スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

質疑応答185

【質問】

(前回の続き)

①.この著者が説いている因果の道理の解説(9月29日~10月17日記事)は、

お聖教に即してどこまで正しく何が間違っているとお考えになりますか?


【回答】


 前回の内容を少しまとめますが、世の中には色々な因果関係があります。

 物理現象は、物理的な法則によって、物理的な原因によって引き起こります。
 社会現象は、社会的な法則によって、社会的な原因によって引き起こります。

 万有引力の法則によって、景気が悪くなることもありませんし、
 経済学で教えられる法則に従って、核融合が起きることもありません。

 こんなことは、当たり前です。

 仏教で教えられる因果の道理は、私たちの幸・不幸はどんな原因によって引き起こるかという法則です。

 私たちが幸せになるか、不幸になるかということを、物理法則で予測することはできません。それと同じように、どんな物理現象が起きるかということを、因果の道理で予測することは出来ないのです。

 だから、ここに断言しておきますが、私たちが過去に作った悪業が原因で、自分の乗った飛行機が墜落したり、居眠り運転のトラックに追突されたり、宝くじに当たったりすることは、絶対にありません。

 これらの現象には、それ相応の物理的な原因はあると思いますが、それは物理学で扱う内容であって、仏教では教えないのです。

 このような現象に遭ったときに、その人にとって、どれ程の苦しみとなるのかを決めるのが、その人の持つ業(種子)ということになります。

 だから、苦しみの原因は、自分(の業)だと教えられるのです。


 親鸞会では、このような偶発的な出来事に巻き込まれることも、自因自果だと教えています。これは、根本的に仏教が分かっていないからだと思います。
スポンサーサイト

COMMENTS

No title

「飛行機が墜落する」のは物理的な原因によってひき起こるもの。
「墜落する飛行機に乗って苦しい運命に巻き込まれねばならない」のは仏教で教えられる因果の道理(幸せ・不幸についての法則)。
……という理解でしたが、それは間違っているということでしょうか?

No title

乗っている飛行機が墜落して、怪我をした(死んだ)ということを、
苦しみと感じるかどうかは、その人の業次第ということですよね。
親鸞会では、飛行機事故に巻き込まれたという物理現象を、
自因自果と教わりました。
このように読ませていただくと、親鸞会の誤りがよく分かります。

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。