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質疑応答192

【質問】


阿弥陀仏の成仏は、十劫の昔とも、久遠劫とも教えていただきます。

どのように受け止めればよいでしょうか。

仏の悟を開かれたのが久遠劫の昔で、その後、仏の位をおりて法蔵菩薩となってくださり、五劫思惟・兆載永劫の修行をされたのちに

南無阿弥陀仏の仏となってくだされたのが十劫の昔、ということでしょうか?


【回答】


 本来の阿弥陀仏は「真理」ですから、始まりも、終わりもありません。そのことを「久遠の成仏」と表現されることもあります。

 しかし、私たちには「真理」そのものを理解することは出来ません。そこで、分かるように形として説かれたのが、経典などに書かれている阿弥陀仏です。形のあるものには、始まりが必要ですから、仮に「十劫の昔」と説かれているのです。


 このことを親鸞聖人は、以下のように仰っています。

●しかれば、仏について二種の法身まします。一つには法性法身と申す。二つには方便法身と申す。法性法身と申すは、色もなし、形もましまさず、然れば、心も及ばず、語もたえたり。この一如より形をあらわして、方便法身と申す、その御相に、法蔵比丘となのりたまひて、不可思議の四十八願を発しあらわし給うなり。(唯信抄文意)

 ですから、法性法身と方便法身の違いと理解されたら良いと思います。



【質問】


また、十劫の昔とは、どのくらいの時間をいうのでしょうか?

たとえば地獄の寿命と教えていただく八万劫は、単純計算でその8千倍の長さということなのでしょうか。



【回答】

 仏教で劫というのは梵語カルパの音略で、極めて長い時間を表しています。具体的に何年というのではなく、非常に長い時間だと理解されたら良いと思います。

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