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質疑応答219

【質問】


 仏教では、善にも2通りあると教えていただいたように思いますが、違いを教えて頂けないでしょうか。(前回の続き)



【回答】

 今回は、「布施」を行うときの心がけについて説明します。
 布施とは、広く周りの人に施しをしていくことです。ですから、特定の人に施しをする供養とは異なります。

 布施をする目的は、執着の心から離れることです。
 私たちは、自分の持っているお金や物などに執着しています。分かりやすく言えば、「これは私のもの」と思いこんでいるのです。

 しかし真理から言えば、この世のすべての物は、一時的に自分のそばにあるだけであって、やがて必ず離れていくものです。決して「私のもの」ではありません。
 私たちは、この真理が分からないために、お金や財産を求めて争ったり、失っては悲しんだりして、苦しみが絶えないのだと教えられています。



 では、どのようにすれば、この執着から離れることができるのでしょうか。無理やりお金や財産を失わせれば、この真理が理解できるのでしょうか。
 そうではありません。お金や財産が離れていったという事実を受け入れられず、ますます執着を起こして掻き集めようとするだけです。

 ですから仏教では、自発的にお金や物を周りの人に分け与えることによって、これが「自分のもの」ではないことを、少しずつ悟らせていくのです。



 この布施を行うときには、次の3つを忘れなければならないと教えられています。これを三輪空と言います。

①施者(私が)
②受者(誰に)
③施物(何を)

 私が、誰に、何を与えたかを覚えているということは、いつまでも「自分のもの」だと思っている証拠です。これでは執着を離れていませんから、布施になりません。
 それどころか、相手がお礼を言ってくれなかったり、喜んでくれなかったりすると、とたんに腹が立ち、煩悩を起こしてしまいます。つまり悪になってしまうのです。

 この三輪空を実践するためのポイントは、一度に多くの布施をしない、ということです。一度にする布施の額(量)が多いほど、「これだけ施した」という気持ちを強くなりますので、三輪空の実践が難しくなります。

 また、いつでも、どんな人にでも施すのが布施ですので、一度に多くの布施をしていたら、あっという間に破産してしまいます。習慣として、常に心がけて実践していくのが布施ですから、一回一回の布施は少なくて良いのです。



 布施を実践することは、常に周りの人にも心を掛けるということであり、自分のことしか考えない我利我利亡者から脱却することにもなります。施す金品は、その心配りを形に表したものですから、額(量)の大小は問題ではありません。お金や物が無い場合は、温かい言葉を掛ける、手伝いをするなどの行動でも布施になります。

 逆に、布施を受ける人は、たとえそれが少なかったとしても、心配りに感謝して、有難く受け取らなければなりません。そうやって、お互いに良い人間関係を築いていくことができるのです。


 また、布施に心掛けていくと、わずかな施しでも、なかなか三輪空の実践のできない自分であると知らされます。それだけ執着の強い、苦しみの深い自分だからこそ、より真剣に仏法を聞かずにおれないのです。
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