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私の白道・6


(私の白道)

1回  3月10日 質疑応答74
2回  3月16日 質疑応答80
3回  3月20日 投稿1
4回  3月29日 投稿5
5回  4月 5日 投稿
6回  4月 8日 投稿


○先回、高森先生と華光会が関係があったことがハッキリしましたので今回は華光会は、どんなところか、本当に「土蔵秘事に類する」ところなのか、私が見たままお伝えします。

 お前は華光会の宣伝をしたいのか、と思う人があるかも知れませんが、私は人生のほとんどを費やしてようやく知ったことを皆さんに知って頂き、阿弥陀仏の本願力に遇って頂くご縁になればと思うばかりです。

 予想もしない、多くの皆さんが私のここを読んで下さることは本当に有難いことだと心から思わずにおれません。

 今回は私の獲信までを書かせて頂きます。

 少し長くなりますが、お読み下さい。



○華光会の歴史

 華光会は最初、真宗興正寺派の学頭、故伊藤康善師によって創刊された求道雑誌「華光」を中心とした誌友の集いでした。

 創刊は昭和16年で、今も続刊されています。
 その信条は「後生の一大事を心にかけて、弥陀の本願まことの信にめざめることを目的とする」ものです。

 その為、僧俗、宗派、あるいは信、未信を差別せず、来る者は拒まず、去る者は追わずで、あくまでもお互いの自主性を尊重しています。
 伝統や形式に固執せず、上下関係も無く、特定の一人の善知識だけをたのみとせず、聞法と伝道にかける開かれた同朋集団で、京都の華光会館のほかに、全国に支部があり各支部で月例法座支部大会など活発に行われています。

 昭和33年「華光会」は宗教法人として登録されました。
 現在の代表者は増井悟朗先生です。



○1月華光会の報恩講に初参詣

 1月夫婦で報恩講に参詣した。
 華光会館は3階建てで、文化会館風の建物で新しかった。
 玄関を入り2階の道場の間に行くと、50畳位の仏間があり、すでに報恩講で全国から同人(会員)や私達のような未同人の人で一杯だった。御本尊は御木像だった。

 服装を見て驚いた。私だけであろう、ダブルのスーツにネクタイ姿は。皆さん、ラフなスタイルで、Gパンの若者もいる。
 報恩講のお勤めが始まり、親鸞会と違う本願寺系のお勤めだったので聞いているだけだった。


 御法話が始まった。「身体を楽にして聞いて下さい」と言われへーと思った。正座が当たり前と思っていたが、皆さん自由な聞き方だった。私は正座で聞かせて頂いた。

 御法話が終わって、いくつかのグループ、十数人に別れて、ご示談、座談が行われることになった。私達は3階の増井悟朗先生の部屋に行った。
 ここの、御本尊は六字の御名号だった。

 華光会の特徴は御法話の後は必ず、ご示談、座談が行われ、自己紹介の後、今聞いた御法話をどのように聞かせて頂いたか、感想、よく理解できなかったこと、質問、日頃の聞きたいこと、自分の今の心の内、本音が話し合われることだった。
 発言したくない人は発言しなくてもよかった。

 アニメ第5部に「土蔵秘事」の場面で、無常や罪悪を責めたてて人工的信心を獲させるような場面があるが、こんな先入観は違っていた。
 華光会の先生方はカウンセリングの勉強もよくされていて、心を開いて話しする、 よく聞く事が如何に大事か心得られているなと驚いた。
 龍谷大学の学生相談室カウンセリングの先生もおられた。

 私は親鸞会講師部時代、顕正対象者に仏教の話を一方的に話し込み、2、3度話して分からん人は、仏縁の浅い人だと勝手に決め付けてこなかっただろうか、深く反省させられた。

 会員さんを訪問して、今聞きたいこと、信仰を考えて話し込んできただろうか、出来ていなかった。
 今の親鸞会の御法話も聞くだけで終わり、何をどの様に聞かれたのか、お互い分からぬまま解散になっている。

 自分の聞き間違い、思い違い、疑問を知らぬまま過ぎてゆく。
 私も聴聞録をつけるのに精一杯だった。どれだけ漏らさず、正確に覚えて聞いているかばかりを重視していた。
 御法話内容を、正確に覚えていて、帰りのバスの中で漏れなく発表している人を皆、尊敬の目で見ていたものだ。
 聴聞録のページが少ないと、いい加減な聞き方をしていたなと反省するのが常だった。

 こんな聞き方を40年繰り返していたのである。
 皆さんはどうですか。



○ご示談、座談がなぜ華光会では重要視されるのか

 蓮如上人は次のように教えておられる。

1「もとより我が安心の趣いまだ決定せしむる分もなきあいだ、その不審をいたすべき所に、心中を包みて有りのままに語らざる類あるべし。これを責め相尋ぬる所に、有りのまま心中を語らずして、当場を言い抜けんする人のみなり。勿体なき次第なり。心中をのこさず語りて、真実信心に基くべきものなり」(御文章4帖目8通)

・まだ信心決定していないのに、その心の中を正直に言わずその場を取り繕い、誤魔化して行く人ばかりだ。今の心のありのままを告白して、真実信心を獲なさいよと教えておられる。

2「いかにも不信の面々は一段の不審をもたてて、信心の有無を沙汰すべきところに、何の所詮もなく退散せしむる条、然るべかららず覚えはんべり。よくよく思案をめぐらすべきことなり。所詮、自今已後においては、不信の面々は、相互いに信心の讃嘆あるべき事肝要なり」(御文章4帖目12通)

3「蓮如上人仰られ候、「物を言え、物を言え」と仰られ候。「物を言はぬ者は恐ろしき」と仰せられ候。「信、不信ともにただ物を言え」と仰せられ候。「物を申せば心底も聞こえ、また人も直さるるなり。ただ物を申せ」と仰せられ由候。(御一代記聞書87)

4「蓮如上人、御法談已後仰られ候。四、五人の御兄弟へ仰られ候。四、五人の衆寄合い談合せよ。必ず五人は五人ながら意巧に聞くものなり。能く能く談合すべし」(御一代記聞書120)

5「一句一言を聴聞するとも、ただ得手に法を聞くなり。ただよく聞き、心中の通りを同行に会い談合すべきことなり」(御一代記聞書137)

6「仏法の義をば能く能く人に問へ、ものをば人によく問ひ申せ」のよし仰えられ候。「誰に問い申すべき」由うかがひ申しければ、「仏法だにもあらば、上下をいはず問ふべし。仏法は知りそうもなき者が知るぞ」と仰られ候」(御一代記聞書167)


・蓮如上人が如何に、ご示談、座談を大事にされたのか、聞いてさえおればいい、というものでない事が分かります。

 華光会では蓮如上人の教えの通り、御法話とご示談の二つが60数年伝統的に守られていたのです。
 ここが華光会の特色でした。


・かって親鸞会でも、私が聞き始めの頃、高岡会館が本部会館時代の頃、土曜日に座談会がありました。
 冬などは、本堂のコタツに入られた高森先生を囲み、その場で質問等が行われました。やがて質問用紙を出すようになり今は御法話だけになっていったのです。
 2000畳で説法、大衆説法のマイナス面があったのです。

 先回の「われらの求道時代」には盛んに高森先生は、説法、ご示談を繰り返し行われていたことが分かります。
 母が聞かせて頂いた頃です。

・現在、会合で話しされる内容はどうでしょうか。
 書籍、顕正新聞、とどろきの仏教の一方的話と本会からの通達連絡、活動の計画、報告に終始していないでしょうか。
 恥ずかしながら、私はそんな会合ばかりしていました。

 聴聞に極まる、高森先生の御法話を続けて聞くことが一番の宿善だ、それで全てが解決する、としか思わなかったのです。


・いや親鸞会でも最近は仏法讃嘆をするようになった、降誕会、報恩講の時もやっている、同朋の里もその為にあるのだ、と言われる方もあると思います。

 私はどうして仏法を聞くようになったか、どんな困難な中を聴聞に来ているか、肉身にどのようにして聞いてもらえるようになったか、私の支部ではどんな工夫をして活動しているか、覚えられぬ教学を苦労して勉強中です、こんな苦労をして財施させて頂きました、など、私も報恩講の仏法讃嘆に参加しました。
 聞く人に元気の出る話ばかりでした。

 しかし、そればかりが信心の沙汰ではありません。


・蓮如上人は不信も言えと言われています。

 なぜ私は信心決定できないのか、後生の一大事の驚きが立たないのか、本願を疑う心がどうしたら晴れるのか、19願の善が出来ない、心から念仏が称えられない、今死んだらと思ったら真っ暗です、私はどうしたらいいんですか、という話は報恩講の仏法讃嘆では、一つもなかった。

 予め発表者が決められ、内容も実行委員会が確認した人の話だった。メモをみながら発表する人もあった。


・親鸞会では「後ろ向き発言」はするな、その人も、聞く人の為にもならないと言われています。私も講師部時代そのような発言が会員さんから出ないように気を張っていました。

 それこそ問題なのです。

 言ってはならない、心の底に何時も答えが見つからずに、嘆いていること、聞きたいけど立場を考え、影響を思い抑えてしまうこと、忘れようと思ってもまた噴出す疑問、そんなものありませんか。

 立派な仏法者、有難たそうな振る舞い、指導者ぶる言動、何かも分かっていそうな態度、私は仏縁深いと自負する心、世間の人を五欲の哀れな人生と見下す心、このまま聞いておれば何とか成ると急がぬ心、しかし法友と別れ一人になると何とも言えぬ暗い心。

 よく考えると本音を言える場所がない、言える相手が無い。
 一人ぼっちの自分に気付く。此れが求道と抑え込む。
 違うでしょうか。


・華光会では建前は何にもならないことを、ご示談に参加していて気付きはじめた。
 有難さそうな上辺言葉は見抜かれる。
 親鸞会には無かった、本音の吐き出せる、後ろ向き発言をしても驚かれない、本音を聞いてもらえる場所があった。

 なぜなら、ここは迷いの魂の解決場所であり、信後の人の通ってきた道だからだ。
 その本音の底に隠れている私こそ、阿弥陀仏のお目当ての私なのだ。参加している皆さんが自由に発言され、先生がどっちなのか分からなく場面もあった。
 この時、あー40年かかって遂に「私の白道」が見つかったと喜ばずにおれなかった。


・もう一つ驚いた。私が「これから真剣に聞かせて頂きます」と言った時「これから、これからですか。そんな聞き方をしているから何時までも解決出来ないのです。
「今、ここで、私一人の為」と聞かせてもらうのです」とハッキリと言われ、頭を鉄棒で殴られたようなショックを受けた。
 親鸞会では、「よくお参りに成られました。続けて聞かせて頂きましょう。○日参られますか」と言うのが常識で心までそんな聞き方になってしまっていた。

「明日の命も、それどころか帰りに事故で死ぬかもしれない。今、ここで、私一人の為、と聞かないで聞ける法ではありません」この言葉は私の長い求道姿勢の狂いを打ち砕いた。


○善知識は私一人は間違い。

「高森先生だけが信心獲得された、現在世界で唯一の善知識です。他には絶対おられません。私達はその遭い難い高森先生から親鸞聖人のみ教えを聞かせて頂ける、世界一の幸福者です。」私は何百回以上言ったか覚えていません。

 退会を知った会員さんが自宅に来られた時、「高森先生だけが善知識でないことが分かりました。他にも善知識は居られます」と言うと「○○さんからそんな言葉を聞くとは思いませんでした。そんなことはありません、高森先生だけです」と声を大きくした。

 私もそうだったな、調べもしないのに思い込んでいただけ、なのだ。この会員さんも同じことなのだ、いつか気付いて欲しいと願うばかりでした。

 阿弥陀仏は高森先生だけを救い摂られて、60年余り他に我が本願を説ける方を救われず、親鸞会の発展だけを護り続けてこられたのでしょうか。
 そんな如来さまでしょうか。

 華光会の書籍コーナーには、伊藤、増井先生の他の浄土真宗の先生の本が多数並べてあった。5名もあった。
 皆、自身の獲信を告白し阿弥陀仏の本願の救いの間違いないことが書かれてあって驚いた。早速求めた。

 やはり、阿弥陀仏の本願力は十方に満ち満ちておられるのだ。高森先生だけではなかったのだ、弥陀の本願を説かれる善知識は。
 御法話ビデオも貸し出してもられるので驚いた。
 過去の行事のときの御法話が皆聴聞できる。それも借りた。



○親鸞会「これが獲信か」

非難(1)
「信心を早く獲させるコツがあると公言し、個人教誡しかしない」

 明らかなウソだった。個人のご示談を申し込む人もあると聞いたが、行事日は全国で毎月行われ、多数の方が参詣されていた。テープ、ビデオの貸し出しも親鸞会では考えられない自由さがあった。


非難(7)
「当然だが、堂々とした布教活動は全く見られない。」

 これも、日程表を見せてもらうと、増井悟朗、信先生は毎月全国を布教に回り、10月には東京で講演会があると聞き、全くウソとわかった。


○ 月ごとの行事日には必ず参詣し、家でのビデオ、テープ聴聞、著書拝読の聞法が妻と始まった。
 華光会では一切の目標とか強制的なことはなかった。

参詣も日程案内をもらうだけで、全く電話はかかってこない。ご報謝もその人の心でありご法礼もご法礼箱が回ってくるので自由になっていた。
 同人費は月2000円だった。会誌、日程、御法話テープを全部聴聞できる


○毎日、会社の往復時間も惜しく車中はテープ聴聞し、家に帰ってビデオ聴聞、拝読、仕事以外は聞法の生活が続く。

 南无阿弥陀仏のご名号の尊さが段段知らされ、念仏を称えるようになっていった。
「獲信の記録」にも親鸞会の「正信聖典」にも載っている「信心数え歌」も毎日、何回も歌うようになり、歌の意味の深さが気にかかって来た。

 歌詞は理解出来るが、私の心と同じではない。
 勿論信後の歌だからだが。
「四ツ能く能く御慈悲を聞いて見りゃ、助くる弥陀が手を下げて、任せてくれよの仰とは、ほんに今迄知らなんだ」
「八ツ益にも立たぬ雑行や、雑修自力は捨てもせで、弥陀仏泣かせて居たことは、ほんに今迄知らなんだ」

 分からない。泣いておられる、本当だろうか。


○5月頃になると

「弥陀の本願信ずべし本願信ずる人はみな摂取不捨の利益にで無上覚をばさとるなり」
「仏智疑う罪深し、この心おもい知るならば くゆる心をむねとして仏智の不思議をたのむべし」

 このご和讃が特に頭から離れなくなった。
 仏智疑う罪深しが、喉に刺さった骨のように抜けない。


・「会報」第2集184P
「富士の白雪や朝日でとける凡夫の疑い思案じゃとけぬ、晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」とある。

 晴れたお慈悲の「本願のこころ」「六字のいわれ」のテープを何度も聴聞する。

・私の本性ーー衆生性得の機、悪業煩悩(黒い心)治らぬ心
・本願疑う心ーー自力計度の機(暗い心)捨てもの
・仏智の心ーーー南无廻向の機(白い心)もらいもの

 浅ましい黒い心が見えると、こんな奴が本当に救われるのか、もっと真面目に、正直者にならんと救われないのではと本願力を疑う暗い心が出てくる。
 いや凡夫そのまま救うの本願だから心配ないと、自分で自分を説得する心が動いている。これも、自力だ。

 分かりたい、納得したい、安心したい、楽になりたい、ハッキリしたい。任せたい、全部あるがこいつも自力だ。
 何を思っても自力ではないか。


蓮如上人は
「雑行雑修自力の心をふり捨てて、後生助けたまえと弥陀たのめ」と明らかにされている。しかしこんな心しか出て来ない。どうたのむのだ、まかせるのだ、分からん。

「会報」第2集94P
(ここは伊藤先生の「安心調べ」225-226Pの丸々盗作部分だった)

「十劫の昔の話を素直に信ぜられる程、我々はお目出度い人間に出来ていないのだ。そこには、生死の断頭台上に生首を突き出す苦しみがある。払うても払うても後から現われ、奪えるだけ奪って尚心の底にこびりつく仏智疑情の薄紙を破らねばならぬ。だから説く者も愛想をつかし、求める者も愛想をつかし求道の精も根もつき果てて悲叫悶絶のどん底から湧き上がる精神的大飛躍の境地がある。一念は断じておぼろでない。今こそあきらかに知られたりと驚き立つ心である。---この一念の体験がなくては何をいっても駄目なのだ」

「会報」第2集170P

「真剣に真実の信心を求め、救われようと命がけで努めれば努めるだけ疑わずにはおれなくなって来るのだ。疑心は疑心を呼び、悩みを深めて遂にはニッチもサッチも出来なくなって途方に暮れることがしばしば起きてくるのだ」

「念仏の雄叫び」144P

「真宗は他力廻向のお救いですから、如来に計らわれることです。ところが、その仏のお計らいを、私の方で色々と計らう。蓮如上人が「自力の心をふり捨てて、後生助けたまえと、弥陀たのめ」と力説なさっていますね。その「自力の心」に当るのが、救済の予定概念ということです。真宗のお救いでは、この自力の心が、最も邪魔になる。とはいえ、真剣に聞法していく人には必ずこの自力の心が出てくる。そしてそれが、大問題となってくる」

○6月、華光会の一泊行事。

 最初の自己紹介で「仏智疑う罪深しのご和讃の心をどうしても知りたくて来ました。宜しくお願いします」と皆さんに頭を下げた。ご法話、ご示談が繰り替えされて進むが、一向に私の心は変わらない。

 華光会では宿泊行事の夜は懇親会があり、いくつものテーブルにお酒も出て、参加者全員がお互いに気さくに夜12時近くまで話し合う。途中宿泊の為に抜けても自由だった。
 増井先生も最後まで付き合って近くの人に話しをされる。

 私は3階の部屋で一人残って、六字のご本尊の前で正座して、念仏称えながら仏智疑う罪を深く考えていった。


 本師本仏の阿弥陀仏が六道輪廻して苦しむ私達をご覧になられたところ、三世の諸仏は何とか救おうとご苦労されたが余りにも罪業が重くて手がつけられない。力が及ばない。
 三世の諸仏に見捨てられた極悪人なら、尚更捨てておけぬ、十方衆生を救う仏になってみせると仏の座から降りられて、世自在王仏のお弟子、法蔵菩薩となって下さった。私達の罪業の深さ、自性を見抜き見抜かれて、このものを、どうして迷わね仏に出来ようか、五劫が間考え抜いて四十八の願を建て、師の世自在王仏にこの願必ず成就してみせますと重ねて誓って下さった。

「お前の罪業なら、火の中、水の中、身を八つ裂きにされようと、たとえ、諸々の苦毒の中に投げ込まれようと、苦しゅうはないぞ、だから信じておくれ、助かっておくれ」と、兆載永劫のご修行をなさって南无阿弥陀仏の仏になって下された。

 それから十劫の間、一時の油断もなく、こうすれば聞いてくれるか、分かってくれるかと種々の善巧方便、調熟の光明のお育てを頂き、今か今かと南无阿弥陀仏の大功徳、全財産をさあー受け取ってくれよと待っておられるーーー

 釈迦は往来八千編、このこと一つを伝えようとご苦労なさっているのだ。ああ何という大慈悲心なのか、念仏と共に涙があふれる、止まらない。阿弥陀様すみません、それなのに疑うとは何という恐ろしい奴でしょうか、すみません。

 しかし、30分、1時間とたつとこの心が続かなくなってきた。
 おい、何時まで泣いてるのか、もう芝居はやめておけ、お前なんかどれだけ泣いてもおれは知らんぞ。しらーとする奴が段段出てくる。

 本願を、仏心を、素直に受け取らない奴がいる。なぜ、聞かぬのだ、なぜはねつけるのだ、お前さえハイと信じてくれたら全て終わるのだ、いつまで逆らうのだ、このままなら又しても昿劫流転だぞ分からんのか。

「一切の自力を捨てよ、計らいを捨てよ、捨てようとする心も捨てよー」1年前何十回と見たアニメの法然上人のお言葉を思い出す。

 必死に聞かぬ心を責めるが、全く反応しない。

 始末がつかぬ、真面目にならない、阿弥陀仏のことが思えなくなってゆくどころか、ああ腰が痛い、喉が渇いた、下ではみんな愉快にやっているようや、腹がへったな、まだ何か残っているだろうか。こんなことまで思うようになっていった。

 2時間近くも降りて来ないので妻が気になって様子を見に来た。何ともいえぬ格好している私をみて、どうだったのと言ったので、あかん、こいつにもーう勝てぬと腹を叩いた。逆謗の屍、闡提の心は全くびりっとも受け付けなかった。



○10月、この世の一大事

 10月に入って仕事中に急に腰から下が痛み出した。
 今の仕事で腰が悪ければ務まらない、クビだ。
 何とか治さないと生活が出来なくなる。家のローンもまだ残っている。
 腰と足に痛みとしびれがきて、ゆっくりとしか歩けない。
 家に転がるように帰ったが、布団の中でも痛くて足が伸ばせず猫のようにヒザを抱えて横になる。痛くて夜も眠れない。

 仕事2日休んで、整骨院へ行くと、坐骨神経痛ですね、治りますよと言ってくれたのが何よりの救いだった。
 毎日痛い足腰を引きずって、そのうち治る、良くなる、と信じて会社へ行った。家に帰れば横になるだけで、著書を読む気も起こらない。情けない心だ。

 毎日通院してるのに1ケ月たっても全く治らない。
 大きな整形医院で精密検査を受けると、予想以上に悪く「このままなら、そのうち歩けなくなりますよ」医師の言葉に目の前が真っ暗くなった。
手術の方がいいということになり覚悟した。

 しかし、血液検査の結果、糖尿病の数値が高く、麻酔が効かないから糖尿病を治してでないと手術は出来ないと言われてしまった。この痛みそれまで我慢しろというのか。
 自分のせいなのに腹が立ってくる。馬鹿な私だ。
 1月入院、糖尿病治療で血糖値を抑え、2月4日手術、退院は2月末と言われた。
 鎮痛剤、貼り薬で痛み抑えながら会社へ行き、入院の日を待つ身になってしまった。

 テープ聴聞もおろそかにしている自分、身体と仕事とお金と信用ばかり気にしている自分しか見えない。

 この世の一大事には、仏法も後生も忘れて真剣に心配する心しかない。生きるため、心配なく生きることが一番大事なのだ本心は。
 殊勝そうに聞いていたが、本当は何も聞いていないのだ、死ぬとも、悪人とも思っていないのだ本当は。

 Tさんと同じなのだ、このまま死ぬだけなんだ私は、おい、まだ認めないのか、後生が心配にならんのか。全く返事しない。やはり屍だ。身体も心も辛い日々が続いた。



○11月華光大会のご縁

 2泊3日の華光大会が迫ってきた。
 さーどうしようか。身体のことが心配になってきた。
 正座は勿論出来ない。階段も怖い。行きたくない。
 大分、気持ちが弱くなっている私を見て、妻が会社へ励ましのメールを何度も送ってくれた。

 このままでは駄目だ、増井先生へ現在の状況、気持ちを書いて参加しますと手紙を出した。もう後戻り出来ない。
 京都へ行く車中、御法話テープを聞いて心の切り替えをした。

 1日のご法話、ご示談を受けるが、心を閉ざしている自分が分かる。
 夜の懇親会は参加せずに身体がしんどく、待ってたように布団にもぐりこんだ。
 今日聞いた話、ご示談で言われたことを思い出していた。
 思えば1日中にこりともしていない自分であったと気付く。

 2日目も講師の先生方が真剣に説法され、ご示談も熱が入って来て、言う方も、聞く方も真剣だった。
 聞けない心があることを私は発言し、この心が辛いと言った。今日も私の心は変わりなかった。
 懇親会には今日も参加しなかった。

 3日目、午前中は華光会の会計報告があった。
 私は3日目で疲れが出たので参加せず別の部屋で横になってスピーカから流れてくる会計報告を聞いていた。
 まだ1年目位の私にも、3枚の収支決算報告書が配られ見ると1円まで収支が書き込んであって驚いた。
 親鸞会と全く違い、全てガラス張りで不審の出ぬようになっていた。

 あーこんな苦労の歴史を刻んで今日の華光会があるのか。
 不思議だなー、高森先生と40年のご縁がありながら、今、その高森先生の信心の古里へ私が来ているとは。
 Tさんのあの泣かれた姿を見なかったら、母の勧めがなかったら、父があの本を残してくれなかったら、インターネットで大沼氏、伊藤先生、華光会を知らなかったら、佐藤さんの言葉を思い出さなかったら、また増井先生がご健在で電話で教えて下さらなかったら、妻が絶対今度も行くよと強く言ってくれなかったら、私は今ここに居ないのだ。
 あらゆる因縁がそろって私はこのご法に遇わせて頂いている。そう思うと涙が頬を伝って流れる。

 これらの因縁は遠く法蔵菩薩の願心からではないか。
 今も呼びずくめの阿弥陀仏の仏心の働きではないか。
 それを、わからん、わからん、だけどーと俺は言いつづけている。助かる縁がないのか、また涙が流れる。

 昼からは増井悟朗先生の御法話が最後だった。
 入院すればこれでもう来年3月まで会えないのだ、聞けないのだ。
 増井先生が私も高齢、いつどうなるか分かりませんと言われる。私は馬鹿だ、また聞けるつもりでいる。

 私はあぐらかいて座っているのさえ自信が無くなり、道場の一番後ろの隅の誰からも見えないところにヒザを抱えるように座っていた。
 増井先生に手紙を出していながら、今回は一度も先生のご示談の部屋へ行かず他の部屋に参加していた。
 逃げていたのだ、心が。

 増井先生のご法話は南无阿弥陀仏の心を力を入れて、隅っこに隠れるように座っている私目掛けて話しされているように感じはじめた。50畳だから丸見えだ。
「凡夫の知恵で阿弥陀仏の心を知ろう、掴もうとするのは丁度、ストローの穴から大空を覗いて見ているのと同じだ」
と言われたとき、ズキーンとして不思議な心になり、阿弥陀仏の愚かな私へのご説法だと聞こえだした。

 40年間聞いてきたがこんな思いは初めてだった。
 あー俺は馬鹿だ、分かりたい、納得したい、そしたら信じられるだろうとは、なんと我が身知らずか、自力丸出しだ、分かるほど小さな仏智ではないのだ、墜ちることさえ分からん俺が、それを自惚れて、もー駄目だー、俺は助かるもんでない、阿弥陀さまー私はもうどうにもならぬ者ですーとなった、

 その時「まかせよー、そのまま救うぞー」の呼び声が届いた。あっという間だった。
 これまで絶対下がらん心の頭が下がって、分かりましたーおまかせいたしますー、南无阿弥陀仏となってしまった。

 南無の心は、早く来い、われをたのめー、まかせよー、助けさせてくれーの叫びだ、呼び声だ。無条件降伏させられ、自力の心が殺された。
 阿弥陀仏は、助けるぞー、捨てはせぬぞ、罪業どれほど重くても心配するな、そのまま引き受けたぞー、必ず我が浄土に生まれさせて仏にしてみせるの大慈悲心だ。
 それが一つになった南无阿弥陀仏のお力の大きさが、尊さが口からあふれ出る。南无阿弥陀仏。南无阿弥陀仏ーー

 救われた私より、阿弥陀様の方がよう聞いてくれたと喜んでおられるのだ。何という不思議か、こんな私が南无阿弥陀仏の主とは。ああ。
 その時、おかる同行が「そのまま来いの勅命にいかなるおかるも頭が下がる」と言ったのも、浅原才市妙行人が「私しゃあなたにおがまれて、助かってくれよとおがまれて、ご恩嬉しや南无阿弥陀仏」もこのことかーと分かった。

 アニメ1部で親鸞聖人が獲信場面でなぜ南无阿弥陀仏に合掌なされたか、心に残った「晴れたお慈悲を聞きゃ晴れる」もこのことだったと知らされた。
「噫、弘誓の強縁が多生にも値い難く、真実の浄信は億劫にも獲がし」それが、この私とは何ということか。

 帰り、車中で妻にあったことを話した。妻は泣いて喜んでくれた。


・実家の母に報告に行った。突然来たので驚いたが、「阿弥陀様に遇えたよ、助かったよ」と言った後が言葉にならなかった。母は泣いて手を握って「良かったなー、そうか、良かったなー」と言ってくれた。
 40年この日を待っていたと言ってくれた時、又泣かずにおれなかった。

・皆さん、阿弥陀仏は命のあるうちに早く分かってくれ、早く聞いてくれ、まかせてくれ、と手どころか頭を下げておられるのです。十劫の昔から。
 南无阿弥陀仏の心にぶち当れば、何の不足も文句もなくなり、ようこそ、ようこそと満足一杯になります。

・どんな極悪人もーーー十方衆生(五逆、謗法)(そのまま)
本願を信じ--ー至心信楽欲生我国(弥陀におまかせして)
念仏申せばー--乃至十念
仏に必ず成る--若不生者、不取正覚(たすかる)

 これが、今の私の本願、南无阿弥陀仏の頂き心です。
 本願に疑いが無くなり、もう一度疑ってみようと思っても二度と出てきません。


「これが獲信か」

非難(2)
 求道者が感情の興奮によって泣いたり、喜んだり踊ったり、激しく念仏したりすると、獲信したように言う。

 そんなものは続きません。私はそんなことで承知できませんでした。それが獲信と言うなら、そんな所なら、私は決別しています。


非難(3)
 獲信したと思っている周囲の者も、こぞって「めでたい。めでたい」「よかった、よかった」と言うので本人も獲信したつもりになる。

 私と阿弥陀仏とのことです。他人に分かりません。
 人に、めでたい、よかったなんて認めてもらっていません。
 疑情一つで苦しんでいるとき、他人のそんな言葉位でその気になれるものではありません。
 私は家に帰って増井先生に獲信したことを手紙でお知らせし、心からお礼状を書かせて頂きました。
 後日、あの病気もいいご縁だったねと言われました。


非難(4)
 そして「我こそ信心を獲たり」「あんたらはまだ獲信できんのか」と平然という。

 私は、獲信後そんなことは言っていません。
 1年経ちますが、会館内でそんな発言をする人はいません。信を獲たりは阿弥陀仏のお力だからです。私は何もしていないのですから。平然というのはおかしいです。
 しかし、まだか、と言われて気分害することも反省すべきと思います。なぜなら、十劫以来、阿弥陀仏を待たせ通し、疑いつづけている罪を何とも思っていないからです。
 分かれば、申し訳がありませんとなります。
 蓮如上人も「一時も片時も急いで信心決定せよ」と教えておられるのを批判する人はないはずです。
 後回しにする問題ではありせん。のん気してる人には急げと言いたくなります。まだかを急げと聞けたら尊い人です。


非難(6)
 本当に弥陀の本願に救われた人なら、より聞法せずにおれなくなるものだが、彼らは助かった後は、もう聞く必要はないとして、聞法する気がない。

 誰のことか知リませんが、私は尚更聞きたいです。
 有難いことに、1月入院、2月手術のはずが、糖尿病の数値も足腰の痛みも回復して全て取りやめになりました。
 1月報恩講、2月3月も参詣出来て喜んでいます。
 4月も参詣予定です。
 ビデオ、テープ聴聞も家でしています。
 お聖教の著書ももっと読みたくてなりません。



・非難にすべて答えました。

・やはり後生の一大事解決したい、の心を忘れず、阿弥陀仏の本願、南无阿弥陀仏の心を説かれるご縁を求めるべきと思います。
 ここ一つに絞って華光会の先生方も参詣者も真面目に取り組んでおられる姿は本当に尊いと思います。



・次回は最後にお伝えしたい事をお話します。

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COMMENTS

No title

やっぱり親鸞会より華光会の方が獲信できるということですかね。
それとも華光会は異安心?
でも華光会が異安心なら、高森会長も異安心だろ。
少なくとも、親鸞会よりまともな会とみえる。

会計報告は?

 親鸞会では、どうして会計報告が無くなったんでしょうか?以前はあったと聞いていますが…

 やはり、言えないような用途に使っているということでしょうか?普通の団体なら、会計報告くらいはあるものだと思います。

No title

http://shinshublog.seesaa.net/
実は、親鸞会の話を聞き始めたとき、どうしても抵抗があってなかなか受け入れられなかったのが、後生の一大事でした。


涙が出ました

投稿者の元講師部員さま

この文章読ませていただいて、毎回のことなのですが、大変驚き、ひっくり返り、
そして今回は、投稿者さまが本当に阿弥陀様に遇えて、ああよかった、うれしい、
自分のことではないのに自分のことのようにうれしくて、涙が出てきました。
これは自分でも不覚でした。
親鸞会で高森先生の話を聞いて、感動して泣いたことなんてなかったのに、
まさか他人の体験談で涙がでるなんて・・・
でも、本当によかったですね。後生安心できて。
華光会については余り知りませんが、投稿者さんの気持ちはよく伝わってきました。

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あー、
やっぱりこんな程度なんだね

よくできたお話です。私はこれまで、華光で信心いただいたという人を
たくさん知っていますが、その後、聴聞を続け、猛然と御恩報謝に立ち
上がった人は、一人としていませんでした。みな偽装信仰の者ばかり。
さて、自称元講師さんはどうなんでしょう。


そういえば、獲信者が多いはずの華光会は、60年たってもいまだに
100人足らず。これでは親鸞会に、消極的、退嬰的、信仰の化石と言
われてもしかたありません。

増井吾郎さんの話は、私もかなり聞いたことがあります。聞いている人
は毎回10人以下で、正座している人は一人もありませんでした。正直
にいいますと、みなだらしなく、やる気のない若者とお年寄りばかりで
す。たまに、真剣な人を見かけると、この元講師さんのように親鸞会か
ら来た人でした。その方もがっかりしたのか、やがて去っていかれまし
た。


増井さんのお話は、本願成就文と反しています。おそらく、ご本人は、
気づいておられないのだと思います。だから、安易に信心がいただける
のだと思います。何かをつかませるのに、大変手ごろなお話です。私も、
華光にいるときは分かりませんでしたが、高森先生の教学講義を聞かせ
てもらうようになって、このことが初めて分かりました。

言わせていただきます

なぜ、華光会で獲信した人が、一見大変喜んでいるようなのに、布教に
立ち上がらないのか、初めは私も不思議でしたが、しばらくして納得で
きました。彼らは、親鸞聖人の教えがどんなものか、実は分かっていな
いのです。


増井さんの話をどれだけ聞いても、親鸞聖人のみ教えは分からないでし
ょう。私自身がそうでした。きちんと筋の通った話ではないから、理解
できないのです。聞けば聞くほど、分からなくなる。ただ、心がもやも
やしてくる。そして、救われたい、という気持ちだけがこみ上げてきま
す。救われそうな気がしてきます。早く救われたいと、あせる気持ちが
出てきます。


仏語は確かに出てきますが、結局あれは、増井さんのお味わい、体験話
なんですね。だから、自分で何かをつかんで安心した方は、みな華光を
離れてしまいました。聞く気がなくなってしまうんです。そして、教え
を伝えようにも、正しい教えを聞いていないのですから、布教できない
んです。


教えが分からないまま、無常と罪悪だけを深く植えつけられていくので
すから、もう、何かをつかんで早く安心してしまいたくなります。そし
て大概は、自分でこしらえたものをつかんでしまう。私も危ないところ
でした。一度にぎってしまうと、もう離せません。そして、真実から離
れるんです。


それにしても、親鸞聖人も覚如上人も蓮如上人も、誰一人書かれなかっ
た自分の獲信体験を、親鸞会の元講師ともあろう人(?)が、このよう
に公開して読ませて、一体どうなんでしょうね。華光の内部を知ってい
る私からいうと、ああ、また出たか、という感じですが・・・

No title

>私はこれまで、華光で信心いただいたという人を
>たくさん知っていますが、その後、聴聞を続け、猛然と御恩報謝に立ち
>上がった人は、一人としていませんでした。

本当ですか・・・?

私は元親鸞会員(大学1~3回生)、現在華光会同人です。


>そういえば、獲信者が多いはずの華光会は、60年たってもいまだに
>100人足らず。これでは親鸞会に、消極的、退嬰的、信仰の化石と言
>われてもしかたありません。

この人数は誌友でしょうか、同人でしょうか?(「誌友」「同人」の違いは華光会にきたことがある人なら分かります)
どちらも外れてますが・・・???

>増井吾郎さんの話は、私もかなり聞いたことがあります。聞いている人
>は毎回10人以下で、正座している人は一人もありませんでした。

これは間違いです。
そもそも「増井吾郎」ではなく「増井悟朗」です。
また、来ている人が10人以下というのは、仏青例会などを除けば、まずありません。(仏青例会は増井悟朗師は出ません)
また、最初に「足をくずして楽な姿勢でいいですので、法話はしっかり聞いてください」といわれるので、私は正座しないですが、年配の方・真面目な方は正座で聞かれますよ???

>仏語は確かに出てきますが、結局あれは、増井さんのお味わい、体験話
>なんですね。だから、自分で何かをつかんで安心した方は、みな華光を
>離れてしまいました。聞く気がなくなってしまうんです。


>教えが分からないまま、無常と罪悪だけを深く植えつけられていくので
>すから、もう、何かをつかんで早く安心してしまいたくなります。そし
>て大概は、自分でこしらえたものをつかんでしまう。私も危ないところ
>でした。一度にぎってしまうと、もう離せません。そして、真実から離
>れるんです。

そうでしょうか?
法話はまず仏説ありきで、体験談は二の次三の次。なぜなら、他人のかんだチューインガムだからです。他人の体験談をうのみにするのではなく、自分が獲信するのが一番大事。これは華光に来たら肌で感じられることのはず。
また「獲信したら聞く気がなくなる」というのは私には全く当てはまりませんでしたよ。
むしろ法の話をしたくて仕方がない。法を聞いてくれそうな人がいると、うれしくてドキドキしながら話すくらいです。
また、「>自分でこしらえたものをつかんでしまう。私も危ないところでした。一度にぎってしまうと、もう離せません。」
これは華光に来ていない人の話だと思います。
なぜなら、「つかませる」ではなく、「つかんだものを手放させる」というのが華光の特徴だからです。これも華光の法座に出れば一発で分かることです。


ううむ、すみませんが、私にはあなたが華光会に一度でも来たことがある人には思えません。
もしかしたら、ネットなどの情報を元に、故意に「華光会によく通っていた」と偽って、華光会を中傷しようとしておられるのでしょうか?

私の勘違いならいいのですが・・・もしそうであれば悲しいことです。

No title

一言さん。
その華光から教学講義に参加するまでの体験を、是非、降誕会の仏法讃歎などで発表して下さい。
一言さんは、消極的、退嬰的、信仰の化石ではないようですので、
ハッキリと皆さんの前で自説を展開して下されば、多く信仰に迷う人の明かりとなりましょう。

No title

やっぱりさんは、阿弥陀仏の救いとはどんな程度と思っておられて、
それと何を比較して、「こんな程度」と言われているのか、
よかったら聞かせて頂けないか?

No title

華光会は、トップの人でも気軽に電話や声をかけてこられます。
まず親鸞会ではありえません。そういう、特権意識のようなものが
華光会には感じません。差別意識もありません。まず、会員さんと
話をしようとする姿勢から全く違います。非常に伸びる(華光会さんは
考えておられませんが)感じました。やはり、実れば、下がるというのは
事実だと思いました。

No title

>それにしても、親鸞聖人も覚如上人も蓮如上人も、誰一人書かれなかっ
>た自分の獲信体験を、親鸞会の元講師ともあろう人(?)が、このよう
>に公開して読ませて、一体どうなんでしょうね。


それにしても、親鸞聖人も覚如上人も蓮如上人も、誰一人書かれなかった自分の獲信体験を、親鸞会の会長ともあろう人(?)が、『華光』第5巻の第5号に公開して読ませて、さらに、たくさんの華光の体験談を「獲信の記録」と題して発行して、一体どうなんでしょうね。

華光会のご法話に行ってきました

講師は増井悟朗先生でした。
御法話とご示談の二部構成です。
余談ですが、午後の部が始まる前に、支部会合を行いました。私は初めての参加で、会員?でもないので当然参加しないのですが、襖越しに聞こえてきます。会計報告をしていました。私にも聞こえるであろうことは想像に難くないのですが声をひそめる訳でもありません。明朗会計ということでしょう。

さて、本題ですが、私の感じた点です。

非難(1)
「信心を早く獲させるコツがあると公言し、個人教誡しかしない」

ご法話をしていたわけで当てはまりません。また、師自身の獲信は本を読んでいる最中とのこと。ご自身が獲信されたのであるから読まれた本を他人読むように進めたがだめだったとのこと。やはり宿善まかせかとのこと。獲信するには一度、血みどろの聞法が必要である。血みどろの聞法とは寝食を犠牲にしても、仕事を犠牲にしてもの聞法であるとのこと。
以上の話からするとご自身は個人教誡により獲信されたわけではなく、他人にも勧めていない。また、血みどろの聞法が必要であるということであるから信心を早く獲させるコツがあると公言しているとは思えない。もっとも血みどろの聞法が信心を早く獲させるコツであるというのであれば話は別であるが、…。

非難(6)
 本当に弥陀の本願に救われた人なら、より聞法せずにおれなくなるものだが、彼らは助かった後は、もう聞く必要はないとして、聞法する気がない。

信前は本当の聴聞はできないとのこと。
逆説的に考えると「彼らは助かった後は、もう聞く必要はないとして、聞法する気がない。」ということはないと思われる。信後、本当の聴聞ができるということであるから…。


正直、恐る恐る警戒して行ったのですがいわゆる土蔵秘事に類する団体ではないと思います。こんなことを書くのは恐れ多いですが「この話は変」という内容はありませんでした。

No title

>これは間違いです。
>そもそも「増井吾郎」ではなく「増井悟朗」です。

かなり聞いてるなんて書くなら、増井先生の名前くらい調べろよ。
嘘がバレバレや。

No title

最近「浄土真宗親鸞会」と「浄土真宗華光会」について、浄土真宗に興味がある人はかなりの興味を持って見ています。なんといっても、浄土真宗は代々からの家の宗教であるという人は多いでしょう。特に若い人へのアピールは双方あると思います。良い事と思います。著書、または実際の活動風景、応対、など、知りたくなくても、本を取り寄せれば分かりますし、会の人と接触すれば、雰囲気は自分なりにわかるものです。どちらが、良いの判断はつきませんが、社会的な常識の観点から「華光会」さんの方が、印象は格段に良かった(主観です)と思います。祖母の代から浄土真宗1本ですが、信仰を大事にされる態度が良いと思われるほうへいきたいと考えます。漠然としたものですが、直感的なことは、結構大事にしたいです。

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