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質疑応答196

【質問】


親鸞会は「善をすれば救われる」と説いている、と批判してくる者があるが、そんなことは説かれたことがない。ウソばかり付く批判者の言うことなど、まったく聞くに値しない。

というようなことを親鸞会の講師が言っているようですが、どのように思われますでしょうか?



【回答】


 私は、親鸞会が「善をすれば救われる」と説いているという批判は、聞いたことも読んだこともありません。批判の内容をネジ曲げて、会員さんが批判に耳を傾けようとするのを防ごうとしているのではないでしょうか?

 善をする目的が、信心決定になってしまっているのがおかしいと言っているのです。

 親鸞会では、「獲信の因縁になる」とか、「獲信と良い関係にある」とか、色々と言い方を誤魔化していますが、結局のところ善をする目的は信心決定のためということになっています。

 その証拠に、講師部員や会員さんに「あなたは何のために、一生懸命活動しているのですか?」と尋ねたら、どう答えるでしょうか?

 99%の人は「信心決定のため(後生の一大事の解決のため)」と答えるでしょう。

「善をすれば、金持ちになったり、出世できるなどの相対の幸福が得られるからです。」と答える人は、あったとしても入会間もない人だけと思われます。

 つまり、親鸞会の人たちは、「善をすれば信心決定できる」とは教えられていなくても、「善をする目的は、信心決定のため」となっており、それが間違っていると批判されているのです。



 これは、「善なんかしなくて良い」という外道の思想に、極めて近い考え方です。

 なぜかと言いますと、こういう人は、信心決定するために一生懸命善に励む必要がないと分かった瞬間に、「なーんだ、だったら善なんかやらなくていいや」と転じ変わってしまうからです。

 もともと、お釈迦様が善を教えられたのは、善をすれば信心決定できるからではありません。だから、「善をしても、信心決定できないのならば、善なんかやらなくて良い」と考えること自体、とんでもない間違いです。



 お釈迦様の教えられた善を実践すれば、その分だけ幸せになります。この幸せとは、親鸞会で教えるような「相対の幸福」とは違います。(これについて説明すると長くなるので、別の機会にします)

「どうせ善なんかできないから、やる必要はない」、と誤解している人もあるようですが、私たちには出来る善と、出来ない善があります。

 私たちに出来る善を「有漏善」と言い、私たちに出来ない善を「無漏善」と言います。例えば、六度万行は無漏善ですから、親鸞会のように「六度万行をやれ」と言われたら、出来ませんというのは分かります。
 しかし、散善三福の「世福」など、私たちに出来る善もあります。



 善というものは、それが善だと分かったら、「したいもの」「せずにおれないもの」です。

「善をしなさい」とか「善をしなければならない」という言葉の裏には「本当はやりたくない」という心が見え隠れしています。

 そこで、「信心決定」というエサをぶら下げたり、「目標」というムチで叩かないと、やる気が起きないのです。



 結局、善をやりたくないと思うのは、善として勧められているものが、実際には善ではないからです。

 親鸞会の皆さんが、これを読んでいるのであれば考えて頂きたいのですが、あなたが善だと思ってやっていることは、「目標が無くても」「信心決定と関係なくても」、今まで同様にやりたいと思いますか?

 その答えが「ノー」であるならば、残念ながら、あなたのやっていることは善ではなかったということです。


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COMMENTS

No title

親鸞会の大きな問題の一つは、廃悪修善と言いながら実際は悪ばかりやっていることだと思います。
善だと思い込んで悪ばかりやっているために周囲の人たちにまで苦しみをばら撒いて、社会的に迷惑極まりない団体になってしまっています。
善の勧めは結構ですが、その前に仏教をちゃんと勉強して、せめて周りに迷惑をかけないようにして欲しいです。
もうすぐ大学の新入生に対して勧誘をする季節ですが、嘘つき勧誘は間違いなく悪ですので絶対にやめてください。

No title

>そこで、「信心決定」というエサをぶら下げたり、「目標」というムチで叩かないと、やる気が起きないのです。

親鸞会の実態を的確に現わしていますね。
こうやって会員から搾取する手法は、本当に許せません。

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