スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

質疑応答211

【質問】


 親鸞会では、「無理をしなければ、財施にならない」と教えられました、これは正しいのでしょうか?



【回答】


 親鸞会の教えは、仏教と正反対です。
「無理をしたら、財施にならない」というのが正しいです。

 仏教では、私達は執着の心によって苦しんでいると教えられています。ですから、自分のお金や財産に対する執着から離れ、相手の幸福のために出していくことが勧められています。これが財施です。


 では、どのようにすれば、執着から離れることができるでしょうか?
 仏教では、その答えは中道であると説かれています。

 分かりやすくいえば、不足しないよう、過剰にならないようにしていく、ということです。


 私達は、生活に必要なだけのお金や財産がないと、必死になって集めようとして、執着が強くなってしまいます。ですから、不足するのは良くありません。

 逆に、必要以上に持っているのも、執着を強くすると説かれています。このような人は、不安を埋め合わせるために、お金や財産を持とうとするのですが、多く持つほど不安はかえって強くなり、悪循環に陥ります。

 ですから、生活に必要な分は確保し、それ以上のものは貯め込まずに他人のために使っていくことが財施となります。


「無理をする」ということは、必要なお金や財産まで布施をしてしまう、ということになりますから、中道になりません。

「これだけ、お金を出したのだから助かるだろう。」とか、「こんなにお金を出したのに裏切られた!」などと、執着の元になりますので、かえって悪を造ることになります。

 龍樹菩薩も、いやいや布施をするのは「疲厭施」という悪であると教えられていますので、無理のない範囲で布施をすることが大切です。

スポンサーサイト

COMMENTS

No title

その通りですよね。すっと、きます。
この、親鸞会は あるときは、親鸞聖人の教えは、仏教以外にありえない、と
因果の道理など 言葉をかいつまんでいるが、
当たり前の中道の教えさえ、言葉は知っていても実践している人はいない。

本当に仏教の教えの逆をやっていることが、よくわかります。

これでは、生きているときから、幸せは来ない。
会員は、冥より 冥に入ることを実践しているのですね。

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。