スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

親鸞会教義の相対化・12(質疑応答56)

(続きです)


『教学聖典』(7)【問1】

末法の時機になると、阿弥陀如来の救いしかなくなることを明らかにせられている『大集経』のお言葉で示せ。

○我が末法の時の中の億億の衆生、行を起し道を修せんに、未だ一人も得る者有らず」と。
当今は末法にしてこれ五濁悪世なり、唯浄土の一門有りて通入すべき路なり。



これは以前に、ちらっとお話させて頂いたと思いますが、

「我が末法の時の中に億々の衆生、行を起こし道を修せんに、
 未だ一人も得るものあらず。」

までが『大集経』の言葉であって、

以下の「当今は~浄土の一門のみありて通入すべき道なり」は経中にありません。

これは、『安楽集』中の道綽禅師の言葉であり、
道綽禅師は、浄土門では権威を持ちますが、
釈尊と違って他宗派には権威を持ち得ません。

それにも関わらずこのようなものをテキストに載せているのは、
引用の誤りであるならば、知的誠実さに欠ける怠慢であり、
万一故意であるなら、鏃を自分で埋めておいて、
大発見をしたかのように捏造するのと、何もかわらない行為ですので、
この部分の誤りには、速やかに訂正すべきだと思います。

スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。