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親鸞会教義の相対化・21(投稿3)

浄土宗僧侶の方からの投稿です。

        *        *        *

清森義行様



清森さんのリクエストにお答えして、願成就文のサンスクリット文と、その和訳を紹介させて頂きます。

tasyakhalupunarAnandabhagavato'mitAbhasyatathAgatasyadaSasudiks.
vekaikasyAMdiSigaNgAnadIvAlukAsames.ubuddhaks.etres.
ugaNgAnadIvAlukAsamAbuddhAbhagavantonAmadheyaMparikIrtayante,
varNaMbhAs.ante,yaSaHprakASayanti,guNamudIrayanti.

tatkasyaheto.yekecitsattvAstasya'mitAbhasyatathAgatasyanAmadheyaMSr.n.vanti,
SrutvAcAntaSaekacittotpAdamapyadhyASayenaprasAdasahagatamutpAdayanti,
sarvete'vaivarttikatAyAMsaMtis.t.hante'nuttarAyAHsamyaksaMbodheH.


(試訳)

実にまた、アーナンダよ、十方のそれぞれの方角にあるガンジス河の砂の数に等しい諸々の仏国土において、ガンジス河の砂の数に等しい諸仏・世尊逹は、かの世尊アミターバ如来の名前をほめ讚え、性質を語り、名声を説き、優れた特性を宣言する。

それはなぜであるかというと、およそいかなる衆生であっても、アミターバ如来の名前を聞き、そして聞いてから、深い志によって、たとえ一度でも、浄らかな信を伴った心を起こすならば、彼ら全ては、この上ない完全な正覚より後退しない境地にとどまるのである。



サンスクリット文を読む限り、以下のことが言えます。

1)願成就文は、衆生が極楽浄土に生まれた後ではなく、現世で「この上ない完全な正覚より後退しない境地(不退転)」に達することができることを示した文である。

2)不退転に達するためには、アミターバ如来の名前を聞いた後、最低一度、浄らかな信を伴った(prasAdasahagata)心(citta)を起こす必要がある。

3)浄らかな信を伴った心は、名号を聞いた後、深い志(adhyASaya)によって起きる。

つまり、現世で不退転に達するためには、名号を聞いた後、「深い志」によって「浄らかな信を伴った心」を最低一度起こす必要があります。



ちなみに、サンスクリット文の本願文は、


世尊よ、私が覚りに到達したとき、無量で数えきれない仏国土でわたしの名前を聞いて、その私の仏国土に生まれたいという心をおこし、もろもろの善根を振り向ける衆生たちが、もしも十度までも心をおこしても、彼らがその仏国土に生まれることがないようであったら、そのあいだは、私はこの上ない完全な覚りを完成させることがないであろう。

ただし、直ちにその報を受けなければならない程の極悪な行為をした衆生や、正法を誹謗するという覆いにおおわれている衆生は除いてである。


となっており、所謂『無量寿経』の第十八願と第二十願に相当した形になっています。

これは今更言うまでもないことですが、

「生まれる」(upa-√pad・・達する、生まれる)のは、仏国土(buddha-ks,etra)に対してあることは明確です。


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