スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

質疑応答62

【質問】


 親鸞会の今後がさっぱり見えてこず、いきあたりばったりの活動の連続で、やがて法人としても破綻するのではないかと、ちょっと心配しています。

 親鸞会は、どのようにしてゆくべきとお考えでしょうか。



【回答】

 私も、親鸞会には長年お世話になってきましたので、親鸞会の未来を、非常に憂慮しております。

 何とか立ち直って頂きたいと思っていますが、そのためには、以下のような方策が必要ではないかと思います。


(1)学生に対する新勧活動を中止する。
(2)目標制度の廃止。
(3)本来の支部長制度に戻す。
(4)富山に集めるのではなく、地方に分散させる。



(1)および(2)について


 第一に、色々な事情があるにせよ、正体を隠して勧誘をするのは、決して世間から理解されるやり方ではありません。

 一時的には、学生が集まるかも知れませんが、結果的には不審を買い、会の評判も落とすことになると思います。

 もちろん、私も学友部で活動していましたから、「宗教」と言うだけで、「危ない」「近寄るな」と思われてしまい、教えを聞いてもらえないという意見があるのは分かります。

 しかし、その「宗教」=「危ない」というイメージを作っているのは、誰でしょうか。

 正体を隠して勧誘をする、ということ自体、「宗教」=「危ない」というイメージ作りに、加担しているとは言えないでしょうか。

 これは自業自得というものであって、みずから改めてゆかねばならないと思います。



 第二に、勧誘についてゆけずに御縁が離れたり、勧誘のために、後輩への法施が手薄になり、結果的に人数が減ってしまうからです。

 最近の学友部の調査で、入会者の9割が退会していると聞きましたが、これだけ退会者が多い団体も、珍しいと思います。

 その中には、勧誘活動が嫌でやめた人も、少なからずあるようです。また、「講師や先輩が勧誘に忙しくて、仏法の話をしてくれない。」という不満は、現役の学生部員から、何人も聞いています。



 勧誘をしなければ、どんどん人数が減っていって、やがて誰もいなくなってしまうと思っているのかも知れませんが、学徒の人に、親鸞聖人の教えを徹底することが、何よりも人数を増やす方法だと思います。

 本当に教えの素晴らしさが分かれば、他人にも言わずにおれませんし、そんな人から教えを聞けば、聞いた人も顕正されてゆきます。

 逆に、教えが素晴らしいと思えなければ、他人に伝えたいとは思えません。そんな人に、やらせるには目標を与えるしかないでしょう。

 しかし、目標のために頑張っていても、真の顕正など出来ません。親鸞聖人のお言葉にも反することは、すでに述べた通りです。

 伝聞ですが、本部会館で、新勧に向けての大きな会合があり、「目標は、目的と理解したらよい」という話があったそうです。

 目標とは「○○名入会」とか、「○○名参詣」という内容ですから、とうとう人数集めが目的となってしまったか、と愕然と致しました。



 以下は、平成17年11月号の顕真に掲載された、高森先生のお言葉です。

 本当に美味しいソバ屋ならば、客に向かって「あなたは○○名、連れてきてください」と、目標を与える必要があるでしょうか?

 高森先生を師と仰ぐはずの親鸞会が、まったく逆の方向に進んでいることを疑問に思います。


        *        *        *

 大乗仏教は自利利他の教えです。自分が知らされた喜びを、一人でも多くの人に伝える、そういう気持ちに自然となってくる。

 いつも言う例えですが、おいしいソバ屋に偶然入って、大変おいしかった。
「ソバが食べたくなったら、あそこに行って、自分だけでまた食べよう。人には言わない」
 そんなことは決してない。一人でも多くの人に、
「おいしいソバ屋がある、一度だまされたと思って行ってみたらいい」
と言わずにおれなくなる。
 世間事でさえもそうです。ましていわんや、無上の法に遇った喜びがあるはずです。

 その喜びがないとするなら、無上の法に遇ったとはいわれません。無上の法が、まだ分かっていないのです。本当に無上の法に遇ったなら、必ず、その喜びがあります。他の人に伝えずにおれなくなってくる。じっとしておれなくなってくる。
「顕正しなさい」
「伝えなさい」
「顕正!顕正!」
と人に言われてするものではない。

スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。