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親鸞会教義の相対化・20(投稿2)

浄土宗僧侶の方からの投稿です。

         *          *          *

「必堕無間」が話題になっているようですが、結論から申しますと、「一般の仏教」でも「一般の浄土門」でも、「必堕無間」などとは教えてはいません。

 これは清森問答の【51】【54】で詳細に述べましたが、親鸞会が、因果論を大きく誤って理解していることと、二種深信を受け取った時に獲得する境地を、客観的事実であるかのように説いている、現代の我々からしたら、カルトと言われても仕方のない蓮如上人の言葉を、なんら検討も加えずにそのまま受け取っていることに起因する、親鸞会の、もっとも大きな教義上の問題ではないかと思っています。

 そしてこの誤った人間観は、「親鸞会以外の人は地獄行き」という考えに直結し、結果、他宗や他宗教に対する寛容性が欠如することになり、排他的で不寛容な、本来の浄土門から逸脱した思想になってしまうのではないかと思います。


 それともう一点補足されていただくと、

>親鸞会では、弥陀の十八願の「唯除五逆誹謗正法」を、
>十方衆生は五逆誹謗正法だと阿弥陀仏が見抜かれたお言葉だと教えられています。
>だから無間地獄へ堕ちるのだと言われることもあります。

 これは、十悪五逆罪の救いを説きながら、謗法罪には慎重な態度を取られた法然上人にはない教えであり、謗法罪の救いを説く親鸞聖人によって成立したものであり、その親鸞聖人においても、あくまでも二種深信を受け取った時の味わいを述べたものであって、これを「客観的事実」として説いた用例は、絶対に親鸞聖人には存在しないと思います。

 いずれにしても、原罪でも背負わせるように無間地獄の恐怖を植え付けるような教えは、「一般の仏教」でも「一般の浄土門」にも断じて存在しないものだと思います。

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