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親鸞会教義の相対化・19(質疑応答73)

清森 義行様

続きです。

【5】追善としての「還相廻向」

そして親族が阿弥陀仏の本願と縁なきまま亡くなってしまった場合に、その後世を不安に思う、遺族の気持ちは察してあまりあると思いますので、

その気持ちに応えるために、

 彼の国に到りおわって、六神通を得て、十方界にかえって、苦の衆生を救摂せん。

という善導大師の発願文にみられるような、
還相廻向を積極的に説くことも、非常に有効なのではないかと思います。

法然上人の言葉にも、還相廻向を説くものが存在します。
前回述べた『往生浄土用心』の文章の直前には、


 七分全得の事、仰せのままに申すげに候ふ。さてこそ、逆修はする事にて候へ。
 さ候へば、後の世を弔ひぬべき人の候はん人も、
 それを頼まずして、われと励みて念仏申して、
 急ぎ極楽へ参りて、五通三明を悟りて、六道四生の衆生を利益し、
 父母師長の生所を尋ねて、心のままに迎え取らんと思うべきにて候ふなり。

(訳)
 善根を積んで七分の七という全ての功徳を自分で取るという事は、仰ると通りのようである。
 そうだからこそ、生前に自分の往生のために功徳を積んでおく事はなさった方がよいであろう。
 そうすると、自分の後生の冥福を祈る人のきっとある人も、それを頼りにしないで、
 自分自らが励んでお念仏をお称えして、
 速やかに極楽浄土に往生して、五神通力とか三明を獲得して、
 六道の境界や四生の境界に輪廻している衆生を救済し、
 父母とか師匠や年長の人などが死後に生まれている所を訪れて、
 自分の思う通りに極楽へ迎え入れようと思うのがよいのである。

という言葉が出てきます。

また『要義問答』にも、


 回向というは、かのくににうまれおわりて、
 大悲をおこして、生死にかえりいりて、衆生を教化するを回向となづく
(昭法全p.625)

(訳)
 回向とは、阿弥陀様の極楽浄土に往生をとげて後、大慈悲をおこして、
 生死を繰り返す迷いの世界に還って衆生を念仏の教えに導くことである。これを回向と名づける。

という文章があります。

阿弥陀仏の本願と縁なきまま亡くなった方の後世を心配する気持ちがあるならば、
それを縁にして、自らが阿弥陀仏の本願を信じ念仏申し、
極楽浄土に参って、そこで阿弥陀様の教えを受け、仏になって神通力を得て、
自らが娑婆世界に還って、教化して極楽浄土へと導いていく。

そのように教えを説いて、阿弥陀仏の本願を信じお念仏申す人へと導いていくことが、仏縁を生かすことになるのではないかと思います。

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