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親鸞会教義の相対化・15(質疑応答69)

アニメの感想を紹介させて頂きます。



        *        *        *


清森義行様

先日はありがとうございました。
お借りした、ビデオの三巻以降を見終わりましたので、感想を送らせて頂きます。

今回もあらかじめお断りさせて頂きますが、
私は親鸞会で制作されたビデオは非常に良く出来ていると思っています。
すごくわかりやすいし、とても熱意がこもっていて、内容もかなり深いものになっています。
これだけのものを制作された努力や情熱は、十分賞賛に値すると思います。

ただし、いくつか問題があると思われる部分や、
ビデオとは違った解釈も可能な部分がありましたので、
指摘させて頂きたいと思います。

私が指摘するような部分に留意しながら、
ビデオに描かれているものを絶対視するのではなく、
ある程度距離感を持ってこのビデオを教材として使用していくなら、
十分素晴らしい布教のための教材になっていくのではないかと思います。

今回も分量が多くなるとおもいますので、数回に分けて送らせて頂きたいと思います。



【1】MC(マインドコントロール)とカルトの基準

まず、全体的な問題としてちょっとひっかかったのは、
三巻までは法然上人と親鸞聖人が、四巻以降は親鸞上人と弟子逹が、
すごく理想的な師弟関係に描かれているのですが、
それが、なんとなく高森先生と会員のあるべき姿みたいな感じに使われているような気がするんですよね。
あれを繰り返し見ることによって、微妙なMC(マインドコントロール)が行われて、

三巻までは自分自身を親鸞聖人に投影し、高森先生を法然上人に投影して、

四巻以降は、高森先生に親鸞聖人を、自分自身を弟子逹に投影して、
現在の自分と高森先生との関係が、法然上人と親鸞聖人、親鸞聖人と弟子逹のような、理想的な師弟関係という感じに、誘導されていくような気がします。

親鸞聖人が法然上人を、弟子逹が親鸞聖人を絶対的に信頼したのは、
強制されたものではなく、自然と信頼関係が形成されていったものですが、
それを、会員と高森先生の関係を人工的に構築していくのに使っているんじゃないかなと、思ってしまいました。

私は、親鸞会に関しては、何人かの人に話を聞き、いくつかの書籍を読ませて頂いているだけで、実際にどういう活動をしているか全て把握してるわけではありませんので、カルトであるかどうかに関しては、まだ結論を出せていませんが、それを計る、客観的な物差しみたいなののひとつとして。
「日本脱カルト協会」というHPにある、集団健康度チェックをお勧めします。

http://www.cnet-sc.ne.jp/jdcc/GHI/index.html

どれだけ団体に所属している人が、その説かれていることが素晴らしい教えだと感じても、それを奉じている団体、集団が不健康だと危ないと思います。

この集団健康度チェック、結構たくさんの設問がありますが、これで高得点をとる集団は、排他的で閉じていると思います。
閉じると、自浄作用がなくなって、組織が腐敗してしまうんですよね。

反対に点数の低い集団は、寛容で開いていて、常に新しいものを受け止めて取捨選択していくので、流れる清流のように割と澄んでいる。自浄機能を持っていると思います。

カルトであるかどうかは、こういう客観的な基準で、最後は、各自が判断していかないといけないと思います。


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