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質疑応答83

【質問】


 化土往生できる人がこの世にいるとするならば、本願文の「唯除五逆誹謗正法」のお言葉や大無量寿経の五悪段に説かれていることとの関係はどうなっているのか?



【回答】


 親鸞聖人が、「唯除五逆誹謗正法」を「全人類は五逆謗法だ」と解釈されたお言葉はありません。親鸞聖人は、「唯除五逆誹謗正法」について、以下のように解説されています。


●四十八願の中の如き、謗法・五逆を除くことは、しかるにこの二業、その障、極重なり。衆生、もし造れば、直ちに阿鼻に入りて、歴劫周章して出ずべきに由なし。ただ如来、それこの二つの過を造らんを恐れて、方便して止めて「往生を得ず」と言えり、またこれ摂せざるには、あらざるなり。(教行信証信巻)

●「唯除五逆誹謗正法」というは、「唯除」というは、ただ除くという言葉なり、五逆の罪人を嫌い、誹謗の重き咎を知らせんとなり。この二つの罪の重きことを示して、十方一切の衆生みなもれず、往生すべしと知らせんとなり。(尊号真像銘文)



 阿弥陀仏は、逆謗の者も救って下さいますが、衆生が、五逆罪・謗法罪を造らないようにするために、唯除と誓われているのだ、と仰っています。

 逆謗の者でも救われるのだから、どんな人でも救われる、という根拠にはなりますが、だからといって、全人類が逆謗だという根拠にはなりません。

 逆謗でない人が、実際にいるのかどうか、私には分かりません。しかし、親鸞聖人が「全人類は逆謗である」という説き方をされていませんので、必堕無間の根拠には、ならないと思います。



 また、五悪段につきましても、必堕無間とは、どこにも説かれていません。すべて三悪道として教えられています。無間地獄ならば、寿命が短いということはありません。


●かるがゆえに自然の三途無量の苦悩あり。転た、その身を貿え、形を改め、道を易えて、受くるところの寿命、あるいは長く、あるいは短し。(大無量寿経)

●仏、弥勒に告げたまわく、「吾、汝等に語る。この世の五悪、勤苦かくのごとし。五痛、五焼、展転して相生ず。但し衆悪を作して善本を修せず。みな悉く自然に諸々の悪趣に入る。あるいはその今世に先ず殃病を被りて、死を求むるに得ず。生を求むるに得ず。罪悪の招くところ、衆に示して、これを見せしむ。身死して、行に随いて三悪道に入りて、苦毒無量なり。(大無量寿経)



 また、これは全人類が、三悪道に入る、という意味ではなく、悪人が行く世界だと教えられています。善をすれば、三悪道には行きませんので、善をしなさいと勧められています。


●善人は善を行じて、楽より楽に入り、明より明に入る。悪人は悪を行じて、苦より苦に入り、冥より冥に入る。(大無量寿経)

●人能く中に於て一心に意を制し、身を端し、念を正しくし、言行相副い、作す所、至誠にして、語る所、語のごとく、心口転ぜず、独り諸善を作し、衆悪を為さざれば、身独り度脱して、その福徳、度世・上天・泥オンの道を獲ん。これを五の大善とするなり。(大無量寿経)


 つまり、五悪段で説かれていることは、悪人は三悪道に堕ちる、ということであって、「一切衆生必堕無間」の根拠にはなりません。


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