様へ
私のコメントを断章しないで下さい。
承認制なので不掲載は仕方ないですが、断章されたら私の意見が読む人に伝わりません。
あなたの行為は仏法者としてというよりも人間として恥ずべき行為です。
私の知っている布教師も断章が得意ですが。
また勝手にタイトルを無題にしないで下さい。
お尋ねの件ですが、私が問題にしているのは若不生者の生が何をどう生まれさせるか、その事を親鸞聖人はどう仰っているか、です。
何の力で信楽に生まれさせるか、は別の問題です。
親鸞聖人のみ教えを学ぶ者として、誠意ある回答をお願いします。



 その私のコメントを掲載せずに、管理人が10月11日夜中に以下のコメントがありました。


> Bの解釈は、「若不生者のちかいゆえ」は
>「往生かならずさだまりぬ」に係ります。
>つまり「若不生者」の生は「極楽」に
>生まれさせる、という解釈です。
「往生かならずさだまりぬ」にも係っていて、
これは「報土往生が定まる」ことですが、では、
「報土往生定まる」のは、平生ですか。死後ですか。
「報土往生する(極楽に生まれる)」のは、平生ですか。死後ですか。
(先の「信楽に生まれさせるのは何の力ですか」にもまだお答えを頂いていません)



 ここまでが、現時点での経緯です。
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COMMENTS

意図的なものを感じます

Makino氏の応対は、投稿された方の主張を、
「死んだら極楽」
と決めつけたいがための意図的な断章ですね。

そうやって決めつけておいて、平生業成を説くのは親鸞会だけだ!と言いたいのでしょう。実に汚いです。

No title

親鸞会の人に世間の人並みのモラルを期待しても無駄です。

有難うございます

早速の掲載、有難うございます。
後で気付いたのですが、9日夜にコメントした内容で、まだ削除された文章がありました。
(この時もネットカフェだったので、テキストは残っていませんが、確かです。コピーペーストをしたので、気付きませんでした)
 
管理人様。返信遅くなりました。
聡明な管理人様ならばお解りだと思ったのですが…。
Aの解釈ならば、「若不生者のちかいゆえ」は「信楽まことにときいたり」に係ります。つまり「若不生者」の生は「信楽」の心に生まれさせる、という解釈ですね。
その布教師も、そう言っています。
Bの解釈は、「若不生者のちかいゆえ」は「往生かならずさだまりぬ」に係ります。つまり「若不生者」の生は「極楽」に生まれさせる、という解釈です。
また、その布教師は「一切衆生必堕無間と経典に書かれています」と言っていますが私はそんな経典を知りません。
管理人様はご存知ですか?
 
この「その布教師も、そう言っています」が不都合なのでしょうね。
本日もネットカフェで(個人特定されない様に)書き込みをしました。
本日は控えを取りましたので、間違いありません。
以下その内容です。
 
タイトル「卑劣なことは止めて下さい」
 
管理人様へ。
同じ祖師聖人のみ教えを学ぶ者としてお願いします。
どうか卑劣な行為はお止め下さい。
私のコメントを改変し、また不掲載になさる。
読まれる人に間違った印象を受けさせてしまいます。
何故、私のコメントを改変したり、不掲載にされるのですか?
私のコメントに、管理人様にとって何か不都合な事があるのですか?
私の知っている布教師と管理人様と、何か関係がおありですか?
また、コメントの内容をすり替えた質問をされますが、私は管理人様と法論をするつもりはありません。
お答えしても宜しいですが、まず管理人様がこれまでの経緯(コメント改変と不掲載)を明らかにされる事が先決です。
 
以上のコメントから約1時間後、以下のコメントをしました。
 
タイトル「お知らせ」
もうご存知と思いますが、このやりとりをあるブログに投稿しました。
このままにしておかれると、管理人様にとっても宜しくないと思います。
 
以上が今現在の経緯です。

やることが本当に汚いというか、えげつないですね。
Makino氏には梯和上の「本願のこころ-尊号真像銘文を読む-」でも読んで勉強していただきたいです。

No title

そのMakino氏はコナンさんのコメントを「脅迫」と受け取っているようですね。
以下、Makino氏によるコメントの引用です。

--------------------------------------------

★先日来、10月5日付けの記事に対して、余りに膨大なコメントが
送りつけられてきて、迷惑し、困惑しております。
 中には、異様な長文コピペもあれば、「よくないことが起きるぞ」と
脅迫まがいのものもあり、もちろん承認制ですから、皆様の目には触れ
ないながらも、ブログ運営に支障となっております。
その中から、比較的穏当にご意見を頂いた「行信様」のコメントだけは、
抜き出して掲載しましたが、その他の700通を超えるコメント群は、
せっかく寄せてくだされた方には相済まないことですが、非掲載とし、
今後も、この10月5日付けの記事に対するコメントは、すべて掲載
しないこととさせて頂きます。

以上はすべて当ブログを管理運営する管理人の私の一存です。
ご異議ある方は、リンク欄に、私へのメールアドレスも記載されており
ますので、そちらへお寄せください。

脅迫ですか?

13:24書き込みの名無し様。
脅迫というのは、私の「このままにしておかれると、管理人様にとっても宜しくないと思います。」という部分でしょうか?
管理人によると、「よくないことが起きるぞ」という部分ですね。
誰がどう解釈しても、その様には書いていないと思うでしょう。
それとも実際その様なコメントをされた人がいるのでしょうか?
もしも私のコメントを指して脅迫まがい、と言っているならば、捏造もいいところですね。
私も、管理人が経緯を公表すれば法論に応じようと思っていただけに残念です。

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