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親鸞会教義の相対化・27


別の友人からアニメの感想を頂きましたので、送らせていただきます。
極めて厳しい感想ですが、これが一般の方の評価なのです。

今後、もしもアニメを一般の方への布教教材として使用するのであれば、一般の方が、このような目で見ていることを考慮しておく必要があるのかもしれません。

======以下感想======

「親鸞」のビデオ、送って下さってありがとうございました。

正直私はのめりこめないものを感じました。
違和感も多々感じるところがありました。

親鸞の伝記として、どういう評価がふさわしい作品であるのかのは、私自身が親鸞についての知識の持ち合わせがありませんので、正確なところはわかりません。

ですが、一番疑問に思ったのは、
どこまでが資料に基づいた明らかな事実なのか、どれが伝承よるもので、また、どれが脚本家によるオリジナルであるのか、ということです。
そのことが気になって、見ていて落ち着かないものを感じてしまいました。
史実なのか、伝承なのか、単なるアニメなのか、そのことがとても漠然としていて、事実として描かれているようでもあるし、フィクションのようでもあるし、判然とせず、落ち着けないのです。
まずそこの立場をはっきり最初に示してくだされば、だいぶ視聴者の気持ちにも落ち着けるものがあるのではないかと思いました。

ナレーションも、なじめないものを感じました。
言い方は悪いかもしれませんが、私には、某国の女性アナウンサーを連想させられて、怖いような気すらしました。
具体的に親鸞の素晴らしさを深く描くことをせずに、ただ大げさで思い入れたっぷりのナレーションだったと感じられたからだと思います。

また、信心決定に至るまでの親鸞の描き方が、「とにかく熾烈な修行に励んだ、常人離れした立派な人」
という、平板な描かれ方だったように思います。
どれだけ行に励んでも励んでも救われない苦しさの描写が、どうも視聴者に伝わってこない、底の浅いものになってしまっているような気がしました。
声優さんの熱演がかえって空回りというか。。。
まだ一巻だけしか見ていないのですが、あのアニメのために、親鸞の苦悩の深みが伝わらず、かえって親鸞に対して根器に置いて劣っていた人物に過ぎないとか、あるいは単純で平板な人物だったというイメージを持ってしまう人もいるのではないかと、心配になってしまいました。

どういう人に見せるために作ったんでしょうか?
そのことが疑問です。
予備知識のなんにもない人が見たら、退屈なのではないかと思ったんですが。。。
メッセージの是非は別にして、アニメの脚本として考えた場合、脚本が悪過ぎなのではないかと思います。

アニメの出来不出来ということはそもそも度外視されていて、すでに親鸞について知識や教義などを注入された人のために作られたビデオなのでしょうか?

それにしても「後生の一大事」の深刻さは全く伝わらず、信心決定というもののありがたさも伝わらず、なんだか「はぁ、そうですか・・・」と言う感じに私には感じられてしまいました。

もうちょっと、アニメとしての面白さや、アピール性を考えても良いのではないでしょうか。
なんていうんでしょうか。せっかくの親鸞上人の尊い人生が、アニメとして低い水準の脚本や技術でアニメ化されてしまっていると思うんです。
アニメとして見た場合、キツイ言い方かもしれませんが、はっきり言ってセンスは古くさく、お説教臭いと思います・・。
アニメにしたらなんでも面白く見れるってものではないと思います。
「アニメをなめているのではないか!」とアニメファンとして少し怒ってしまいました。

試しに、親鸞のsの字も、仏教のbの字も知らない娘に見せて反応を見ようと思ったのですが、ちょっと見せただけで断られてしまいました。。。

一番の問題点は、「なぜアニメなのか?」ではないかと思うんです。
布教のために作ったのなら、もっと工夫して説得力のある深い描き方をしないと、とてもじゃないけど関心のない人の気を引けないと思うんです。

●●さんや★★さん(※●●は紹介者。★★は先日アニメの感想や寛容についての文章を寄せた友人です)があのアニメを見て面白いと感じたのは、ちゃんとした知識が頭の中にぎっしり詰まってて、アニメでは描かれていない親鸞の深みなどを自分で自動的に補ってるからなんではないかと思うんですよね。
●●さんや★★さんの脳内には、豊富な知識と深みのある考察の蓄積がありますからね。
で、いろいろと「これはよし」「これはちょっと」というような、別の着眼点からの興味もあって、見れるんじゃないのかなと。
ただ、そういう知識のない人には、あのアニメはどうなのでしょうか。

親鸞会の人が、教えられた通りのことを再度アニメという目先の変わった手段で確認し、刷り込みを補強する、っていうのなら、「ま~、こんなもんでもええかな」とは思うんですけどね。
史実と伝承が曖昧にごちゃ混ぜというのも、内々の話なら別にかまわないような気もしますしね。

でも、あの内容が全て親鸞会の外でも通用する史実であると思って、外の人との議論の根拠にしちゃったりしたら・・・逆に親鸞会の人の不利益になっちゃいますよね。
そういう事例があったという話を、●●さんや★★さんに聞いています。
そのことも、アニメの位置づけをきちんとしておけば、史実と伝承やフィクションをきちんと区別できて、そうした事態は防げたと思いますし、今後も防げるのではないかと思います。

外向きにアピールするつもりで作ったのであれば・・・。
親鸞の深みや素晴らしさを具体的に深く描かずして、ただ「すばらし~、すばらし~」と言ってるだけでは、共感をもって聞かれることはないだろうと思います(むしろドン引きさせられる可能性の方が大きいのでは?)。
たとえば、「親鸞の苦悩」をただ、「なぜ求め続けても救いが得られないのだ~。」と台詞で表現しているだけではアニメとしてダメで、ぜんぜん表現が薄いと思います。
(細かな表情や仕草、伏線や背景、音楽など、アニメは総合的なものだと思いますし、親鸞の苦悩の表現は台詞だけでなくて、そうした要素まで駆使して描いて欲しかったと思います。)

あのアニメでは、私自身や私の娘をはじめ、そもそも親鸞への思い入れや知識があまりない人、ましてや親鸞会の教義などに思い入れや知識を全然持っていない人の、気を引けるとは、とても思えません・・。


親鸞について知るならば、まず、もうちょっと違う経路でお勉強をしたいなと思いました。
アニメとしてすぐれたアニメをつくれないのであれば、アニメでない方がいいと思うんです。

私は、●●さんが法然上人の言葉を引用し、端正な現代語訳をして、わかりやすく解説してくれている文章を読むと、しばしば感動して泣いてしまいます。
力のある真実のことばは、史実と伝承の区別が不確かな下手な脚色なんかしないほうがよっぽど人の心を動かすんだと思います。

私は親鸞会に対して、いい意味でも悪い意味でも特別な感情は持ち合わせていませんし、鵜の目鷹の目であらさがしをしながら見た訳じゃありませんので、私の感想はごく普通の人の感想だと思います。

======以上感想======

正直私もショックでした。私自身は教義レベルから批判的なコメントも書きましたが、あのアニメが友人にある程度の評価を得られると思っていたからです。

しかしこれが現実です。これが一般の人の目です。

私よりさらに外側の人が親鸞会のアニメを見たら、こういう感想になるのです。
内側からの目では、決して見えることがありませんが、外側からはこのような目で見られているのです。

果たして、この方の評価を「仏法がわかっていない」という言葉で片付けてもいいのでしょうか?
私はそうは思えません。このような評価をされる一般の人にさえ振り向いてもらうものでなければ、今後教線の拡大は望めないというのが現実なのです。

料理でもコックが仲間内で「美味しい!」と言ってもダメで、お客さんが「美味しい!」と言わなければいけません。

この方は、仏教の素人ですが、アニメの視聴者としては一流だと思います。
その方の感想は、無視するわけにはいかないのではと思います。

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COMMENTS

内部の大方の反応も同じですよ

第一部が完成したときの試写会のときに受けた感想を思い出しました。

あの頃はアニメがどんな風に出来上がってきているという紹介が会の新聞に毎号のように載り、定期的にアニメ制作の現場のエピソードが満面の笑みのアニメ担当講師から語られて、どんな仕上がりだろう、早く見たいと会員の期待はそれはそれは膨らんでいました。

ところがその期待はアニメの試写会のときに完全に裏切られました。試写会が終わって帰っていくときの会員の皆さんの渋い顔といったらありません。うっかり本音を漏らさないようにとみなさんほぼ無言で出口に向かって会館の階段を下りていったのです。

自分もまさかあれほどひどいとは思わなかったというのが率直な感想で、帰り道(安心できるところまで去った後)では「修正ではなく作り直さなければならない代物だ」などと話し合っておりました。

その後、ぜひ感想が知りたいということで、感想を提出する機会が会員に与えられたのはいいのですが、予想に反して褒め言葉が少なかったのでしょう。どれだけ苦労したと思っているのだという話になって、聞く耳を持たなくなったために、多少の修正は加わったものの修正でどうにかなるものでもなく、とんでもないものが世に出ることになってしまいました。

ついでながら、自分はアニメ頒布からは距離を置こうと思っていたら、会員の乗り気の無い気持ちを察したのかあるいは初めてのオリジナル作品で気を良くしたのか「総員参加」ということになり、参加しますという誓約書(?)まで全員に書かせるという異様なスタートとなった頒布活動でした。

しかも誰に問われても「制作・販売は親鸞会とは全く無関係です」と答える販売員。一緒について回るのが、後ろめたく、苦痛でした。

アニメ頒布ですか

光戦ですか。懐かしいですね。
私も回らされましたよ。
「お子さんも、お孫さんも、皆に喜ばれていますよ!!」
と、どれだけ嘘を付いて販売してきたか分からない。
売れた人でも、後から感想を聞くと、ひどいものだね。
続きを勧めると、大抵ことわられる。
結局、相手を褒めまくって、機嫌よくしてもらって売るしかない。
精神的におかしくなった人もたくさんいた。
今では、全然やってないそうだね。
龍華の御世まで続く戦いじゃなかったの??

ヲタむけじゃないわけで

別の友人> 「アニメをなめているのではないか!」と
別の友人> アニメファンとして少し怒ってしまいました。

そりゃアキバにたむろってるヲタどもに見せたってダメだわ。
かがみん萌えーだのヨーコたん萌えーだの言ってる連中だぜ。
http://anime.nifty.com/luckystar/img/wp01_800_600.jpg
http://www.konami.jp/gurren-lagann/figure/st/st_yoko.html

春の新番組『かのこん』なんてこんなだ。
http://blog95.fc2.com/z/zaregoto2nd/file/kanokon01-12.jpg

ムリ、ムリ

>しかしこれが現実です。これが一般の人の目です。
>
>果たして、この方の評価を「仏法がわかっていない」という言葉で
>片付けてもいいのでしょうか?
>
>この方は、仏教の素人ですが、アニメの視聴者としては
>一流だと思います。
>その方の感想は、無視するわけにはいかないのではと思います。

アニヲタに媚びたモノつくってどうすんの。
だいたいアニヲタなんて一般人じゃないって。
(『かのこん』もしらんようでは一流のアニメ視聴者とは言えんぜよ。)


別の友人> 一番の問題点は、「なぜアニメなのか?」ではないかと思うんです。

実写で作る金がないからに決ってんだろ!!

確かに NHK 的ではないね

>ですが、一番疑問に思ったのは、
>どこまでが資料に基づいた明らかな事実なのか、どれが伝承よるもので、
>また、どれが脚本家によるオリジナルであるのか、ということです。
>そのことが気になって、見ていて落ち着かないものを感じてしまいました。
>史実なのか、伝承なのか、単なるアニメなのか、そのことがとても漠然としていて、
>事実として描かれているようでもあるし、フィクションのようでもあるし、
>判然とせず、落ち着けないのです。
>まずそこの立場をはっきり最初に示してくだされば、だいぶ視聴者の気持ちにも
>落ち着けるものがあるのではないかと思いました。

うーん、傾聴すべき意見ではある。
要するに対象が誰かってことだよね。
初心者むけなら NHK 的な感じにしないと。

まあ親鸞会や真宗の道俗むけだわな。
一般人の興味は引かんだろうね。
鎌倉仏教の勉強になるわけでもなし。
NHK 的な感じにして鎌倉仏教の勉強にもなる雰囲気なら
一般人でも興味もつやろ。
でもそれじゃ魂のぬけたものになるから。
信仰を語るものだと宗教心のない一般人がドン引きするのは
「ショック」をうけることでなく
まあフツウなんじゃない。

一般人でこのアニメもってるのって
光戦で売りつけられた人たちでしょ。
自ら買い求めた一般人なんてほぼ皆無。
いいものなら売りつけにいかなくても
みんな買うんだって。
Wiiって売れてるが任天堂がムリヤリ
売っつけてんの? 違うだろ。
いいものだから自ら買ってるんでしょうが!

意見

別に親鸞会の肩を持つわけではありませんが、

アニメ1部は、3部以降にくらべると、

かなり見劣りすると思います。

アニメの出来という点で評価するなら、

できれば一番最近つくられた、

完結編あたりを見ていただいたほうが

良かったのではないでしょうか。

情報

h.m様

>アニメ1部は、3部以降にくらべると、
>
>かなり見劣りすると思います。


アニメ1部は、作りなおしすることになりましたよ。また御報謝が募られるようです。会員はみんな内心「また出せと言って来た~」と思ってますよ。

ゆうすけ様へ

>アニメ1部は、作りなおしすることになりましたよ。また御報謝が募られるようです。会員はみんな内心「また出せと言って来た~」と思ってますよ。


レスありがとうございました。

アニメを作り直すことは存じております。

新しくできたものを見ていただければ、評価も変わられると思います。

h.mって、M野講師ですか?
ネット対策ご苦労さまです。

龍華の御世まで続かなくてよかったですね

一緒に回った販売員曰く
「道元でも誰でも良かったのですが、今回は親鸞です」
いつ道元を作るんだろう?迷惑がかかるから作らなくていいけど。

しかし作り直すだなんて、また余計な事を。関係者の方々、頼むからやめてください。無償で交換する覚悟もないのでしょ?それに仏教のためにと思って(たとえ仕方なしにでも)出してもらうお金でまた無駄遣いしてどうするのですか。
なお、せっかくですから3部(のあたり)の問題点も少しですがあげておきましょう。教えの肝心なところが口パクになっている。また「一向専念無量寿仏でなければならんのです」って何ですか?そんな抽象的な言い回しだけを繰り返すような説法をなされたはずがないでしょう。「制作者には核心部分について何も伝えるものがないのでは」と疑わしく思えるだけですよ。

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