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質疑応答215

【質問】

 仏教では、善にも2通りあると教えていただいたように思いますが、違いを教えて頂けないでしょうか。


【回答】

 2通りといった場合、いくつかの分け方が考えられます。
 まず、仏教では、善を大きく「世間善」と「出世間善」の2つに分類しています。
「出世間善」の中に「大乗善」と「小乗善」があります。
 さらに「大乗善」は、「有漏善」と「無漏善」に分けられます。

 今回は、「世間善」と「出世間善」の違いから説明いたします。
「世間善」とは、世の中をうまく渡っていくための善という意味で、世福とも言われます。
 私たちは普段、色々な人と接していますが、その間には一般的な「礼儀」や「常識」というものが存在します。これを守っていかなければ、まともな社会生活を送ることはできません。
 そのような世間的に善と言われるものを実践していきなさい、という教えです。

 これは、仏教でいうところの真理ではありませんので、時代や場所によっても変わります。その時、その場所に応じた善悪を弁えていかねばなりません。
 しかし、このような善悪の基準は、人によっても違いますので、何かとトラブルになりがちです。

 このような時は、お釈迦様は世福として「父母孝養、師長奉事」と説かれていますので、親や年長者を立てることが大事です。
 仏教から見れば、年長者の言うことが、必ずしも正しいという訳ではありません。しかし、人間関係を円滑に進めるには、どちらかが譲歩しなければなりませんし、年長者が譲歩するのは難しいことですので、年少者が譲ることを勧められています。

 親鸞会では、世の中の常識というものを余りにも軽視しすぎでした。その結果、周りの人たちから白い目で見られ、相手にされず、教えも伝えられないという悪循環に陥っていたと思います。(教えが間違っていたので、結果的には良かったですが)

 お釈迦様は、世間善も大事だと教えていかれましたので、心がけて実践していきましょう。
「出世間善」については、後日説明させて頂きます。
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